表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

283/291

高難易度挨拶回り

【伝説の羽 シェバの断章】

「あ、シェバさんとダビドさん、待ってましたよ。今日はお二人に、いいお話があるんですよ」


 定期の行商で来たクイドさんのところに買い物に行くと、にこやかに声をかけられた。

 行商人が、買い物とは関係のない話をするのは珍しいことではない。

 そもそも、行商人はよそ様がどうなっているか、世の中に変わりがないか、知らせて歩くことも仕事のようなもの。だから、買い物ついでに村人一人一人とよく話をする。

 特にわたしとダビドは、街に行ったアッシュの様子を聞くため、普段から話すことが多く、向こうから声をかけられることも多い。


「あら、なにかしら? なんだかついこの前も、いいお話を聞いた気がするわ?」


 きっとまたアッシュのことに違いない。

 そう思って、つい頬を緩ませながら笑い返す。

 隣でダビドが、この前のはいい話だったんだろうか、と難しい顔をしているけれど、いいお話だったじゃないの。飛行機を飛ばしてみせたなんて、すごいことなんだから!

 わたしが睨むと、ダビドが珍しく的確に言いたいことを読み取って言い返してくる。


「いや、すごい話なのはわかるけどよ、いい話、だったか……? すごい話すぎて、方々に迷惑をかけちまってんじゃねえかと心配が……」

「式典でお披露目させてもらったんだから、皆さんも認めてくださったんでしょう? 感謝は必要かもしれないけど、心配なんて必要?」


 ねえ、とクイドさんに問いかけると、笑っている。笑っているなら、心配いらないということよ。

 なんだか少し笑い方がぎこちない気がするけれど、否定はしていないもの。

 ……頷いているわけでもないけど。


「ま、まあまあ、この前のお話はこの前のお話として、ですね? 領都で武芸大会が開かれる季節になったじゃないですか?」

「ええ、そうね。そろそろ収穫も忙しくなってきたから、そんな季節ね」


 村では収穫祭、都市では武芸大会。憂鬱な冬を前に、一年の苦労を忘れさせてくれるお祭りの季節だ。


「シェバさん、ダビドさん、今年の武芸大会を見に行きません?」

「街の武芸大会を、見に、ですか?」


 行きたいか行きたくないかで答えたら、もちろん行きたい。

 街に行けばアッシュに会えるのだから、行きたくないわけがない。

 しかしそう思っても、ただの農民であるわたし達が行くのは難しい。そもそも移動にも危険が伴ってしまう。


「行商用の馬車になっちゃいますけど、わたしがお迎えに上がりますよ。もちろん、帰りもわたしが責任を持ちます」

「ええ? それは助かりますけど……」


 でも、移動はどうにかなっても、どこに泊まるかとか、滞在費をどうするかとか……。


「送迎でお代は取りませんよ。宿の手配や宿代もうちで持ちます。向こうでの食事や買い物まではお金を出せませんけど……普通にお祭り期間中の生活は、アッシュ君がいるのでどうとでもなると思いますよ」

「いえ、そんな、宿代までなんて、そこまでして頂くわけには……」

「アッシュ君には向こうでもお世話になっているので、気にしないでください。大会期間中の商売を考えれば、この村の特産品を直前まで補充したいので、お二人の送迎はそのついでになりますし」

「そ、そうですか? ええと、じゃあ……どうしましょう、ダビド?」


 ダビドをちらりとうかがう。

 行きたい。すごく行きたい。

 でも、クイドさんの負担を抜きにしても、難しいこともわかっている。案の定、ダビドが腕を組んで難しい顔をしている。


「う~む……。畑の世話がなぁ。大会の時にはほとんど収穫が終わってるだろうが……」


 そうなのだ。今、ダビドが世話をしている畑は手広い。

 どうしても、収穫が後にずれこむところも出てくる。その世話を放り出して街に行くなんて……アッシュの父親であるダビドには難しい。


 アッシュが活躍しているという話を聞いて、ますます畑仕事を立派にやる父親の背中を見せてやれねばと、ついこの前も気合を入れていたばかりなのだ。

 乗り気な返事ができないわたし達に、クイドさんも困った顔になった。


「ありゃ、これは中々難しいですかね? 今度の武芸大会、アッシュ君が特別演武を披露するっていうことで、晴れ舞台になるらしくって……ぜひ誘ってみてくれとも言われたんですけど」


 なんですって!? 特別? 晴れ舞台!?

 よくわからないけれど、単にアッシュに会えるだけでなく、アッシュの活躍もあるなら、ますます行きたい……!

 ダビドもそう思っているらしく、顔の中心に向かってシワを一杯に作りながら唸っている。

 そこに、商品を見ていた村の人達が声をかけてきた。


「おいおい、お前等。自慢の我が子の晴れ舞台と聞いたら、見に行くっきゃねえだろ」


 一番に声をかけて来たのは、ダビドの飲み仲間で、わたしとも幼馴染でもあるダンモアだ。


「畑が心配なら、俺が面倒見てやるよ」

「あ、俺も手伝ってやるよ。ダンと俺の二人なら、収穫も終わりの畑なんて大したことねえさ」


 ダンの後に続いたのは、同じく飲み仲間で幼馴染のラズモアだ。

 幼馴染の二人から笑顔で背中を押されて、ダビドと顔を見合わせる。


「いや、そりゃありがたいけどよ……。あの畑は記録もつけなきゃいけねえし」


 ダビドが今やっている畑は、アッシュが始めた色々なやり方を試すための畑だ。

 単純な肉体労働だけでもないから、そう簡単に任せられないとダビドが頭をかく。

 そんな重たいわたし達の背中を押す手が、また増える。


「あの、その畑って、あたし達がお世話してた畑、ですよね? それ、あたしもお手伝いします」


 今度はターニャちゃんだ。

 その横には、すっかり背も伸びたジキル君もいて、頷いている。


「俺も姉ちゃんも、文字も計算も勉強したからな。畑仕事は簡単なことしかできねえかもだけど、そこはおっちゃん達もいてくれるし、大丈夫だ」

「お、ジキルも頼もしくなったじゃねえか」


 ラズがジキル君の頭を撫でてからかい混じりに褒めると、ジキル君はちょっと不機嫌そうにしながらも、落ち着いた態度で鼻を鳴らす。


「当たり前だろ。俺はアッシュより年上なんだぜ。あいつみたいに勉強はできなくても、手伝いくらいはちゃんとやれる」

「そうだな。ジキルも猟師としてよくやってんだから、もうガキ扱いできねえな」


 ダンが感心して褒めると、ジキル君もちょっと自慢げな顔になる。

 そのやり取りを見た、後から買い物にやって来た人達が、なんだなんだと事情を聞き始める。

 サリヴァンさん、ブリジットさん、グラシエラちゃん、アロエ軟膏を作っている三人だ。


 この三人は、一緒に仕事をしているせいか、すごく仲がいい。

 家族のように呼び合って遊んでいるけれど、今では周りからも本当に家族扱いされているくらいだ。


「あら、そう。アッシュ君が大会に……。それなら、わたしも畑を手伝いましょうか。まだ少しくらいなら役に立てるはずだもの」

「あ、サリーさん、あたしもやるよー!」

「あたしも、サリーさんとビディさんと一緒に、お手伝いします」

「二人とも大丈夫? 無理はしなくていいのよ?」

「サリー母さん一人の方が無理するでしょー? ね、グラシー?」

「ふふ、あたしもそう思います、ビディお姉さん」


 話が、あっという間に広まって、手伝ってくれるという人が集まった。

 その全員が、当然行くだろうという目で、わたし達を見つめている。


「あ、ありがとうございます、皆さん! 本当に、こんなに……」


 わたしとダビドがどうお礼をしたものかと、言葉をつまらせていると、全員がお礼として希望するものがあった。

 土産話だった。


****


 武芸大会が間近に迫る街に、わたし達はやって来た。

 クイドさんが用意してくれた宿は、食堂が併設されているというか、食堂が主で、そのついでに宿の面倒を見ている、という形らしい。


「ごめんなさいね、お客さん。本当なら食堂で出来立て熱々のを食べて欲しいところなんですけど、この時期はいつも混雑しちゃうんですよ」


 宿の部屋まで食事を運んで来てくれた給仕の人が、愛想のいい笑みで歓待してくれる。


「落ち着いて食べるなら、こっちの宿の個室の方がいいので、どうぞごゆっくり。厨房で出来立てすぐを頬張る、とは行きませんけど、それでもうち自慢の料理は美味しいので」

「ありがとうございます。お忙しいのに、気を遣って頂いて……」

「いえいえ、元々うちが宿を始めたのも、食堂だけだと席が足りないっていうのと、個室でゆっくり食べたいっていうお客さんがいたからなので、これも普通のお仕事なんですよ」


 それに、と給仕の人が、パチリと片目を伏せて笑う。


「アッシュ君にはたくさんごひいきにしてもらってるんで、そのご両親をおもてなししないと罰が当たるってもんじゃないですか」


 え? アッシュったら、こういうお店で気を遣われるような生活をしているの?

 クイドさんが言うには、この街でも有名な人気店だって言うのに。実際、食堂もお宿もお客さんが一杯だったんだけれど。


「本日は料理長も気合を入れて調理しております。近頃この領都をにぎわせるシナモンの灯火の新作料理、どうぞ心行くまでお楽しみください」


 なんとか給仕の人の挨拶に頷きを返して、ダビドと二人、料理を前にする。

 出来立てすぐとはいかないけれど、なんて言っていたが、お皿の上では美味しそうな料理が湯気を立てている。十分に熱々だ。


「……シナモンの灯火は、おいしいお店だって、アッシュの手紙にはあったわよね?」

「そうだな、お前が読んでくれたから、名前に覚えはあるぞ」


 あの子は村にいた頃から、食べることにこだわりがあったから、味は、きっと手紙の通り美味しいのだろう。

 そこは疑っていない。


「でも、お店とこんなに仲がいいなんて、どこにも書いてなかったわよね……?」

「俺は読めない字が多いけど……お前はユイカ様にも見てもらって読んでるんだろ……?」


 その通り。手紙に見落としがあったとは思えない。

 それこそ、手紙一通一通、何度も何度も読んだのだ。そらんじることだってできる。


「あの子、この街で一体、なにをしているのかしら……」

「そりゃあ……すごいことだろうよ」

「そう。そうね。そうよね。すごいことよね」


 わたしは必死に頷きながら、少し前にダビドとした会話を思い出す。

 すごい話と、いい話は、決して同じではないと、ダビドが言っていた話だ。

 少し悩んでしまったけれど、お料理は美味しかったので、やっぱりいい話だったのだと思う。


****


 今回、街に滞在するにあたって、クイドさんからやりたいことの希望を聞かれていた。

 もちろん、わたしはなによりもまず、アッシュがお世話になっている人達に挨拶をしたい。

 このことはダビドも賛成してくれたので、クイドさんに伝えて、挨拶回りの段取りを組んでもらった。


 まず、挨拶に行ったのは執政館と呼ばれる、領主一族の職場、この街やのスキュラ村を含めた領地全体の見守る政の場、らしい。

 とにかく大事な場所なのだということは、わたしでもわかる。


 そこに、最初に、挨拶に行くことになった。

 ……なんで?


「あ、あの、シェバさんと、ダ、ダビドさん、ですね? サキュラ辺境伯家の、侍女をしています、レ、レンゲと申します。あ、アッシュさんには、お世話になって、おります」


 若いけれど仕立てのいい服を着た女の子が、丁寧に頭を下げて出迎えてくれる。

 どう見ても、こちらが頭を下げるべき相手にしか見えない。


「い、いえ、こちらこそ、アッシュがお世話になって……い、いると、聞きましたけれど……?」


 ここで? 領主一族の人が、なんだかわからないくらい大事なことをしている場所で?

 綺麗な服からして、領主の下で働いているお偉い立場の子に?

 わたしが確認すると、女の子は慌てて手を振った。


「とと、とんでもありません!」


 あ、そうよね。

 軍子会って、ここで働く前のお勉強をするところって聞いているもの。


「アッシュさんには、たすっ、助けて頂いていまして! おお、お世話になっているのは、わた、わたしの方、なんです、本当に……!」

「そう、なん、です、か……?」


 ダビド、どういうことか、わかる?

 視線で横に問うと、黙って首を横に振られた。わからないらしい。

 でも、ダビドはなんだか落ち着いていて、女の子に言い返す。


「えっと、レンゲさん? 俺達はアッシュの親ってだけで、ただの農家なんで、あんまりこう、気遣いはいらない、ですんで……?」

「い、いえいえいえ、せ、先輩方からも、派閥長のラン様からも、領主代行イツキ様からも……あとは、えっと……料理長のヤックさんとか、リイン様とか、あっ、や、ヤエ様や、ジョルジュ卿の部下の皆さんとか……」


 レンゲさんが、指を折りながらずらずらとたくさんの名前を挙げて、こくこくと頷く。


「と、とにかく、皆様から、アッシュさんのご両親である、お、お二人に、くれぐれもよろしく、ご、ご挨拶をするようにと、申し伝えられており、おりまして……っ」


 思った以上に多くの名前を挙げられて、ダビドもなんと言っていいのかわからない顔になった。


「そう、でしたか……。それは、なんというか、色々と、ご面倒を……?」

「め、めめ、面倒なんてそんな……! ほ、本来でしたら、もっと経験の積んだ、せ、先輩方がご挨拶するべきなのですけど、大会、じゅ、準備のため、わたしみたいな新人がお相手になって……す、すみません」


 身を縮めて頭を下げる女の子に、ダビドと二人でいやいやいやと手と首を振る。

 そんな忙しいところに、息子がお世話になったからとただの挨拶に押しかけて、こちらが申し訳ない。あと、なんだか偉い人達が挨拶に来られても普通に困るわ。

 わたし達は、本当に、ただの農民だから。


 アッシュが、畑のお世話のもっといいやり方とかを、ここで勉強しているのは手紙で知っているけど、一体どういう風にやっているのか。


「そ、その、アッシュは、普段、皆様に、なにを……?」


 しているのか。してしまっているのか。

 恐る恐るたずねると、女の子は、ええと、と首を傾げた。


「わ、わたしは、領内の税の計算や、昨年の決算の確認など、て、手伝って頂きまして……」


 なにそれ聞いてない。


「ラン様は、日頃のさ、差し入れや、イツキ様が無理をしている時の抑え? ヤック料理長は、あの、新作料理とか、提案されているって、聞いていて……。あ、ジョルジュ卿や、ぶ、部下の皆さんは、倉庫の備品整理で、と、とてもお世話になっていると、ぜひご両親にもお礼をと言付かって」


 なにそれ全然聞いてない。


「あ、あの、よくわからないんですけど……それは、軍子会に入ると、普通に、やること? なんですか……?」

「ととと、とんでもない! わた、わたしも軍子会を修了した身ですけど、修了した後に先輩から指導されて、ようやく少し、お、お仕事が手伝えるようになったところで……!」


 女の子が、ぶんぶん手と首を振って答えてくれる。


「そ、そうなの……。ええと、アッシュは、すごい、んですね……?」

「は、はい! アッシュさんは、とってもすごいと思います!」


 力強く答えてくれた女の子に、わたしは、すごいことだと納得した。

 納得した後に、すごいことだからいいことなのだと、強く思いこんでおいた。


****


 執政館の後、案内されたのは領主館だった。

 領主一族であるユイカ様のご家族が住んでいるところである。


 ……なんで?

 アッシュがここに用事があるとは思えないのだけれど、どうしてここに案内されるのか。

 マイカちゃんならともかく、アッシュはここに用事ないはずでしょ。


 すごく綺麗な部屋に通され、座るのも躊躇われるような椅子を勧められ、焼き立てのお菓子まで出された。

 アッシュがお世話になっている人達に挨拶に来ただけなのに、なんでこんな歓待を受けているのかしら……。


 なにもかも馴染みのない扱いの中、出されたお茶の香りだけが唯一、心を落ち着けてくれる。

 アッシュが作っていたハーブティーだ。これなら飲めると口をつけると、アッシュと同い年くらいの男の子がやって来た。


「お待たせしました。ボクは、アーサー・アマノベ・サキュラ。お二人にお会いできて光栄です」


 その名前には聞き覚えがある。アッシュの手紙で、同室の友達だと聞いていた。

 聞いていたけど、名前の後ろの方、アマノベ・サキュラというのは初めて聞いた、はず。


「あ、ど、どうも、アッシュの母のシェバです……。その、こっちは夫のダビドで……。アーサー、様……? あの、息子と同室の子が、アーサー君と、聞いていたのですけど」


 ひょっとして、同一人物だったり、する……?

 恐る恐るたずねたら、なにか嬉しそうにアーサー様の表情がほころんだ。


「うん、アッシュと同室のアーサーはボクだよ。アッシュはいつも、ボクを君付けで呼ぶから、間違いないと思う」

「そっ、そう、ですか……。それは、その……し、失礼をしてしまって……」


 咄嗟に謝ると、きょとんとした表情を返される。


「え、いえ? なにもされていないと思うけど……なにか?」

「それは、その、アッシュがお世話になっている人にご挨拶をと思って、同室の子にも一言と思ったら……りょ、領主様のお子様が……」


 出て来ると思っていなかったの!

 今さらだけれど、クイドさんが「挨拶回り、ですか? 大変だと思いますよ?」なんて心配していた理由がよくわかったわ!

 こういうことだったのね! きちんとどう大変なのか言って欲しかった!


 わたしとダビドが二人して青ざめていると、アーサー様は口元に手を当てて上品に笑った。


「ふふ、大丈夫。ボクもアッシュのご両親のお二人に会いたかったし、他の軍子会の仲間、レイナやグレンも会いたがっていたのだけれど、武芸大会直前で忙しくて」

「お、お忙しいところにお邪魔してしまって!」

「ああ、大丈夫、大丈夫だから。ボクは武芸大会に参加しないから、時間があるんだ。だから、軍子会の、アッシュの友達の代表として、ご両親にご挨拶をする役目をね」


 だからと言って、領主様のご子息に、一体なにを話せばいいやらわからず、固まるばかりのわたし達に、アーサー様はゆったりとした身振りでお菓子を勧めてくれる。


「そちら、ヤック料理長がお二人にぜひ、ということで作ったパンケーキだよ。なんでも、ターニャさんのパンケーキ? ノスキュラ村にあるお菓子を、ヤック料理長が改良したものみたい」

「ターニャちゃん? 蜂蜜の、あのお菓子かしら……」

「そうそう。軍子会で、アッシュが開いている勉強会でも最初に出されたお菓子で――」

「まあ。まあまあ。アッシュが……」


 そうそう。同室の子とお話ができたら、アッシュが軍子会でなにをしているか聞きたかったのだった。

 アーサー様は、優しくてさとい子だ。わたし達がなにを求めて挨拶に来たのか、ちゃんと察してくれて、気遣ってくれる。


 こんな子が同室なら、アッシュも安心だわ。

 一人だけ農民の子だからと、いじめられたりしても、守ってもらえる。


「アーサー様が同室で、アッシュは運がよかったです。ありがとうございます。あの子をお世話してくださって……」

「いえいえ、とんでもない! アッシュにはボクがお世話になってばかりで。アッシュに会えて幸運なのはボクの方で! 本当の本当に、ボクが……」


 言葉の途中で、アーサー様が驚いたように笑った。


「ボクが、アッシュから、色々ともらっているんだよ。貴重なもの、大切なもの、かけがえのないもの。大事にしたいもの全部、ボクが、アッシュからもらっている」


 それは、手の中に掴んだものが、綺麗ななにかだと知った人の笑みだった。


「シェバさんも、ダビドさんも、ボクのことをアーサー君だと思っていたよね? アッシュの手紙に、領主一族の子ではなく、アッシュと同室の、ただのアーサーだって……書いてあったから?」

「え、ええ。あの子ったら、同室の子と仲良くなれたって。賢くて、好奇心があって、気遣いもできる素敵な子だって、そればかり書いてあったものだから、てっきり……」

「それが、ボクには嬉しい。アッシュは、ボクが見ることのできない心の底から、ただのボクを、友達だって扱ってくれているんだから」


 照れながらも幸せそうに、アーサー様が笑う。

 領主様のご子息に、こんなことを言われるのは、やっぱりすごいことなのだろう。


「あの、シェバさんもダビドさんも、ボクのことは様付けしなくて、いいよ? アッシュと同じ呼び方をしてもらえると……」


 本人からそんな風に言われても、わたしとダビドには絶対に君呼びなんてできないのだから、やっぱりアッシュはすごい。

 そして、こんなにいい子と友達になれたのは、いいことなのだ。


****


「つ、疲れたわ……」


 挨拶周りは、ひとまず終わった。

 考えていた通り、アッシュがお世話になった方にお会いして、お礼を言って、普段の様子を聞けた。

 考えと違ったのは、アッシュが思った以上にすごいことをしてしまっていた、ということかしら。


「すごい、お話だったわね……」

「ああ、すごい話なのは間違いなかった」

「いいお話、だったわよね?」


 ダビドは黙りこんだ。

 そこはわたしにすぐ同意して欲しかったけれど、ダビドのことだ、否定しなかっただけ優しい返しだったろう。


 まあね、確かにね!

 わたしも今回は、ちょっと、ちょーっとだけ、やりすぎ、という言葉が浮かんだもの。

 でも、いいことのはずなのよ。レンゲさんもアーサー様も、笑顔だったんだから。


 自分にそう言い聞かせながら、クイドさんの荷馬車で揺られていると、宿についたらしく止まった。


「シェバさん、ダビドさん、つきましたよ」

「ええ、ありがとう。……あら? 宿の前ではないのね?」


 食堂の前のようだ。馬車を止めるところの関係かしら。

 首を傾げていると、食堂のドアが開いて、お客さんらしき人達がクイドさんに合図している。クイドさんは、合図を返して、わたし達に笑う。


「今日の食事は、シナモンと灯火の食堂の方で食べましょう」

「あら、大丈夫なのかしら? 大会のおかげで混んでいると聞いたけど……」

「いやぁ、それが、アッシュ君のご両親が来ていると聞いて、うちと付き合いのある親方達がぜひお礼をしたいと盛り上がっちゃいまして……」

「親方」

「ええ、石工工房とか陶芸工房とか、あと鍛冶工房と大工工房……まあ、色々ですね。大勢集まって、お礼にシナモンの灯火でご馳走しようってことで、この時間貸し切りに」

「……なんで?」


 これまで我慢してきたけど、クイドさんが相手だから声に出して言ってしまう。

 なんでそんな人達に、こんな扱いを受けるのか、わたしにはさっぱりわからない。


「アッシュ君の報告にありませんでした? あの子、飛行機を飛ばしたり、レンガを作ったりで、職人さんの間でも一目を置かれてるんですよ?」


 クイドさんの答えが聞こえたのだろう。

 さっきクイドさんに合図していた人が、とんでもない、と大声を上げた。


「一目どころじゃないですよ! 二目も三目も置いてるんです! そうじゃなきゃ、工房の大事な見習いを貸し出してまで協力しませんって!」

「だ、そうですよ。……アッシュ君の報告って、どこまで書いてありました?」


 書いてあったわ。

 面白そうなものができた。たくさん協力してくれる人がいて助かったって。


 でも、皆で仲良くご飯を食べたって最後が締められていたから、お友達が協力してくれたものだとばかり。

 少なくとも、本職の、工房の人達が手伝ってくれたなんて聞いていない。

 その工房の職人さん達が盛り上がるようなものができたっていうことも、聞いていない!


 わたしがわたわたしながら必死に説明すると、クイドさんが、なんというか、気の毒そうな笑みを浮かべた。


「間違ってはいないですけど、絶妙に気にすべきところがズレてるの……流石って感じですね」

「慣れて、いるのね……クイドさん?」


 返事は一言、はい、だった。

 これはとても慣れているわ!


「まあ、アッシュ君のすごさというか、世間的な評価は、アッシュ君のやったことで商売させて頂いている身なので、ご両親よりも実感しやすいというか、痛感せざるを得ないというか……」

「た、確かに……。あの、それじゃあ、クイドさんに、聞いてみたいことがあるのだけれど……」


 なんでしょう、と首を傾げたクイドさんに、思い切って聞いてみる。


「アッシュは、いいことをしている、のよね?」

「え?」


 クイドさんが驚いて、返事に詰まった一瞬、不安で胸が締め付けられるようだった。


「ええ、もちろんじゃないですか! アッシュ君のやらかしたことで、どれだけの人が喜んでいるか! ていうか助かった人もいるんですから……いいに決まっていますよ!」


 一瞬の後、クイドさんの返事が、とても嬉しかった。

 やっぱり、アッシュがしているすごいことは、いいことなのだ。


「そんなこと心配していたんですか、シェバさんは? ダビドさんも? じゃあ、親方達にも聞いてみてください。たっぷりアッシュ君のすごさを説明してくれますから!」

「ええ、ええ。そうね、たくさん聞きたいわ。わたしとダビドだけだと、アッシュがどれほどすごいことをしているか、よくわからないのよ」


 クイドさんに紹介されて挨拶をすると、工房の親方さん達は喜んでアッシュのことを教えてくれた。

 特に鍛冶工房のミラベルご夫妻は、軍子会に息子さんがいて、飛行機作りでアッシュのお世話になったと、ずいぶんと丁重なお礼を頂いた。

 我が子の活躍を知る、楽しくて、幸せな時間だった。


「やっぱり、アッシュがしていることはすごいことで、いいことなのよ。そうでしょう、ダビド?」


 今度ばかりは、ダビドもすぐに同意するはず。

 そう思って問いかけたら、ダビドは警戒を続けている顔で、ぼそりと呟いた。


「クイドの奴、アッシュのやったことを褒める時、アッシュのやらかしって言ったの、聞いてたか?」


 ……わたしは聞いた覚えがないわ。ダビドの考えすぎよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アッシュ君はアーサーのことは、というか基本的に同期の子達も君付けでなくさん付けだったようなきがするけど、男の子のアーサーを印象付けるためにあえて手紙では君付けにしていた可能性が無きにしも非ずなので判断…
報連相の大切さ
声出して笑わせてもらいました(笑) このご両親ホント好きです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ