表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

241/281

水月の奥に潜む影6

【シナモンの祭壇 ケイの断章】

 続きましては食堂、皆大好きご飯の時間。


 さっきは、謎の忠臣(想像)アッシュ君のスゴテクに防がれてしまった。

 廊下で談笑しているから隙だらけと思ったのに、まさか咄嗟にアーサー様をかばうとは。ユイカ様の嫁入りについて行くだけあって、その護衛能力はあたしの作戦の上を行った!


 とはいえ、食事中のタイミングならいくらなんでも油断しているはず。

 アッシュ君はご飯をとても美味しそうに食べていると、女子のアッシュ君ファンからの確かな情報もある。


 狙うのはまさにこの時!

 今日の食事当番からお皿をもらって、それぞれの席に着くまでのルートを確認。

 目標アーサー様は、今日もいつもの席に座った。隣にアッシュ君がいるのも目視。


 そっとそちらに足を向けて、お盆の上の水をそれとなく端っこへと移動させ、発射準備!

 目標との距離を慎重に見定め、あと三歩、二歩、一歩……そこでうっかり躓いて発射(おっとっと)


 名付けて、申し訳ございませんご主人様、濡れた服を拭いてお詫びいたします作戦!

 って名前が長いわぁ!


 まあ、つまりあれよ、ちょっと水をかけて「はわわ、ごめんなさ~い!」とか言って体に合法的に触ろうと言うわけ。

 なんか痴漢っぽいけど、そういう気持ちはないからね。


 今度こそ、今度こそ完璧な作戦!

 さあ、アーサー様、そのお体をまさぐらせて頂きましょう!


「おっと、危ないですよ」


 あーっと、完璧だった作戦に書き換えられる予感がする台詞~!

 案の定、着弾地点にいたアーサー様が、細い体をアッシュ君の膝の上に抱えられてしまう。

 意外と力持ちだよね、アッシュ君!


 が、しかし!

 逃がさん!


 君がスゴテクを持っていることはとっくに承知!

 こちらもさらにうっかり(おっとっと)して水の射撃距離を増やしてやらぁ!


「ひゃ!」

「げぇ!」


 前の可愛い悲鳴が、アッシュ君に覆いかぶさるようにされたアーサー様の声。

 後のひどい悲鳴が、勢いつけすぎてお盆の上で夕飯が合体事故したあたしの声。


「アッシュ君!」


 最後に、アーサー様にかかる予定だった水を頭からかぶったアッシュ君――を案じるマイカ様の悲鳴。


「あ、大丈夫ですよ。ただの水ですね、これ。ケイさんは、転んでいませんね? アーサーさんは濡れていませんか?」


 濡れた髪をかきあげて、一人平気な顔のアッシュ君、マジでイケメンだな!

 アッシュ君ファンが黄色い声あげてるけど、これには納得せざるを得ない。

 アーサー様よりあたしのこと先に心配してくれんだもん。不覚にもときめいたわ、おのれイケメンめぇ!


「ごごご、ごめんなさい!」


 ほんとにごめぇん! 下心含めて全面的にあたしが悪かったよぉ!


「私は構いませんが……アーサーさんは?」

「だ、大丈夫。濡れても、ないみたい」


 アーサー様が、赤い顔でパタパタと体を触って確かめている。


「ということで、こちらは問題ありませんよ。ケイさんは……ご飯、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、ではないけど……」


 お、美味しそうな夕飯がめちゃくちゃに……!

 でも、まあ、自業自得ってやつかぁ。


「あたしが悪いんだし、これは気にしないで、っていうか。その、ごめんなさい、ありがとうございます……」


 申し訳ございませんご主人様、濡れた服を拭いてお詫びいたします作戦、大・失・敗!


 そして以後、ご飯を絡めた計画は不許可とします!

 食事当番の人もごめーん! これはちゃんと責任もって食べるよー!


「皆が無事なのはよかったし、流石アッシュ君なんだけどぉ……」


 そして、不機嫌そうなマイカ様が、ジト目でこちらを見つめている。


「いつまで二人してくっついてるの?」


 アーサー様は、まだアッシュ君の膝の上である。


「ご、ごめんマイカ! アッシュ、離して、離して!」

「はい、失礼しました。話の流れ的に手放す暇もなかったものですから」

「い、いや、うん、その、ありがとう、アッシュ。助かったよ、と、とっても……」


 んんん、ごめん、罪悪感もあるんだけど言わせて?


 真っ赤な顔で恥じらうアーサー様の仕草がさ、もうこれ、女の子だよね?

 男の子だったら世の中おかしいよね?

 あたしが男の子だったら恋に落ちるよ、これ。女の子だけど恋が始まりそうだもん。

 胸キュンか!


 これ証拠にならない?

 ならないよねぇ。


 次、いっちゃう?



****



 あたしはリイン寮監にきっちり挨拶して、一階の男子専用区域にお邪魔した。

 男女の立ち入りが制限されているとは言っても、ちゃんと申請すれば行き来は簡単だ。

 マイカ様とかしょっちゅうアーサー様とアッシュ君の部屋に入り浸っているからね。


 サイアスが、「マイカ様がよく通るから、男子だけだと思って油断してると死ぬほど恥ずかしい目に遭う」って言ってた。

 男子がバカ話でもしてたんだろうか。


 ちょっと聞いてみたら、ドアを開けてスケベな話をしているバカがいたみたい。

 侍女の誰それの胸が大きいとか、洗濯物が干してあったとか、今度覗きに行こうとか。

 盛り上がる男子達が気づくと、ドアの向こうを通るマイカ様が、虫を見るような目をしていたんだってさ。


 ざまあ。


「そういうのはちゃんとドア閉めてやるものでしょ。慎みってものがないの、あんた達?」

「一緒にするなよ……。けどまあ、男だけだと、その辺の加減がなくなってくって言うかな。しかも、段々と過激なことを言った方が勝ち、みたいな流れになるんだよ」

「マイカ様に見られて全員大負けしてるじゃん」

「ごもっともで」


 男子、マジ男子。


「んじゃ、話を変えるけど、サイアスは侍女の誰が一番良いの?」

「名前わかんねえけど俺等よりちょっと上くらいで胸のおっきい子が実は隠れ美人じゃないかと……って話変わってねえじゃん!?」


 ほらやっぱり、あんたもそういう話してたんじゃない。

 マイカ様にチクってやろうかなー?


「マジでやめろよ!? こ、こういうのは男同士の付き合いってもんがあって、それで俺も仕方なくなぁ!」


 ははん、仕方なくねぇ。その割に、隠れ美人なんて随分と狙い目が生々しい気がする。

 ていうかあたし、その人に心当たりあるわ。


「あたし達よりちょっと上くらいで胸の大きな侍女っていうと、ひょっとして前髪長い子じゃない?」

「あ、多分、その子」

「その人の名前、あたし知ってるかもよ?」

「え、マジでマジで?」

「用事頼まれたのかな? 何回かうちの店で見たことあるわ」


 多分、レンゲって人だと思う。

 いや、うん、正直、サイアスが注目するのもわかるくらい胸ある人なんだわ……。

 本人はそれも恥ずかしそうだけど、あたしも羨ましいからよく覚えてる。


「ケイさん? その~、お心当たりのお名前教えてくれません? できれば部署とかも」

「んん~? そうね~、教えてもいいけど~?」


 見返りはもちろんあるんだよね~?


「……バカ話してる男子の実名と、それぞれの妄想相手」

「よっしゃ、それで手を打とう」

「この情報の使い方はマジで気をつけてくれよ? 下手したら俺が男子から吊し上げられる」

「わかってるわかってるって~、えっへっへ」


 あたしが知ってるレンゲさんの情報を手渡して、向こうからも中々の量の情報がもらえる。

 流石はグレン君、この手の情報に名前が出て来ないか。

 ヘルメス君? 最初から期待してないよ。他人と交流しないって、ある意味で究極の情報対策だよね。


 さあて、これをネタにどうしてやろうかな~。

 おっと、思わず手に入った情報に興奮してしまった。今日の目的はサイアスとの情報交換じゃないんだよ。


「そんじゃ、今日はそろそろお暇しますか~」

「そうか? 今日はずいぶん早いな」

「あたしも暇じゃないってことよ。そんじゃね」


 ドアを閉め際、ついでもついでですよ、って感じで確認する。


「アーサー様とアッシュ君の部屋、一番奥でいいんだよね?」

「ん~? そうだけど?」

「ついでに挨拶でもしてくるかな~。今、二人とも……じゃなくていいか。どっちかだけでも部屋にいる?」

「さあ、そこまで瞬間瞬間の情報はわからねえよ。あちこち聞けばわかるけど、それするくらいなら」

「ノックした方が早いわ」


 今度こそ用済みなので、ひらひらと手を振ってドアを閉める。

 そのまま、何食わぬ顔で廊下の一番奥の部屋をノックする。


 返って来る声は、これアッシュ君か。ちっ、在室だったか。

 内心は顔に出さないようにと念じながら、名前を告げてドアを開ける。


「おや、ケイさん、珍しいですね」

「どうも~。ちょっとサイアス君のところにお邪魔したんだけど、こちらにもご挨拶をと思って」


 アーサー様もいたので、そちらにもぺこりと頭を下げておく。

 アッシュ君が机の上でなんかの本を開いている。アーサー様はその後ろから覗きこんでいるみたい。

 生まれ育ちに差があるのに、やっぱり仲良いなぁ。


「ケイさんは、サイアスさんと仲が良いんですか?」

「男子の中だとかなり良い方ですね。まあ、お二人とマイカ様ほどじゃないですけど」


 いやー、マイカ様がお二人とのところに出入りしているのを見て、あたしも男子との交流を増やしてみようかと思って、こうして来たんですよ~。


「なるほど。仕方ないとはいえ、男女で生活空間が分かれていますからね。積極的に機会を作らないと、異性との接触が少なくなってしまいますか」

「そういうことですね~。中々一歩踏み出せなかったんですけど、マイカ様がお二人と仲良いので、それを見習って」


 ということにしておこう。

 まあ、こういうことでもないと男子の寮室にまでお邪魔することはなかったのは本当だね。


 それにしても、アッシュ君とアーサー様の部屋は綺麗だな。

 いや、部屋自体が上等とかいうことはないんだけど、整理整頓がちゃんとしてるね。

 サイアスとグレンの部屋はもうちょっと散らかっていた。といっても、こちらも思ったより綺麗だったんだよね。


「あたし、男子の部屋ってもっとこう、汚いものだと思ってたんですけどね」

「人によるとは思いますけど、相部屋ですしね。同居人のためにも綺麗にしておかないといけませんよ」


 ね、とアッシュ君がアーサー様に視線を送ると、にっこり頷きが返って来る。


「アッシュが綺麗好きで助かるよ。アッシュはね、部屋の掃除や整頓もそうだけど、身だしなみも清潔なんだよ。農民に対するイメージが変わっちゃうな」

「あ~、それはわかります。アッシュ君ってさ、本当に農民の子?」


 アーサー様に便乗して、ちょっと探りを入れちゃう。

 そこんとこどうなのよ、アッシュ君。やっぱり、ユイカ様についてった使用人の一族なんでしょ?


「本当に農民の子ですよ。ちょっと前まで毎日畑をいじっていました」


 嘘吐けぇ! あんたみたいな農民がいてたまるかぁ!

 商人の娘より計算が早くて、神官の子より博識って、農民とはなんのお仕事でしたっけねぇ!?


 ツッコミが喉までせり上がって来たわ。

 おのれ、返事一つでここまでこちらの平常心を乱すとは……流石は謎の忠臣一族の息子。

 なるほど。設定はあくまで農民か。あれかな、使用人は使用人だけど、密偵系の人間なのか。影の護衛みたいな。


 そう思うと、にっこり笑うアッシュ君の顔が、ちょっと恐いね。


「あ、それじゃ、今日はこの辺でお暇しますね。約束もなしに来ちゃったのに、長々とお喋りしてすみませんでした~」

「いえいえ、私は構いませんよ」

「ボクもこれくらい構わないよ。軍子会はこういうことも大事だからね」


 アッシュ君が来てから、アーサー様も人当たりが柔らかくなったというか、会話が弾むようになったなぁ。

 最低限の挨拶、それもいわゆる社交辞令って感じだったアーサー様が、ほんのちょっとの間でずいぶん変わったものだ。

 このままなら、あんまり焦らなくても、アーサー様と交流ができるかもしれない。


 でも、やっぱり人より一歩でも先んじないと、商人はやってられないもんね。

 というわけで、こんな感じで自然に男子寮に入り浸りつつ、アッシュ・アーサー両名が不在の時を狙います。


 名付けて、突撃隣の衣装箪笥作戦! 調査員は見た! 布地の奥に隠された女の秘密!


 ……アーサー様が実は女性で、男装しているとしてだよ。

 その、ね、下着はさ……流石に男物じゃないと思うのよ。

 そこはほら、もしあたしが、そういう立場になったとしても、そこだけは絶対男物にできないっていうか。

 女のプライドとかそういうのもあるけど……デリケートなんだよ、うん。


 その辺、アッシュ君もお察ししてると思うんだ。

 だから、朝夕にアーサー様を一人にしてるんでしょ?

 いやぁ、アッシュ君、あたしは君のそういうところを評価したい。惚れちゃうぞ?

 なんて、あたしじゃ迷惑か、ふへへ。


 さて、アッシュ君の優しさを評価しつつ、二人が不在の時をこっそり狙うとしましょうか!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] レンゲさん、そんなに大きいのか。
[一言] いつ特大の雷が落ちるかワクワクしてきた
[一言] > アッシュ君ファンが黄色い声あげてる あ、いたのね、そういう人たち。本編ではマイカ様バリアが固すぎて、全然見えなかったからいないのかと思った。 それにしても、ケイさんは暴走中ですなあ。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ