レイナちゃんもツカレター
【シナモンの祭壇 レイナの断章】
絵伝版(コミカライズ版)28話「掴んだ答え」の直後の時系列。
ここのところ難しい顔をしていたルームメイトが、明るい顔で帰って来た。
最近はなんだかアーサーに対して、ぎこちない態度が見えていたけれど、話し合いに行った結果、上手くいったみたい。
「お帰りなさい。その笑顔が見られてなによりだわ」
マイカの笑顔に元気がないと、花のない庭を見るようで、こっちまで寒々しくなってしまう。
「えへへ、ありがと。レイナちゃんにもたくさん心配かけちゃったね」
「これくらい、なんてことないわ。マイカは喧嘩して仲違いしたわけではないもの。喧嘩してしまった子達の相談は、もっと大変よ」
「レイナちゃん、そういうこともしてるんだ」
「バティアール家は派閥の長だから、娘のわたしも派閥の同世代の取りまとめ役になるのよ。一番力があるのだから、一番頼られるのは当然のことだわ」
お母様を見習って心がけていることを口にすると、すごいねぇ、とマイカは感心してくれる。
「まあ、うちの子達は我慢強いのか、相談してくる時はかなりこじれた後になっているのが悩ましいのだけれど……。普段から目を光らせて、なるべくこじれる前に、わたしから声をかけるようにしているわ」
わたしの溜息に、マイカはもう一度、すごいねぇ、と言ってから、大変だねぇ、と付け足してくれた。
そう、大変なのよ。
「いつもこじれる前に気づけるとは限らないから、見つけた時には十分にこじれていることが多くて……。我慢しないで、もうちょっと早めに相談してくれたら、わたしも助かるのだけど……」
まだまだわたしが頼りないのがいけないのかしら。
あ、いけない。悩んでいることを思い出したら、頭が重くなってきた。頬を押さえてなんとか支える。
そんなわたしを見て、マイカが腕を組んで首を傾げる。
「う~ん……あたし、レイナちゃんに相談するのを遠慮している子達の気持ちが、ちょっとわかるかも」
「そう? やっぱり、頼りない?」
「ううん! レイナちゃんはとっても頼もしいよ! すごく綺麗だし。レイナちゃんで頼りなかったら、他に頼りになる人なんて……アッシュ君くらいじゃない?」
確かにアッシュはすごく頼りになるけど、頼り過ぎるとどこか別なところに行きつきそうで不安にならない?
あ、ならないか。マイカはアッシュのことが好きすぎるものね。
あと、わたしが綺麗っていうのは、関係ある?
マイカみたいに可愛い人から言われるのは嬉しいけど……。
いけない。アッシュの名前に気を取られて、話がそれそう。
「ええと、アッシュのことはあっちに置いておいて……じゃあ、わたしにどこか悪いところがある?」
たずねると、アッシュをどっちに置いたんだろう、という顔をしっかりしてから、マイカが頷く。
「レイナちゃんが頼りになり過ぎるから、皆が遠慮しなくっちゃって思ってるんじゃないかなぁ」
「頼りになり過ぎて……? わたしはアッシュと違って、頼り過ぎても別なところへ行ったりしないわよ?」
「あ、アッシュ君、こっちに置いてたんだ」
「ごめんなさい。アッシュの話は多分関係ないから、これ以上はやめておきましょう。話がどこまでもそれていきそう……」
やっぱりアッシュに頼り過ぎるのは危険なのよ。すぐに予想外のところに駆け出してしまう。
「そうだね。アッシュ君の話題はほどほどにしないとね。それで……レイナちゃんは、皆が遠慮しちゃうかも、っていうの、よくわかんない感じ?」
「そうね、どうしてそうなるのか……。だって、皆はバティアールの派閥の家なのだし、わたしや我が家に頼るのは当然のことよ? その代わりに、色々と指示を出す力が我が家にあるのだもの」
「レイナちゃん的には、そういう感じなんだよね。わかる、わかる」
うんうん頷いてから、マイカが自分の顎を掴みながら、ん~と可愛らしく考えこむ。
「そうだ。レイナちゃんも、バティアール家の人間なら、バティアール家の当主夫妻の命令を聞かなくちゃだよね?」
「もちろん。当然だわ。お母様やお父様になにか言われたら、未熟の身なりに、全身全霊でお引き受けするわ」
「うんうん。流石はレイナちゃん。じゃあ、その代わりに、レイナちゃんはお父さんとお母さんに、色々と相談しなくちゃね? 友達とちょっと口喧嘩しちゃった~とか、寮の生活で困ったことがある~とか」
「それは、相談するには小さなことと言うか……。その、お母様は知っての通り忙しいし……。だから、自分でなんとか……って、そう遠慮してしまって、できないわね……」
マイカの説明はあまりにわかりやすくて、派閥の子達の気持ちが想像できて申し訳なくなる。
「あたしも今回、レイナちゃんに相談に乗ってもらったからね。いくら友達でも、これが何度も何度も続くと、レイナちゃんにお返ししないと申し訳なくなっちゃうよ。でも、レイナちゃんはとびきり我慢強い頑張り屋さんだもん。お返ししたいって言っても、中々させてくれないでしょ?」
そう言われると、心当たりがある。わたしが疲れたなと感じている時に、派閥の子達が寄って来たり、遠目に様子をうかがっていたりする。
バティアールの娘として、情けないところを見せられないと、そういう時は一人隠れるようにしていたけど、ひょっとして、あれって……。
「親子とか、主従みたいな上下の関係にだって、お互いになにかしてあげたい、って気持ちはあると思うよ。大事な関係になればなるほど、そういう思いやりは友達と一緒じゃないかな」
「そう。そうね。そうだと思うわ……。わ、わたしだって、お母様に頼られたいと思うもの。そう思っているから、頼りに思われるよう、お母様の前で意地を張ることもあるし」
「だからね、レイナちゃんが頼られたいなら、時々は他の人に頼ってみてもいいんじゃない? お返しさせてあげるのも、頼もし過ぎるレイナちゃんの役目だよ?」
で、できるかしら。想像しただけで恥ずかしくて、顔が熱くなる。
火照った頬を押さえて俯いたら、マイカに頭を撫でられてしまった。
「よしよし。レイナちゃんはしっかり者すぎて、人に頼るのも慣れてないんだよね。早速、あたしが友達として頼られてあげるよ。皆に頼られ過ぎて疲れたーって、あたしに甘えてみて?」
誘われて、ええっと、と戸惑って見上げると、マイカはすでに大きく両手を広げて待っている。
ここまで全力で甘やかされて、それはちょっとできない、と言うのも友達に悪い。
やるしかない。
ごくりと唾を飲んで、わたしは全力でマイカの胸に飛びこんだ。
「ツ、ツカレター……!」
うぅ、恥ずかしい……! これは、心臓が痛いくらいとんでもなく恥ずかしいわ!
「わぁい! とんでも可愛いレイナちゃん捕まえたー!」
でも、恥ずかしいけど、嫌じゃないわ……。




