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フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

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ヤエの初恋二重基準

【シナモンの祭壇 ヤエの断章】

「あ、ヤエ神官」


 元気の良い声が聞こえて振り返ると、リボンも可愛らしい女の子が明るい笑顔を見せている。

 マイカさんだ。


 わたしが立ち止まったのを見て、ちょこちょこと駆け寄って――速いですね。

 ちょこちょこなんて可愛らしい動きではありません。しゅんって感じです――わたしの前でぺこりとお辞儀した。


「こんにちは、ヤエ神官」

「はい、こんにちは、マイカさん。今日は神殿になにかご用事ですか?」


 今日は軍子会がお休みの日で、神殿で授業などはないので、一応たずねる。

 一応とつけるのは、彼女が神殿にやって来る理由を知っているからだ。


「アッシュ君と一緒に来ました!」

「はい、いつも通りですね」


 予想通りの回答に、つい口元が緩む。

 神殿に勉強をしに来たのではなく、アッシュさんにくっついてきた、と。

 うんうん、わかります、わかります。好きな人と一緒にいたいですもんね。


 神官としては、デートの場所にするのはいかがなものか、と言うべきかもしれないけれど、アッシュさんが本に向かう態度は真剣そのものであるし、それに付き合う時はマイカさんもおおむね真面目だ。

 時々アッシュさんの横顔に見惚れている時があるだけで。

 神官としても、領主一族としても、また一人の年長者としても、勉強熱心なアッシュ君とマイカさんの姿勢は大変に喜ばしい。なので、神官としては褒める言葉が出てくる。


「神殿の蔵書を活用して頂けて、神官としては嬉しい限りです。マイカさんは、今は休憩中ですか?」

「はい。アッシュ君のやっていることが難しくて、ちょっと……」


 マイカさんがついて行けないとなると、よほど高度なことに取りかかっているようだ。

 わからないでもない。わたしだってアッシュさんの言っていることにはついていけないことが多々ある。

 軍子会に入ったばかりであることを思えば、驚愕すべきことだ。ただ、前期古代文明の解読の手助けをした、という逸話を思えば納得の方が強い。


「アッシュ君にですね、ずっと座っていると体も痛くなるし、動くと血の巡りがよくなって頭も回るから、疲れたと思ったら一度休憩した方が良いって言われてるんです」

「ああ、座ってばかりより動いた方が良い、というのは時々聞きますね。歩きながら本を読む人もいるくらいです」

「それは……転んだりしないんですか?」

「転ぶよりぶつかる方が多いですね。悲鳴を上げて周りから叱られるまでがセットです」


 真面目な顔で頷き返すと、マイカさんはからころと笑う。


「他の人に迷惑をかけるのはよくないですね。わたしはやらないようにします」

「ぜひ、そうしてくださいね」


 冗談で笑い合って、空気が軽くなった。

 今日は軍子会もお休みで、私的な話をするには丁度いいかもしれない。


「マイカさんは、まだ休憩していかれますか?」

「そうですね。せっかくですし、ヤエ神官がよろしければもうちょっとお話ししたいな~と思います。お母さんから、人付き合いも大事にしなさいって言われていますので」


 お互い、考えていることは同じだったようだ。

 空いている個室を借りて、従姪と交流を持つこととしましょう。


「さて、こうやってお話しするまでずいぶんと間が空いてしまいましたね。改めまして、あなたのお母様の従妹になります、ヤエ・アマノベです」

「はい、ユイカ・ノスキュラの娘の、マイカ・ノスキュラです。……ヤエさんって呼んでいいですか?」


 う~ん、しっかりしている。

 あと上目遣いのおねだりがとても可愛らしい。イツキ兄様がデレデレになるわけです。


「呼び方も態度も、楽にして大丈夫ですよ。軍子会の授業の時は、礼儀作法も学ぶ時間ということで気をつけてもらいますが、今はただの親戚としての雑談ですから」

「はい! じゃあ、お言葉に甘えますね。えへへ、ずっとヤエさんに聞きたいことがあったんですよ」

「あら、なんでしょう? なんでもどうぞ?」


 あのね、とマイカさんが前のめりになって輝く目で見上げてくる。


「ヤエさんは、ジョルジュ卿のどんなところが好きなんですか!」


 えっ! そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったのでとても驚いた。


「全部」


 驚いたので正直な心の内がぽろりと出てしまった。

 あらやだ、年下の子を相手に恥ずかしいですね。


「あーっ、わかるーっ! どこがって聞かれたらとりあえず全部だよね、全部! やっぱり人を好きになるってそうなんだ!」

「そうですよ。そうですとも。良いところは好きになって当然、ダメなところも好きになってからが最高です」


 マイカさんが力強く頷くので、わたしも力強く頷き返す。

 なんというか、あまり本人には言わないようにするつもりですが、流石はユイカ姉様の子ですね。わたしにも繋がる確かな血筋を感じます。

 わずか一往復のやり取りで、根本的な気質が一緒だと確信してよさそうです。


「あたしもアッシュ君が本にばっかり夢中でこっち向いてくれないとこ、すごく不満なんだけど、そこもまた良いって思っちゃうんですよ~」

「ああ、わかります。こちらを見て欲しいのは間違いないのですが、真っ直ぐ前を見つめる横顔もまた素敵なんですよね。悔しいのですが、そこにまた思いが募ってしまう……」

「それ! ほんとそれ!」

「あとですね、基本的に優秀なんですけど、危なっかしいところというか、自分を後回しにしすぎるとか、放っておいたら一人でなにもかも背負いこんでしまいそうとか……」

「あ~っ、あたしがなんとかしてあげなくちゃってなっちゃう~……!」

「それです、それ!」


 二人してぐっと拳を握ってから、はあ、と溜息を吐く。


「こんなに好きなんだけどな~」

「こんなに好きなんですけどね~」


 相手が振り向いてくれない。


「ヤエさん、あたしから見てもとっても美人さんですけど、それでもジョルジュ卿はダメですか?」

「ありがとうございます。でも、ダメです……」


 嫌われてはいないと思うし、どちらかといえば好意を持ってくれてはいると思う。

 ただ、それが恋愛の好意にまで進んでくれない。


「わたし以外に夢中ですからね、ジョルジュ卿は。それは、アッシュさんも同じでは?」

「あ、あ~……。ジョルジュ卿もあんな感じなんだ。流石は親戚っていうかなんていうか、そこまで似なくても……」

「いいと思いますよね。本当にそう思います」


 今度は二人で苦笑いを見せ合う。


「まあ、それでもいつかは必ず、と思っています。それはマイカさんも同じですよね?」

「それはもう! あたしの初恋を奪ったんだから責任を取ってもらわないと!」

「あら、素敵でいいですね。初恋相手、しっかり捕まえないと」

「えへへ、そのつもりです! でも、残念ながらアッシュ君の初恋はお母さんに取られたかもしれない……」

「最後の恋を奪いなさい」


 我ながら噛みつくような声を出してしまった。

 マイカさんもちょっとびっくりした顔をしている。


「いえ、わたしも、ジョルジュ卿の初恋は他人に奪われていまして……。というか、そのせいであの人は他の女性に目を向けていないようなのですよ」


 ジョルジュ卿も大声では言いませんが、縁談を断る時は口にしているので知っている人は知っていることです。全く口惜しい。

 わたしが初恋相手だったらと思わない日はない。


「いいですか。最初の恋は特別かもしれませんが、時と共に薄れるものです。次の恋が隣でどんどん大きく強く美しくなっていけばなおさらです。最初は問題ではありません。最後が肝心です」

「戦いと一緒ですね! 最後に立っている者が勝者だってお父さんに教わりました!」

「そう、恋は戦いと一緒です。それはそれとして、自分の初恋は大事ですよ。特別なものなのですから、これを奪われたら必ず責任を取ってもらわないと」

「もちろんです!」


 大変よろしい。これは矛盾でもなんでもない。

 つまりは恋する乙女ということです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女は美貌のピークが過ぎて衰えを感じ始めた時の相手に引くくらいのめり込むとか。 と言ってる私はそんな経験しないまま平穏無事に盛りを過ぎたけど。
[一言] 初恋相手も同じなのかな
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