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フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

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205/281

ぺドラー・クイド2

【灰の底 クイドの断章】

 生まれ変わって真面目な行商人になった俺は、こっそりと以前お釣りを誤魔化した人達に還元をしていた。

 お詫び分を含めて、高めのお支払いだよ。


「あ、ジョイユさん。これ、安くしときますよ」

「うん? いやいや、そりゃあ悪いよ、クイド」

「あはは、遠慮はいりませんよ」


 受け取らないなんて絶対にさせないからね!

 変に思われないよう必死に表情を保ちながら、内心は必死の形相で考えておいた言い訳をまくしたてる。


「実はこの前、ジョイユさんに返すお釣りを間違ったかもしれないんですよ。都市に帰って計算し直したらお金が合わなくて、多分ジョイユさんの買い物の分かなって。だからまあ、ほんと、遠慮はいらないんで、どうぞどうぞ」


 朴訥な村人の手に、多めに塩を押しつける。よし、これでもう負い目はないぞ!


「そうかい? 真面目だなぁ、あんた」

「いやいやいや、俺なんてそんな、ははは」


 生まれ変わってようやく真人間になったくらいのダメな奴なんで恐れ多い!

 ジョイユさんを見送って、ほっと一息。あと、この村ではバンさんにお返しすれば悪の負債はなくなる。

 かなり懐に痛いけど、アッシュ君に無茶振りされた時に、いくらかでも抵抗できるようにしておくため、必要な出費なのだ。

 自業自得だし、仕方ない。しばらく塩スープで我慢だ。


 ここまでしても、アッシュ君への負債は一生消えそうにないけどね!

 あの子、村での評判が良いから敵対したら簡単に負けそう。フォルケ神官とかクライン卿とかユイカ様とか、村の偉い人にちょっと聞いてみたら、皆アッシュ君をべた褒めするの。


 まあ、フォルケ神官は皮肉交じりだったけど、あの人に人物評を尋ねて返事があるってだけで十分すごい。俺の名前も覚えてないような人だもん。

 名前を覚えている人と、名前も覚えてない人、なにかあった時にどっちの言葉が信じられるかなんて、考えるまでもないよね。


 本当、信用と信頼って黄金並みに大事。贋金で価値が落ちるとか、すぐ傷ついて価値が削れる辺りも、本物の金に似てるなぁ。

 他の村人が来るまで、どこかに金貨が落ちてないかなぁ、とぼんやり考えていたら、赤い物が目に映った。


「ちょっとご相談したいことがあるのですが、お話を聞いていただけますか?」


 胸がきゅっとなった。血が凍るような感じって、まさにこれなんだと思う。

 ダビドさんのお釣りを誤魔化した件以来、遠巻きに頭を下げるくらいで声をかけて来ることはなかったアッシュ君が、とうとう接触してきた。


「お、おぉ、アッシュ君か。一体、なんだろうか?」


 今の俺はどれだけ本気で飛び跳ねても、金貨が擦れる音とかしないからね!

 びくびくしていると、アッシュ君がなんか……なんか変な、草の一部? 木の一部? いや本当なんだかわからない緑色の物体を取り出した。


「実はですね、こういう植物を発見しました。クイドさんは、これをご存知でしょうか?」


 全然知らないよ、と首を振る。

 顔を近づけてみると、なんか切り口みたいなところから、でろり、と垂れて来た。うわぁ、アッシュ君、なんか邪悪な物じゃないの、これ。


「なんなんだ、これは。なんか垂れて来て、ちょっと気持ち悪いな……」

「それは植物の葉っぱですよ」

「葉っぱ? これが? 茎とかじゃなくて、葉っぱ?」


 葉っぱってもっとこう、薄くてぴらぴらしてるんじゃないの?

 アッシュ君が持っているのは、つまむというより掴むような太さがあるけど。


「実はこの植物、本で調べたところによると、薬になるらしいのです」


 へえ、と声が漏れる。

 いくらアッシュ君でも本当に悪魔なわけがないから、物語の人を襲う草木じゃなければ、薬になるような珍しい物というのは説得力がある。


「まあ、これだけ変わったものなら、なんか効き目がありそうな気はするな」


 でも、これどうやって使うんだろう。

 なんか垂れて来ている、粘つく水っぽいなにかを飲んだりするんだろうか……。気持ち悪さを我慢しながら見ていると、アッシュ君も不満そうな顔をしている。

 平気な顔していたけど、やっぱり気持ち悪いのだろうか。

 いや、アッシュ君は俺の顔を見ているな。ええ、ちょっとそんな見つめられると……心臓がバクバクいって喉からせり出して来そうなんだけど? やめて?


「で、これで薬を作ってみようと思うのですが、実験をして、効果があるかどうか、問題がないかどうかを確かめる必要があります」


 なんか難しいこと言い出したぞ、この子。


「なんでそんなこと? 本に書いてあるならそれでいいんじゃないの?」

「確かに書いてありますが、ひょっとしたら使いすぎると問題が出るかもしれませんし、使い方によっては効果がないかもしれません。実験は絶対に必要です」

「なんだか面倒だな」

「クイドさんだって、初めて取引する相手のことはよく観察したり、情報を集めたりするのではありませんか?」


 なるほど。そう言われると……俺も最初の頃はすごくその辺も気をつけていたなぁ!

 誰と誰が繋がっているか全然わからなかったから、とにかく誰にでも丁寧にって心掛けていたっけ……。

 それが今じゃ……いや! いやいや、まだ大丈夫、生まれ変わった俺ならまだ間に合う!


「うん、大事。大事なことだ」

「ご理解いただけたようでなによりです。では、薬の実験のために、ペンと紙を手に入れたいのでよろしくお願いいたします」


 ぺこり、と丁寧にお辞儀をする赤い頭。

 あぁ、それが目的で声をかけて来たのか。ホッと息が漏れて、ついでに笑みも零れた。多分引きつってたと思うけど。


 だってさ、だってさ、恐いでしょ!

 自分の秘密を握っているのに、ずっと声をかけて来なかった人が、いきなり変な物を手にして声をかけて来たんだよ。俺がその変な草を食わされるのかと思ったよ!


 しかし、紙とペンか。

 この二つが必要だっていうなら、インクも必要になるよね。これを一式セットってなると、結構お高くついてしまう。

 流石に悩ましい。

 ここ最近、あちこちでサービスという名の、騙し取ったお金の返却をしていたから、かなりつらい。

 いや、もちろん、俺に断るという選択肢はない……わけでもないけど、それは奥の手というか、切り札というか、使ったら実質終わりっていうところがある。


 だから、悩んでしまう。ど、どこまで値切れるだろうか……。

 ちらっとアッシュ君を見ると、あちらも悩ましそうに首を捻る。


「ひとまず、ちょっとだけで良いので、都合がつきませんかね。お金をちゃんとお支払いできれば良いのですが、流石に自由にできるお金がなくて」


 君くらいの小さい子がお金を自由にできたらびっくりするよ。

 ただでさえ、農村って現金が少ないんだから、大人だってそんなお金ないよ。

 一部の男達がお酒を買う金くらいかな。大抵は後から叱られているみたいだから、自由にできるお金、ではない気がするけど。


 いやでもアッシュ君ならありそうだな! そう言ったら、曖昧な微苦笑をされた。

 やっぱりあるんだね? 俺みたいに脅迫されている誰かがいるんだろうか。恐い。

 冬の夜に放り出されたみたいに、俺が哀れに震えていると、アッシュ君が変なことを言い出した。


「薬の開発が上手く行けば、クイドさんにも融通します。ひょっとすると、都市でも売れるかもしれませんよ」


 うん? 薬の開発って言った?

 その変な葉っぱが薬になるっていうのはさっき聞いたけど、それを売る気なの、君?

 てっきりそのままかじったり、傷口に張り付ける程度の話だと思ってたんだけど、粉末にしたり、軟膏にしたりできるの?


 ううん? おかしいな。

 プロの薬師はそういうことするけど、君は農家の子だよね?

 俺がこの村に持って来ている薬も、別の村で神官も兼ねているくらい頭が良い薬師さんが作っているんだけどな。


 アッシュ君がなにを言ったのかよく理解できずに唸っていると、アッシュ君も難しい顔で唸りだした。

 俺は君に悩まされているんだけど、君はなにに悩まされているんだ? あ、俺の悩みが増えたぞ。


 二人してうんうん唸っているところに、猟師のバンさんがやって来た。


「おや、バンさん。こんにちは」


 アッシュ君がそつなく挨拶する。

 こういうところを見ると、アッシュ君のことを評価する人の考えに納得ができる。やっぱり、ちゃんと挨拶する人は印象が良いな。

 バンさんなんか無口で、今も頷くだけだからちょっと恐いもんね。俺も、ちゃんと挨拶するようにしよう。


 バンさんから肉と毛皮を受け取って、いつもの日用品を取り分ける。

 喋らなくても大体買っていくものが決まっているから、俺も慣れたものだよ。ついでに、前に誤魔化した分のサービスをしたいんだけど、アッシュ君がいるからちょっとやりづらいよね。


「他に必要な物はありますか?」


 一通り買い物を終えたバンさんに確認すると、こちらを見た後、アッシュ君を見て首を傾げる。


「どうした?」


 ………………。 

 ああ、空耳かな? アッシュ君と俺以外の誰かの声が聞こえた気がする。こんな明るいうちから、お化けが出たわけでもあるまいに、はははは。


「え、ああ。ちょっと紙とペンが欲しいので、いくらくらいか確認をしていたのです」


 アッシュ君がバンさんに話かけると、そうか、という風にバンさんが頷く。

 うんうん、やっぱりバンさんが声を出すわけがないよね。最近、ご飯も少なめだったから、疲れているんだろうな。


「いくらだ?」


 ………………。

 ひょっとして、空耳では、ない?

 うっそでしょ。初めてバンさんの声を聞いたぞ! こういう声なんだこの人!?


「ええと、結局いくらでしょう?」


 人がこんなにびっくりしているというのに、アッシュ君はごく普通に会話を流している。

 この子のことを知る度に、この子のことがわからなくなっていくのはなんでだと思う? 俺はさっぱりわからない。


 あ、ぼけっとしている場合じゃないか。余計なことを考えるのを止めて、質問に頭を向ける。


「そう、だな。アッシュ君の頼みだし、ちょっと傷んだ紙で良ければ一式セットで……」


 うーん、いくらくらいまでなら割引できるかな。

 羽ペンと紙は古いのがあったから、それなら安く提供しても平気だ。悲しいけど、不良在庫になりかけているものだから……。

 逆に、インクはあんまり古いと固まるから、そうした在庫がなく、安くできるものがない。


 流石にあんまり安くしちゃうと、一日二日くらいご飯を抜かなくちゃいけなくなるから……どこまで妥協できるかな。

 ちらちらとアッシュ君の顔色を伺いながら、値段を調整していく。


「鉄貨十五……」


 あ、これじゃ全然ダメそう。アッシュ君が物悲しそうな顔をした。


「いや、十三……」


 ……これも、ダメ!


「じゅ、十二枚で、なんとか……」


 これもダメかな! これ以上はちょっとご飯が……!

 覚悟するか、久しぶりのご飯抜き!?


 覚悟を決めかねていると、救いの声がかかった。


「払おう」


 バンさんである。

 前に騙した俺にも(バンさんは知らないだろうけど)優しさをくれるなんて、すごい男前である。


「え? バンさん、こんな安くない物、申し訳ないですよ。ついこの間、命を助けてもらった恩人ですし」


 流石のアッシュ君も、こんな男前を相手には遠慮するらしい。遠慮の仕方もそつがない。衛兵時代に領都の執政館で話をした侍女達を思い出すくらいだ。

 バンさんは、遠慮するアッシュ君に無言で首を振ると、俺に頷いて見せる。言葉通りに自分が支払う、ということか。

 でもこれ、安くはないんだけど?


「本当に良いのかい、バンさん? こっちとしちゃ、あんたが良いなら、構わないが……」


 心配して確認するが、バンさんは黙ってもう一度頷くだけで、自分が買った分を持つとなにもなかったかのように立ち去っていく。


 なに、あの人。


「滅茶苦茶カッコイイですね……」


 アッシュ君の呟きは、俺の考えと完璧に一致していた。


「ああ、滅茶苦茶カッコイイな……」


 二人そろって、男前の背中をお見送りしてしまう。

 最後まで振り返らないとか、バンさんが領都にいたらモテる男が増えていたかもしれない。


「ええと、それじゃあ……アッシュ君、これ……」


 気を取り直して、バンさん支払いでアッシュ君の注文、紙とペンとインクの筆記具セットを準備する。


「ん? あれ? アッシュ君とバンさんの買い物を合わせてもお釣りが出るじゃん」


 バンさんからお金をもらいすぎになってしまうことが判明した。

 この生まれ変わった行商人は、たとえ白貨一枚の買い物でも確認計算をすると決めたのだ。


 これはお釣りをバンさんに渡さないといけない。

 でも、あのカッコイイ後姿の余韻を濁すのはどうかと思うのだ。


「アッシュ君、これをバンさんに渡しに行くの、ちょっと気まずいと思わない?」

「そうですね。ちょっと渡しづらいのはわかります」


 アッシュ君はとても真面目な顔で、俺の意見に賛成してくれた。


「だよね……。これ、アッシュ君からそのうちに渡してもらって良い?」

「ううん、他人のお金を預かるのはちょっと緊張するのですが……」


 それが君くらいの年でわかるのは、やっぱりすごいと思う。

 いくらか嫌そうな溜息を吐いてから、アッシュ君はお金を受け取ってくれた。


「クイドさんにも値引きしていただきましたし、バンさんにも色々と恩があります。確かにお預かりしましょう」

「そうしてくれると助かる、よろしくお願いします」


 ちなみに、バンさんから以前に騙し取った分も足して渡してあるから、これで自分の気持ちの中では清算したことになるぞ!

 しばらく塩スープ生活になるのは、うん、罰だと思って反省しよう。

 行商人になりたての頃も、塩スープだったっけ……。

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― 新着の感想 ―
っぱバンの兄貴よ!
[一言] そしてアッシュに振り回されすぎて大商人に「させられ」てしまったクイドさん。 ペドラーって名が出てきたのはひょっとして初出でしょうか? (記憶からすっぽ抜けているだけの可能性大(汗))
[一言] アッシュにしてみれば、利益さえ提示すれば多少アレなことでもやってくれるという、クソ真面目なだけの人よりもよほどいい人材に見えたのかもしれない。
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