表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

266/284

シェバへの手紙

【シナモンの祭壇 シェバの断章】

絵伝版(コミカライズ版)31話「笑顔が咲いた日」の前の時系列。

 アッシュから、手紙が届いた。


 手紙?

 ええ、手紙、だと思う。

 炊き出し実施計画、という題名のついた、多分手紙。


 これは定期でやって来る行商ではなく、急ぎの届け物ということで、クイドさんが村まで持って来てくれた。

 本当は、マイカちゃんから村長家宛に届くようなものらしいのだけれど、「今はこんなことをしています」という家族への報告だからと、アッシュがクイドさんに頼んだそうだ。

 親にとって、なにより嬉しい便りだ。


「アッシュは、本当にいい子よね。こんなに気が利くんだもの。向こうでは大丈夫かしら、女の子達が放っておかないと思うの。だって、こんなに気が利くんだもの。マイカちゃんが一緒だから大丈夫だと思うけど……」


 アッシュからの手紙を手に、ついそんなことを考える。

 だが、目の前に座ったダビドは、アッシュが作ったレシピのハーブティーを手に、首を傾げる。


「今、その心配が必要か?」

「必要でしょう? ユイカ様に聞いたけれど、軍子会が終わる頃には、婚約や結婚といったお話が多いそうよ?」

「それは、なんていうか、ユイカ様のところみたいな、いい家の話じゃないのか? まあ、とにかく、今はそんなことより、そのなんたら計画ってのが、どういうものなのかが気になるんだが」


 そんなこと、とはなんだ。そんなこと、とは。

 アッシュのお嫁さんに係る大問題でしょうに!


 マイカちゃんならわたしもよく知っているから大歓迎だけれど、他の子を突然紹介されたら大変じゃない。

 当たり前のことでしょう。


 まったく、これだからダビドは。

 わたしの夫ながら、アッシュと違って気が利かないったらない。

 わたしはムッとしながらも、仕方ないと溜息を吐く。だって、わたしも手紙の中身は気になっているからだ。

 さて、それで肝心の手紙の中身なのだけれど……。


「読めないのよね……」

「そうかぁ……」


 ダビドは、納得半分がっかり半分くらいの顔で笑ってくれた。

 アッシュが領都に旅立ってから、季節を巡ること三つ。冬の畑が夏の実りをつけるだけの間、わたしは教会に通って勉強をした。

 恐れ多くも、ユイカ様にも勉強を見てもらったこともある。


 だが、しかし、いかんせん家や畑の世話もしながらでは、勉強する時間も限られる。

 どうしてわたしは、昔ユイカ様に憧れて勉強を始めた時、もっと続けなかったのか……。


 手紙が全く読めないわけではないのだけれど、読むのに苦労はするし、わからない言葉もたくさんある。

 手紙全体の内容となると、難しすぎてよくわからない、となってしまうのだ。


「情けないわね。アッシュはこんなにがんばっているのに、そのがんばりをきちんと理解してあげられないなんて……」


 手紙の字は、とても綺麗だ。わたしが練習で書く字とは、比べ物にならないほど読みやすい。

 内容はわからないけれど、難しい言葉が多いから、それだけでアッシュがすごいことをしているんだろうと思う。


「まあ、しょうがないさ。シェバは、まだ勉強を始めたばっかりだ。もっと前から勉強してたアッシュに、すぐ追いつくのは難しいって」

「そう、そうね。アッシュもがんばって勉強していたものね。うん、ありがとう」


 慰めてくれたことにお礼を言うと、なにが、って顔で首を傾げられる。

 これだから、ダビドは気が利かないのよ。


「ところで、シェバ、時間がある時でいいから、わかっているところだけでも教えてくれないか?」

「時間がある時なら、それはいいけど……。でも、わたしが読めるところを聞いても、本当に中身はわからないわよ? 普段使わないような難しい言葉がたくさんなの」

「まあ、お前が言うんだから、そうなんだろうけども……俺もアッシュがなにをやってるか気になるからなぁ」

「そう? そうよね?」


 なんだかんだで、ダビドはわたしの夫であり、アッシュの父親だ。

 気が利かないけれど、それは間違いようがない。


「なにやっているかわからんことには、いざって時に止めようがないからな」


 間違いはないのだけれど、母親であるわたしの考えと違いが大きすぎる時がある。


「ダビド、あの子に対して、一体どんな心配をしているのかしら」

「いやまあ、わかってる」


 わたしが目を細めると、ダビドが手を突き出して理解を示す。


「アッシュを止めることができるかどうか。多分、できないと思うが……それでも、親として、やらなければいけないと思うんだ」


 やたら気合いの入った顔でなんか言っているが、わたしの考えていることとまるで違う。

 これだからダビドは気が利かないと……。


「それに、俺もクラインに習ってちょっとだけ勉強してるから、ひょっとしたらシェバがわからないところで、わかるものもあるかもしれないぞ」

「え、なにそれ、知らないわよ」


 初めて聞く夫の話だ。

 知らないところでお酒を買いこむこともなくなったからと、すっかり油断していた。別に、悪いことではないからいいのだけれど、隠し事にびっくりする。


「いや、すまんすまん。こう、勉強するぞ、って感じで始めたわけじゃなくて、なんかこう、流れで勉強みたいになっちまったから、言い出すきっかけがなくてな……」

「流れで始まる勉強って、なに? そんなことってあるの?」


 勉強っていうのは、すごく大変なことだから、気合を入れて始めるようなことでしょうに。

 疑問一杯のわたしに、ダビドはわかるわかると両手を突き出して理解を示す。


「そうなんだが……ほら、ターニャちゃんの畑あるだろ。アッシュが色々やりたいからって引き取った畑」

「ええ、お世話する畑が増えたのに、あなたよくがんばっているわね」


 わたしが素直に頷くと、ダビドは嬉しそうに、俺も父親だからな、と笑う。


「まあ、でもほら、アッシュがやりたがってた記録とか、俺よくわかんねえっていうか、字がわからんだろ……?」


 この村では字がわかる人の方が少ないので、これにも素直に頷く。


「で、クラインに手伝ってもらっているわけだが、その時にな。やっぱり、アッシュがやってることだから、気になって……それはなんて書いてるんだとか、これはどういうことだとか、あれこれ聞いているうちにな。勉強みたいなことになってるんだよ、うん」

「それで、なんとなく流れで勉強みたいになった、と……。なるほど? クラインさんの迷惑になってないかしら……?」

「迷惑かどうかで言ったら、畑の記録ってのをお願いしている時点で迷惑じゃねえかな?」


 それもそうなので、わたしは口をつぐんだ。

 多少迷惑であっても、アッシュのやりたいことなので、親としてはやらせてあげたい。なので、諸々の迷惑については、クラインさんのご好意に甘えることとしよう。


「でも、畑のお世話だけじゃなく、そんなことまでしていたのね……」

「アッシュが始めたことだからな。なんかあったら、知らなかったとは言えねえだろ」


 大変だったろうし、苦手なことだろうに、ダビドはそこまで手を伸ばしていたのだ。


「それじゃあ、アッシュがなにをやっているか、わたしと一緒に勉強しましょうか」

「おう、任せろ。クラインに聞いて、なんか小難しい言葉はなんとなく覚えたんだぜ」


 なんだかんだで、ダビドはわたしの夫であり、アッシュの父親だ。

 気が利かないけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます!
伝説の最強剣士が文盲で気の利かない無骨漢に畑の専門用語を教えてるシーンを想像したら妙にほっこり。
この二人にもし二人目が生まれていたら、アッシュみたいになっていたんだろうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ