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フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

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255/283

勉強会 作業グループを作りなさい。

 オカルト的な姿なき存在を暴くためには、神のご威光だとか、神聖な土地での厳しい修行だとかが必要かもしれない。

 しかし、今回の姿なき存在は、社会的な問題である。この正体を暴くために必要なのは、経済活動の数字、各種組織の活動報告、為政者の政治的文書だ。

 幸い、現在の私は領都の、そして辺境伯領の政治中枢である執政館にお手伝いとして潜りこんでいる。

 その手の文書に接触することは比較的容易だ。

 私達の監督役であるレンゲ嬢にお願いして、前年の炊き出しの関係資料と、今年の炊き出しの関係資料を用意して頂いた。


「思ったより種類がありますね……」


 商会との取引記録に、衛兵の警備要請、神殿の炊き出し許可申請に、領主の告知指示。


「すみません、お手伝いに来たのに、レンゲさんのお仕事を増やしてしまったようで」

「い、いえ、これらの確認もして頂けるなら助かると、先輩方も、はい」

「もちろん、お任せください」


 これはお手伝い。あくまで執政館のお仕事のお手伝いなのだ。

 そのついでに、自分の気になることも調べられるだけなので、なにも問題はない。


「アッシュ君がまた新しいことを始めた気がする……」


 一緒に書類を手に取りながら、隣でマイカ嬢が呟く。


「ちょっといくつか気になるお話を聞いたので、炊き出しをしてみようかなと思いまして」

「炊き出し? ご飯を作るの?」

「ええ、ご飯を作って配ろうかなと」


 端的に目的を告げると、ふむ、とマイカ嬢は顎に手を当てて考えこむ。


「うん、わかったよ」


 わかってくれましたか。


「じゃあ、レンゲさんが持って来てくれた資料を確認しながら、どんなことが必要なのか考えておけばいいんだね」

「流石はマイカさん、完璧にわかってくれていましたね」


 よろしくお願いしますと頭を下げると、にっこり笑顔で早速取り掛かってくれる。

 以心伝心の境地に至っている幼馴染は、本当にありがたい。


 さて、私も資料を手に取って、一般的な炊き出しとはどんなものかを調べる。

 まず、炊き出しには、領主主導のものと、神殿主導のものがあるようだ。

 それ以外の人もできないことはないのだろうが、やりたかったら神殿に寄付して任せてしまった方が円滑なのだろう。


 都市内のお金持ち、商人や職人、それから執政館に務めるような高給取りは、自身の余裕を神殿に寄付し、神殿はそれが集まったら炊き出しを行う。


 領主主導の炊き出しは、領内の食糧がよほど余っている時や、逆に欠乏気味の時が多いようだ。

 その代わり、平時には公共事業として領都近辺の道を踏み固める作業など、人足を集めて、労働の対価に食事を与えることが多い。

 もちろん、賃金も多少。


 神殿の炊き出しと、領主の公共事業。この二つがあることで、食い繋いでいる貧困層はいるようだ。

 で、今年はどうやらどちらも少ない。

 前年の資料と、今年の資料の厚さでそれがもうわかる。


「これから秋が来るので、その時期から炊き出しがさらに増えるのはわかるのですが……」


 それでも、一年も保管できない作物、季節に採れる日持ちのしない野菜などによる炊き出しが少ないのは不自然だ。

 天候不順もなかったはずだし、全体的に不作という話も聞いていない。


 なにかあったのか。まあ、あったのだろう。

 例年やっているような施策を、理由もなく取りやめる行政もあるまい。


 そういえば、レンゲ嬢も今年は特に業務が忙しいと言っていた。

 そのせいで、色々と手が回らなくなっているのかもしれない。

 領主代行殿は見る度にやつれている気がするし、どこかの誰かが軍子会で初だという、農業改善計画を提出して好き放題しているわけだし。


 気のせいでしょうか、胸の内に罪悪感らしきなにかが……?

 気のせいですね。


 私は頷いて、マイカ嬢に声をかける。


「炊き出しをするなら、神殿にお話を通すのがよさそうですね。マイカさんはどう思います?」

「そうだね。それが一番かな? この資料を読むだけだと、実際にどう動けばいいかは、ちょっとわかんない感じ」

「ですね。それでは、後日神殿の人に詳しいお話を聞いてみましょう」


 こういう時、神殿でよくお話を聞いてくれる方がいると、とっても助かりますね。




****



 そう、コネクションがあると、とっても助かるヤエ神官である。

 それはもう、ジョルジュ卿のおかげでヤエ神官とはとっても仲良し、戦友と言ってもよい間柄なので、どんどん相談できてしまう。


「炊き出しですか? ああ、そういえば今年は少ないような……」

「そのようですね。かといって食べ物がないという話も聞きませんので、それなら炊き出しを行った方がいいのではないか、とご相談に来たのです」

「わたしも炊き出しの主担当ではないので、理由は正確に把握しておりませんが……間接的な原因に、心当たりがありますね……」


 執政館の今年の地獄ぶりが目に浮かぶ、と呟くヤエ神官は少し気まずげだ。

 奇遇ですね、私もちょっとした原因に心当たりがあるのですよ。


「ですが、原因の追究はこの際どうでもいいとして……」


 今直視すべきは、スラム街の困窮という問題だ。

 よそ見をしていたら、謎の怪物が鵺的な妖怪変化をしてしまうかもしれない。問題の要点を見失ってはいかん。

 そういう建前の下、ずんどこ話を進めよう。


「先日、ジョルジュ卿が急に増えたお仕事に対応しておられました。スラム街の方で、若干ですが食糧不足による治安の悪化が見られるという情報があります」

「む、それは……由々しき事態ですね」


 表情を引き締めたヤエ神官は、真剣な態度である。

 それが、神官としての真剣さなのか、領主一族としての真剣さなのか、はたまた恋する乙女としての真剣さなのか。

 私としては最後の比率がそれなりに高いと、大変に(つけこみやすくて)良いと思います。


「ここで炊き出しを例年のように行うことで、スラム街の不穏な情勢を落ち着かせれば、誰も損をしないと思うのです。誰かのお仕事が増えることもないですし、やむなく犯罪に走る人も出ないですし、市民の皆さんも安全安心ですし、誰かの空き時間も増えますし」

「全くその通りですね。ええ、例年と同じように炊き出しをするだけで、多くの人々が心安く楽しい日々を過ごせるのならば、神官として協力は惜しみませんとも」


 ヤエ神官はにっこり。私もにっこり。


「それでは早速打ち合わせなのですが、炊き出しをするとなった時、まず必要なことはなんでしょう? 神殿としては寄付、つまり資金ですか?」

「そうですね、なによりまず必要なのはそこでしょうか。恐らく、炊き出しをするほどまでの金額にはならずとも、ある程度の寄付金は溜まっていると思うのですが、その不足分を調達する必要がありますね」


 やはり、そうか。

 神に祈れば食べ物が生えてくるような神秘があるわけでもない。先立つ物が必要だ。


 しかし、私の実家はごく一般的な農家。

 とてもではないがお金は出せない。それはマイカ嬢も同じだろう。

 アロエ軟膏の収益があるとはいえ、あれはあれで村の今後の発展のために必要な貯蓄だ。


「農業改善計画からなら、私も少しは出せますかね?」


 ふと思いつく。あれは私の財布ではないし、ノスキュラ村の財布でもない。サキュラ辺境伯領のお財布だ。

 そこから引き出して、領都の治安に還元する分には構うまい。


「あそこからなら炊き出しに使って良いと思いますが、最低限の名分は必要だと思いますよ?」

「それなら、堆肥を使用した畑の収穫物の食用実験とかなんとか、どうでしょう? 堆肥を使った作物も問題なく食べられるかどうか、実験するために私やベルゴさん達以外にも食べてもらう必要がありますよね?」

「流石ですね、アッシュさん、さらっと名目を出されます……」

「いえいえ、それほどでも。名目だけでなく、本当に試験畑の作物を炊き出しに使ってしまいましょう。実験もできるし、炊き出しに必要な寄付も現物でできる。一石三鳥級の名案では?」

「良いと思います。炊き出しの食材そのものがあれば、資金はその分少なく済みますしね」


 その他にすべきことはなにかあるか、ヤエ神官にたずねる。


「大丈夫ですよ。元々、神殿でやっていたことなのですから、アッシュさんが全てやらなくても。炊き出しをするための寄付さえ集まれば、後はいつも通りに……現在の状況だと、少々時間がかかるかもしれませんが」

「う~ん、そうですか……。なるべく早めに対処した方が良いと思うのですが……」


 こういうのは、早め早めの対処が一番コストはかからない。

 問題になるまでには、まだ余裕はあるとは思うけれど、初期対応こそ迅速にしたいところ。

 私が困っていると、隣で話を聞いていたマイカ嬢が、パッと手を上げた。

 すかさず、ヤエ神官が指導役の態度で指名する。


「はい、マイカさん」

「アッシュ君がなるべく早くやりたいみたいだから聞きますけど、どうして時間がかかりそうなんですか?」


 あ、マイカ嬢、それ聞いちゃいます?

 私が口を押えたところで、マイカ嬢の言葉は発せられた後だ。

 ヤエ神官も、微苦笑してしまう。


「今年は執政館の業務に少々遅れが生じているようでして……緊急性の低いもの、また優先度の低いものは、後回しになっているのだと思います」

「ふむぅ……炊き出しとかも、その一つだっていうことですね?」

「そうです。私の名前で申請を出せば、執政館も後回しにしないでしょうが、業務が詰まっている以上、その後の対応も迅速にはいかないと思われます」


 素晴らしいヤエ神官の言い回しだ。

 そうですか、皆さんお仕事が大変ですね。どうして今年に限って忙しいのでしょう。全く不思議ですねー?

 私にはさっぱりわかりませんが、なにか責任を感じるような気がするので、そっと踏みこんでみる。


「ちなみにですが、遅れを生じさせそうなその後の対応って、どんなものでしょう?」


 ヤエ神官が、そうですね、と頷く。


「たとえば、どこの商会から食材を購入するか。神殿から発注してもいいのですが、これは不平等にならないよう、執政館の財務担当者に仲介してもらいます。それと食料をどこから集めるかですね。基本的に備蓄ではなく、各農村で保管しきれない余剰食料を買い上げる形になるのですが、どの村に余剰があるか確認してから商人を送り出さないと無駄足に……」

「食料を買える農村を調べる作業も必要なんですね。それもやっぱり執政館に頼むから、時間がかかってしまう、と」

「神殿から各村の教会に問い合わせてもいいのですが、それはそれでやり取りに時間がかかりますし、教会の神官がその村の収穫について詳しいかと言うとそうでもなく……」


 なるほど、なるほど。

 食材を集めるための商会の選別と、各農村の現在状況の把握が手間取る、と。

 それは……それは、どうとでもなりそうじゃないですか?


「あ、アッシュ君がなにか思いついた時の顔だ」

「あら、そうなんですね。流石はマイカさん、すぐお気づきになられて」

「これを見逃すと、アッシュ君がすぐに走り出しちゃうから、追いつけなくって……」

「マイカさんも大変ですねぇ……」


 ヤエ神官とマイカ嬢の二人でガールズトークしているところを申し訳ないですが、どうとでもなりそうなことを、どうとでもするためには、お二人の力がぜひとも必要なのです。


「ヤエ神官、先程了承を頂きましたが、炊き出しの実施に向けて、改めてご協力をお願いします。代わりに、迅速な解決によって騎士の業務軽減をお約束いたします」

「そのお約束を頂けるのであれば、もちろん協力を惜しみません。神官としての通常業務ですので当然のことですとも」


 ヤエ神官は即答、と。

 それからマイカ嬢に感謝の眼差しを送る。


「な、なに? 真正面から見つめられると、その、なんだか期待しちゃうんだけど……?」

「マイカさんにとても感謝しないといけないことに気づきましたので、誠意を示そうと思いまして」

「そ、そう? それは嬉しいけど、えっと、なんだろ、感謝されるようなことしたっけ?」

「ええ、マイカさんが集めてくださった勉強会、ここに来て大活躍になりそうですよ。ありがとうございます」

「あ、勉強会のことなんだ……」


 なんとなくマイカ嬢のテンションが下がった気がする。

 こう、心なしかリボンが垂れ下がったような気がする。多分、ちょっと俯き加減になったからだろう。


「でも、勉強会はアッシュ君のためになると思って作ったやつだもんね! ばっちり成功ってことで、よし!」


 ぐっと握り拳と共にマイカ嬢のテンションが帰ってきた。

 顔を上げたのでリボンもピンと立ったように見える。


「それで、大変にありがたい勉強会のことについて、マイカさんにもうちょっとお願いしたいことがあるのですが……」

「うん、いいよ。なんでも言って?」


 マイカ嬢も即答である。私の幼馴染はとても頼りがいがある。


「勉強会の人達、皆さんで協力して、今回の炊き出しを実施しようと思うのです」


 だって、あの勉強会の面々、騎士や侍女といった家柄だけでなく、各農村の村長家の子息や、商会の出身者もいるのだ。


 どちらかというと、神殿の講義についていけない後者の方が多いくらい。

 勉強会ですもんね。


 つまり、勉強会なら、農村への伝手ががっつりある。その村の出身者だから、村の様子にも詳しいだろうし、村長家としても現状を気軽に答えやすい。

 親心として、自分の子供が都市でどんな勉強をがんばっているか知られて嬉しいだろうし、協力的な態度を期待していいはず。


 それに、商会の伝手だって使いやすい。


「軍子会の勉強だって名目を立てれば、勉強会参加者関係の商会を使っても、不平等とは言われづらいですよね? だって勉強なんですから」


 ケイ嬢のガーネシ商会とか、私の知り合いのクイド商会とか、勉強に協力してくれたんであって、利益を優先的に配分したんじゃないんですよ。

 これに文句があるなら、他の商会さんも勉強に協力して頂きましょう。

 軍子会への寄付……いや勉強会寄付とかの方が(色々自由に使えて)よさそうですね。


 帰ったらリイン寮監に提案してみましょう。

 勉強会の実践研修として、炊き出し計画を実施するよ、って報告と一緒に提出しよう。


「アッシュ君がおもむろになんか書き始めた……」

「どうやら提案書のようですが……。ああ、軍子会の有志による自主勉強の計画案。リインさんを巻き込む気満々ですね。あれ、商会から寄付を募るお話って、どこから出て来ました?」


 ふふふ、流れを、流れを感じますよ!

 この炊き出しは、都市の治安を維持するだけでなく、未来の人材を育成する教材にもなるのです!

 しかも、各農村や商会との協力体制の試験にもなる。

 これは、いわゆる産官学一体の教育経済活動!


 素晴らしい。

 こういった試みの積み重ねが、社会的な教育の理解の鼻緒となって、ひょっとしたら民間の私塾になったり、義務教育の萌芽になったりするかもしれない!

 未来の教育のため、ひいては文明の健全な発展のため、私も力を惜しみませんよ!!


 まずはこの領都に、教育のビッグウェーブを起こしてみせるのです!


「これは完全にスイッチが入った時のアッシュ君だ……」

「あ、集中している時の横顔、仕事に熱中しているジョルジュ卿に似ていますね。こう、仕方ないなぁ、と見守りたくなる感じが……いいですね」

「わかるぅ……!」


 ふっふっふ、ちょっとしたスラム街の食料問題め!

 あなたに私の文明復旧の邪魔などさせませんよ!

 あなたごとき小問題など、未来への肥やしにして畑にまいて収穫して調理して美味しく頂いて差し上げましょう!



****



「はい! というわけで、勉強会で炊き出しを計画、実施することになりました。皆さん、奮って参加しよー!」


 マイカ嬢が元気よく宣言すると、「おー」と返事が上がる。

 うんうん、勉強会にわざわざ参加するだけあって、皆さん非常に熱心ですね。

 なんだか、返事が「おー!」って感じではなく、なんの話だっけ?って感じの「おー?」でしたけど。


「待ちなさい、マイカ。色々と説明を飛ばさないの。アッシュじゃないんだから」


 ここで、レイナ嬢が待ったをかける。


「でも、なにをするかを最初に言っておくのは大事じゃない?」

「それは間違っていないけど、いきなりすぎてもわかりにくいでしょ? アッシュじゃないんだから」

「うーん、そっか。説明ってやっぱり難しいね」

「こういうのも慣れていけばいいわ。マイカも、他の皆も、多かれ少なかれ人に指示を出す立場になるのだから、わかりやすく話をする、という方法も学んでいきましょうね。アッシュじゃないんだから」


 そういう勉強も大事ですね。

 今の勉強会は、読み書き計算が中心だと聞いているけど、後々はなにかテーマを決めて各自発表させるスタイルもありかもしれない。


 ところで、レイナ嬢がしきりに「アッシュじゃない」というのは、なんぞや。

 アッシュはここにいるので、第二、第三のアッシュがいない限りは正しい言質だけども……。


「えっと、それじゃあ、炊き出しをやろうっていう話だけど、詳しく説明するね? まず、炊き出しっていうのは、いつも神殿が中心になってやっている活動なんだけど――」


 炊き出しとはなんぞや、というところから始まり、勉強会が係わる作業を説明していく。

 農村への余剰食糧の確認。配送業務を請け負う商会への依頼と調整。当日の調理と配給の手伝い。


「そういうことを皆で分担してやろう、っていう話なんだ。うん、とりあえずここまで聞いて、なにか聞きたいことはありますかー?」


 マイカ嬢が笑顔でボールを投げるが、皆は戸惑っているのかポカンとしたままだ。

 レイナ嬢が、当然こうなるわよね、と言わんばかりに頷いているのが、唯一の動きだ。

 そんな現場に、ほのかな苦笑を浮かべながらアーサーさんが手を挙げる。


「はい! アーサー君!」

「うん。やるのはいいし、手伝えることは手伝うつもりなんだけど……そもそもどうして、炊き出しをしようっていう話になったのかな?」

「それね、うん、色々とあってこうなったんだけど、えーと」


 マイカ嬢が手元のメモに視線を落とす。


「軍子会としては、今お勉強している読み書き計算が、将来どんな風に役に立つか、実際のお仕事を体験することで理解を深め、今後の学習効果をより高めることを期待しています!」

「うん、将来どんな場面で必要になることを勉強しているのか、実感があれば毎日の勉強もやりがいが感じられるかもしれないね」


 アーサー君が笑って頷きながら、私の方をちらっと見て来た。


 はい、マイカ嬢が読み上げたのは、私の作った文章です。

 リイン夫人に提出した、軍子会内職業体験実習(炊き出しバージョン)の一文だ。


 もちろん、アーサーさんはそのことを知っている。

 レイナ嬢、マイカ嬢と並んで勉強会の先導者ですからね、事前に相談済みです。

 いわゆるサクラだ。


 そして、アーサーさんが最初に質問したので、他の人も手を挙げやすくなった。

 おずおずと手を挙げようとする勉強会の面々の中、勢いよく一本の手が掲げられる。


「はーい! はいはい! 質問です!」

「はい、とっても元気がよろしいケイさん!」

「その配送業務? つまり、炊き出しに使う食材の仕入れをする商会ですよね? それって、うちの実家の商会に頼んでもいいやつですか!?」

「とってもいい質問ですね! 調整は必要になるけども、ズバリ、実家に頼んでもいいやつです! 皆の実家にも、お勉強に協力してもらっちゃおうね!」

「やったー! ぜひぜひ、ガーネシ商会をよろしくお願いします! あたしのお小遣いも増えるお勉強って最高か!?」


 ケイ嬢は頭の回転が速いですね。

 即座に自分の実家に仕事を受注できる=自分のお小遣い(ボーナス)に反映される、と理解した様子。

 でもちょっと迂闊でもある。


 ちゃんと正規のお金が支払われるか確認してからの方がいいですよ?

 娘さんのお勉強のためなので、お値段の方もお勉強して頂けますよねぇ?みたいな。

 いえ、ちゃんと支払うつもりがあるからいいですけど。


 そして、ケイ嬢の即物的な歓声は、お年頃の勉強会の面々にてき面に効果があった。

 なるほど、という顔をした何人かが、ケイ嬢と同じくらい元気よく手を挙げた。


「はい、農村出身者から質問です!」

「はい、サイアス君も元気がよろしい、どうぞ!」

「村で余っている食料の確認っていうことは、それは余っている食料を買ってくれる、ってことでしょうか!」

「はい、そういうことです!」

「うわ、それ助かります! うちの村、夏野菜が採れすぎて腐りそうって話で……それをお金にできるんならめちゃくちゃ助かります!」

「おー、良い情報だよ、サイアス君。他にも、自分の村で余ってる~っていう情報があったら、教えてね? その余ってる食べ物を、ケイさんの実家の商会とかにお願いして、買い取りに行ってもらう予定だから」


 今度の歓声は、ケイ嬢だけでなく、各農村出身者からも上がった。

 保存がきく食料ならともかく、保存しづらい物は現金に換えておいた方が安心ですもんね。

 ノスキュラ村での生活を思うに、今世はちょっと、漬物とか発酵保存食品系の文化が未熟な感じなので、発酵から腐敗に行き過ぎることも割と……。


「ちなみに、農村の情報集めは、あたしがまとめ役をやってみるつもりです」


 マイカ嬢が胸を叩いて宣言すると、農村出身者がざわめいた。


「あたしも農村出身だからね。ちょっとは詳しい自信があるから」

「マイカがそっちだから、ボクは商会の方のまとめ役になるよ。マイカみたいに詳しくはないけど、上手く行くようにがんばるね」


 アーサー君が微笑むと、またざわめく。

 こちらの声は、商会関係者として職人も含まれているようだ。軍子会に人を送り込む職人なら、繋がりのある商会もいるはずだから当然か。


 ふふふ、農村関係にも商会関係にも、領主一族の子供の名前が使えるのだ。

 軍子会でしっかり人脈作りをしていますアピールができるだろうから、ぜひ皆さん前のめりに取り掛かって欲しい。

 もちろん、レイナ嬢にも役割がある。


「わたしは、それぞれの作業で発生するやり取りや契約を、書類にまとめる作業をとりまとめるわ。マイカの組も、アーサーの組も、きちんと報告を上げること。雑な報告をあげると差し戻しにするからね」


 これには、侍女侍従の一族の出身者が、ざわめきを上げずに静かに緊張感を醸し出した。

 特に、レイナ嬢の派閥の人達の緊張感がすごい。


 それぞれの組に配属され、自分達の作る報告が評価されると察したのかもしれない。レイナ嬢は大変に真面目なので、差し戻すと言ったら差し戻すのだろう。

 いやー、盤石の態勢ですね。私のやることがなにも残っていないような気さえします。


「アッシュ、アッシュ?」


 満足感一杯で頷いていたら、大きな体が近寄って来て、肩を叩いてきた。

 今期の軍子会一番の体格をしているグレン君だ。


「はい? どうしました?」

「話を聞いていると、微妙になにをしていいかわからなくてな……。俺のような騎士家出身は、なにをしたらいいと思う?」

「そうですねぇ、それぞれのお手伝いはできると思いますけど……。炊き出し当日の計画でも練りますか。食材を運んだり、薪を運んだり、力仕事も多いでしょう。それに、完成した料理の配給、料理を受け取る人達の整列や整理、食べる場所の指定や誘導なんかもあった方がよさそうですし」

「色々とやることが多そうだな……」


 グレン君が呻くが、私も思いつくまま言葉にしてそう思った。

 準備も大変だが、本番もかなり大変そうだ。


「炊き出しとなると人が大勢集まりますからね。炊き出しの際は衛兵に警備をお願いするらしいですし」

「ああ、そういえば、見かけた時は衛兵も立っていたな。たまに喧嘩も起きるようだし」

「そういった揉め事対策を、グレンさんのような騎士家出身の方を中心に考えましょうか」


 私が提案すると、グレン君も、そのそばで聞いていた騎士家出身の人達もホッとした顔になった。


「それなら俺達でも役に立てそうだし、将来のためにもなりそうだ。向いていそうな役割があってよかったよ」

「ええ、適材適所ですね。他の分野の勉強も後々役に立つでしょうけど、まあ、まずは自分の身近なところからということで」

「ああ、よろしく頼む、アッシュ」


 おや? これは私が騎士家出身を中心としたグループのまとめ役になった感じです?

 いいのかな、私は農民出身なんですけど……。あ、ジョルジュ卿の副官見習いでもあるし、いいのか。

 でもあれ、正式に任命されたとになってます? なっていないと思うんですけど……。


 私は首を傾げることしきりだが、おおよその担当が決まったということで、マイカ嬢が拳を突き上げて全員に号令を出す。


「よし、皆! 勉強会の力を見せる時が来たんだよ! 二年後、軍子会が終わった時にこんなことしました!って自慢できるよう、力を合わせてがんばろー!」


 皆さんが「おー!」と元気よく返事をする中、私だけが「おー?」という疑問混じりの掛け声になってしまった。




****



 はい。というわけで、勉強会が総力を結集した炊き出し実施計画がこちらになります。

 そんな感じで差し出したら、リイン夫人が親の仇……娘の仇を見つめるような顔で書類を睨みつけている。


「できてしまいましたか」

「はい、できました」

「できることは、わかっていました」

「はい、なにしろ前例の計画を見られますから、できないわけがありません」


 前例にならうのは簡単だ。だからこそ、前例のないことを成し遂げた人は褒められるべきであるな。


「軍子会が始まって半年で、これだけの実績ができるのは初めてです……。いえ、そもそも軍子会の最中に、実務段階の計画が出て来ること自体がおかしい……なのに、今期はこれで二つ目……」


 おっと、前例がないことをやってしまったらしい。

 やったのは一体誰だろう。軍子会の一参加者がそんな事例を作れるはずがないので、教育する側が素晴らしかったのだろう。

 流石はリイン夫人、できるお人だ。


「どうして他人事のように微笑んでいるのでしょう、アッシュさん?」

「いえ、そんなことは……。それに、まだこれは計画段階ですし、実施しないことには実績として数えなくてもいいでしょう」

「いえ、十分に実績ですよ。レイナからも、途中経過を聞いていますからね。甘いところはありますが、未経験者ばかりで動いたとなれば、それだけでも十分です」


 ひょっとして、リイン夫人ってば、読む前から中身をほぼ把握してらっしゃる?

 レイナ嬢からよほど細かく聞き取ったのだろうか。親娘で仲が良くて素晴らしい。


「色々と、頭が痛い話ではありますが……」

「それは大変ですね。落ち着くハーブティーをお出ししましょうか?」


 お忙しい寮監殿を心配したら、叱るような咳払いを返された。


「色々と、頭が痛い、話ではありますが……!」

「……蜂蜜たっぷり入れましょうか?」

「んんっ! お茶の話は、今は結構です」


 つまり、後で欲しい、ということですね。

 承知しました。頷くと、リイン夫人は再度咳払いをしてから話し出す。


「執政館の人員を使わずに、この計画が作られたことは喜ばしいことです。侍女の一員として、感謝しましょう。現在の執政館の状況では、心強い助けとなりました」


 リイン夫人がお礼を言うほど、そんなに忙しいんだろうか、今の執政館。

 大変ですね。原因はあえて聞きませんけど、大変ですね!


「この計画については、わたくしとヤエ様の方からお出ししておきます。まず間違いなく実施の許可が下りるでしょうから、その準備を進めておくとよいでしょう」

「はい、ありがとうございます。リイン殿から頂いた感謝については、協力者の皆さんにもお伝えいたします。皆さんとても喜ぶでしょう」


 特にレイナ嬢とか、感動すると思う。母親のことを尊敬しているから、一番喜ぶだろう。


「では、お話は以上です」

「はい、お時間、ありがとうございました」


 立ち上がると、リイン夫人がじっと見つめてきた。大丈夫、わかっていますとも。


「マイカさん達に結果を伝えてから、お茶の準備をして持ってきますね。もちろん、蜂蜜たっぷりです」


 厳格な寮監として恐れられているリイン夫人は、黙って頷いた。


「勉強会の方で、計画完成のお祝いにお菓子も作っているはずなので、そちらも持ってきますね」


 すかさず追撃してみた。


「ありがとうございます」


 余裕たっぷりに、淡く微笑まれる。

 リイン夫人はできるお人だ。


 娘のレイナ嬢は、お祝いの話を聞いた時は、喜悦満面と言った感じで声を漏らして笑って、お友達のダーナ嬢にからかわれていた。

 この隙のなさ、経験値が違う。


 まあ、夏の新作ベリー系クレープを食べさせて、レイナ嬢そっくりの感動の声を引き出しましたけどね。

 経験値が違うと言うなら、こちらは文明度が違うのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 半年でアッシュ一味に着いて来れる軍子会の子供たちも優秀ですね [気になる点] あー、こういう騒動をなんて言ったっけかなー バタフライエフェクト? マッチポンプ?
[良い点] コミカライズとかなり違う感じなんですねー。 それと他の方も書かれてましたが、原作アッシュ君はドス黒いですねぇw
[一言] 久しぶりにアッシュくんがアッシュしてる・・・(動詞)
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