商人クイド2
【シナモンの祭壇 クイドの断章】
最近、行商先で気をつけていることがある。
「あ、薬が必要ですか? どんな理由か聞いてもいいですかね?」
それが薬の販売である。
ノスキュラ村の軟膏の件で、薬の取り扱いには注意が必要そうだと感じたので、ちょっとだけ勉強したのだ。
まあ、勉強といっても、神殿の神官や医薬品関係の取り引きをしている商人や文官、薬師やっている人に話を聞いてみただけなんだけども。
それでもまあ、薬だからってなんでも飲めばいい、というわけではないことは知れた。
「ちょっと子供が熱を出してしまって……」
「熱ならこっちの薬ですね。ノスキュラ村のお勧めです。それと、熱以外に、咳とか鼻水とかは?」
「あ、咳はちょっと出てるんです。おかげで喉が痛いって……」
それなら蜂蜜も効果があるらしいので、それもお勧めする。
ノスキュラ村で冬の病人に配る、蜂蜜と塩を溶かして混ぜた水のことを一緒に教えれば、大抵売れる。
ノスキュラ村にはユイカ様がいるからね。あの人がやっていることとなると、この土地では三神のお墨付きと同じくらいありがたみがある。
「後はそうですね、薬師さんから教わったやつだけど、柑橘の果物もいいみたいですよ。実を食べたら、皮はお湯に入れて飲むとか。これも蜂蜜に合うみたいなんで、一緒にどうです?」
「それは普通に美味しそうですね……」
「体調が悪いと食べる量が落ちますからね。そうなると治る力も弱くなるらしいので、ちょっと贅沢だと思っても、食べられる物を食べた方がいいみたいですよ」
「そうですね……。ちょっと高いですけど、買ってみます」
ちょっと高くつくのは俺もそう思うので、気持ちだけでもオマケしておく。
薬を多く渡すのは無理でも、塩をちょっと多くしたり、柑橘の実を多くしたり、あと売れ残ると捨てるしかない卵もつけちゃおう。
「こんなにいいんですか、クイドさん?」
「いやあ、困った時はお互い様って言いますからね。自分もあちこちでお世話になってるので、こういう時にちょっとだけお返しです」
それに、ご家族には面と向かっては言いづらいけど、そのお子さんが狼神に召されでもしたら、向こう何十年分のお客さんが減ることになる。
それを考えたら、これくらい安いものだという下心もある。
こういう考え方ができるようになったのも、ユイカ様とかヤエ様と話したおかげだね。
俺だって今日明日くたばるつもりなんてさらさらないんだから、先のことを考えるって大事。
「あ、ありがとうございます! 子供が元気になったら、クイドさんのところでお祝いのなにか、買いますね!」
「はは、今後ともうちをご贔屓にお願いしますね」
大事そうに薬や蜂蜜を抱えて家路を急ぐ奥さんを見送ると、この村の村長がやって来る。
何人か、この村でも顔役になっている人達も連れている。なにか、領主様への取り次ぎ依頼かな?
近くで野盗が出たとかなら、すぐに執政館に手紙を届けるように依頼されることもある。
まあ、ニコニコした顔だから、そういう切迫した事態じゃなさそうだけど。
あれこれ考えながら話の切りだしを待っていると、村長さんがニコニコしながら見つめてくる。
「クイドさんや、ちょっとお願いしたいことがあるんだがね」
「はい、なんでしょう? できることならなんでも承りますよ」
いやまあ、俺ができることなんてそんな多くもないんだけど。
商人としての笑顔で続きを待っていると、ニコニコ村長さんがお願いをしてきた。
「近頃、村の水車の調子が悪くてね。あれももういい年だ。そろそろ一度、きちんとした職人さんに見せて、修理をしようと村の皆と話しているんだ」
水車の方を見ると、結構なくたびれ具合。納得の内容だ。
村の器用な人がちょっとした手当はしているのだろうけど、やっぱり限界がある。
「職人さんを呼ぶのもお金かかりますけど、ああいうのって壊れる前に修理しないと、余計に高くつきますもんね」
「うん、そうなんだ。だから、クイドさんに領都の職人さんを呼んでもらおうと思ってね」
ノスキュラ村の水車は、その修理が間に合わなくて完全に壊れちゃってるもんね。
ああなると新しく建てるのと同じくらいお金がかかる。だから直せてないんだ、あの村。
その点、ここの村は事前にお金を出して、結果的に安くしようとしている。やっぱり、ちゃんと先を見れるって大事。
「わかりました。あれを建てたのはどちらの工房でしょう? 領都に戻ったら、そこに声をかけて都合を聞いてきますよ」
この村と付き合いのある工房に声をかけるだけなら、簡単な話だ。
工房の方だって、話を聞けば、そういえばあの村の水車は大分前に作ったな、なんて思い出すだろう。
「それが、あの水車を建ててくれた職人さんは、事故があって亡くなってしまってね」
「あれ? じゃあ、ええと、代わりの職人さんのあては……?」
「それがないんだ。そこで、クイドさんに良い職人さんを紹介してもらおうと思ってね」
「い、いやあ、それはちょっと難しいお話になってきましたね……?」
水車を建てるような工房や職人との付き合い、自分にはないです。
小物を中心にした行商人だから、そういう大物を扱うところとは、ちょっと縁遠い。
「そこをなんとかお願いできないかね?」
「う、ううん、そうですね。知り合いや伝手を辿れば、もちろんご紹介はできますけど……。村長さんなら、別口から伝手も用意できるんじゃないですか?」
村長さんなら軍子会に参加したこともあるはずだ。
領都で働いている知り合いもいるだろうし、近隣の村長に話して紹介してもらってもいいだろう。わざわざ、俺みたいな零細行商人に、村の大事な設備について頼む必要はないと思うのだが。
そう思っていると、村長さんはニコニコしながら頷く。
「村の皆でどうするか話をしたら、クイドさんに頼めばいいじゃないか、クイドさんの紹介なら信頼できる、となったんだ」
ずしんと、重たい物が背中に乗った気がした。
「ほら、他の村の村長や、領都の人達となると、ほとんどの村人は顔も知らないわけだろう? その点、クイドさんのことは皆よく知っている。君は本当に、この村によくしてくれているからね」
村長さんの言葉に、一緒にいた顔役の村人達も、笑顔で相槌を打っている。
「もちろん、私も賛成だ。村長としても、私個人としても、クイドさんなら安心して任せられるよ。だから、どうか頼まれてくれないか」
「こ、困りましたね。そこまで言われたら、断れないじゃないですか……」
震える声で笑ってから、引きつっていることがわかる頬を叩いて気合いを入れる。
それから、背中の重みに負けそうな背筋を伸ばし、腹から声を上げる。
「ご信頼、ありがとうございます! 全力でお引き受けさせて頂きます!」
思いきり頭を下げると、そのまま崩れ落ちてしまいそうだ。
でも、もう言ってしまった。引き受けると言ってしまった。
責任が、責任が重い!
膝が、がっくがく震える!
おおおお落ち着けクイド!
大丈夫、大丈夫だ。
めちゃくちゃ重たい物を背負ってしまったが、この重さはあれだ、そうユイカ様から預かったアッシュ君の薬の重さよりはまだ軽い――かなぁ、これ!?
重たい! すっごい重たいよ!
しかもあれだ、考えてみればアッシュ君の薬は、届ければいいだけだった。
届けるための段取りは簡単だった。でも、今回のこれはその点が難しい。
どこの伝手をどう辿って行こうかと頭の中がぐるぐるだ!
とりあえず!
とりあえず領都に帰ったらあっちの行商仲間に泣きついて、こっちの商会にも泣きつこう!
そうだ、バレアスを拝み倒して、イツキ様からその辺に詳しい文官を紹介してもらって、その文官からも良い職人を紹介してもらおう!
あちこちに借りを作っちゃうけど、これはもう仕方ない! 仕方ないんだ!
村の水車なんて重要で大金が動く仕事でしくじるわけにはいかないんだもん!
うおおおお、待ってろよバレアスー!
これから貴様を拝み倒しに行くからなー!




