私の火床、あなたの火床9
【伝説の羽 アッシュの断章】
ヤック料理長にお話を聞いて頂いた代償として、私は軽食をそのまま差し入れ先の会議室に運びこむ役も買って出ることにした。
会議の現場は領主館ではなく、執政館である。
運搬担当の召使いさんと、その監督の侍女さんに混じって会議室まで侵入すると、会議中の面々の視線が私に集中した。
「なんでアッシュがそこにいるんだ?」
「お手伝いです」
領主代行の問いかけに、事実を端的に答えながら、ピザをそれぞれの席に置いて行く。
ええと、イツキ氏は丸めていない、手掴み用の三角ピザでいいでしょう。
クイドさんとヘルメス君も三角ピザ。レイナ嬢とネイヴィル女史はロールピザをどうぞ。
「いや、そういうことでは……。お手伝いだからで済む話ではないでしょう?」
皿を置いた私に、色んな言葉を投げつけたそうな表情で、レイナ嬢が呟く。
確かに、それもそうかもしれない。
「こちら、ヤック料理長に代わってご説明させて頂きます。最近、ヤック料理長が研究している料理で、ピザでございます。似た料理は前からありましたが、正式と言いますか、改めて料理として定義をし、味を追求しているそうです」
「そうではなく、料理の説明が欲しいわけじゃなくて……!」
はて? レイナ嬢がなにを仰りたいのか……また、その他の面々ももの言いたげな眼差しを私に送って来ていますが、なにを仰りたいのか、わかりたくありませんね。
察しろという空気は全面的に却下いたします。今の私は精神的無菌室!
「こちら焼きたてが一番美味しい料理ですので、お早めに食べてください」
なんならピザ窯の一番近くのカウンター席で、焼き上がったばかりのものを口に突っ込むべしとか言われるような料理である。
別な建物で焼き上げ、切り分け、ひと手間かけた後に運んで来た現在、ピザとしては少々味が落ちてしまっている。
せめて、温かいうちに食べた方がいいですよ?
料理に携わる者として、また原材料の生産に携わる者として、真心こめたメッセージ。
「……料理を運んで来る余裕があるなら、この飛行機販売についての話し合いにアッシュも入ってくれていいんじゃない?」
おお、レイナ嬢が私の回避行動に追いすがる言語的誘導弾を放ってきましたね。成長を感じます。
この面倒な……もとい、困難な話し合いを任せたかいがありました。
「私は現在、飛行機チームよりレンガチームの所属割合が多く、いわば部外者ですので」
「…………部外者が、会議室に入って来るのはどうなのかしら?」
「差し入れ給仕のお手伝いですので」
運搬担当の召使いさんと監督の侍女さん、双方に味見のお裾分けをすることで、なんの問題もなく、現在の私はお手伝いの一員である。
「………………レンガチームって、今は別なお仕事の手伝いができるほど暇なの?」
「よくぞ聞いてくださいました」
どうやって切り出そうかなと思ったんですけど、そちらから聞いてくださるなんて流石はレイナ嬢。面倒見がよくて大変素晴らしい。
多分、レイナ嬢としては、「暇です」という類の答えを引き出して、飛行機チームの手伝いをさせたかったんだろうけど、当然その程度の誘導言語弾は回避しきります。
アフターバーナーを点火して急加速、急旋回!
「現在、レンガチームは試作第一号レンガを焼き上げまして、その結果から今後の計画を微修正しているところです。とはいえ、計画前からある程度の想定はされていたことで、目標のレンガ完成まで相当数の試作を重ねる必要で、想定予算の上限の数値を使いそうです」
要約すると、もっとお金ください。
「……………………今、ここは、飛行機販売についての会議、なのだけれど?」
長い、長い沈黙の後、額を押さえながら、レイナ嬢は絞り出すように言った。
「レンガの製作は、飛行機の製作と同じ工業力向上計画の一環ですので」
「――!?」
さっきレンガチームの所属だから部外者って言ったのに!? みたいな顔になったレイナ嬢。
さっきはさっき、今は今です。定義は常に最新の事象にアップデートされるのです。
「もちろん、この場は飛行機関連の話し合いですからね。この場でレンガ関係の予算についてあれこれと決めて欲しいなどということではありませんよ。あくまで話の流れから、こちらの事情をお話したまでです」
無視してもいいんですよ。この会議ではね?
「ヤック料理長も、新しい調理用窯の新造に興味があるようですし、前向きな検討をお願いしたいですね」
寮館と、執政館の厨房の親分は、すでに私の味方だ。
私を敵に回して、明日のご飯が美味しいと思わないことですね! ふははははー!
レイナ嬢は頭を抱えて突っ伏し、イツキ氏は眉間を揉んで、ネイヴィル女史は真顔、クイドさんは感心した風に頷いており、そしてヘルメス君はなんだかよくわかっていない顔を傾げている。
よくわかっていないので、ヘルメス君は撃沈しているレイナ嬢に説明を求めてしまった。
「なあ、アッシュは、なんて?」
「…………………………わたしも、よく、わかりたくない」
「わからないんじゃなくて、わかりたくない、なのか?」
私が言うのもなんですが、ヘルメス君、やめて差し上げて。
私はやめないので、せめてヘルメス君はやめて差し上げて?
なぜだかお葬式みたいな雰囲気になってしまった会議室に、クイドさんの手が上がる。
「アッシュ君の満足のいく金額になるかどうかわかりませんが、自分の方からいくらかお出しできるかと」
おっと、この場で最もヤック料理長に生命線を握られていないクイドさんが、一番にお金をくれるみたいだ。
「よろしいのですか?」
「ええ。アッシュ君にはこれからもお世話になる予定ですし」
微笑むクイドの視線は、ヘルメス君を見てから、イツキ氏へ流れていく。
お金は出すから、飛行機販売の方をよろしくお願いします、という無言の訴えだ。
いいぞ、流石は商人として着実にレベルアップしているクイドさんである。
わざわざ私がここに乗りこんで来たのは、クイドさんへの援護射撃もできそうだったからだ。各工房から若手のお手伝いを派遣して頂いたので、そのご好意に報いる形で場を選んでみた。
私の好意をがっちり掴んでくれたクイドさんは、続けて商人らしい微笑みを消した真顔になって、付け足した。
「それに、アッシュ君には多大なご恩がありますので。いやマジでデカすぎて恐れ多い恩があるんで」
はて、そんな大層なもの、なにかあっただろうか。
ノスキュラ村にいた頃からのお付き合いだから、色々と貸し借りは発生してきた。ただ、それはその時々で精算されているつもりだったのだが……。
私が思ったより、クイドさんが私の好意に高値をつけていたのかもしれない。
それならそれで構わない。好意の高利子返済をしてくれる方には、好意の押し売りをして損はありませんからね!
「ありがとうございます、クイドさん。詳細は後日ゆっくりとお話しましょう。その時は、飛行機についても、私になにかできないか、ご相談ください」
「大変に心強いですね」
クイドさんに商人スマイルが戻った。レイナ嬢とイツキ氏から、胡乱な眼差し――その相談に乗るなら最初からこっちの会議に入ってろ――が飛んで来るけど全部回避です。
労力というのは、それがどんな形であれ、無料ではないのですよ!
高く売れる時に売ってなにがいけないんです!
……市場経済を破壊したら悪いことですね、わかります。
*****
そんなこんなで、追加予算をそれなりにもぎ取ることに成功したので、レンガチームは順調に試作を重ねていった。
「大分、こいつのことがわかってきた」
積み重ねの中から、モディさんはしっかりと手応えを掴んだ。
「粘土の丁度いい配合や焼く温度、窯の扱いはわかるようになった。職人としては、勘がそれなりに戻った……まあ半端者の俺がそんなこと言うのは、どうにも座りが悪いんだが」
モディさんは思うところが色々とあるようだが、職人の腕が話にならない、という段階は超えたとのこと。
次の問題は、造り上げる作品の完成度だ。
「やはり、そもそもの粘土が重要だ。使う土が熱に強いかどうかで、レンガの限界が決まる。こいつは練り方や焼き方でどうこうなることじゃない」
レンガ自体の耐火性能は、現状ではこれ以上を求められない。他にどこの土が素材として優れているか調査し、運んで来る必要がある。
そして、そこまでは現状できない。
「そっちは、今はどうしようもない。今の俺達にできることは、焼き上げで壊れるレンガを減らし、安定して造ることだ。レンガは皿や壺より厚みがある分、粘土に含まれる水気や練りの不足が焼いた時の変化に大きく出て、しくじることになる。ここに工夫が必要だ」
職人組のこの意見に、文献調査班のアーサー氏が答える。
「この意見を受けて、資料にあったレンガのうち、課題に合いそうなレンガがあったよ。シャモットレンガという種類なんだけど、これは焼いた時の変化が小さいため、作りやすいとあったんだ」
「このシャモットのやつの話を聞いた時は、なるほどと思った」
モディさんも思わず納得したというシャモットレンガとはなんぞや。
アーサー氏は、簡単に説明する。
「粘土の素材に、一度窯で焼いた粘土を砕いたものを使うんだ。一度高温で焼いたものだから、もう一度高温にさらしても変化が小さい。高温に耐えられないものは一度目の高温で崩れているから、素材の厳選もしやすい。そういう理屈だね」
「いくつか焼いた中でも、シャモットレンガは割れや欠けが少なく……綺麗な完成品が、他の物よりできあがりやすい。この辺りは、アーサー様がきちんと数字にして出してくれたぞ」
理屈の上でも、実際の数字でも、シャモットレンガは現在の我々の技術水準に適したレンガである、というわけだ。
ここまでの話を受けて、私はふんふん頷いているマイカ嬢に話を振る。
「それでは、マイカさん。ここまでのお話と実験結果を受けて、レンガチームの指揮官としてはどのように判断します?」
「ふむむ……え? あたしが判断するの?」
一瞬考えこんだマイカ嬢が、あれって顔でこっちを見て来る。
「私は途中参加ですからね。後から口出しに来た私が判断するより、最初から尽力していたマイカさんが判断した方が、皆さん納得しやすいでしょうよ」
「そんなことないと思うけど。そもそも言い出したのがアッシュ君だし。計画を立て始めたのもアッシュ君だし。最初の最初って全部アッシュ君だし?」
マイカ嬢が言葉の度に見回す周囲の顔は、うんうん頷いている。
皆さんの気遣いが温かい。でも、実際の計画を最初から進めてきたマイカ嬢を蔑ろにするのはよくないと思う。
「ありがとうございます。ただ、これも軍子会の勉強の一環という建前なので、マイカさんの指揮官研修ということで、最後までやってみません?」
リイン夫人やヤエ神官から、ちょっとご相談を受けているんですよ。
多分、出元はイツキ氏だと思うんですけど、マイカ嬢の帝王学教育っぽいの、機会があったらやっておきたい、みたいな。
「これからもマイカ嬢に別動隊を任せることがあるかもしれませんし、練習と思って」
「アッシュ君の信頼が嬉しいとけれど、離れ離れになるかもしれない寂しさが……」
ちょっと唇の形がもにょもにょするマイカ嬢である。
「う~……複雑だけど、やるよ。判断します……。でも、相談はしてもいいんだよね?」
「もちろん、練習ですからね。いえ、本番でも、相談できる方には相談した方がいいと思いますよ」
「じゃあ、アッシュ君に相談します!」
はい、相談されましょう。
「この場合、判断するのは計画をどう進めるか……。うんと、ここで一旦まとめて終えるか、もうちょっとこのまま続けるか。そういうことだよね?」
「そうですね。元々一度で最終目標の、金属精錬用の高炉に使用できるレンガができるとは思っていませんでしたし、どこか丁度いい区切りを見つけるところかと」
最初からレンガ製作計画も第一次、第二次みたいに分ける予定を立てていたので、マイカ嬢もなにを判断すべきかわかっている。
アーサー氏やモディさんの提案も、それを促す内容であった。
まあ、多分、皆さんこのまま続けても、これ以上の進展はちょっと見込めない、という感覚があるのだろう。とはいえ、計画は感覚で終えたり始めたりしていいものではない。
きちんと論理的にまとめて、後に続く者達のために記録しておくものだ。
「あたしは、ここでレンガ製作は一度終わった方がいいと思うな」
「はい。では、その方がいいと思うのは、どうしてでしょう?」
「モディさんとアーサー君の意見にあったように、このまま続けても得るモノは少なそうだから、かな? ないわけじゃないんだろうけど、それくらいなら他のことやった方がよさそう」
「つまり、レンガ製作に使っている資金や労力を、それ以外の計画に回した方が成果を得られる見込みが高い、というわけですね」
「おお、すごくそれっぽい言い回し!」
それっぽい言い回しは大事ですよ。
ビジネス文書にしろ、学術論文にしろ、体裁を整えるのは最低要件ですから。
「マイカ嬢の考えはよろしいと思います。単にレンガ製作に進展が見られなくなったのでやめる、みたいな考えではなく、他の計画があるからそちらに比重を移そう、ということですからね」
「えー? だってアッシュ君、これって工業力向上計画のほんのちょっとでしょ? 村にいた頃から、水車を直したいとか、馬鍬とか、道の舗装とか。色々やりたいって言ってたよね。なんなら農業改善計画もやらないとだし、計画がたっくさん!」
そういう一つの計画だけでなく、他の計画や上位の計画と比べて判断できるのはポイント高いですよ。
視野が広いということなので、為政者として貴族的に大変よろしいでしょう。後でヤエ神官やリイン夫人にご報告しておきますので、褒めて頂いてくださいね!
「レンガ計画はあくまで工業力向上計画の一部であることを強調して、一度他の部分を高めることで、レンガ計画の進展を促す、という言い方にすればなお聞こえがよさそうですね」
「レンガ計画も終わってないよ! ってことにするのかな?」
「一度終わらせたことにしてしまうと、もう一度始める時が大変そうですからね……」
大きな計画全体として進んでいます、レンガは終わっていません! と主張しておけば、しれっと再始動させた時に抵抗しづらかろう。
逆に案件を抱えこみすぎている、という反論をされそうではあるけれど……その時はその時だ。
お宅は工業力というものを一体全体なんだと思っているのか、と徹底討論してくれよう。
「ほえ~……。そんなに言い回しにこだわる必要ってあるの? 逆にわかりづらくない?」
「わかりづらくなってしまう部分はありますが、必要だと思いますよ。執政館のお手伝いをした時、レンゲさん見せて頂いた書類とか、やっぱり言い回しに気を遣っているものがそこそこありましたから」
なんたって、書類を読むのも決裁するのも人間である。あまりネガティブな言い回しの多い文書を読んでいると、決断までネガティブなものになりかねない。
ましてや、予算なんて奪い合いが常である。ない袖を振る先は、少しでも見込みのありそうな計画にしたいのが性だろう。
「ないことまであるかのように書いたら詐欺ですが、嘘にならない範囲で飾り立てて有利になるなら、飾らない理由はありませんね。この場合の飾りというのも、猪をさばく時に短刀を使うか、剣を使うかを選ぶように、適切な道具を選ぶようなものですし」
「ああ、そう言われるとわかりやすいかも。確かに、猪をさばくのに剣でやるのは大変だもんね」
「このように、わかりやすいたとえ話を用いて理解を得るのが、この場合の言い回しに気を遣う、言葉を飾り立てるという意味です。詐欺や虚偽とは全く違いますので、そこのところはご注意ください」
なんか向こうの方で、ベルゴさんが詐欺師でも食っていける、とか囁いてます。
小声のつもりでしょうが、聞こえていますからね。
「ともあれ、マイカさんの意向としては、ここでレンガ計画の第一次を完了とする方向ですね。それならば、区切りとしてなんらかの成果を見せたいところです」
成果を示すのは大事だ。下手をするとレンガ製作に失敗したかのような印象を与えてしまう。
これもまた、今後の計画に援助を頂戴するために重要なパフォーマンスである。
「そうだね! 飛行機チームみたいに、なんか、こういうことできましたーっていうのを見せられたらいいと思う!」
飛行機チームのお披露目は、レンガチームにも大きなインパクトを残したようだ。
成果を見せるのは大事ですからね。それがインパクトのある見せ方ならなおさらだ。
しかしながら、レンガという開発物の性質上、飛行機ほどの目で見て驚かせるお披露目は難しい。
レンガ造りの建物などができれば、それはインパクトもあろうが、流石にそこまでのレンガを生産するのは予算も人手も足りない。
ついでに、そこまでの耐久性がレンガにあるか、まだ試験が済んでいないので危ない。
となると……。
「目で見て驚かせることが難しいのなら、それ以外の感覚に訴えるお披露目をしましょう」
具体的には、鼻と舌に。




