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フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

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私の火床、あなたの火床6

【伝説の羽 アッシュの断章】

 レンガを造るために、粘土用の土が欲しいなーと動いたら、土を掘る人手と粘土を練る人手と薪を調達する人手と焼く人手と……まあ、とにかくレンガの試作に必要な作業全般に使える人手が増えた。

 しかも、その人手というのが、各工房の若手だった。

 陶芸工房はもちろん、大工工房、石工工房、鍛冶工房からも元気のよさそうな若者が、ニコニコ笑顔で集合である。


「親方に言われて手伝いにやって来ましたー!」

「工房の仕事はまだまだ見習いっすけど、体力だけはあります!」

「親方からこき使われて来いって言われてるんで、こき使って大丈夫です!」


 笑顔だけど、言っていることは差し出された人身御供みたいな感じがある。

 大丈夫ですかね?

 元気のよさはやけくその産物なのではないか。そんな懸念を覚えていると、若手の職人達が一斉に頭を下げて叫んだ。


「でも後で飛行機を見せてくださいお願いします!」


 え? それくらいなら別に働く前でもいいですけど。

 叙勲式に使う前の試作品もありますし、一人一つ飛ばしたりできるんじゃないですかね。


 首を傾げて答えると、大歓声が上がった。

 ええと、喜んでもらえてなによりです?

 思わぬ提案と反響に困惑していると、隣で腕組みしていたベルゴさんがなにやら納得していた。


「なるほど。若手のうちから、飛行機に興味がある奴を手伝いに寄越したのか。わかりやすくていいな」


 わかりやすくて、の部分が、扱いやすくて、と聞こえた気がする。

 ベルゴさんときたら、悪い人である。ですが、私もわかりやすいのは大好きです!


「飛行機に興味があるのでしたら、接する機会はいくらでもありますよ。その日の作業が早く終われば、その後は自由時間ですからね。色々と、交流することもあるでしょう」


 私がにっこり笑うと、ベルゴさん達もにっこり、各工房の若手達もにっこり。

 笑顔って、人の心を温かくしてくれますよね。笑顔が咲き誇るこの場は、この地上において最も天の国に近いことでしょう!


 なお、この光景を後ろで見ていたアーサー氏は、暴走しないように全員に注意が必要、とリイン夫人に報告をあげたそうです。



*****



 人手があると作業の進みが早い。特に、土木作業のような力仕事ならなおさらである。

 全員で一斉に、あるいは交代交代に、わっせわっせと力を合わせれば、あっという間に作業は進む。

 具体的には、領都郊外の丘に土を掘りに行き、それを運んで来て、水を足してこねて、よく練って粘土として使える状態にまで、作業は進んだ。


 その粘土の出来を確かめているのは、囚人衆の中で陶芸工房出身のモディさんと、領都の陶芸工房から手伝いに来ている若手だ。


「粘土としては悪くない。お前のところで使っているのと同じ土だろう、どうだ?」

「親方が見れば、ケチのつけようもあると思うけど、俺が見る分には大丈夫だと思います」

「まあ、親方名乗るほどの職人が見ればな……。とりあえず、最高とまでは言えないが、これで陶器は焼けるだろう」

「なんぼか割れるとしても、全滅するような質ではないです」


 陶芸職人組が話し合っているのを聞きながら、追加で粘土を掻き混ぜていたアーサー氏は他の人に交代して一休みに寄って来る。


「ふう、腕がもうパンパン……。粘土を作るのって、レンガ造りの基本も基本のはずだけど、これだけでもう大変なんだね」

「なにせ、土と水ですからね。どっちも重たいものですから、どうしても力がいりますよね」


 しかも、レンガの完成まで使われる量は、かなりの物になる。

 各工房から若手を派遣してもらえなかったら、一度試作するだけでもどれくらい時間がかかったことか。


 流石はクイドさんである。その交渉力、宣伝力は着実に商人としてレベルアップしていることをうかがえる。

 お礼として、飛行機販売について、任せるならクイドさんに是非、と執政館の方に伝えておいた。ヘルメス君とレイナ嬢を経由して、であるが。


 仕方ありませんね。

 今の私はレンガ製作チームですし、飛行機チームの二人にここはがんばってもらいましょう!


「アッシュが悪い顔している……」

「え、そんなことはないですよ」


 今の私の顔は、役割分担をきっちりすることで、業務を効率よく進めようとしている顔ですよ?

 いわば親切心の発露、悪いなどとそんなはずはありません!


 私は無実を訴える詐欺師の気持ちでアーサー氏を見つめ返す。

 いわばプロフェッショナルの心意気である。無事、アーサー氏は苦笑いで追究を諦めてくれた。


「ほどほどにね? でも、本当に思ったより大変。今からこれだと、レンガ造りの完成までどうなることか……」


 よほど腕がだるいのか、アーサー氏はその細い腕を揉みながら憂う。

 線の細い、物語の中の王子様のようなアーサー氏の憂い顔は実に似合うのだが、その原因が粘土作りによる筋肉疲労というのは、なにか冒涜的な気がする。

 役の配置を間違えている、と言われたら否定できない。でも、当人は進んで粘土を練りに行ったんですよね。


「粘土作り、どうでした?」

「楽しかった」


 ちょっとだけ照れ臭そうに、アーサー氏は笑った。


「王都だとこんなことできなかったからね。いつも使っていたお皿や器は、こうやって作られているんだって実感するのは、なんだか楽しいよ」

「では、この先に続くレンガ造りも楽しんでいきましょう。初体験が多いでしょうからね」

「ふふっ、それは楽しみだね」


 今度の笑みは、ふわっという感じだ。花咲くような笑みとはこのことか。

 あんまりそういう顔をされると、本当の性別が知られちゃいれそうですよ?


 ……気づいて黙っている人や誤魔化している人もいるけど。ケイ嬢とか。

 あの人ものすごい勢いで、周囲を誤魔化す方向に気を使ってるんですよね。

 勉強会仲間想いのいい人である。じっくりとお話し合いをしたかいがあるというものだ。


 私が一休み中のアーサー氏と話しているうちに、陶芸職人組は粘土の確認を終え、今度は粘土を焼く窯の方の確認を始めていた。

 これは囚人衆の掘っ立て小屋のそば、地面を掘って作った半地下式の窯である。

 レンガを焼くことを考えて作ったものだが、製作担当者が陶芸職人なので、陶器を焼くための窯を基準にしている。

 その窯の中を調べる二人は、粘土を確かめていた時よりも眉間に深いシワを寄せている。


「この窯、どうですかね、モディさん。火を入れても大丈夫かどうか……」


 若者の不安そうな声に、モディさんはハイともイイエとも答えられない。


「開窯の、正真正銘の初窯だ。そして俺は、窯の組み立てを一から十まで自分でやったことはない」

「自分もです。大雑把なところの手伝いが精々です」

「壊れても被害が少ないように半地下だ。中身はともかく、外は大丈夫だろう。中身はともかく」

「うちの親方の窯でも、たまに中身が壊滅してますからね……」


 職人組の呟きが聞こえたアーサー氏は、花が咲くような笑みをしおれさせて、苦笑を見せる。


「本当、思ったより大変そうだね」

「大変だから、今までレンガを造ろうとする人がいなかったんだと思いますよ」


 職人さん達は大変だ。今日の生活を支えるために、精一杯仕事をしなければならない。

 新しいなにかを作りたいと思っても、それを研究し、開発し、追及するだけの余力を残すのは難しかっただろう。

 彼等の作る皿、彼等の作る包丁、彼等の作る馬車がなければ、今日の生活に困る人が大勢いるからだ。


 彼等は精一杯、今日の生活を支えている。

 新しい物を作るところまで、その手を伸ばすことに躊躇いがあっただろう。


「その点、私達はまだ正式な仕事のない軍子会の一員ですからね。私達があれこれやっても、誰の日常が脅かされるわけでもありません。思いっきりやりましょう」

「いや、アッシュは少し手加減した方がいいよ。日常が脅かされる人がいるから」


 アーサー氏の台詞に、ふとイツキ氏やリイン寮監の顔が思い浮かんだけど、気のせいだと思う。

 私のような人畜無害で非力な少年一人、一体なにができるというのか。


「さて、モディさん達の確認が終わったようなので、お話を聞いてみましょう」


 そんな愉快な冗談よりも、レンガ造りに必須の粘土と窯である。

 こう言ってはなんだが、大多数が素人の集団で作ってみた代物、問題がない方がおかしい。


「モディさん、どうでしょう。焼成まで進めそうですか?」

「中々答えづらいことを聞く」


 モディさんが、問いかけに難しそうに顔をしかめる。

 顔つきは恐いが不機嫌になっているわけではない。この人は大体こんな顔なのだ。


「まず、普通に陶器を焼くとしたら、この粘土でいいだろう。そのレンガの形に整えて、休ませておく作業をやろう。木枠に入れるんだったな?」

「ええ。木枠の方はアムさん達が用意してくれていますので、取りかかってもらいましょう」


 問題がないことはそれでいい。

 では、問題は?


「あの粘土で陶器は焼けるが、耐火レンガになるか、となると、俺達にもわからない」

「それは仕方ありませんね。今まで作ったことのないものですし」

「あの土を使っている陶芸工房では、これで陶器を作るし、窯の内壁の修復に塗りつけているものだから、とりあえず火に強いのは確からしい。それでも一回ごとに窯の修復は必要だから、どうだろうかという話だ」

「その辺りは計画に織りこみ済みです。最初はとにかくやってみるしかありませんよ」


 最初からレンガに向いた成分の土だ、とわかっているわけではないのだ。多分、というか、まず、初期の試作では満足のいくものはできないだろう。

 耐火性はともあれ、それなりに頑丈なものができれば万々歳と考えている。


「窯の方も、正直火を入れてみないとわからない。作ったばかりの真っ新な窯だからな。経験がなさすぎて、はっきりとこうだ、とは言えない」

「やっぱり窯自体、作ることからして難しいんですね」

「意外に思うだろうが、ただ火を起こしているだけなのに、窯の中は嵐のように荒れる。焼きの最中に窯が耐えきれずに崩れることも、何度もやっていれば起きる」

「高い火力っていうのは、やっぱり危険なものなんですねぇ」


 耐火レンガなんて、それ専用の建築材が必要になるのだから、やはり簡単なものではないらしい。

 わかってはいたが、専門家の力を借りても難しいようだ。


「とりあえず、今の状態だと窯自体に水っ気がまだ多い。明日明後日、レンガの形に整えた粘土が落ち着くまで、軽く火を入れてかわかすと同時に、風の巡りを見てみる」

「ええ。モディさんの判断でよろしいように進めてください。安全に考慮してくださいね」


 モディさんは、しっかりと頷いてから、できたばかりの窯を見て呟く。


「まさか、今になって窯を持てるとはな……」


 窯の中に燃える火のように、熱い気持ちがこもった呟きだった。

 なお、その後ろの方で、手伝いに来ようとしたヘルメス君が、レイナ嬢に襟首を掴まれて引きずられて行った。

 クイドさんに借りができた私は助けませんよ。どんどん飛行機販売のお話を進めてどうぞ。


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― 新着の感想 ―
お、絵伝版とつながりましたね・・・ まだ続きそうだけど果たして
>>勉強会仲間想いのいい人である。じっくりとお話し合いをしたかいがあるというものだ。 お話し合い(脅迫)
マイカ同様アーサー氏がアッシュの手綱捌きを研いておられる。 気分はマタドールだったりして。
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