水月の奥に潜む影3
【シナモンの祭壇 ケイの断章】
まず、あたしが目をつけたのはレイナさん。
母親で寮監のリイン様のことはあたしも聞いたことがある。侍女の重鎮の一人だ。
まあ、そうでなければ、マイカ・アーサーと二人も大物が入った年の軍子会を任されたりしないだろう。
レイナさん本人もすごく真面目だし、重臣一族だというのに、あたしみたいな商人の娘を見下したりしないところもポイントが高い。
しかも、マイカ様と同室だって。これは仲良くなるのに得しかない。
「レイナさん、レイナさん、うちの商会自慢のお菓子があるんですけど、よろしければこちらを」
「ごめんなさい。軍子会中、贈り物は受け取らないようにとお母様から注意されているのよ」
マジっすか。
「軍子会中はお母様が寮監だし、わたしも色々と動くかもしれないから、誰かにお金で味方したと言われるのは避けないといけないわ」
お互いに困るでしょう、と言われてぐうの音も出ない。仰る通りです……。
「その代わり、困ったことがあったらケイの相談にもきちんと乗るわ。モルドという子達がサキュラ家家臣以外に当たりが強いらしいから、気をつけて」
「は、はーい、ありがとうございまーす」
鉄壁じゃない! 付け入る隙もない!
でもまあ、本当に真面目な人だから、普通に相談に行けば助けてくれそうだ。
ここはそれでよしとしとこう。こういう人を無理矢理押すのはよくない。
****
次に目をつけたのは、グレン君。
騎士家の出身で、同年代とは思えないほど体が大きい。その割に乱暴ではなく、一部の問題児が揉めているところに止めに入っている辺り、ポイントが高い。
レイナさんと同じであたしに優しそうなストッパーだ。
レイナさんも言っていたモルドって奴への対抗手段として、グレン君とは是非とも仲良くしておきたい。
「グレン君、今ちょっと良いですかー?」
「ああ、ケイか。構わないぞ」
グレン君が振り向いて、真正面から対峙する。
いや普通に顔を合わせて話をする、ってだけなんだけど、でかいから迫力が。
「いやー、前にグレン君が喧嘩を仲裁したって話を聞いて、ちょっと感動しちゃいましてー」
「ああ、あれか。大したことじゃない」
「いえいえ、あたしみたいなか弱い乙女からすれば、グレン君みたいな正義感溢れる人がいるのはとても頼もしいですよ」
マジでマジで。モルドって奴の話は聞いたけど、粗野なのなんのって……。
大通りで縄張り争い(笑)しているガキ大将かっての。
軍子会ってのは一人前になるための勉強会で、一人前っていうのは妙ちくりんな因縁つけて喧嘩を売り歩くような人じゃないでしょ。
グレン君みたいな大きい人が、その辺を弁えている人でよかったよ。
「そういうわけで、こちら感謝の印です。つまらないものですがお納め頂ければと」
レイナさんが受け取ってくれなかったお菓子の流用でごめんね。
でも、美味しいお菓子だから気にしないで。
「感謝は嬉しく思う。けど、そういう物はいらないかな」
「え? いえいえ、遠慮はいりませんよ?」
下心ばっかりだけど、別にほら、グレン君を罠にはめようってつもりもないし。
ただ、仲よくしてくれればいいなってだけだから、受け取って?
「遠慮とかではないんだ。俺は騎士を目指していて、その騎士はああいった揉め事を見て見ぬふりはしないと思っているだけだからな。ケイのように感謝してくれる者がいる。それだけで十分だ」
イケメンか!
顔はそんなタイプじゃないけど心からイケメンか!
「どうやら一部の騎士は、軍子会を武人だけの稽古場のように思っているらしい。ケイにも言いがかりをつけて絡んでくるかもしれない。俺も気がついたらすぐに駆けつけるが、なにかあったら声を上げてくれ」
「あ、ありがとうございますぅ」
思った以上に良い人だな、あんた!
他の子達にもそのイケメンっぷり伝えておくわ!
でも、レイナさんに続いてお土産作戦が通用しないの、納得いかないんだけど?
ぐ、ぐぬぬ……。
これでもガーネシ商会の娘として、数多の商人・お客を見て来た身!
店番中に迷う客に話しかけて商品買わせるってお仕事を立派にしてんだからね!
なんだかんだ言ってたけど、まだまともに働いてもないようなボンボン相手にやりこめる自信あったんだよ!
それを、それをぉおお!
おのれ軍子会!
あたしはできる子なんだってこと、見せてやらぁ!
****
そんなわけで、あたしは寮館の前で待ち伏せしている。
隣にいるのはヘルメス君。いや、待ち伏せ相手はこの子じゃないのよ。
なんか外に出たらこの子がいたのよ。
「ヘルメス君、なにしてんの?」
「別に」
「暇なの?」
「別に」
「ん~と、なんか手に持ってる感じ?」
「別に」
会話に、ならねえ……!
人と一緒にいるのが苦手だってのはとっくにご存じだけどね。この子が他人と笑顔で話しているの見たことないもん。
だからってここまで会話できないのか。
なんで軍子会に来たし。
「ヘルメス君はさぁ、なんかやりたいことあって軍子会に来たの?」
「勉強」
ほら~、また会話にならなか――いや待った、会話になってたっぽくない?
「べ、勉強? へえ、読み書きとか?」
「もっとできるようになりたいんだ」
「へ、へえ~……家継がないの? 神殿に入るとか?」
「どうかな。神殿に入るつもりもあったんだけど、親父が軍子会に行けって」
「あ~、まあね。今期の軍子会に入れる年の子がいたらね。マイカ様とアーサー様いるし」
「らしいな」
おい、今年の軍子会で一番の目玉に興味ないのか。
本当に勉強だけしに来たのか、こいつ。
変な奴だなぁ。
でもまあ、どこぞの喧嘩売って回ってる奴よりはマシかな。無愛想なだけだし、あたしが仲良くしてあげるよ。
「まあ、勉強が得意ならそのうち教えてよ。代わりに面白い話を聞いたら教えてあげるからさ」
「面白い話?」
「女子の内緒話とか」
「……別にいらねえ」
ふひひ、照れるなよぉ、年頃男子。
興味津々のくせにぃ……って心底どうでもよさそうな顔してるぅ!?
おま、男の子でしょお、もっと興味持てよぉ!?
で、スタスタ去って行くしぃ!
えぇ……取扱い難しすぎない?
掴みどころなさすぎでしょ、つるつるかよ。
しかも、待ち人来ない。
いい加減寒いんだけど……日を改めるかぁ。
****
明くる日、冷たい風に吹かれていると、ようやく目的の人が来た。待ち伏せ成功だ。
領主館からやって来た線の細い男の子に、全力の笑顔で声を駆ける。
「アーサー様、おはようございます」
サキュラ辺境伯のご子息、重役出勤である。
いやまあ、軍子会自体しっかり始まっていないし、自宅から通っている人は他にもいるから、別に特権行使しているわけでもないんだけどさ。
「うん、おはよう。顔は何度か見たことあるけど、お話しするのは初めてだよね?」
「はい。ガーネシ商会の娘で、ケイと申します。お見知りおきを」
「ケイだね。こちらこそよろしく」
大人しい雰囲気の美形が、ふんわりと微笑む。
くっ、眩しささえ感じるような高貴オーラ!
自分がお金持ちとはいえ庶民の出だっていうのを自覚しちゃうね。愛想笑い一つでも種類が違う。
「アーサー様は、王都よりいらしたんですよね? しがないながら我が家も商家ですので、王都の流行などをお聞きしたいと思いまして」
「うん、それくらいなら構わないよ」
ていうか、アーサー様、あたしより可愛くない?
肌綺麗だし、髪さらっさらだし、すらっとしてて……なんという美少年。ほんとに美少年?
ドレス着せたいくらい可愛い顔してんだけど、これで男の子ってずるくない?
「ケイ?」
「あ、す、すみません」
ちょっと見惚れてしまった。
アーサー様ってちょっと影ある感じで、守ってあげたい気持ちをかきたてる線の細さ。
いいなぁ。女の子だったらモッテモテだろうね。
「えーと、流石にこのままお外で話すのは、寒いですし、アーサー様のご予定もあると思いますので、今日はご挨拶だけということで」
「ありがとう。気を遣ってくれて」
「いえいえ、これくらい当然のことですよ!」
朝にアポなしで声かけただけだからね。
長々と立ったままで雑談するほど非常識じゃない。
「ううん、ケイは礼儀正しいよ」
アーサー様の微笑みがほろ苦い。
ああ、いたんだね。アポなしで声かけて延々と話し続ける奴。
モとルとドがつく連中かな?
「ガーネシ商会だったね。きっとご実家もしっかりとご商売されているんだろうね」
「はい! 一度お声をかけて頂ければと思います!」
「うん、その時はケイを通して話をさせてもらうよ」
「たっぷりサービスさせますね!」
毎度ありがとうございます! 心よりご利用をお待ちしております!
上客向けのきっちりした角度のお辞儀を決めて、アーサー様を見送る。
よっしゃ!
王都から来たお坊ちゃんなら、王都から取り寄せたい物とか色々あるでしょ!
そこでうちを利用してくれたら、サービスついでに色々お話して繋がり作っちゃうぞ! どうよパパ、娘はきちんと商売してるでしょ!
――この時のあたしは、アーサー様が驚くほど物欲がないことを知らなかった。
金持ちぃ! お金使ってよぉ!
ああっ、急にサキュラの本家に来たから遠慮してんのか!
あんた良い子だな! 健気か、余計可愛いわ!
でもあたしの計画ぅんんんん!




