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フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

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240/281

水月の奥に潜む影5

【シナモンの祭壇 ケイの断章】

 そして案の定、アッシュ君への嫌がらせは即座に始まった。


 それに対し、あたしとサイアスを筆頭にした、穏便に有力者にアピール(これ普通の考えだよね?)したいグループは――なにもできなかった。

 あたしらに力なんてなかったのだ。


 無念……!

 結果、アッシュ君がぼろぼろになった――とか、そういうことは一切ない。


 それどころか、嫌がらせが一個も通用してねえ!

 君って奴はそれどうなのよ!?


「アッシュ君が強い」


 食堂での情報交換会、サイアスが机に突っ伏して漏らす。


「強すぎじゃない? 領都の石壁かよってレベルじゃん」


 頬杖ついてあたしも漏らす。もうサイアスの前じゃ猫被る気力もないわ。

 あたしら仲良し苦労人。


 基本的に、アッシュ君は動きが早い。

 こっちにいると話を聞いて行ってみれば、あっちに行ったと証言が得られるのだ。

 実体は見えない。


「しかも大抵、誰かといるんだよ。寮内だとアーサー様とかマイカ様が大体一緒だし」

「外に行くって言ったら神殿だし、そこでヤエ様とお話してるよね。あとはジョルジュ卿もか」

「そういや知ってるか? この間、ヤック料理長と買い出し行ってたらしいぞ」


 そろいもそろって権力者である。

 そんな方々が楽しそうに、あるいは真剣に話し合っているところへ行って、アッシュ君への嫌がらせをできるか?

 できるわけないし、やったら怒られるだけだ。


 アッシュ君の強いところ。

 まず、嫌がらせをする隙がない。


「しかもアッシュ君、めっちゃ頭良いじゃない。あたし、お店でお金の計算もしてるんだよ? 計算は得意分野のはずなのに……アッシュ君の方ができる」

「武芸も弱くないんだよなぁ……。基本ができてるっていうか、マイカ様と打ち合ってるの見るとすごいよな」


 アッシュ君の強いところ。

 文武に隙がない。


 まあ、武芸の方は強いってほどじゃないんだけど、それでも十分。

 少なくとも、アッシュ君を見下そうとしたら上位に食い込む腕前が必要だ。


 モとルとドの奴が、武芸訓練の時に勝負しかけて引き分けにされてやんの。

 ムキになって攻撃しまくって疲れ果てていたのが仕掛けた方、防戦に徹して爽やかに汗を拭っていたのが仕掛けられた方。

 実質返り討ちだよね。


「おまけに陰口をさらりと受け流すほど大人……!」

「心が丈夫すぎる……!」


 直接できないなら粘着陰口攻撃だとばかりに、アッシュ君の悪口がはびこっているので、あたしとサイアスは誰が言っているかチクってみたのだ。


『羽虫の種類にさほど興味ありませんので、大丈夫ですよ。でも、ご心配ありがとうございます。そちらもお気をつけくださいね』


 哀れ、陰口は虫の羽音として処理されたのだ。


 アッシュ君の強いところ。

 心に隙がない。


 ちなみに、アッシュ君のそばにいるアーサー様やマイカ様、レイナさんの耳にも当然陰口は聞こえて来ていて、そちらの方は大変お怒りのご様子だ。


『下品』『最低』『卑怯』


 綺麗な顔をしている三人が、それぞれの恐い顔で評していた。


 アッシュ君の強いところ。

 グループに隙がない。


「最強じゃん」

「最強だよ」


 幸いなことに、陰口をチクった件で、あたしやサイアスはあのグループから味方だと思われていることだ。

 敵にならなくてよかった。


 そう思えば、この情報交換会は決して無駄ではなかったのだ。

 本来の目的はなに一つ果たしていないにしろ、決して無駄では……。


 でもやっぱり納得いかねえ!


「あ~~~! もうちょっと上手くいくと思ったのにぃ!」

「気持ちはわかるけど落ち着けよ」

「今のメンタルで落ち着いたら落ち込むぅ!」

「俺はもう落ち込んでるからお前も落ち込め」


 ぐわあ、まだ無事なあたしの足を掴もうとするなぁ!


「なにか、なにか良い情報ないの、サイアス!」

「あったらとっくに話してるか試してるわ」

「ええい使えない!」

「ひでえ! じゃあそっちはなんかあるのかよ!」

「あったらとっくに使ってから話してるわぁ!」

「一緒じゃねえか!」


 バカ!

 あんたは「話してるか試してるか」で、あたしは「使ってから話してる」でしょうが!

 あんたは優柔不断だけど公平で、あたしは賢い悪党!


 って、誰が悪党だ!


「んん~! なんかないの? 小さいことでもいいからさぁ!」

「小さいことねぇ……。アッシュ君の朝夕の稽古?」


 本当に小さいわね。


「なんか、アッシュ君が朝夕に庭で稽古してんだよね。大抵マイカ様も一緒だけど、時々一人でもいるからほぼ毎日」


 意外といえば意外だけど、あの武芸の腕を見れば納得でもある。

 てか、マイカ様もその時間に出て行くの、アッシュ君と稽古するためだったのか。


「だけど……アーサー様が領主館に帰った日はやってない感じだから、ちょっと変だなって」


 それ聞いてどうしろって…………朝夕に、アーサー様が部屋で一人?

 アーサー様が寮にいない日は、アッシュ君も部屋にいる。

 それって、アーサー様を一人にしなきゃいけない理由があるってこと?

 朝と夕に? 着替えの時間、だよね?


 ……いやいや、まさか。

 まさか、そんな。

 いやでも、アーサー様、何度見ても美少女に見えちゃうんだよね。


 そんなはずないんだけど……いやまさか、まさかねぇ?


 ――でも、そのまさかだったら、この勝負、あたし勝てるんじゃない?



****



 今浮上する禁断の真実、アーサー様女性説……!


 突拍子もない思いつきだが、考えてみれば「ありでは?」と思えてくるから不思議だ。


 第一に、本人がめちゃくちゃ可愛い。

 あたしより可愛いと思ったあの衝撃、忘れられない。

 できれば男子じゃなくて女子であってくれ、とあたしの中の女のプライド的なものが吠え猛っている。

 わんわんがおー。


 次に、同室が謎の人物アッシュ君だってこと。

 やっぱりあの子、サキュラ家の信任厚い一族の子供なんだって。

 辺境伯様のご子息の相部屋に、ただの農民の子がなれるわけないって。

 軍子会への登録の順番? そんなのこっそり弄ったってわかんないんだから、例えば騎士家の出で真面目一徹のグレンとか、相部屋に相応しいでしょうが。


 以上の二点から、アーサー様女性説が見えて来る。


 アッシュ君は、男の子のフリをして寮生活をしなければならないアーサー様の補助として、相部屋に当てられたのだ。

 きっと、寮監レイナさんやヤック料理長、座学担当のヤエ神官、軍事担当のジョルジュ卿もグルだろう。

 アーサー様のために、がっちり連携を組んでいるのだ。


 じゃなきゃ、ただの農民の子がこの面々と仲が良いのはやっぱりおかしいって。

 あたしだって無理なんだから。


 この理論の唯一の弱点は、「なんでわざわざ男の子のフリなんてしてんの?」ってところだろう。


 あたしの答えはずばり――知るか、そんなもん。


 きっと海より深く、山より高い事情があるんだよ。

 貴族だもんね。そういうこともあるある。まあ、貴族ってのも外から見ただけしか知らないけどさ。


 で、真実を確かめるために、あたし・ケイは勇猛果敢に突撃を仕掛けるのだった……!


 廊下の向こうからやって来るアーサー様!

 隣にはアッシュ君、今日も楽しそうに二人で談笑してらっしゃる!

 あたしは角に隠れて突撃準備!


 タイミングを計って、三、二、一……タックルだぁ!


 名付けて、曲がり角の衝突から芽生える真実作戦。


 体が密着しちゃって普段アウトなところに手が触れてしまっても、事故なら仕方ないよね。

 アーサー様が本当に男の子だった場合、お嫁に行けなくなりそうな下半身はスルーして、目標は胸だ。

 まあ、抱きつく形でいくから、全身の感触で大体わかるでしょ。

 胸には顔から行く予定。


 どうよ、この完璧な作戦!

 このタックルで真実を抱きしめてやるぜ!


「おっと、危ないですよ」


 ところが、ここで完璧な作戦が、完璧だった作戦に書き換えられてしまった。


 突撃先のアーサー様の細い体、それをアッシュ君が抱き寄せたのだ。

 ひょいって感じで。


「ひゃ!?」

「ぎゃ!?」


 前の可愛い悲鳴が、抱き寄せられたアーサー様の声。

 後のひどい悲鳴が、目標を失って倒れたあたしの声。


 ……泣くよ?


「ケイさん、いきなり曲がり角から飛び出してはいけませんよ。危ないですから。リイン寮監が見たらなんと怒られるか」


 あ、はい、ごめんなさい。

 ほんと、仰る通りです……。

 ほんと、ごめんなさい。手まで差し伸べてくださって、はい、ほんと、反省します……。


 曲がり角の衝突から芽生える真実作戦、大・失・敗!


 でもさあ、肩抱き寄せられてるアーサー様がさぁ、恋する乙女にしか見えないんだけどさぁ?

 これってアーサー様女性説の証拠にならない?


 ならないよねぇ。


 よっしゃ、次行ってみよう!

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― 新着の感想 ―
[一言] ケイちゃん……。 あなた、コメディ路線の子でしたか。
[一言] 世の中察そうが疑おうが、触れない・暴かない方がいい事もあるのよ……自分自身のためにも……
[一言] >――なにもできなかった。 >あたしらに力なんてなかったのだ。 しってた いや力はあると思うよ。ただ、今回の件では足らなかったというだけでね。 >それどころか、嫌がらせが一個も通用してねえ…
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