レイナの同室相手
【伝説の羽 レイナの断章】
「やっぱり、不安だわ……」
寮の部屋に戻って、頬杖を突きながらぽつりと漏らす。
考えているのは、今日アッシュから任された仕事について。工業力向上計画のうち、航空技術の復興を目指す班に組みこまれたのだ。
……どう考えても、軍子会でやることじゃないわね。
この時点で心配しかない。
その上、その上で、班の仲間があのアッシュとヘルメスなのである。
まあ、ヘルメスの問題児っぷりは今日初めて知った……わけでもないわね。あの子は、入寮当初から人との会話が苦手そうで、それなりに目立っていた。
今日は、これまで知っていたのとは違う方向性の問題を見せられただけ。つまり、問題児に問題が上積みされたということよ!
こんな状態に放りこまれたら、色々ともう、恐ろしいと感じてしまうのは仕方ないじゃない……。
だって、あのアッシュとヘルメスの組み合わせよ?
お母様から聞いたところ、農業改善計画では重鎮会議の面々ですら頭を抱えたという、あのアッシュ。それと今日一日で気が合いすぎる様子が見られたあのヘルメス。
この二人の組み合わせで不安を感じないという人がいたら、ぜひ見てみたい。
「レイナちゃん、どうしたの? お腹空いた? おやつの蜂蜜漬けの木の実、食べる?」
見られたわ。
あの二人の組み合わせでも不安を感じない人が、わたしの同室だったわ。
「おやつはいいわ、ありがとう。明日から始まる日々が不安なだけよ」
苦笑して、素直に弱音を吐く。
他の子達には見せられないけど、マイカは特別。同室だもの、ちょっとくらいは甘えてもいい、と思う。
このくらいなら、まだ大丈夫よね?
「大丈夫、大丈夫。まあ、ちょっとアッシュ君の勢いがつき過ぎるかもだけど、悪いことはしないから」
「その勢いがつき過ぎるのが恐いんだけど? マイカが一緒にいてくれれば、アッシュのことも上手く止められると思えるのだけれど……」
「今回は別行動だからね。アッシュ君のお願いだからね、ごめんね、レイナちゃん」
にこにこ笑顔で謝られてしまった。マイカとはずいぶんと仲良くなったと思うけれど、アッシュの頼み事とは比べられないらしい。
ちょっと寂しいわね。まあ、普段からあれだけアッシュのことを見ているマイカを知っている身としては、納得するしかない。
でも、納得できたところで、問題は解決してはくれないのだ。
「昼はアーサーとマイカに励まされて、なんとか持ち直したけど、明日からどうするか考えると、やっぱり不安なのよね。アッシュだけでも難しいというか、絶対無理なんだけれど、そこにあのヘルメスもでしょう?」
「ヘルメス君も元気になったもんね。勉強会の時とは別人みたいだった」
「そう。そうなのよ。いえ、元気になったことは、ええ、いいことよ。そう思うのだけれど、明日から、あの二人の勢いに自分が巻きこまれると思うと……」
こう、言わなくても、わたしの気持ちはわかるでしょう?
「絶対楽しいね!」
すごい笑顔のマイカは、わたしの気持ちをわかってくれそうにない。
いえ、多分、わかってはいるんだと思う。昼はアーサーと一緒に励ましてくれたもの。
あの時の言葉の数々は、わたしの気持ちをわかっているからこそ、かけられるものだった。かといって、今の言葉がマイカの嘘だということでもないようだ。
マイカだったら、実際に楽しむんだろう。そういう逞しさがこの子にはある。
「マイカは強いわね。やっぱり、小さい頃からあのアッシュと一緒だったせい?」
「そうだよ。アッシュ君は、いつでも明るいし、なんでも明るくしてくれるからね!」
相変わらず、すごい信頼だ。
この子は、アッシュがすることには、いい結果がついてくると信じ切っている。毎夜の惚気話を聞くに、それはちゃんと実績があってのことだというのは、ちょっと恐ろしい。
つまり、今回もそういう実績ができそうってことよね? ああ、また不安になってきたわ……。
「ねえ、マイカ。アッシュが暴走しそうな時って、どうやって止めるの?」
「止めないよ?」
「え? でも、マイカってよくアッシュの暴走を止めているでしょう? あれ、ひょっとしてそうでもない?」
思い出してみると、結果的にマイカがアッシュを止める、ということは少ない気がする。
「止めてないよ。アッシュ君が本当にやりたいことって、止められないもん。でも、勢いがつき過ぎてる時は、こう、ちょっと横の方を向かせて一拍置いたり、真っ直ぐ向かおうとするところを回りこんで進ませたり、できるだけ周りの皆と衝突しないよう、皆がついていけるようにしてるの」
「な、なるほど。止めているように見えるけど、あれって進み方を変えているだけなのね」
「そう! そうした方がいいって、お母さんが!」
「ユイカ様の! そうなの、流石ね、勉強になるわ」
お母様が信頼するユイカ様の言葉なら、頼りになる。
確かに、止めるよりも進み方を変える方が簡単そうだ。それならわたしにもできる、ような気がしたけど、これはやっぱり勘違いかもしれない。
口で言うのは簡単だけれど、実際にあのアッシュの勢いを前にしたら、進み方を変える前に跳ね飛ばされそうだ。
……なんか、跳ね飛ばすんじゃなくて腕を掴まれて引きずり回される方を想像しちゃったけど。
そのアッシュに、ヘルメスまで加わっているのだ。
二人分の勢いをわたし一人で変えろ、と?
「やっぱり無理だわ。できる気がしない……」
「え~、レイナちゃんならできると思うけどな」
「マイカならできるのでしょうけど、わたしは自信がないわ」
人の機微、というのだろうか。そういったものを察する力が、マイカは強い。
それに、マイカの言葉はするりと心の中に入って来る。流石、領主一族の血筋だと思う。人の上に立つ人物とはこういうものなのだと、一緒に過ごして何度も感じている。
そんなマイカに対して自分はどうかといえば、軍子会が始まった当初の空回り具合といい、ちょっと独りよがりというか……。
こうして反省するだけで、自分が恥ずかしくなって、未熟さを痛感している。
「大丈夫、大丈夫。レイナちゃんならできるよ。レイナちゃんは優しいから、相手のことをよく見てるもん」
「そ、そうかしら? よく見ているつもりではあるけど、優しくは……。バティアールの娘として、すべきことをしているだけで」
「リインさんも優しいもんね。親子って感じがする。相手のことをちゃんと見てるから注意できるんだしね。後は、こう、ここを突かれたらダメって言えないーってところを突っつくだけだよ!」
……確かに、お母様のことを出されたら、わたしもダメとか無理って言えないわ。
なるほどね、こういうことなのね。相手の勢いを真正面から受け止めるのではなく、相手の弱いところを見極めて、そこに力を集中させる。
わかった、ような気がするわ!
「ありがとう、マイカ。少し、どうすればいいのか道が見えた気がするわ」
「そう? ならよかったよ。がんばってね、レイナちゃん!」
この時、アッシュを応援するマイカによって、上手いこと誘導されたことに気づいたのは、大分後になってからのこと。
この頃のわたしは、本当に、まだまだ未熟だった……。