私の火床、あなたの火床7
【伝説の羽 アッシュの断章】
その二日後、レンガの形に成型した粘土の自然乾燥が終わり、窯の方も試しに低温で火にさらして余計な水分も抜けた。
少なくとも職人組はそのように判断し、無事に焼成作業へと入ることとなった。
「ちなみに、水分が残っているとどうなるんです?」
興味本位でたずねてみると、モディさんは真面目な顔で答えてくれた。
「よくて窯の壁や天井にヒビが入る」
「悪いと?」
「窯が崩れて中に溜まった熱が一気に噴き出す」
それ、ほとんど爆発するようなものでは?
「だから、初窯は本当に気を遣う。ゆっくりと温度を上げていくから、時間はかかると思ってくれ」
「安全優先でお願いします」
こういった危険があることは、専門家の判断に全面的にお任せします。
ということで、陶芸職人組の指示に従って、窯の中にレンガを並べ、ついでに余った粘土をこねた器や皿も並べる。
これは遊んでいるのではなく、レンガとは厚みが違うものも一緒に焼くことで、次回以降の火加減などの判断材料になるだろうということで、空いたスペースの有効活用である。
なにしろ、この場の窯の経験者は、普通の皿や器を焼いた経験しかない。
その通常の経験と比較するなら、実際に普通の皿を焼くのが一番わかりやすい。
レンガの方も、厚みを変えたものや配置を変えて並べることで、どんな要素が仕上がりに影響が出るか確認できるように工夫している。
第一回のレンガ造りは、なにからなにまで手探りである。
私としては、レンガならもうちょっと簡単にいけるのでは、と思っていたのだが、職人組と相談しているうちに、最初はどれか一つでもまともに焼き上がればいいなぁ、というくらいまでハードルを下げておいた。
最終目標は高くてもいいけれど、現状認識は大事である。
窯の中に焼くものを整列させ、職人組が微調整、確認を終えて、いよいよ火入れである。
薪を慎重に積み上げ(崩れた薪が焼き物を壊さないよう)、
余計な穴をふさいで(場合によっては開いて窯の温度を下げたりする)、
火加減を確認するための小さな穴から様子を見守る(火が消えないよう、温度を保つよう必要に応じて薪を足す)。
順調に薪が燃えていく音を聞き、職人組以外はほっと息を漏らす。
職人組は、ここから焼き上がるまで、ずっと窯の世話をすることになるので、むしろ緊張感が増しているようだ。
あの小さな穴から、窯全体の現在の様子を把握し、今後の窯の状態を予測して手を加え続けるのだ。
一時間とか二時間とかではなく、現在昼から一晩。不眠番で。
うたた寝予防に火の番に付き合うくらいは他の人も手伝えるが、窯の内部を把握し、調整する作業は職人組にしかできない。
負担をかけてしまうが、差し入れは準備済みなので、なんとかがんばって欲しい。
そんな集中を高めている陶芸職人組とは裏腹に、単純にわくわくいている呑気な人もいる。
「なあ、これで耐火レンガができるのか?」
飛行機チームであって、レンガチームではないはずのヘルメス君である。
レイナ嬢にまた怒られるぞ、と心配する周囲の視線もなんのそのな彼を、優しいアーサー氏が相手してあげている。
「できる、といえばできるかな? 失敗するかも、という可能性もあるけど……」
それは一旦置いておいて、とアーサー氏は手振りで問題を除けておく仕草をする。
「思った通りに成功したとして、これでできる耐火レンガの耐火能力……どれくらいの熱に耐えられるかっていう性能は、あんまりよくないはずだから、計画で求めている目標の物ではないんだよ」
「そうなのか? なんでそんなの造るんだ……って、練習か? 手探りだもんなあ」
飛行機を造る夢を、模型飛行機を造ることから始めたヘルメス君の理解は深い。
いきなり完成品ができないなら、簡単なものから造ってみる。できるものから造ってみる。目標まで遠くとも、一歩を進むことが大事だ。
「うん、色々わからないところがあるからね。練習でもある」
そんなヘルメス君の理解を、アーサー氏も認める。部分的に、ではあるが。
「ただ、それ以外にも理由があってね。そもそも、耐火レンガを作るためには高温が必要なんだけど、そのレンガを作るために使っているこの窯が、そこまでの高温に耐えられないみたいで」
「ん?」
ヘルメス君は、変なことを聞いた、という顔になった。
「ええとね、わかりやすくたとえ話にするけど……数で表すと百の熱に耐えられるレンガを造るために、百の熱で焼く必要があるとして、今の窯は五十までの熱にしか耐えられないんだ」
「それもうたとえ話の時点で無理じゃないか?」
「そう、無理なんだよ。だから、まず五十の熱で焼ける、五十の熱に耐えられるレンガを造って、その五十のレンガで窯を造る。これは五十までしか耐えられないレンガなんだけど、一回だけとか数回だけなら、六十の熱にもなんとか耐えられる、ようなものを造るんだ」
その度ごとに窯を使い潰して、新しく窯を造って、徐々に目標の性能に近づけていく。
ということを、アーサー氏はざっくりしたたとえ話で説明する。そのおかげで、ヘルメス君も理解できたらしい。
「なるほど。つまり、耐火レンガを作るためにはまず高温に耐えられる窯が必要で? その窯を作るための耐火レンガを作ろうとしていて? でも耐火レンガを作るための窯が……あれ?」
訂正、正確に理解できたわけではないようだ。なんとなくわかったようだが、若干混乱している。
まあ、こんがらがるような手順が必要ではありますよね。
「待て待て。いや、頭ではわかったつもりだったんだが、口にしようとするとおかしくなる。……あんまり笑うなよ」
アーサー氏が口元を押さえて肩を震わせているのを見て、ヘルメス君が少し拗ねた。というより、照れたのだろう。
「ふふ、ごめん。なんか、そういうお話があったなって思い出しちゃって。怪物を倒すために必要な物が、その怪物から採れる、みたいなお話」
「ああ、あったあった。あれ、結局倒せないはずの怪物を力ずくで倒したんだっけ?」
「そうそう。そういうところも、なんか似ているなって思っちゃって。ほら、百の熱に耐えられない窯なのに、無理矢理百の熱を起こしてレンガを造るなんて、問題の答えとしては反則でしょ?」
「耐えられないっていう話はどこにいったんだ、ってなるな。ははっ、アーサーの言う通り、怪物の倒せないって話はどこにいった、ってのと同じだ」
ヘルメス君とアーサー氏、結構仲がいいんですよね。
話が合うのか、二人で会話していると、最終的にくすくすけらけら笑っている姿をよく見かける。
二人とも、奥手というか、元は無口な方だったのに……あるいは、だからこそ、馬が合うのだろうか。
見た目は、貴公子っぽいアーサー氏と、頑固職人の卵みたいなヘルメス君で、正反対っぽい雰囲気があるから、意外な印象がある。
まあ、中身をよく知ってみると、相性がよさそうなところも確かにある。
ヘルメス君も神殿通いのおかげか、そこらの軍子会の面々よりも数段知識量が豊富だし、アーサー氏はネズミ捕りの罠に感心するくらい手仕事に興味がある。
腱動力飛行機が飛んだ時には、アーサー氏の食いつきはすごかったし。思えば、あの時のアーサー氏の喜びようと食いつき方が、ヘルメス君との距離を縮めた可能性は高い。
ヘルメス君、飛行機を褒められると距離感ゼロになるし。ほら、アーサー氏に対する呼び方、すでに呼び捨てである。
あれ、明らかに飛行機好き仲間に対する扱いですよ。
二人とも仲良しの笑顔を見せ合って話していると、その後ろから近づいて来る影がある。
それに気づいた周囲の人間、ベルゴさん達は、あちらです、どうぞどうぞ、みたいな感じでヘルメス君までの道を開ける。
囚人衆が気を遣い、ヘルメス君に用事のある人物、その正体は――
「ヘルメス! 会議の時間には戻る約束だったでしょう!」
――もちろんレイナ嬢である。
「うわっ、もうそんな時間!?」
怒れるレイナ嬢の前に、囚人衆は絶対服従、ヘルメス君は顔面蒼白である。
すごい躾けられている。流石は皆の頼れるお姉さん、レイナ嬢である。つよい。
「早く来なさい! 他の人にだって仕事があるんだから、待たせたら申し訳ないと思わないの!?」
「わ、悪い、レイナ……ぐえっ!? 引っ張るな、自分で歩く、歩くから!」
最近のレンガチームではよく見る光景なので、アーサー氏も止めることも、咎めることもなく、微笑んで手を振って見送る。
「会議? がんばってね、ヘルメス、いってらっしゃい」
「お、おう、行ってくる! えっと、あれだ、レンガの説明、ありがとな! 助かった!」
襟首掴まれて連行されながらヘルメス君が振り返って、手を振り返す。
その、なんてことのない、昔からの友人同士のような挨拶、明日もまた同じように交わしそうな挨拶に、アーサー氏の笑みがくすぐったそうに深まった。
「ふふ、いいよ。飛行機のこと、色々教えてもらったからね。お互い様だよ」
今日を生きていることが楽しくて仕方ない。
そんな笑みだった。




