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フシノカミ  作者: 雨川水海
灰の底
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灰の底26

 程よい春の陽射しが、寝ぼけた意識をくすぐる。

 ううん……。ものすごく眠い。

 春眠暁を覚えずとは、昔の人は良いことを言ったものだ。

 これは前世の話ですけどね。


 もっと寝たいところだが、寒村の農民にそんな贅沢は許されない。それに、今世でやりたいこともできたばかりだ。

 夢と希望に満ち溢れた私は、春の眠気を蹴飛ばして、目を開けた。


「んぅ……あー、良く寝ました」


 左手で瞼を擦りつつ、右手を支えに半身を起こそうとして、激痛が走った。


「あいったぁ!? いっ――うぅ~!?」


 意味不明に痛い。

 恥ずかしながら、涙を浮かべてしまう。


「い、いったい何事……?」


 痛みの発生源である右腕から、布団をどかして見ると、包帯ががっちりと巻かれていた。


「はて……?」


 寝る前にこんなものあっただろうか。

 ん? んん?

 そもそもいつ寝たのかわからない。寝る前の記憶が全くない。

 眠気覚ましの激痛を服用したにも関わらず、妙に頭が重く、思考がぼんやりとしている。どう考えても、正常な、日常の目覚めではない。


「え~っと、なんですか、これ」


 何がどうなってこうなった。

 今気がついたが、寝ている場所も私の家ではない。私の家に、こんな清潔で寝心地の良いベッドはない。


「あ~、ここ、なんだか見た記憶がある……。あれはいつだったか……お見舞い?」


 そうそう、お見舞いだ。マイカ嬢のお見舞いに来た時に見た記憶がある。

 ここ、村長家の寝室だ。


 しかし、まだわからない。


「一体全体、私はどうしてここに寝ているのでしょうか」


 回らない頭を左右に傾げて悩んでいると、寝室のドアが開けられた。

 現れたのは、母上とマイカ嬢だ。何やらアロエ軟膏や包帯などの治療道具と、麦粥をお盆に載せている。

 麦粥は鶏で出汁を取っているらしく、素晴らしく食欲をそそる匂いがする。


 はしたなくも、私のお腹が盛大に鳴ったので、照れくさく思いながら、率直に訴えることにした。


「おはようございます。色々不思議なことがあるのですが、それはさておき、とりあえずお腹が空きました」


 そのお粥食べて良い?


 私の朝の挨拶への返事として、二人は泣きながら私に抱き着いてきた。

 あ、これ、似た記憶がある。山菜取りに行って遭難した時と同じリアクションだ。

 なに? ひょっとして私、また死んだことになったの? 転生者は二度死ぬの?


 ……そりゃ転生したら、前世と今世で最低二度は死ぬ。

 いかん。思考が論理回路を通っていない。


 ひとしきり、二人の女性に泣かれた後、私の身に何があったのか説明を聞くことができた。


「あ~、はいはい。そういえば、熊が現れたんでしたね。うん、ちょっと思い出しました」


 麦粥を良く噛んで飲み下す度に、意識がはっきりしてくる。チキンスープ美味い。

 どうやら熊殿との戦いの後、私は出血多量で失神の上、傷から入った悪黴のために高熱を発してずっと意識不明だったらしい。

 いくらか言葉を口にし、受け答えもしていたようだが、朦朧としていることが傍目にも良くわかる有様だったと、マイカ嬢が涙を拭い拭い教えてくれた。


 母上とマイカ嬢のおかげで、熊殿を倒した辺りまでははっきり思い出せたが、高熱の間の記憶は全くない。脳障害とか残ってないだろうか。動けるようになったらしっかり確認しよう。

 ともあれ、二人には、それとユイカ夫人にも、看病してもらったようなので厚くお礼を申し上げなければならない。


「母さん、マイカさん。ご迷惑をおかけしました。助けてくださって、ありがとうございます」


 頭を下げると、我が母は顔を押さえてまた泣き出してしまう。

 本当にご心配をおかけしたようで、恐縮です。


「ほ、ほんとうだよ! つぎは、こ、こんなこと、しちゃ、だめ、だからね!」


 マイカ嬢もしゃくりを上げながら、顔を真っ赤にして怒ってくれる。私を思ってのことなので、なんともくすぐったい。

 私は、マイカ嬢の訴えに深く頷いて、真摯に答えた。


「なるべく気をつけます」


 次の瞬間、二人がかっと目を見開いて声をそろえた。


「「なるべくじゃない!」」

「いえ、ですが、場合によっては他に手がないことが」

「ダメです! そういう問題じゃありません!」

「そうだよ! アッシュ君、全然反省してない!」


 いえ、反省はしていますよ。

 反省はしていますが、あの状況では命がけで熊殿を撃退する以外に方法がなかったのです。明らかに人間を食料としてロックオンしていたあの目、間違いない。

 それと同じような状況に遭遇したら、ね?

 そう説明をしようとして、口を開く前にマイカ嬢が声を荒らげる。


「その目! 全然! 反省! してない!」

「し、してますってば。あの時は状況がですね」

「アッシュ! 言い訳しないの!」


 母上、あなたもか。

 待って。私の話を聞いて。

 あ、ドアからちらっと見えたのはユイカ夫人!

 助けてください。多分、二人とも看護疲れで溜まったストレスが爆発した状態なので、第三者の冷静なご意見を……。


 すっと目をそらされて、逃げられてしまった。


「よそ見しない! 怒られているのがわかってるの!」

「これで二回目なんだから今度は簡単には許さないからね!」


 私は熊殿と相対した時同様、覚悟を決めて二人の猛攻を受け止めた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] マイカ嬢あんまり好きになれないな
[良い点] 二度死ぬ。なんとなくハードボイルドっぽい。 アッシュ君の感性はそうでなくおおらか(笑いを含んでる)。 某英国エージェントとの映画に近いタイトルがあったような無かったような。 〉なに? ひょ…
[一言] 主人公母、初台詞じゃないか?
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