私の火床、あなたの火床8
【伝説の羽 アッシュの断章】
窯の中身を確認することができたのは、火を入れた次の日、のさらに翌日であった。
焼成の仕上げとして、窯の穴を完全にふさいで空気を遮断、消火すると共に最も高温にさらした後、窯の内部が冷えるまでの時間もかかったためである。
考えてみて欲しい。
この即席というか簡易というか、陶器を一回焼いたら二回目も使えるかどうかの使い捨て前提の窯でも、千度程度の熱は出さねばならないのだ。
焼き上がったからと、そんな高熱の窯の中身を取り出そうとしたらどうなるか。
開けた入り口から熱風が飛び出し、内部は真空状態……に耐えられるほど頑丈な窯ではないから、恐らく潰れる。
しかも飛び出す熱風は、まあ最高温度ではないだろうが、九百度とか八百度とか、ほとんど火炎放射器のようなものではなかろうか。
そんな大惨事の上、窯の内部も当然めちゃくちゃ。いや本当に、窯仕事って危険である。
陶芸職人組が緊張感をみなぎらせて火の番をしているわけである。
ヘルメス君はそのことを知らず、火入れの翌日にいそいそと様子を見に来て完成していないことに崩れ落ちていた。
レイナ嬢のお説教一回追加して空振りだからさもありなん。
ちゃんと計画を知っているレンガチーム組は、そんなこともなく、しっかり温度が落ち着いた窯の内部に職人組が入っていく様子を見守る。
「やっぱり、相当無理をさせているな。丁寧に補修をしないと、次は窯が壊れる」
「結構ぎりぎりだったかもしれないですね。でもこれ、狙い通りの温度まで上げられてる証拠です。火の加減はあれで間違ってなかったってことですよ」
「確かに。久々だったが、鈍ってなかったか」
窯の内壁がひどいことになっているようだが、漏れてくる職人組の声は明るい。
期待していた窯の耐久値ぎりぎりの高温を起こせた、狙い通りに火を操れたことは朗報だろう。
しばし、窯の内部に崩壊の危険がないか、陶芸職人二人が体を張って確認していたが、やがて、焼き上がった品を入り口に差し出してきた。
「とりあえず、窯は大丈夫だ。補修は後で相談するとして、中身を出す。壊れているのもあるが、全部出せばいいんだな?」
待ってました。わくわくしながら受け取ったのは、うん、想像していたレンガっぽい形のモノだ。
ずっしりと重い。耐火レンガと呼べるかどうか、建築材用のレンガにできるかどうかはわからないが、レンガと言ってよさそうだ。
「お願いします。壊れた物も、貴重な比較対象ですので。……これ以外は全滅、とかではないですよね?」
「見た感じ、半々だ」
半々! 思ったより被害が大きかったというべきか、思ったより上手くいったというべきか。
中々悩ましいところである。
運び出し作業は、囚人衆の皆さんと各工房のお手伝いさんに任せて、マイカ嬢とアーサー氏に、試作第一号であるレンガを見せにいく。
「おお、これがレンガ……。確かに石っぽいかも。砂を固めて造った石?」
「うん、市壁に使われるような石と比べると、ちょっと荒いというか、砂を固めたっていう印象があるね。……これは原材料を見たからかな?」
三人で頭を寄せ合ってレンガ君を観察する。
ちょっと赤いのは見られて照れているからではなく、素材が赤系の土だったからである。
「ちょっと硬さを見てみましょう」
用意していた小さな金槌で、軽く、間違ってもいきなり壊さないように軽く叩く。
打音検査のつもりである。健常なレンガの打音がどんなものかなんて知らないので、つもり、以上になるのは研究を進めた将来だ。
コンコンと鳴る音は、硬質の物同士がぶつかった高音。
しかしあまり響きはよくない。中身がずっしり詰まっているせいだろう。……多分。
「結構硬そうですね?」
右を叩いて左を叩いて、真ん中を叩いて端を叩いて、大体満遍なく音が出ることを確認する。
つまり、この第一号のレンガは、比重が偏っていたり、一部分だけスカスカの空洞になっていたり、という問題がない焼き上がりと言える、かもしれない。
参考にできる経験がなさすぎてちょっと……。
後でモディさん達職人組にしっかり確認してもらおう。
一つ目のレンガを確認しているうちに、窯からは他のレンガと、あと若干量の陶器も搬出されている。
「やっぱり割れているものも出ますね」
搬出された順に、窯の内部に並べた時を再現するように、野外に並べる。
窯に入れる時に、どこにどんなものを配置するか、あらかじめ計画しておいたので、窯の部位によって失敗作の比率が違うならば、それもまた分析材料になる。
「粘土を荒めに作ったものは、やはり割れてしまいましたね」
金槌で叩くと、音が部分部分で少し違う気がする。
それを聞いたモディさんが、窯の中で顔についた煤を拭いながら、やっぱりという顔をする。
「粘土が荒いせいで、レンガの形にした時、全体が均一にならなかったんだな。そうすると、焼きの時に一部は大きく縮み、一部は小さく縮む」
「その縮み方の差で、割れたと?」
「多分な。粘土はよく練る。基本だからな」
これはまあ予想通りである。どれくらい荒さが許されるのか、と試すつもりでやったのだが、結論、手抜きはよくない。
あ、手抜きという表現はよろしくないですね。簡略化。作業の簡略化は難しいと言うべきです。
そして、他にも陶芸の知識に頼らない試作品は、結果が振るわない。
「その辺で掘った土で作ったレンガは……ぼろぼろですね?」
「向きじゃない土だと、こうなるんだな。俺もやったことがなかったから、新鮮だ」
一部はレンガらしい小石になるが、一部は砂のように崩れていく。
結果的には、小石混じりの脆い土塊といった感じだ。多分あれですね、高温で焼いた時に結合するための成分が、土自体に不足しているからこんな感じになるのでしょう。
向いた土の場所を知っている陶芸工房の知識は、やっぱり大事なものである。
「とはいえ、将来的には、より高温に耐えられる土をどうにかして探す必要が出て来そうなのですよねぇ」
今手に入るものだけで間に合えば、それに越したことはないのだが、どうだろうか。
いや、そもそも、そんな土がこの辺にはない、なんてこともありえる。その時はありそうな他の領地に声をかける必要がある。
外交関係は、地図の時と石鹸の時にちょっと触っただけなので、その時のために今少し調べておかねば……。
「まあ、それは先々の話ですね。とりあえず、今回できた試作第一号が、相応の耐火性能を持っているかですね」
「あの窯で焼いてできたんだから、ある程度は確かだろうが……。これも試してみないと確かなことはなにも言えない」
「ひとまず、この試作レンガで出来のよいものを、窯の修復素材として組みこんで様子を見てもらえます?」
「わかった。なるべく全体に影響がないところに使ってみる。最初は、内側ではなく外側でもいいかもしれんな……」
試作第一号ができたけれど、まだまだわからないことだらけである。これから二回、三回とやっても大差ないかもしれない。
となると、試行回数はかさむ。試行回数がかさめば、お金がかかる。
土は、まあご好意で使わせてもらっているし、人手もご好意で使わせてもらって……差し入れ用の食費と薪代か支出の大部分な気がする。
思ったよりも安い、と思うものの、食費はともかく薪代は量が必要なので、お金がかかるのは変わりない。
つまり、まあ、あれです。
「追加の資金確保が必要です」
*****
というわけで、試作第一号のレンガを片手に、私が話を持ちこんだのは、領主館の厨房で軽食の準備をしていたヤック料理長のところである。
「ほう、こいつがお前さんの作っていたものか。なるほど、石になっているな」
料理の手を止め、ヤック料理長がレンガを指で叩きながら、興味深そうに眺める。
「ええ。各種耐久性は今後、使ってみて調べないとわかりませんが、それらしいものはとりあえずできました」
逆に、私はヤック料理長がこねていた小麦粉の生地を延ばす作業を代わっている。
料理中の料理人に手を止めて話を聞いてもらうのだから、代わりの労働力を提供するのは当然である。
どうして、そこまでして私がヤック料理長に話を持ちこんだのかというと――
「まだまだ先は長そうだが、この石っぽいものがあれば、確かに窯は今まで以上に作りやすそうだ」
金属加工用の炉より、陶芸用の窯より、調理用の窯の方が耐火レンガの要求性能が低い……即ち、利用可能時期が早くなるためである。
恩恵を先に受ける人なら、後に受ける人より協力も得られやすい。
「領主館の窯もそうだが、実家の窯も、新しくしたいと常々思っていたんだ。補修の回数が増えてやりづらくて仕方ねえ。こいつが使えるなら願ったり叶ったりだな」
「ええ、そのうちベルゴさん達の調理用の窯を、こちらの試作レンガで組み上げて試してみますので、興味があったらお時間のある時に見学でもいかがです?」
「おう、面白そうだ。できたら報せてくれ」
ヤック料理長の協力ゲージを溜めている間に、生地を延ばし終えた。
平べったい小麦粉の生地。そしてヤック料理長が他に用意しているのはベーコンやチーズといった具材。そこから予想される今日の軽食は……。
「ピザですか?」
「そうだ。単純な料理だが、具の組み合わせや配分、生地の厚さや焼き加減、調整するところが多い。研究がてら、会議中の連中に差し入れてやろうと思ってな」
「いいですね。食べやすいですし、一休みの時に差し入れると喜ばれると思います」
特に、イツキ氏とか男性陣は喜ぶだろう。でも、女性陣はどうかな。
ちょっとお行儀よくは食べづらいから、そこは一工夫した方がよさそうである。一部はロール状にして、木串でも刺しておきましょうか。
生地のサクッとした食感は失われるけど、手が汚れず上品に食べやすくなるでしょう。そのお上品な食べ方ではなく、手掴みの方を喜ぶ領主代行、辺境伯家の次期当主の方が問題だと思うが。
「ほう、なるほど。侍女にはナイフとフォークをつけようと思ったが、そっちの方が手を出しやすそうだ。どれ、丁度いい大きさはどれくらいだ」
ピザを窯に入れながら相談すると、ヤック料理長は火加減を見ながらピザロールの調理を計画し始める。
「この窯も……」
あっという間に焼けていくピザ生地を見つめながら、ヤック料理長がぽつりと呟く。
「この窯も、あのレンガって石で新造できるなら、もっとでかいやつをこさえて、思いっきりやりたい料理がいくらでもあるぜ……」
燃える料理人魂の炎は、大変に食欲をそそられる香ばしさを窯に漂わせていた。




