水月の奥に潜む影4
【シナモンの祭壇 ケイの断章】
はい。
全力で空回りしたまま、いよいよ軍子会が本格的に始まることになりました。
その直前、ようやくお出ましのマイカ様です。
領都から極端に遠い村じゃないんだけど、なんか引継ぎとかがあってギリギリまで日程が押した――マイカ様が来るまで軍子会の開始を遅らせていた――らしい。
ほ~、流石はマイカ様ってところかな。
もう引継ぎが必要なくらい働いているんだ……。
ちょ、ちょっと負けた気がする。
見た目? やめてよね、勝てるわけないでしょ。
マイカ様の母親であるユイカ様ってば、その美貌から結婚申し込みが殺到して、今の夫であるクライン卿が百人ぶった斬って娶ったって伝説があるんだから。
実話じゃないよ。流石に百人も斬ってない。
百人と決闘しただけで、死んでない相手の方が多いから。再戦もかなりの数を申しこまれ、決闘の数は百以上やったらしいけどね。
一回も負けなかったって。
あはは、伝説より化け物じゃん。
……とりあえず、まあ、マイカ様はそういう伝説と化け物のお子でして、なんていうか問答無用の美少女だった。
アーサー様と並んでも見劣りしないから、高貴の血筋ってすげえ。
食堂で挨拶した後、アーサー様とマイカ様が差し向かいで談笑してるの、キラキラしてて目が潰れるかと思ったわ。
で、まあ、そこはそれ、予想以上だったけど、話は聞いていたし、なんとか納得できる。
問題……というか、話を聞いていても予想外だったのは、マイカ様のオマケ――のように思える、遅れて来たもう一人の留学生だ。
「ノスキュラ村のアッシュと申します。農村から出たばかりで右も左もわかりませんので、色々とご指導を頂ければ幸いです」
しっかりしてる!
イケメン!
おまけになんかすでにアーサー様と仲良し!
お前ほんとに農民かよぉ!
はあああ?
いやマイカ様と仲良いのはクイドさんから聞いてたけどさぁ、なんでアーサー様とそんなニコニコ笑ってご飯食べてるの?
こちとら一日に一回は挨拶するようにしてるのに、いまだに向こうから話しかけてくれないくらいガードの硬いアーサー様が、口元押さえて笑うとか。
笑顔のアーサー様割り増し可愛いじゃん!
マイカ様も、気さくな挨拶から察せられるように花が咲くような笑み。
あの真面目代表のレイナさんまでおかしそうにしている。
そこにすんなり入っているアッシュ君。
かあっ、羨ましい!
あたしの苦労は一体なんだったのか!
てか、アーサー様にマイカ様、それとマイカ様と同室のレイナさんが固まったグループとか、今期の軍子会の最大最強派閥じゃん。
上から一位・二位・三位が揃い踏みってものよ。
そこに入りたいってのは軍子会の参加者なら誰でも思う。……ヘルメスだけは違う気がするけど。
こりゃあアッシュ君への風当たりきついぞ。
特に男子とか、マイカ様のあの美少女っぷりを考えれば、激しくなるに違いない。
あたしはもちろん、そんなことしない。
クイドさんからのアドバイスがあるからね。いきなり喧嘩売るなんてしないよ。
ここは逆に、アッシュ君に降りかかるであろう火の粉を、あたしが振り払ってあげて仲よくなるってやり方はどうだろう。
マイカ様はアッシュ君が好きだって話だし、アーサー様もアッシュ君と意味不明に仲が良い。レイナさんもあの調子だとくっついてそうだ。
うん、アッシュ君を切り口として、あのグループにあたしも食い込もう。
よし、アッシュ君篭絡作戦だな。
そのためには、動き出すだろう男子の情報を集めなければ。
ええと、グレンのルームメイトのサイアスとか、ちょくちょく話してるから、情報交換を持ちかけてみようかな。
失敗してばっかじゃないのよ、あたしも。
ちゃんと人脈できるとこにはできてるから、ほんと。
****
「サ~イア~スく~ん、情報交換しっましょ~?」
「いいっすね、こっちも女子側の話がわかるのは助かる」
ほらね、ちゃんと人脈できてるでしょ。
ん~、もうちょっとしたら、もっと口調は砕けてもいいかな。サイアスもいくらか口調は砕けてるし、そこそこ顔見知りになってきたってことだね。
サイアス~、お友達になろうよ~。
ただし君が持ってくる情報が役に立つようなものならね。
「やっぱり、サイアス君の目的も、あの四人組とのコネ作り?」
「もちろんっすよ。あそこに首を突っ込めたら、もうそれで勝ちみたいな状況じゃん?」
マジでそれな。
うんうん頷いちゃう。
「じゃあ、目的は一緒ですね。今後ともよろしく」
「よろしく! 早速だけど、マイカ様ってどんな感じっすかね?」
「ん~、思ったよりお嬢様って感じしないですね。悪い意味じゃなくて、気さくって言うか。壁を感じない?」
挨拶すると笑顔で手を振って答えてくれたりする。
そういえばこの人と前から友達だったっけ、とか勘違いしそうだよ。
「やっぱり、明るくて気さくな方が素なのか」
「最初の挨拶は礼儀を押し出したけど、そうなんじゃないかな? でも、あんまりお話はできないですね。すぐにアッシュ君のところに行っちゃうから……」
「うらやましい……」
マジでそれな。
あたしはコネ的な意味で羨ましいけど、サイアスとしてはやっぱりあれかな、美少女へのアプローチ的な意味で羨ましいのかな?
ちょっとその辺を突っついてみたら、結構素直に頷かれた。
「そりゃ、ユイカ様とクライン卿の娘で、あれだけ可愛い子なんだぜ? あわよくばと思いたくなるだろ……あのグレンでさえ一目惚れしたみたいだしな」
「え? あのグレン君も?」
それはびっくり。でも、納得でもあるかな。
マイカ様可愛いもんね。いくら真面目なグレン君でも、陥落したか。
「じゃあ、今度はこっちの番。アッシュ君の方はどんな感じですか?」
「いやぁ、全然農民って感じしないっすよ。礼儀正しいし、身だしなみもきちんとしてるし。アーサー君と仲良く話しているとこ見ると、執事とか文官の一族の子かなと思う」
「ですよね。どこから見てもそんな感じで……あ、ひょっとして当たりじゃない?」
ユイカ様が嫁いだんだもの、そのお世話係とかくっついていった可能性あるじゃない。
サキュラ家に仕えていた家臣が、ノスキュラ村までついていって、その子供がマイカ様のお世話係になったとか、どうよ。
「ありえないとは言わないけど、そんな話あるのか?」
「まあ、そこはそれ。ほら、ユイカ様の嫁入りの時に辺境伯様は反対してたって話だし、表立って言えなかったんじゃないかなと」
「なるほど……。農民で軍子会入りってのも珍しい話だったけど、そういうことなら説明つくな」
「そういうこと」
つまりアッシュ君は、ユイカ様に極秘でくっついていくほど信頼されている一族の子ってことだ。
これは扱いに気をつけないと、クイドさんの脅しがマジになりそう。
「ねえ、サイアス君、アッシュ君に嫌がらせとかする人って、絶対出ると思わない?」
「ああ、そりゃ出て来るだろうな。俺だってされてるくらいだし」
「そうそう。さっきのことも踏まえて、アッシュ君とは仲良くしたいわけだし、誰が嫌がらせしたか教えたり、意地悪されてるところを助けられたら、好感度高いかなと思うわけですよ」
「うん、なるほど……。こっちはアッシュ君に直接教える感じで、そっちはマイカ様に教える感じか?」
そうそう。お互いなるべく利益がぶつからないように、上手に住み分けしよ?
「よし、わかった。俺は男子側の、ケイは女子側の監視ってわけだ」
「話が早い!」
ぐっとお互いの手を握りしめ、これにて契約成立だ。
サイアス君、あんま好みのタイプではないけど、これからお友達として末永くよろしくね。




