研究者談義
【灰の底 フォルケの断章】
唸り声をあげて腕を組む。
行き詰った思考が、重たい溜息として吐き出された。
気がつけば、窓から入りこんでいる日差しに、もう朱が濃い。机の上の前期古代文明の本は、今日も解読が進まずに終わりそうだ。
やっぱり、この村では資料が足りなすぎる。
前期古代文明は、難解な言葉、今では使われていない言葉が多すぎる。
せめて後期古代文明の本があれば、見比べてこういう言葉が当てはまるのでは、と類推もしやすいのだが、いかんせんこの村にはそんなものない。
ああ、いや、一つだけあったか。ターニャのところの養蜂の本。
あれは意外な掘り出し物だった。王都の神殿にいた俺から見ても、前期古代文明の名残を色濃く残した貴重な資料だ。
ううむ……。
闇雲に前期古代文明の本に向かうより、あの養蜂の本をじっくりと読みこんで、似た記述がないか探した方がいいか。そんなところないかもしれないが、あれば儲けものだ。
もっと養蜂の本みたいな資料を取り寄せられればいいのだが、いつだって資金は必要な量より少ない。
流石にこんな村で使うかどうかもわからない……使うとは思われていない本を要求したとしても、後回しという名の却下を食らうだけだろうな。
ううむ。
腕を組んだまま唸る。
「フォルケ神官、ちょっとお尋ねしますけども」
「うおっ、驚かせるんじゃねえよ! ノックしてから入って来い!」
突然、真横から聞こえた声に、礼儀に則った怒鳴り声を返すと、非礼儀的な眼差しが返って来た。
「ノックしても返事をしないで、うーうー唸ってばかりだったではありませんか。言っておきますけど、私がドアを開けて入ってから、しばらく経っても気づかずにずっとうーうー唸ってましたからね」
神官である俺を敬意の欠片もなく扱うこいつこそ、村一番の問題児であるアッシュだ。
こいつのどこが問題って、村の評判では、品行方正で優しく頼れるすごい変わり者ってことになっているところが大問題だ。
多分、神官である俺とアッシュ、どっちの人望があるかと投票にかければ、俺が負ける。
圧倒的に負ける。
しかし、その正体といえば、これだ。
「今さら間違って動いている死体みたいなフォルケ神官を見ても、私は驚いたりしませんけどね。不気味ではありますよ。悔い改めて直してくださいね」
神に仕える神官に対してこの物言い。罰当たりにも程がある。どこが品行方正で優しいのか。
中身は神官様を脅迫する変人の癖に、朴訥な村人達にはそれを隠しおおせてやがるとは、化けの皮が市壁並みに分厚い。
やはりこいつは悪魔だ。
悪魔との議論は不毛なので、俺は神官様の切り札、神を持ちだす。
「三神に仕える俺が死後に動いていたとしても、それは神の思し召しってことだから気味悪がる必要はないだろ」
「不良神官の名を一身に集めるあなたにそんな奇跡が起こるとでも?」
「俺ほど神に真摯に祈っている神官、王都にはそうはいないぞ」
こいつのおかげで俺の信心深さは村の井戸より深いからな。
アッシュという悪魔がいるんだから神もいるはずだ、神よどうかいてくれ、いろよコラと祈る日々だ。
「フォルケ神官で敬虔扱いになるなんて、王都の神殿って実は悪魔に乗っ取られた邪教かなにかですか?」
「なに言ってんだ、そんなこと……」
あるわけねえだろ。
そう断言しようとして、王都神殿、またそれを中心とする王国中央の神殿に見られる足の引っ張り合いと、賄賂の金額を思い出して口を閉じる。
少なくとも、神殿の一部には悪魔が住み着いているな。
それになにより、目の前の赤髪の悪魔が王都神殿に行ったら、めちゃくちゃ馴染む。
予想とか予感ではない。絶対に馴染む。
即行で居場所を作って、相性の良い人間を呼び寄せ、派閥を作って君臨する様子がありありと思い浮かぶ。
「……あながち違うとは言えねえな」
結果、敬虔なる神の従者として遺憾ながら、そう述べることになった。
「ええ? 態度不良なフォルケ神官が、そこで嫌々ながらもまともじゃない場所だって認めるなんて……王都の神殿って一体どうなってるんですか? 犯罪組織かなにか?」
「そんなこと言ったら、無法者連中が気分を害するぞ」
「無法者の集まりより嫌われるとはひどい宗教組織もあったものですね。まあ、宗教組織だろうとなんだろうと、大きな組織になれば腐敗するのは世の理だとは思いますけど……そんなに?」
「んまあ、そうだな。ちょっと説明しようとするとどっから話したものかって感じになるから困るが……」
神殿の嫌な連中っていうのは、扱う額や被害の規模がスラムの無法者とは桁が違うからな。
スラム街の連中は、粗暴ではあっても巨悪じゃない。いや、巨悪っつっても、神殿の連中は小悪党っぽいねちっこさ、陰湿さがある。
奴等の特技は弱い者いじめだ。
それがスラム街の連中には余計に嫌らしく見えるんだろう。立場的に、スラムの連中は弱い者同士で寄り集まって身を守っている。
その連中からすれば、神殿の悪党どもはでかい力がある癖にちまちまとみっともねえ、みたいな。
その点、アッシュは立場が上の相手に堂々と物申して足を引っかけるんだから、同じ悪魔でも、小悪魔と魔王くらいの差がある。
アッシュの堂々とした悪魔っぷりを見れば、スラムの連中は親分扱いをしそうだ。
「短くまとめると、王都の神殿ってのは、お前を放りこんで嫌な奴等を一掃してくれねえかなと思うような場所だな」
「フォルケ神官は、私を死神かなにかだとお思いですか?」
「そりゃ死神に失礼だろ」
俺の思う死神ってのは、丁重に運命を執行するだけだ。
天然自然の法則の通りに動く、生真面目で厳粛な仕事人である。そこに悪意なんかない。
アッシュには当てはまらないだろう。どっちかっていうとお前、生真面目な死神を口先だけで騙すタイプじゃんか。
「お前のことは立派な悪魔だと思っているぞ、アッシュ」
自分がやりたいことのためなら、無関係な他人でも犠牲にするのを躊躇しない。
言いくるめて関係者になったからなにしてもよし、みたいなこと考えてるだろ。
そして、邪魔者は嬉々として罠にはめて再利用する。
マジで悪魔。
俺の嫌いなあいつとか、皆が嫌いなあいつとか、アッシュに喧嘩を売って反撃食らうところまで見えるわ。
マジでこいつ王都神殿に行ってくんねえかな?
生贄は俺の嫌いなあいつと、皆の嫌いなあいつ、その他の汚職神官全員で足りるだろ。足りないなら、追加で嫌な貴族を紹介してもいい。
いくらでもいるぞ。
あー、こうして思い出すと、王都には本当に嫌な思い出がたくさんあるな。
この田舎の教会ってのは、居心地のよさでいえば悪くないかもしれんな。研究に集中できるし、嫌な奴もいない。
王都の蔵書だけこっちに持って来られれば……。ああ、あと、王都で付き合いのあった研究者連中も欲しい。その辺が絶対に手に入らないから困る。
まあ、目の前の赤髪の坊主は、研究者連中の代わりにはなるんで、多少は我慢できる。
でもこいつ、立派な悪魔だからなあ。
「あ? そういやなんでアッシュがここにいるんだ」
「人のことを悪魔呼ばわりした挙句、胡散臭そうな顔で見て来たと思ったら、私がここにいることにまで文句を言うつもりですか」
いや、言うだろ。ここは一応、神官の私室でもあるんだぞ。
他人に出て行けという権利くらいあるぞ。
しかしながら、悪魔はそんな人の決めた権利なんて頓着せず、やれやれと肩をすくめる。
「最初に声をかけたではありませんか。ちょっとお尋ねしたいことがある、と」
「ふん? そうだったか?」
「言いましたよ。うーうー唸っていた動く死体の記憶は当てにはしてませんけどね」
「ハハハ、お前はほんと喧嘩を売るのが上手なクソガキだなあ」
「フフフ、どうもありがとうございます」
俺には滅多に見せない、満面の作り笑顔で言いやがる。
人の心を逆撫でする、素晴らしい礼儀の使い方だ。上っ面だけはどこにも叱るところがないという辺り、特に賞賛に値する。
「それで、お尋ねしますけど」
上手に喧嘩を売っておいて、しれっと自分のやりたいことを推し進める。
こういうのが王都の神殿とか中央の貴族にはごろごろいるんだ。俺もずいぶん手を焼いた。
というか、手だけで済まず、最終的にこっちに焼き出されたんだが……。
こいつに対抗心を持っている、というか、年頃だから持たざるを得ないジキルが、可哀そうになるほどの憎たらしさだ。
今度、ジキルにちょっと優しくしてやるか。
「フォルケ神官? 遠い目をしてないで、いい加減、私の話を聞いてくれません?」
「聞いたらろくでもないことになるんじゃねえかと思ってな。なるべく先延ばしにしてるんだ」
「じゃあ、もう単刀直入に言いますけど」
「聞きたくねえって言ってんだが?」
「農業関係の本でわからない言葉があるんですけど、フォルケ神官はわかりますか?」
「俺の話が聞こえてるか?」
「私の話を聞いてくださいと言っているのが聞こえているようでなによりです」
あん? ハイって言ったら、聞こえているから話を聞かなくちゃならん。イイエって言っても、返事ができるなら聞こえているじゃんと返される。これ、どっちの答えも口にできないやつじゃねえか。
そして、沈黙したらその隙にぐいぐい来るやつ。
「例えばここの記述なんですけど、畑に与える肥料……これ一体なんの肥料のことですか?」
「あー? これは……あー」
渋々ながら、差し出された本を覗きこんで、顔をしかめる。
「なんだこれ。俺もさっぱり聞いたことねえな」
「フォルケ神官でもダメですか? 別に注釈もないし、教会にある他の本を見てもわからないんですよね。これを書いた人達にとっては、当たり前すぎて書く必要がなかったんでしょうか」
「そうかもしれんな。あるんだよなー、こういうの。前期古代文明から引き継いだ知識なんだろうな。間が失われたせいで、もはやなんのことかわからねえってのが、いくらでもある。王都の神殿でも、たった一つの単語の意味を探して、大量の本をひっくり返して議論したもんだ」
「あー、やっぱりそうですか。農業関係の本でも、医療関係の本でも、わからない単語がちらほら出て来て困ってるんですよね。成分の名称とか、薬の名称とか……」
「その手の専門分野の本は、門外漢にはわからない用語が山ほど出て来るからな。俺も昔、建築関係の本で死ぬほど苦労したことがあんだよ」
神殿に入った当初の仕事で、汚損した後期古代文明の本の修繕作業だった。
汚損によって穴あき状態になった文章を、前後の文脈や消えかけの文字から復元する作業の手伝いに駆り出されたが、ありゃ苦労した。
「建築関係ですか? あー、それは大変そうですね。建築様式とか工法とか、専門用語の暴風雨みたいなものですよね」
「そうそう、あと資材な。木材や石材っつっても、木の種類がどうの、石の種類がどうの、それぞれの切り方だ形状だと、固有名詞が死ぬほど面倒でな。現代語の建築関係の本を読み漁ったり、神殿の建築をしている職人に話を聞いたり……」
なにしろ、建築なんて興味もなかったもんだから、それが様式なのか工法なのか、素材なのか道具なのかもわからねえって状態からのスタートだ。
同僚と頭突き合わせて文句と泣き言を吐き散らしながら作業したもんよ。
俺の苦労がわかるのか、悪魔アッシュの顔にも同情が浮かんでいる。
「それ、全部が全部わかりました?」
「無理無理、無理に決まってんだろ。例えば、ある固有名詞が表しているのが、前期古代文明の技術で作られていた高度な道具だとしたら、今の俺達には見たこともない代物だって可能性があるんだぞ? 悔しいことに、詳細不明の注釈を飽きるほどつけたよ」
「建築関係だと、大きな道具から小さな道具までいくらでもありそうですし、地域固有の建築材とか工法とか多そうですし、そうなっちゃいますよねえ……。わからない可能性が高いものを調べる作業、大変でしたね。お疲れ様でした」
そう、それな! どうせこの単語の意味も不明なんだろうなと予感しながら調べる苦行が辛いのなんのって……。
修繕された本より、これこれを調べたがどれも該当しなかったっていう研究資料の方が十倍分厚くなったよ。
その苦労をわかってくれるか。
「まあ、フォルケ神官の場合、それの最高難易度を今もなおやっているんですけど」
おお、それもわかってくれるか。
前期古代文明の本の解読作業とか、マジで見たことも聞いたこともないものが列をなしているからな。想像も及ばないものが多すぎる。
ところで、理解のある悪魔よ。理解がありすぎて逆に怪しいんだが?
この苦行を用意したの、さてはお前じゃなかろうな。
「まあ、フォルケ神官はそれを好きでやっているのでたっぷり悩んで頂くとして、私は農業や医療の実際のところが必要ですので、あんまり悩みたくないです」
「俺だって悩みは少ないに越したことはないんだが?」
「あっさり解けたら次になにをしたものかって悩むだけでしょう?」
「それは……その時にならなきゃわからんだろ? 満足して楽隠居とか」
「わかりますよ」
なにを根拠に断言しやがるんだ、こいつは。
「とにかく、今は私の方の問題です。フォルケ神官でも言葉の意味がわからないのでしたら、こういった言葉を調べられる本が欲しいです。農業や医療の基本的なことを解説している本とか、網羅的に書いてある本とか。そういった本、フォルケ神官の伝手でお取り寄せできません?」
「人の話を放り投げておいて図々しい奴だな」
「契約に基づいた正当な権利です」
「あれは管理下にある本だろうが」
「フォルケ神官が伝手で手に入れられるなら、管理下における本ですよね」
「管理下にある本と、管理下における本は違うだろ」
「それについては解釈の相違が発生しそうですね。議論します?」
笑顔での提案に、いやいい、と首を振る。
どうせアッシュは自分の要望が通るまで何度でも議論を仕掛けてくるんだろ。議論以外にも賄賂とか脅迫とか込みの説得がついてくる。知ってる。
そんな無駄な時間を費やすくらいならさっさと白旗あげてやるよ。
それにまあ、アッシュのもどかしい気持ちは俺もわかる。そりゃもうよくわかる。
それくらいの協力はしてやろうじゃないか。
「しかし、そういった本が上手いこと手に入るかどうかだな」
「手に入らないんですか?」
「建築関係で俺が苦しんだ話はしただろ。前期古代文明と後期古代文明、二つの崩壊の影響と、後はまあ、現代における神殿のいざこざのせいだな。体系的っつうのか? 知識の繋がりとか、関連性が、そりゃもうひっでえことになってんだよ」
俺が後期古代文明の建築関係の本の修繕をする羽目になったのも、そのせいだ。
バカが知識を雑に扱うから失われる。一度失われてしまえば、それが復旧するまでにどれほどの労力がかかるかわかっちゃいない。
本を燃やすのは簡単でも、燃えた本を元通りにするには、それこそ神の御業が必要だ。
少なくとも、俺程度の力では、あの建築関係の本を完全に修繕することは不可能だった。
今でも王都神殿の本棚で、読んでも意味がわからん状態で眠っているんだろうな。
「まあいい。とりあえず、お前が欲しい情報がどんなものか言ってみろ。都市の神殿に、同じ言葉が出ている文献がないか問い合わせてやる。知っている神官でもいりゃ万々歳だが、流石にそれは期待すんなよ」
「うーん、思ったより期待が持てそうにないのが悲しいところですが……。では、お言葉に甘えて、土壌中の成分、栄養素について書かれた本が必要ですね」
「俺には馴染みのない分野の話だな。それは、農家をやってりゃ当たり前の知識なのか?」
「教会の本に当たり前の顔をして出て来る単語なんですから、そうなんじゃないんですか?」
そう言われればそうだ。でも、どうだろうな。
神殿の蔵書は、しれっとしたところに前期古代文明の頃の名称が出て来たりして、意味不明だったりするから油断ならん。
本が読まれなくなった原因の一つじゃないかって、古代語研究者の間じゃ言われている。
教会に所蔵する本は、確か村での生活に役立つモノと取り決めがされていたはずだが……あれって何百年前に決められたものだって言われてた?
教会つき神官として赴任する前に、その辺を偉そうに講釈を垂れてきた奴がいたんだが、さっぱり覚えていない。
ていうか、考えてみりゃ百年以上前に決められた蔵書指定とか、役に立つかどうか微妙じゃねえか。実際、目の前のアッシュ、この悪魔でさえ持て余しているんだから役に立てられていない。
こいつは、教会の利用者がいないわけだよな。
文字を覚えて、本を読めるようになっても、その本が役に立たねえんだから。
ちょっと遠い目になりつつ、アッシュが求めるのはどんな内容か、都市の神殿に送るために紙とペンを用意して詳細を促す。
「土の中の……鉄の素になるものとか、大気中にもある空気を構成している要素の一種とか? とにかく、土の中に含まれている成分の名前と、それが畑にとって良いのか悪いのか、どうやって効率的に集めればいいのか。そういう基本的なところからの資料が必要ですね」
あー、これは可哀そうに。
目の前の悪魔ではなく、悪魔の要望を聞く羽目になる都市の神官に、憐憫の情が湧く。
なにが基本的なところの資料だ。基本という言葉から連想される、浅い内容が一切含まれていない。
それは、地の底まで汗だくになって掘らないと見えない、根本的なところと言うべきなんじゃないのか。
やっぱり悪魔なんだな。地獄は地底にあるって相場が決まってるもんな。地獄まで誰かを引きずりこみたくて仕方ないんだ。
なんだよ、鉄の素だの、空気を作っているモノの一つだとか。そんなこと気にしなくても鉄のナイフは使えるし、空気は吸える。
つまり、そんなものをわざわざ研究している奴は少ない。
研究している奴が少ないってことは、文献も少ない。
奇跡的に文献があったとしても、見たことのある奴、内容を把握している物好きなんて、まずいない。
さぞ、探すのに苦労することだろう。いや探す以前に、アッシュの言っていることを理解するまでに首を捻りまくるか。
前期古代文明の研究のために、王都神殿の蔵書をやたらめったら読み漁っていた俺でさえ、なんか聞いたことあるな、くらいの内容だ。
地方の神殿に、どれだけそのレベルの蔵書があることか……。
そのことを俺がここで口にしても、なんの生産性もないので、ただ黙ってペンを走らせる。
俺にできることは精々、王都神殿じゃないとありそうもない、と最後に付け足すことくらいだ。
すまんな。都市の神官よ。俺は俺の研究時間の方が大事なんだ。
「というか、フォルケ神官の古代語研究にも、こういう単語って大事なのではありませんか? 物質を構成する基本的な要素なんですから、学術系の文書だったら、これらの言葉が出て来てもおかしくなさそうですけど」
「あ、なるほど」
これは、俺にとってもいい機会じゃないか? 農村には不似合いと評される高度な文献を、手に入れられるかもしれない。
村長家のお気に入りのアッシュの要望で、都市神殿に蔵書の請求を出せるのだ。
この地方じゃ、俺の名前より村長家夫妻の名前の方がよっぽど通りがいい。都市神殿も力を入れて、可能な限りの対応してくれるだろう。
「よし。アッシュ、もうちょっと要望を細かく話せ。その後、大雑把な要望も話してみろ。細かい指定で見つからなくても、大雑把な指定ならそこそこ関係のある本を送ってくるだろ」
多分、細かい指定の方は見つからない。それだと本は手に入らないから、本命は大雑把な方だ。
なにも手に入らないよりはお前だって得だろ? それは俺だって困るから、間違っても王都じゃないと見つからないなんて一文は末尾に入れないと約束しようじゃないか。
ついでだ。お前が知っている農業や医療について話してみろ。
古代語の解読に使えるかもしれないから聞いてやる。その代わり、王都で読み漁った文献の記憶で、お前が気になる内容があったら教えてやれるかもしれないぞ。
どうだ、お互いに得るところのある、素晴らしい取り引きだろう?
いいぞ、楽しくなってきた。七面倒な物事を研究する時ってのはこうでなくっちゃな。
ちょっとお前、台所に行ってお茶淹れて来い。今日は長くなるぞ!




