水月の奥に潜む影1
【シナモンの祭壇 ケイの断章】
軍子会の開始直前シーズン、ガーネシ商会の秋のパーティは、ここ最近で一番の賑わいを見せている。
別に商売が特別上手く行った、というわけではない。
これから上手く行くかもしれない、という期待が集まっているのだ。
その期待を一身に受けているのが、十代になったばかりのあたしだって言うのは、中々に笑えないところなんだけどさ。
「ケイちゃん、軍子会入りおめでとう」
「ありがとうございます」
「おぉ、流石はガーネシ商会のお嬢さん、お利口だ。これなら軍子会でもしっかりやれるでしょうな」
ただ頭下げただけだってのに、おっさんがべた褒めしてくる。
手伝いで店番くらいしてるんだし、流石に一通りの挨拶くらいはできるよ。
軍子会がこれで乗り切れるくらい簡単なとこなら、楽で良いんだけどね。
軍子会は領主様が次の家臣を鍛える場所なんだから、頭下げて愛想よく笑うくらいは芸の内にも入らないでしょ。
しかも、今年の軍子会は特別だ。
サキュラ辺境伯が王国一と自慢していたユイカ様と、そんな王国一の美女を腕っ節で娶ったクライン卿の一人娘が参加する軍子会。
これは次代の辺境伯領内の勢力図に関係すること間違いない、ということで、サキュラ辺境伯家の重鎮はもちろん、うちみたいな商会も目の色を変えて子供を送りこんでいるわけだ。
その勢いと来たら、この辺境であたしと同じ年頃の孤児が少ない、と聞けばわかるだろう。
養子を取ってまでこの年の軍子会に送りこもうとする家が多かったのだ。
えげつないと思わない? あたしは引いたよ。
いやまあうちも商会だから、借金の絡みでえげつないことも時々は聞こえて来るんだけどさ……。
そんな連中が送りこんだ参加者の中に、あたしみたいな商会の娘っ子一人でなにができるかって言うと、ぶっちゃけ自信ないよね。
イジメられなきゃいいけど……。
「こんばんは、ケイさん」
おっと、危ない危ない。別な人が挨拶に来た。
すぐに愛想笑いを顔に張り付ける。
さん付けで呼ばれるのは珍しいな、と思いつつ顔を上げると、あたしでも見覚えのある人だった。
「あ、クイドさん」
「はい。本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。お忙しいところお越し頂きまして」
クイドさんは、急成長中の行商人だ。
ちょっと前までは胡散臭くて失敗しそうな人だと思ってたんたけど、ここ何年かで見違えるくらいきちんと商人になった。
その落差がすごかったので、あたしもよく覚えている。
ある日を境に、金を稼ぐ人じゃなくて、商品を売る人になったって言うかね?
実家がこんなだから色んな商人を見て来たけど、やっぱり違うもんだよ。
金さえ手に入れば良いって人と、商品のお礼として金を受け取る人っていうのは、やっぱり違う。
責任感がある、っていうのかな。大きなお金を預けるなら大事なことだよ。
パパも、これならすぐに店持ちになるだろう、と見込んでいる。なんたって、サキュラ家の奥まで出入りしているからね。
ああ、そうか。それもあって、今日のパーティに招待したのか。
ちらりとパパに視線を送ると、別な人に挨拶しながらも小さく頷かれた。
はいはい、クイドさんから情報を集めとけってことね。やれるだけはやりますよーっと。
「クイドさん、せっかくなので、マイカ様のこととかお聞きしても?」
「もちろん、構いませんよ。頂いたお食事分はお返ししませんとね」
借りを作ったままだと心臓に悪いから、とクイドさんは商人らしい軽口を叩く。顔色は本気だったけど。
なんだろう、恐い思い出でもあるのかな。
「ええと、クイドさんは、マイカ様とお話したことは?」
「ありますよ。マイカさんはとても明るく気さくな子で、村でも人気者ですね。元気がよくてですね、男子からも女子からも慕われていますよ。まあ、大人しい子達は別派閥の所属ですけど」
思ったより詳しいね。マイカ様と太い繋がりありそう?
「近頃、ノスキュラ村ではアッシュく――じゃない。あれは影の方だ」
今、ちらりとクイドさんの素が見えた。
「ええと、そう、村長家主導で色々な特産品を開発していましてね。村長家とはやり取りが多いので、マイカさんとも前より顔を合わせることが多くなりました」
「そうなんですね。それは羨ましいです」
パパも、ノスキュラ村からやって来る新しいお薬とか蜂蜜製品とか、もっと生産数があれば手に入るのに、と指を咥えている。
あそこ、ユイカ様とクライン村長っていう超有名人がいる割に、村自体はすんごい貧乏だったからね。
ここ最近、急成長で注目されている。
そういえば、クイドさんの急成長と、ノスキュラ村の急成長って一致している。
才女で有名なユイカ様が、上手くコントロールしているんだろうな。
ママ憧れのユイカ様の手練手管かぁ。その辺も気になるなー。
とはいえ、今はマイカ様だ。
マイカ様と仲良くなれれば、ユイカ様のことは軍子会の期間でいくらでも聞けるんだからね。
「ええと、それじゃあ、マイカ様のこと、もっと詳しく聞いても良いですか? せっかくなので、軍子会で仲良くなりたいです。マイカ様のお好きな物とか……わかりますか?」
上目遣いで可愛さアピールしつつ、踏みこんでみる。こちとら商会の期待を背負う身、相手の好きな物がわかればプレゼント攻勢なんか得意技だ。
まあ、相手も商人、自分の持つ強みをそうあっさり手放すとは思えないけど……。
「アッシュ君ですね」
……物じゃない!? 者だそれ!
「マイカさんの好きなモノと言ったらやはりアッシュ君ですよ。正直、アッシュ君が関わればなんでも好きだと言うんじゃありませんかね。ははは、若いですよねぇ」
えー!? ちょっと、待って!
いや、すごい情報! マイカ様には意中の人あり!
軍子会の男子に対し必殺になりかねない情報でちゃった!
いやでもこれ軍子会で使えるかなぁ!?
ユイカ様に他に子供いないんでしょ?
てことは、アッシュって人はノスキュラ村の村民じゃない。軍子会に来ないんじゃ、マイカ様の好きな人って言ってもねぇ。
それに、軍子会に参加する男子は、できるだけマイカ様を狙うように親から言われていると思うし……。
軍子会は二年間、アッシュ君とやらに勝ち目はないんじゃないかな。
「ちなみにアッシュ君、軍子会に参加しますよ。ユイカ様とクライン村長の推薦で」
「えええぇ~!?」
すごい情報が! ぽんぽん出て来る!
クイドさんやばくない!? パパ、クイドさんの招待は大成功っぽいよ!
「サキュラ家の方でも噂として出回っている情報ですし、執政館にお勤めの方はご存じですよ、きっと」
「い、いやいや、それでもあたしは初耳ですよ!」
「そうでしたか。では、お伝え出来てよかったですね」
クイドさんは朗らかに笑った後、狸っぽい丸顔に真剣な表情を浮かべる。
「私からの最大のアドバイスは、アッシュ君と仲良くすることです。誠実に、正直に、アッシュ君とお付き合いすること。これさえできれば、マイカさんとの関係も上手く行くでしょう」
「そ、そう、ですか……」
クイドさんが、商人じゃない顔している。
魔物が襲って来たって注意する時の衛兵さんの顔だ。
「あの、ちなみになんですけど……もし、アッシュ君とこじれたら?」
「……死にはしないと思います、たぶん」
「ひえっ」
命すら保障できないの!?
「いえ、アッシュ君は命まで取らないと思いますけど、マイカさんは割と武闘派なので……」
「やばいのはマイカ様なんだ!?」
「いえ、どっちがやばいかというと、やはりアッシュ君の方が数段やばいです……」
えええぇ……。やばいじゃん……。
パパ、軍子会、やめとかない?




