灰の底22
マイカ嬢と少し話した後、村長家へやって来る病人の家族とも話をして、重篤になった村人がいないことを確認する。
次の春は村人全員で迎えて、さらに生産力を増やして新たな一年へ向かって行きたいものだ。
未来への展望を胸に、つましい我が家に帰宅した私を待っていたのは、見るからに面倒臭い酔っぱらい方をした父上だった。
「おうあ、アうッシい! ちょっとこおすわりえ!」
ろれつが怪しいというレベルではなく、舌が回ってない。何を言っているかわからないが、仕草と日頃の付き合いで、向かいの机に座れと指示していることがわかった。
悲しいかな、私はこのダメ親父の息子なのだなとわかる。
「おあえ、いつお本ばっかひょみやあって! 男はなぁ、畑れいひふぇふえある!」
「ええ、畑仕事が男の仕事なのですよね。本を読んで私が得た知識で、畑仕事も少しは楽になったでしょう?」
聞き飽きた説教というか愚痴なので、自動的に父の言葉を受け流す。
まだ農薬の類には手を出していないが、畑を細かいブロックに分け、耕作や手入れといった労働作業を管理し、生育状況を確認し、収量記録をつけている。
ブロック分け以前の収量や労働時間が記録されていないので、確かな比較はできないが、いくらか作業効率を上げられた自覚がある。
「ばっかひゃろう! 畑ふぁな、手間をひゃけひゃふふいいっへれあ……」
「畑は手間をかけた分だけ実りが良くなる、ですね? 私の畑の記録だって立派な手間ですよ。畑を良く見て、実りを良く調べなければ作れません。先祖伝来の教えに逆らっているわけではありませんよ」
畑でただ漫然と仕事をしているのが手間だと言われても困る。そんなものは自己満足で、なんの成果にも繋がらない。
くんである井戸水をコップに移し、父に差し出す。
ついでなので、乾燥させて粉末にしておいた薬草を混ぜておいた。
本によると鎮静効果があるらしいので、実験してみたかったのだ。
酒と一緒に服用して大丈夫かはさっぱりわからない。
父上が一気に飲んだので、ちょっとわくわくする。
「ういぃ……うぅ、おまえ、なんれそんな頭いいんらよぉ」
「は? 頭ですか?」
前世らしき記憶があるからです。
そう本当のことを言えれば楽だが、周囲に知られるとどんな影響が出るかわからないので、何も言えない。
「ほんとに、俺の息子か?」
捨て犬みたいな目で、父上が私を見ている。
あれか、男親は出産を経験しないから、常に自分の子供かどうか不審に駆られるとかそういう心理か。
確かに、前世らしき記憶があるので、私にとっての両親は今世の両親以外にも存在する。記憶の時系列上では前世の方が先に位置するので、今世の両親の方が異質な存在と認知してしまっているのは否定できない。
だが、私と父ダビドの血の繋がりは確かだ。私は残念な気持ちをふくめて嘆息する。
「何を言っているのですか。どこからどう見ても、あなたの息子ですよ」
あくまで私の視点によるが、理由は複数ある。
第一に、母は大変身持ちが堅く、貞淑で、倫理観に秀でているので浮気や不倫などありえない。
第二に、外見上の遺伝が、父と私の間に見られること。言動や仕草のおかげで雰囲気は大分違うが、目元や耳の形がそっくりだ。
第三に――これはまあ、血縁的な繋がりは全く関係ないのだが。
「親子でなければ、べろんべろんに酔った父さんの、その聞き取りづらい言葉が、こんなに良くわかるわけがないでしょう」
「ほんろか?」
「本当ですよ。私はあなたの背中を見て育っているのですよ。お酒が過ぎた背中は、あまり立派に見えなくて困ります」
反面教師として大変参考になります。
気を緩めると、私もそうなるかと思うと、身が引き締まる。
「そうか……。そうかぁ……っ」
我が父上がなんか泣き出した。
机に突っ伏して、おいおい泣いている。酒飲みダメ仲間と飲んでいて、なにかあったのだろうか。
具体的には、本当にお前の息子か、とかそういった内容のからかいにあったのだろうか。それ、私が特殊なだけだから気にしなくて良いと思う。
しかし、これだけ騒げるとなると、一服盛った薬の鎮静効果が怪しい。
効き目が弱いのだろうか。そう思っていると、父が大きないびきを立てはじめる。
「ふぅむ……酔い潰れたのか、鎮静効果が出たのか、これではわからないですね」
実験は失敗だ。やはり酒と同時に摂取させてはいけないとの教訓を得た。
でも、多分、またやると思う。酔っ払いの相手は嫌いだから、つい危なめの実験をやりたくなる。
私の体の頑丈さは父譲りと思われるので、これくらい大丈夫だろう。