水月の奥に潜む影2
【シナモンの祭壇 ケイの断章】
はい、やめられるわけないよね。
うん、知ってた。
冬になって軍子会の寮が開放され、あたしはさっさと寮館に押しこまれた。
はいはい、早く入って人脈作れってことでしょ。おっかないけど、やるだけはやるよ。
これでも商人の娘だからね。
育ててもらった分と秋のパーティで食べたご馳走分、お支払いに応じた商売はいたしますよーっと。
でも、秋のパーティはメニューがいまいちだったんだよね。
もうちょっとあたし好みの料理にしてくれていいんじゃない? あのパーティの主役はあたしで、あたしは十代の乙女だよ?
あれじゃ甘味が足りないなぁ。いや、甘い物は高いからってのもわかるんだけどさ。
甘い物くれたのはクイドさんくらいだよ。ノスキュラ村の蜂蜜入りのクッキー。あれは美味しかったなー。
寮館は基本的に男女の生活空間が一階と二階ということで分けられている。
そのため、交流の場所はロビーや食堂、中庭といった共有スペースになる。
ちなみに今は冬で、風が冷たい。ただでさえ参加者が集まっていないから、中庭とか誰もいないよ。
と思ったら誰かいたわ。
服装がラフだ。騎士家や官僚一族じゃないな。職人の子かな。
「こんにちわ」
「ん」
うわ、めっちゃ無愛想だわ、この子。
いや仮にも女の子が朗らかに声かけたのに返事とも言えない頷き一つってあんた、なんで軍子会に入った。
まあ、いいか。
とりあえず顔繫ぎするだけなら損はないだろう。
「えーと、こんなとこでどうしたの? 寒くない?」
「別に」
よっし、会話にならない!
おかしいな。これでも商人の娘として愛想には自信があるんだけどな?
「そ、そっかそっか。流石は男の子、頑丈だぁ……あの、名前聞いていい? あたし、ケイって言うんだけど」
「ヘルメスだ」
「ヘルメス君か。見たところ、職人の生まれ? あたし、ガーネシ商会の子供なんだ」
「へえ。うん、まあ」
「いやいや、うんまあ、じゃなくてさ、あっはっは」
なんとか笑顔で会話を推し進めると、ヘルメス君の会話下手に納得した。
商人界隈でも時々噂に上がる「飛行機狂いの鍛冶屋の息子」ってこいつか!
今年の軍子会はこんなところにも濃いのがいるな!
顔が引きつるのを止められないあたしに、ツンとした声がかけられる。
「ちょっと、あなた達」
「あ、はい。なんでしょう?」
呼びかけが明らかに立場のある人だったので、口調は自然と丁寧になった。
面倒なボンボンじゃなきゃいいな、そう願いつつ、笑顔に愛想を補充しつつ振り返る。
そこに姿勢よく立っていたのは、同年代の女の子だ。服装や仕草からして、侍女家から軍子会に送りこまれた娘に違いない。
「ここだと寒いでしょう。風邪をひく前に中に入った方が良いと思うわ」
あら優しい。
ちょっときつそうな見た目との落差に、ほっとする。
「で、ですよねー? ほら、ヘルメス君も中に入ろう?」
「ん」
また返事にもなっていない頷きだけで、ヘルメスは一人で行ってしまう。
お前、良い度胸してるなぁ! 優しくしてくれた偉そうな子をほぼ無視だよ!
残されたあたしが焦るわ!
「あ、や、その……なんかすみません……」
あたしが悪いわけでもないのに、びくびくしながら頭を下げる羽目になった。
一方、女の子は、ヘルメスの態度もさして気にしていないようで、小さな溜息だけで済ませた。
見た目がきつそうだけど、さてはこの子、本当に優しいな?
「あなた、あの子、ヘルメスの知り合い?」
「い、いえいえ、たまたま見かけて声かけただけで……。あ、わたし、ガーネシ商会のケイと申します」
「ああ、今日から入ると連絡があったわね。わたしはレイナ、今期の軍子会の寮監を務めるリインの娘よ」
おっと、権力アピール。
良い人かと思ったけど、裏返って面倒な人かな?
「今年は色々と込み入っているから、面倒も多いかもしれないわ。なにかあったら寮監のお母様か、そちらに相談しづらかったらわたしで良いから声をかけて」
さらに一回転してやっぱり良い人だな、この子! 仲良くしたい権力者!
早速媚びよう。
「ありがとうございます。えーと、レイナ様?」
「様はいらないわ。軍子会の建前として立場は対等なのだし……わたしより身分が上の人もいるから、わたしにまで気を遣うと疲れるわよ」
領主一族が二人もいるからね。
「噂には聞いてますけど、アーサー様ですか。本当にいらっしゃるんですか?」
今年の軍子会が恐い理由その二である。
その一はマイカ様で、その二は急遽判明したサキュラ辺境伯の隠し子と噂のアーサー様。
その存在がほのめかされてうちみたいな商会まで慌てたよね。
今年の軍子会の重要性がさらに上がったのだ。上がること天井壊す勢いだよ。
まあ、重要性が上がったところで急に十歳前後の子供ができるわけもなく、騒ぐだけ騒いで結局、事前の計画通りにいくしかないわけだけど。
「いるわ。今は寮館と領主館を往復しているところよ。そのうち顔を合わせることもあるでしょう」
「そうですかぁ」
マイカ様一人でも悩ましいところに、それに匹敵するかそれ以上のアーサー様までいる。
どっちと親しくなるべきか、いやそもそもどちらが近づきやすいか。
両方ダメって可能性もあるけどさ。
「ケイ、あまり騒がないようにね」
「そ、それはもちろんですよー」
「ならいいけど、二人も重要人物を預かることになって、寮監殿もその上もピリピリしてるから」
うわ、やっぱり今年の軍子会はおっかないわ。
でも、それってつまり、いつもの軍子会じゃ起こらないことも起こるわけだ。普段は仲良しに見えて亀裂があるとか、その逆で将来的に仲良くなりそうなところとか。
そういうのも、商人にとっては大事な飯の種なのよね。
仲の良いところは同じ商品を売れば話の種になるし、不仲なら片方が高い商品を買うともう片方も意地になって高い買い物したり。
もちろん、将来のサキュラ辺境家重臣達の好みがわかるだけでも御の字。
上手く行けば御用商人ってね。
ま、ついでに?
若さゆえのちょっとした間違いとか、恥ずかしいネタなんかゲットできれば、色々お話しやすいよね?
それじゃ、ガーネシ商会軍子会支部、開店しますか。




