表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

277/281

ヘルメスの入寮初日

【シナモンの灯火 ヘルメスの断章】

 軍子会の参加者は、基本的に寮生活になることは知っていた。

 軍だから集団行動がどうたら、という話を、実家の客の騎士から聞かされていた。

 大勢の連中とやっていくなんて面倒、というのが素直な感想だが、親の希望と自分の希望を両立させる進路がこれだったんだ。


 とりあえず、俺は勉強さえできればいいんだから、同室の相手が変な奴じゃなければいい。それ以外は、こっちから絡まなければ、面倒もそうないだろう。

 別に、お偉いさんの子供と仲良くなるとか、どっかのいい家との繋がりを作るとか、将来の嫁を見つけるとか、そういうことは考えてもいない。親には悪いが。


 静かに、一人で、毎日が過ごせればそれでいいんだ。

 どうせ、誰とも話なんて合わないんだから。



*****



 そう思っていたんだが、同室の奴は、思ったよりも、なんか、こう……変な奴だった。

 いや、悪い奴ではない……んじゃないかな? 静かだし、大人しいし、しっかりしている?

 うん、多分、しっかりしている。とりあえず、変に絡んで来ないから、俺にとって悪い奴ではない。


 ただ、あれだ、すげえ無口なんだ。

 何度も言うけど、俺にとっては悪くない。静かだから、なんの邪魔もされずに飛行機のことを考えられる。願ったり叶ったりと、喜んでもいい。

 多分、そのはず。


 でも、俺が言うのもなんだけど、流石に心配になるくらい無口なんだよな……。

 部屋で飛行機模型の部品を削って整えていると、ドアを開けて、その同室相手が入って来る。

 ドアが動くまで物音も、気配も感じないのでちょっとびびる。飛行機模型の部品って言っても、本当にバラバラの部品の一部で、他人が見てもこれがなにかわからない、はず。

 だから、びくつく必要もないんだが、それはそれとしてやっぱりびっくりするって。


 ここはお前の部屋でもあるけど、ノックくらいしろよ。そう思って顔を向けると、同室相手は無言で視線を返して来る。

 で、無言。それから、すーっと自分の机の方に移動する。

 この間も無言、というか足音すら小さくて消音。


 お前、幽霊かなんかか?


 思わず聞きそうになるが、眉間に力を入れてぐっと堪える。

 軍子会の他の連中にも見えているらしいので、幽霊じゃないのはわかりきったことだ。そんなことを聞いたらアホ丸出しだ。

 それでも聞きたくなるけど。


 俺の隣の机に座った、この幽霊もどきの名前はホルス。

 本当に変な奴だと思う。……俺も変な奴だと言われまくってきたし、この軍子会でも言われているから、向こうは向こうで、変な奴、って思われてそうだけど、それでもホルスは変な奴だと思う。


 隣の机で、ホルスは自前の弓を取り出して、手入れを始める。これはこいつの日課だ。

 初日、顔合わせをして自己紹介をして――その時は普通に声を出して名乗った。口数は多くはなかったが、それはお互い様だし、この時は割と普通の奴だと思ったんだけどな――いきなり弓を取り出した時はびびった。


「なんだそれ」

「弓」


 そんなの見りゃわかるわ!

 心中では大声で突っ込んだが、実際の声は出なかった。考えてもみろ。いきなり凶器を取り出した奴を、下手に刺激したらどうなる。

 ちょっと恐いだろう。


「お、おう、そうか」


 それだけ絞り出した声で、ホルスにもこっちの戸惑いが伝わったらしい。俺に見えやすいよう弓を持って、奴は頷いた。


「短弓だ。射程は短く、威力も弱い。でも、持ち運びが容易く、森などでは取り回しがしやすいのが大きな利点なんだ。イノシシやシカと言った獣を仕留めるのは難しいため、主な狙いは鳥になる」

「そ、そうか」


 いや、弓の種類がなにか、で戸惑ったわけじゃねえよ。なんでそんなものを持ちこんだ。

 それとも、騎士の家系なら、そこまでおかしくはないのか? なんたって軍子会だからな。軍に関係することなら、愛用品を持ちこむのもありなのか。

 でも、真剣を持ちこんでる奴がいたら危なくねえ?


「これより大きな弓は、持って行くのはまずいと止められてしまった……」

「だろうな」


 寮の部屋は狭くはないが、二人で使うには広いってほどでもない。でかい弓なんか持って来られたら、俺が困る。

 短弓だけでよかった。本当によかった。


 安堵して頷いたら、ホルスは問題が解決したと思ったらしい。そのまま、弓の手入れに入ってしまった。

 弓を布で軽く拭き、弦を張って軽く引くなどし始めた同室相手に、俺は色々ともうあきらめた。

 あきらめて、隣の自分の机で、飛行機模型の部品の調整を始めた。実家の端材で、親父の使用後の炉で急造したものだから、ヤスリで研磨して調整するところがたくさんなんだ。


 結果、俺の軍子会の寮生活というのは、無言で弓の手入れをするホルスの横で、無言で飛行機模型の調整をし続ける、そんな静かなものとなっている。

 俺は別に一人でいいと思っているから、それで構わないんだが、ホルスもそれでいいんだろうか。

 だって、こいつ騎士になるんじゃないのか? 騎士って言ったら、仲間や部下と協力して戦うだろう。無言のまま視線だけで合図されても、周りが困る。


 困るよな? 俺は別に困ってないけど。


 飯の時間だとか、授業のために移動しなくちゃって時も、ちゃんと合図して一緒に行動しようとしてくるんだ。ただ、それが極力無言、無音で済ませようとするだけで、その辺はしっかりしているんだ、わかりづらいけど。

 それに、声を出せないわけでも、出さないわけでもないしな。授業とかで必要な時はちゃんと喋る。


 つまり、ただの変な奴だ。


 隣の机で、真剣な眼差しで弓を手にしているホルスを見ると、いつもそう思う。


(道具の扱いが丁寧な奴は、信頼できるからな)


 ホルスが持ちこんでいる弓は、特別高価なものには見えない。まず間違いなく、見習い練習用のもの、安物の部類だ。

 一人前になったら使わなくなるであろうものを、毎日大事に扱っているホルスの姿は、職人にとっていい客だ。


 俺の同室は、変な奴だが悪い奴ではない。

 今日も、寮生活は静かだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ノスキュラ村の狩人さんのご親戚ですか?w
ホルス君、なんだか既視感がありますねぇ!
バンさんと同じ口ですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ