ホルスの入寮初日
【シナモンの灯火 ホルスの断章】
軍子会の参加者は、基本的に寮生活になることは知っていた。
軍だから集団行動を身に着けるのは大事だと、親からよく聞かされていた。
でも、その父親本人が、騎士としては単独行動が多い斥候役として活躍し、息子の自分も斥候役になることを期待しているんだよ。
その息子が集団行動に慣れてもいいのか? ある程度は慣れる必要があるっていうのは、それはそうだろう。
でも、一体どこまで慣れるべきなんだ? そもそも、慣れることができるのか?
自分で言うのもなんだが、うちは相当変な一家で、そこで育った俺も相当変な奴だぞ?
両親にそう問い詰めたら、両親ともに露骨に目をそらした。そこで答えてくれないのは、親としてどうなのさ。
まあ、答えられないのもわかるけど。
……そんな感じで、親子そろって自覚があるほど、我が家は、なんというか、変な奴等なのである。
ちょっと言い訳をすると、これには仕方のない面がある。
我が家はサキュラ騎士には珍しい、斥候専門の家系として、狩人の技術を継いでいる。ご先祖様が狩人の一族で、時の領主を助ける活躍をして騎士に召し上げられてから、ずっとそうしてきた。
だから、根っこの部分が騎士よりも狩人に近い。
騎士の芸とは剣の腕、という風潮もある騎士社会で、うちはそんなこと無視して弓を子々孫々と教えて来た。軍子会に入る前に、領都近くの森や平原で獲物を狩って訓練するくらい、本気で継いできた。
この時点で変人の一族だろう。騎士になったんだから、もうちょっと騎士っぽく振る舞えばいいのに、騎士社会に馴染もうとはしなかった一族で、その一族の端っこが俺だ。
この血筋で、俺が変じゃない理由があるだろうか?
いや、ない。
残念だが、ないんだ……。
そんな変な一族の、変な息子が、軍子会で同年代の連中に混じって、馴染めるか?
親が目をそらして答えられないほど、ズレているのに?
(多分、無理じゃないかな……)
とりあえず、問題だけは起こさないようにしよう。
場に馴染めなくても、大人しくしていることはできる。そういうのは得意だ。
狩りなんて、大部分が息を潜めて獲物を待ち構える時間だ。静かに、大人しくしているために、訓練をしていると言っていい。
(その訓練のせいで、周りとズレた変な奴になってるんだけど……)
野生の獣を相手に、気配を察知されないために、狩人はなにをするか。
答えはなにもしない。
喋らない。身動きしない。呼吸の音さえ殺す。動物より植物みたいに、ただじっとそこに在る。動物になるのはほんの一瞬、獲物をしとめる時だけ。
そんな植物みたいな狩人を、動物である人の群れの中に投げ込むとどうなるかというと、無口で気配の薄い、いるのかいないのかよくわからん、変な奴になる。というか、自分はもうなっている。
騎士の家系の交流会でも、一人でいても「ああ、あいつか」みたいに見られているし。
ますます軍子会で馴染める気がしない。それは親だって黙って目をそらす。納得しかない。
(まあ、いいか。とりあえず狩りの腕さえ鈍らなければ、騎士になれなくても食っていける)
ここで、別に騎士じゃなくても大丈夫だ、と開き直る辺り、うちの一族の端っこに自分がいることをすごく自覚する。
多分、先祖代々、「狩人に戻ってもいい」と思って騎士をやってきたんだろう。なんか、それがすごくよくわかる。
そんなわけで、期待よりも不安、不安よりも開き直り多めで、軍子会の寮生活は始まった。
*****
軍子会での生活は、意外なことにすごく馴染んでいる。自分が一番びっくりだ。
でも、馴染んだ理由を話せば、自分が一番納得できる。
その理由は、寮の同室相手が、変な奴だったのだ。
同室相手のヘルメスという人物は、俺と同じくらい無口な奴だった。最初の挨拶以降、何度声を聞いただろうかというくらい、無口な奴だ。
音が少ない寮の部屋は、狩りの待ち伏せの時のようで、すごく落ち着く。
逆にこれが口数の多い相手……たとえば、グレンのところのサイアスとか、女子のケイみたいな相手だったら、俺は早々に疲れ果てて、寮生活から脱落していたかもいれない。
食堂なんか盛り上がっている時は、はたで会話を聞いているだけでぐったりするから。
楽しそうだとは思うし、我慢できないほどじゃないが、うちの実家は物静かなんだ。
休む時くらいは、実家のような静けさに浸っていたい。そのうち、騒がしいのに慣れるとしても、いきなりはちょっとつらい。
逆に言えば、寮部屋が静かなおかげで、軍子会の日々に慣れる余裕が取れている。
同室相手に恵まれたおかげで、弓の手入れも毎日心穏やかにできる。
今日も今日とて、同室のヘルメスは静かで、隣で自分の机に向かって背中を丸めている。
(狩人の家系以外でこんなに無口な奴もいるんだな……)
弓の手入れを止めて、隣の机でなにかをしている同室相手を見やる。
なにをしているかというと、なにかしている、としか言えない。金属を加工したなにかを弄っている、ということしか俺にはわからない。
ただ、真剣な眼差しは、確かに職人の血筋を感じる。
(職人には無口な奴も多い気がするし、うちと同じく、鍛冶屋の一家としてはこれが普通なのかもな)
たまに話しかければ、ぶっきらぼうな感じはあるが、ちゃんと返事はする。
軍子会の授業態度も真面目で、正直俺より勉強ができる。そのせいで、ちょっと面倒な連中に目をつけられていることだけが、こいつの問題点だ。
(モルド達がな……。なにも、成績が自分よりもいいからって絡まなくていいだろうに)
気配が薄く、周囲から話しかけられないし、話しかけないからといって、なにも見ていないわけではない。
むしろ、周囲のことはよく見ているつもりだ。誰がなにを話していたとか、どこを見ていたとか、色々と見えている。
(マイカ様とか、アッシュ君のことしか見てないように見えて、すごい色々見てるんだよな。そばで誰かが動くと反応できてる。隙がなさすぎて、あれはちょっと恐い)
アッシュ君も隙が少ない。隙があるように見えて、隙間をちゃんと意識しているので、その方向に誘っているような雰囲気がある。
聞こえて来る会話の端々から、罠系の狩人の技術を持っていそうなので、いつかゆっくり話をしたいと思っている。もうちょっと、俺が軍子会のにぎやかさに慣れた頃には、ぜひ。
アッシュ君の周り、目立つ人ばかりだから、にぎやかなんだ。
そして、隙のないマイカ様と、隙の少ないアッシュ君の二人に囲まれているアーサー様は、まさに鉄壁、といった守り具合だ。
アーサー様はかなり訳ありっぽいから、多分、領主一族の方々の采配なんだろうな、あれ。
お疲れ気味だったレイナさんの顔色がよくなっているので、アーサー様護衛班としての体制が整ったって感じかな。
アーサー様の周りだけでなく、軍子会全体の問題を抑えこんでいるレイナさんが倒れていたら、今よりもっと騒がしくなっただろうから、俺としても皆としても、よかった、よかった。
……こんな感じで、俺は無口だからといってなにも考えていないわけではないし、話しかけないからといって周囲を無視しているわけでもない。
当然、問題児のモルド達のことだって警戒している。アッシュ君の方に手を出しづらいから、ヘルメスにちょっかいを出そうと考えているようなんだよな。
それは、俺にとっても都合が悪い。なんたって、変な俺の同室として、変なヘルメスは最高の相手である。
(なるべく一人にしないように、一緒に行動するか)
限界はあるけど、なにもしないよりはマシだ。ちょっと面倒は増えるが、これも集団行動の勉強だと思う。
一応、騎士家の人間だから、騎士道的なあれだ。
まあ騎士云々はどうでもいいが、一狩人としてヘルメスは気に入っていることがある。
(道具の扱いが丁寧な奴は、信頼できるからな)
毎日毎日、机を並べて手入れをしているのだ。ちょっとした仲間意識だってできる。
まあ、ヘルメスがなにを弄っているのかはさっぱりわからないのだが、大事そうにしているのはわかる。
この生活が続けば、そのうち話を聞くこともあるだろう。
……多分。




