クールでクレバーなデキる女
【伝説の羽 ケイの断章】
やっほー。
ガーネシ商会軍子会支店、勝手に支店長のケイだよ!
今日も実家の商会の発展のため、そしてあたしのお小遣いのため、軍子会の同期達を相手に張りきって営業しているところ。
「あ、このお菓子、美味しい。蜂蜜味のクッキー?」
「でっしょー! このおケイさんが日々の地道な努力で見つけた新しい屋台なんだからね!」
「あはは、日々の地道な努力って、単なる買い食いでしょ」
「ぐっは、言葉の凶器がおケイさんの胸を貫くぜ……!」
食堂の空き時間に、持ち寄ったお菓子をつまみながらの情報交換。
これが支店長の営業なのさ!
なんか、あたしの役回りがイジられ役な感じなのが解せぬ。
軍子会に入る前から、商会の店番もやっていたデキる女なんだよ、あたし?
おケイさんってば、本当はクールでクレバーな女なんだぜ?
まあ、クールでクレバーでデキる女だからこそ、求められる役回りをしっかり演じきってみせるけどさ。
「そういえばさぁ」
ふと、情報交換会(女子限定の部)参加者の一人が、声を潜める。
きたきた。ここからが支店長の営業の本番である。
美味しいお菓子をパクついて、お喋りしてるだけじゃないんだよ。それぞれがあんまり大声で言えないことを、合間合間に挟んでくる。
まあ、楽しくお喋りして終わりってことも多いけどね。
「アーサー様、やっぱりあの人、男の子にしては可愛すぎない?」
んっぐ。あぶねえ!
クールでクレバーなデキる女であるところのおケイさんともあろう者が、むせてクッキーを噴き出すところだった……。
素早く集まりの面々の顔を見渡すと、「わかる」「そうだよね」みたいな反応を多数確認!
ますますあぶねえ!
アーサー様、お顔がよすぎて女子感が!
女子感が隠せてございませんですことよ!
あと多分、可愛いってのはアッシュ君といる時の表情とかだと思うんで、気をつけて。
あなたがそこを隠しきって頂かないことには、あたしの名前がモルモット何十世になるんで、マジでよろしくお願いしますよ!
援護はしとくから、本当のマジでよろしくね!
「ま、まあ、アーサー様は血筋的にもほら、端正なご一族っぽいからね。ヤエ様とかユイカ様とか、美人で評判だし? イツキ様だって中々結構あれじゃない? このくらいの年頃だと、仕方ないのかもよ?」
あたしの必死の支援によって、「確かに」「そうかも」という反応も多数確認。
いやマジでアマノベ家はお顔がよろしい人が多いからね。貴族ってすげえ。
でも、現領主のゲントウ様はゴツイ系なんだよね。貴族ってすげえ。
「そういえばさぁ、実家の方で聞いたんだけどぉ、アーサー様ってお肌がちょっと敏感なところがあるみたいでぇ」
ここですかさず、アーサー様への援護を追加する。
まあ、あれよ。下着の注文を受けて云々ってお話をね、ちょろっとしておく。
下着なんて男女で違うんだから、そこの注文を受けたことがある店なら、性別がどっちかなんて明らかってことよ。
「あ、これ、もちろんここだけの話だからね? 実家の商売のお話だし、領主一族が絡んでるやつだから、マジでよろしく」
大嘘だけどね。そんな注文、受けたって話は聞いてない。
あたしにとって大事なのは、アーサー様が実は女の子だっていう真実ではなく、あたしの命にかかわるアーサー様は男の子だっていう嘘なんだよ!
その嘘を固めるためなら、実家だってなんだって使ってやらぁ!
だから、アッシュ様!
あたしにモルモットの名前は必要ないです!
許してくださいなんでもしてますよね!?
「ケイさん、少しよろしいですか」
決死の思いで、アーサー様女子説を鎮圧しているところに、恐い声がかけられた。
丁寧な言葉遣いはアッシュ様と一緒だけど、芯が通って硬い声は女性。
振り返れば、リイン寮監殿が姿勢よく立って、見下ろしている。
「あ、は、はい! あたしは多分大丈夫ですけど、な、なんのご用でしょうか、寮監殿ぉ」
慌てて立ち上がって向き合うと、厳しい目がじっと見つめてくる。
ひぃ! アッシュ様はアッシュ様で恐いけど、リイン寮監殿も恐いよぉ!
恐怖を感じているのはあたしだけじゃない。その証拠に、さっきまでお菓子を食べながら盛り上がっていた全員が黙りこんで息を殺している。
「ここで話すようなことではありませんから、寮監室においでなさい」
寮監室へのお呼ばれ! あんまり大勢には聞かせられない大事な話があるっていうことだ。
普通に考えて、軍子会の普通の参加者に過ぎないあたし達に、そんな大事なお話はあるもんじゃない。寮監室に呼ばれるっていうことは、ほぼ、お叱り決定。
例外は、領主代行のイツキ様から連絡のあるアーサー様やマイカ様、そんで寮監殿とやり取りしているレイナさん。
あとはアッシュ様。なぜかアッシュ様。流石はアッシュ様。なんかもう訳わからん。
そういうのは本当に例外であって、あたしはまあ、普通の子なんで、お叱りですね、これは。
「ひゃい……」
覚悟を決めて返事をして、とぼとぼと寮監殿の後ろに続く。
ちらっと後ろを振り返ると、さっきまで楽しくお喋りしてた皆が、「あんたはまたなにしたのよ」「ご愁傷様」みたいな顔で手を振ったり、祈ったりしている。
あたしはなにもしてない! 今回はなにもしてないよ!
……多分だけどさぁ!
我ながら自分に自信が持てないけど、心当たりは本当にない。
なんだろうかとびくびくしながら、寮監室につくと、お茶を一杯だされた。
「あ、ありがとうございます? ええと、これは……お叱りではない、ということで?」
叱られるんならお茶なんておもてなし、されるはずないよね? そういうことだよね?
「ええ、そう思って頂いて結構です。あなたの話は、よく聞いていますよ。初めの頃はずいぶんと落ち着きがなかったようですが……」
じろり、と見られて背中がぞくぞくする。
はい。アッシュ様にモルモットにされかける前のお話ですね。あ、あの頃のあたしは、あまりにこう、アホの子でした……!
なんていうか、考えが甘かったよね。今日だしたお菓子の蜂蜜クッキーより甘々だった。
そりゃそうだよね。
領主一族があんな風に隠しているアーサー様の性別を、あたしみたいなド庶民が、好奇心だけで暴いちゃったらもう……死ぞ。
ある意味、生きているのはアッシュ様が止めてくれたおかげだよね。
いや、あたしをモルモットにしかけたのもアッシュ様なんだけどさ。
「最近は、言動にも節度が出てきたと聞いています。好ましくない噂については、抑えに回っているようだとも。それでこそ軍子会の一員と呼ぶに相応しい振る舞いです」
「あ、あはは、いえいえ、とんでもないと言いますか。ええと、ありがとうございます……」
こっわ! 確かにさっきも噂の抑えに回ったけどさぁ!
あの手の噂って一応、隠れて話されてるのに、寮監殿がばっちり把握しているのは恐いって!
誰かが寮監殿に繋がってるってことでしょ! どこ、どこから話が漏れてる!?
だらだらと冷や汗をかいていると、目の前の寮監殿が、口元にごく薄の笑みを浮かべた。
「ケイさん」
「ひゃい!」
「侍女というのは、色々と秘密を知る立場にもあります。その秘密をどのように扱うかも、わたくし達の重要な能力なのですよ。覚えておくとよいでしょう」
「ひゃい……」
侍女家の女子達か! いや、でも、その中の誰だろ?
レイナさんではない、はず。あの子は寮監殿と一緒で厳しいから、くだらない噂話なんて持ちこまれない。
ダーナさん? あのほわほわの見た目と喋り方は確かに接しやすいけど、見た目詐欺の風評が広まってから警戒対象にもなっているはず。
ていうか、こっちだってきわどい噂話は、人を見て話題を選んでるってのに!
さっきだって、アーサー様の見た目可愛すぎない、って言い出したのは侍女家の子で……。
一瞬、脳裏を「釣り針」という言葉が過ぎる。
あの、口の軽そうな子、というか、口が軽いと思っていた子。それ用の囮だったりします?
美味しそうな餌をまいて、それに食いついた間抜けを釣り上げて、しめる、みたいな……。
恐る恐る上目遣いにうかがうと、リイン寮監殿は整った所作でお茶に口をつけている。
こっわ! 何気ない素振りのなにもかもがおっかなく見えてくる!
さ、流石、鉄腕侍女と呼ばれるバティアール家のトップだよ……。
パパもそうだけど、慣れた商人達も会う時にビビるはずですぜ、こいつぁ……。
「さて。そのように軍子会に相応しい振る舞いを身に着けたケイさんに、一つ依頼があります」
「い、依頼、ですか?」
お願いとかでなく、依頼。お仕事ってことですか?
責任が発生するってことですかぁ!?
「な、なんでしょうか。あたしなんかにできることなんて、あんまりないかなぁ、なんて……」
「一つ、噂を流して欲しいのです」
やんわりと拒否しようとしたけれど、ダメだった。黙って従えってことですね。はい。
しかし、噂とな。
確かにまあ、似たようなことをやってるんで、できないことはないと思うけど、どんな噂だろ。
「つい先日のことなのですが、寮内で窃盗……盗まれたものがあったようでしてね」
あっ。
察した。
いやね、確かにこの前、マイカ様とアーサー様がすっげえピリピリした空気をまとってたんだよね。
すっげえ刺々しい目つきで、一部の男子グループを睨んでたんだよね。その時点でさ、もう大体は察したよね。
まぁたモルドのバカどもが、アッシュ様に手を出したな、ってさ……。
「アッシュ君への嫌がらせ、とうとう物を盗むとこまでいっちゃいましたかぁ」
あたしの呟きに、寮監殿は黙ってお茶を飲んだ。そこは一応、秘密なんですね。
わっかりました。おケイさん、秘密、覚えた!
「このことが表に出ることは好ましくありません」
「でしょうねぇ」
軍子会の中で盗みが出ましたなんて、赤っ恥もいいところだ。
軍子会の修了者って、犯罪を取り締まる側の人間になるんだもん。それが盗みを働きましたって知られたら、どんな教育をしているんだ、そんな奴等に犯罪を取り締まれるか、ってことになっちゃうもんね。
「盗まれたものがものですから、なおさらです」
「……そう、ですかぁ」
一体なにを盗んだんだ、あのバカども!
アッシュ様のものでしょ? 農民の出だから、そんな大したものなんて……いや、神殿から借りてる本とか、謎の毒物とか、マジでヤバイのあるじゃん。
ていうか、アーサー様の同室で毒持ってるって、それ一番やばくね?
アッシュ様が一番やばくね?
ほんと、アッシュ様の正体が謎。
……今さらその正体を知ろうだなんて思わないけどさぁ!
これっぽっちも、ほんともう、まったくさっぱり、思わないけどさぁ!
「今回の事件を内々に片付けるため、犯人には自分から、ものを返すよう仕向ける。それが決定された意向です。そのための噂を、ケイさんには流して頂きます」
誰の決定? 寮監殿かな。それともその上の、イツキ様のかな?
あたし、えらいことに巻きこまれそうじゃね?
「ええと、どういう噂を……?」
「軍子会の中で窃盗など許されない。証拠が見つかったら厳罰に処す。そのように、寮監と領主代行が激怒している。そういう噂です」
「ふんふん? なるほど?」
なんか、そんな危ない噂ってわけじゃないね。
いや、怒らせたらまずいところを怒らせたバカは危ないけど、関係ない人には害はなさそうだし。
「あとは、そうですね。直に犯人捜しが始まること。犯人捜しは徹底的に行われること。見つからなければ軍子会全体の問題として、全員が罰せられること」
無関係なのに害がやってきた!
全員ってあたしもってことだよね、それ!
「噂、ですよね……?」
「今は、噂で済んでいますね」
「今は……」
「激怒しているのは本当ですよ。わたくしも、イツキ様も。それにアーサー様とマイカ様はもちろん、このことを知ったら先日の人狼襲撃に携わった多くの方々も激怒するでしょう」
あっ。
察した。
おい、モルドのバカどもぉ!
バカなのは知ってるけどもっと考えてからバカしろよバカどもぉ!
よりにもよって、よりにもよってお前等、人狼の件の勲章を盗んだのかよぉ!!
あれ、アッシュ様があそこで踏ん張ったから助かった人もいるんだぞ!
その功績の勲章を盗むとか、助けられたと思ってる人達が知ったらマジで命を狙われてもおかしくないじゃん!
イツキ様が怒るのも、内々で済ませようと動くのも当たり前だ。
そんな功績をあげた人物を蔑ろにされて黙ってたら、あちこちから文句言われるわ!
ていうか、盗まれたアッシュ様にも、しっかりしまっておけと文句を言う人が出て来そう。
で、アッシュ様に助けられた人達は、その文句を言う人達にまた文句を言いそう。
あの人、飛行機を飛ばしたせいで名前が知られまくってるから、軍子会の外まで大騒ぎだ。
そんで、そんな騒ぎを起こした世代の軍子会の面々も、白い目で見られるだろう。そりゃあ全員に罰を与えるって話も出てくる。
どこまでも広がっていく火事かよ。誰も幸せになりそうにねえ……!
やばくね?
思った以上に、やばくね?
これ、内々で済ませられなかったら、どえらい騒ぎになるんじゃね?
やばくね?
あっはっは。やばい。
「ケイさん」
冷や汗だらだら。脂汗だくだく。
座ってるお尻が気持ち悪くなるくらい汗をかきまくっているあたしに、寮監殿が呼びかけてくる。
笑顔だった。
綺麗な、すごみのある、笑顔だ。
「事の大きさがわかったようですね」
「ひゃい……!」
わかりとうなかった!
こんな嫌な汗をかく危なさ、わかりとうなかった……!!
心の中で泣きじゃくり、表ではギリ涙目で耐えながら、あたしは必死に頷く。
少なくとも!
少なくともこのあたしは、罰する側に立つんだ! その姿勢は見せるんだ!
がんばれあたし! 実家の平穏とあたしの未来は、あたしの肩にかかっている!
重すぎぃ!
「噂を、しっかりとまきなさい。盗んだ者達が、慌てて証拠を元に戻すように。誰もが、盗んだ者に圧力をかけるように。内々で、噂が噂で済むように」
「ひゃい、がんばりますぅ!」
よろしい、と結んで、リイン寮監殿は静かに頷いた。
「無論、これは依頼ですから、報酬もお支払いしましょう」
「い、いえ、報酬なんて、そんな……。軍子会の一員として、当然のこと? 多分、当然のことみたいなものだと、思うので……。無事に済めば、いいなぁって。それが、なによりの報酬だと思いましゅ……」
「引き受ける側として、殊勝な心掛けですね。ただ、それに頷いては依頼する側として不義理。しっかりと報酬を払います」
いや、ほんと、いりませんよ?
なんか、ここで報酬をもらったら、今後も報酬ありなら引き受けちゃうことになりそうなの、勘弁してくれません?
あたしはもう一杯一杯っていうか、これ以上、泥沼っぽいなにかに引きずりこむのやめてもらっていいですか……。
「バティアール家から、ガーネシ商会に注文を入れましょう。先程、なにやら食堂で美味しそうなものを食べていましたね。あれを我が家の茶菓子にまとまった数、いかがでしょう?」
「ご用命、ありがとう、ございますぅ……! 屋台の品なので、どれだけの数をそろえられるか、確認してからのお知らせで、よろしいでしょうか……!」
うぅ、注文をちゃんとされちゃうと、実家の店番で覚えた台詞と笑顔が出ちゃうぅ!
「ええ、楽しみにしていますよ、ケイさん。それと、今回の件はきちんと評価の対象にします。あなたの能力を見せてください」
「ありがとうございますぅ、がんばりますぅ!」
やだぁ! こんな恐い世界にはまりたくなぁい!
でも、そんなこと口に出して言えるかぁ!
それもこれも、どれもこれも、モルドのバカどものせいだ!
おっぼえてろよ、モルドのバカどもぉ!
お前等、徹底的に追いこんで、きっちり寮監殿の計画にはめてやるからなぁ!
おケイさんはやればデキる子だってこと、見せてやらぁ!




