表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フシノカミ  作者: 雨川水海
灰の底

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/292

灰の底20

 立場上安請け合いをしたが、ジキル君と話をするのは、私にとって苦手な部類に入ってしまう。

 理屈や損得であれば、納得はできなくても理解はできる。だから、妥協点に落とし込めたり、追い詰められたりもできる。だが、感情だけで話をされると、納得ができても転がしようがない。

 「アッシュが嫌い」と言われたら、「確かに同年代でこんな不気味な奴はおるまい」と理解も納得もできる。

できてしまう。

 そんな十二分の理解と納得をもって「それはそれとしてなんか悩んでる?」と私が聞いたって、「嫌い」しか返って来ないだろう。

 ジキル君の交友関係から当たってみても良いが、今までその辺りとも交流を持っていなかったので、かなり時間がかかるだろう。ついこの前、敵対したばかりだからなおさらだ。


 考えているうちに、どんどん面倒臭くなってきた。

 仕方ない。

 無理矢理、損得の話にしてやろう。

 ジキル君は脅されたように感じるかもしれないが、向こうは以前、露骨に暴力を見せつけてきたのだ。それに比べれば、私の脅しのように聞こえるかもしれない説得など、可愛いものだ。


 そうでしょう?


 そんなわけで、私は川辺に一人座りこむジキル君に、気さくに声をかけた。


「もう夕暮れですよ、ジキルさん。家に帰らなくてよろしいのですか」


 先程、ターニャ嬢が声をかけても何の反応も見せなかったジキル君が、驚いたように振り向く。というより、本気で驚いていた。


「何の用だ! 前の仕返しか!」


 さらに訂正が必要で、驚いているのではなく、脅えている。

 普通に喧嘩をしたら、十中八九、ジキル君が勝つだろうに、何をそんなに警戒しているのか。

 私が何か害を与えようとしたら、声なんかかけずに始末するから、そんな必要はないと断言したい。


「仕返しなんかではありませんよ。もう夜も近いのに、座りこんで動かない顔見知りを見かけたので、声をかけただけです。おかしいですか?」


 村人全員が知り合いのような村なので、不思議なことではない。特に、水難事故の危険がある川辺なので、なおさらだ。


「ほっといてくれ。あっち行けよ」

「では、ジキルさんがあっちへ行ったらどうですか。先程、ターニャさんが家へ帰られたようですよ。何やら心配そうな顔をしていましたから、一緒にいてあげた方が良いのでは?」

「お前には関係ない!」


 ターニャ嬢の名前には、とびきり強く反応する。

 かなり気にしているようだ。


「確かに私とジキルさんは、なんの関係もありません。しかし、私とターニャさんは色々と関係があります。私は別に、あなたを気にかけているわけではありません。ターニャさんに気を使っているのです」


 私の言葉に、ジキル君はなんだか傷ついたようで、悔しそうに唇を噛む。喧嘩まで吹っかけた相手に、姉のオマケで相手していると言われたら、さぞ腹が立つだろう。

 全くの真実で申し訳ない。

 ジキル君達、年少組とも関係を作った方が良いかなと思いはするのだが、かなり後回しにしてしまっている。そのおかげで、今回の面倒事がますます面倒になってしまった。

 怠け心を正直に述べて良いなら、もういっそ、この年代との交流は切り捨ててしまいたい。

 そうも行かないから、脅しに聞こえるかもしれない言葉を駆使しなければならないのだ。


「近頃、ターニャさんは何をしていても心配そうな顔をします。バンさんと森に入っている時ですらですよ」


 これは嘘です。

 バンさんと森にいる時のターニャ嬢は、とても幸せそうですから安心して騙されてください。


「どれだけ危険なことだかわかりますか? 足を少し滑らせただけで大怪我するかもしれない場所で、ターニャさんの心を惑わす悩み事があるなんて」

「そ、そうなのか」

「そうですよ。そこで、ジキルさんとは色々とありましたが、ターニャさんの安全のためを思って、その色々を水に流して、話をしてみようかと思ったのです。ジキルさんだって、お姉さんに何かあっては、嫌でしょう?」


 きちんと話し合いに応じないと、姉であるターニャ嬢の身が危ないぞ。

 という脅しを含んで聞こえるかもしれない、真心から発した言葉だ。


「それは、当たり前だろ……。姉ちゃんは、一人だけの家族だし……色々、迷惑かけてるし」


 狙い通り、ジキル君の調子が大人しくなる。絶賛反抗期らしく、ふてくされた態度ではあるが、姉のことは心配なのだ。


「それなら、ターニャさんの心配事について、なにか心当たりがあれば教えて頂けませんか? 私でできることなら、お手伝いしたいですしね」


 悩み事の原因は、目の前の弟君であることを私は知っているが、ジキル君はどうだろうか。


「それは、その……」


 どうやら自覚があるようで、ジキル君は非常に気まずそうに視線を泳がせる。

 大丈夫、大丈夫。人なら誰しも通る道だから、恥ずかしいことはないのですよ。恥ずかしいのはわかるけれど。


「言い難いことなら、秘密は守りますよ。ほら、ジキルさんのお友達とは、私はあんまり親しくないですし、バレませんよ。同じ男性同士、話してみるだけでもどうですか」

「……絶対だぞ? 誰かに話したら絶交だからな」


 絶交とか、遥か遠い彼方の記憶だよ。


「お約束しますよ」


 約束とは破られるものだと思ってはいるけれど、口に出したりはしない。

 そうやって口先だけでジキル君を信用させると、ようやく話し出してくれた。

 思春期の心っていうのは繊細で面倒だ。


「その、な……お前なら知ってるだろうけど、最近、姉ちゃんとバン兄貴の仲が、いいだろ?」


 多分ジキル君よりよっぽど知っていると思うので、私は素直に頷く。ジキル君もバンさんのことを兄と慕っているのか。


「それで、このままだと、姉ちゃんと、け、結婚? とか? したりとか、するかと思って……」

 結婚という言葉を口にするのが恥ずかしいのか、ジキル君は非常に聞き取りづらくもごもご話す。ちょっと可愛い。

 この話の流れだと、姉を取られると思って、寂しくて反抗しているのだろうか。母代わりの姉だから、不思議ではない。


「それが、寂しいのですか?」

「い、いや、そんなことないぞ!」


 顔を赤くしてジキル君が首を振る。不思議ではないと私は思うが、当人的には認めたくないのだろう。


「そういうんじゃなくて……今まで、姉ちゃんが、そういう……そういうのがなかったのは、多分、俺のせいだろうからさ」

「ああ、なるほど」


 ターニャ嬢はまだ若いが、この村で十六歳と言えば立派な適齢期だ。両親が早くに亡くなり、経済的に不安だとなれば、なおさら婚期が早まっていてもおかしくない。

 ところが、さらに幼い弟がいるので、ターニャ嬢はその面倒を見ることに必死で、結婚話に乗らなかった。それには、結婚後、弟がどう扱われるか不安だったこともあるだろう。

 でも、最大の要因は、ターニャ嬢の想い人のせいだと思うが、それにジキル君は思い至らないようだ。


「俺、バン兄貴のことは好きだ。良い人なのも知ってる。ちょっと恐いとこあるけど」

「バンさん、口下手ですからね」


 私が思わず同意すると、ジキル君はちょっと笑って頷く。


「それな、ちょっと恐いって思う時がな。あ、いやまあ、それはどうでも良いんだ。とにかく、俺は、兄貴になら、姉ちゃんを任せられるっていうか、そうなって欲しいっていうか」


 表情を引き締めて、まだ若いながら、真面目な顔でジキル君が拳を握る。


「その時、俺が邪魔になるのが嫌なんだ。姉ちゃんに幸せになって欲しい」


 その横顔は、立派な大人の顔に見える。自分の意思を持って、他人を気遣う自立した人間の姿だ。

 それでも、その横顔にはまだ、力が足りない。


「だからって、家を出て行っても、どこに行って、何すれば良いかわかんなくて……こう、どうしようもなくて、姉ちゃんと上手く話できなくて」


 握った手からも力が抜け、情けなさそうにうな垂れる。


「なるほど。ターニャさんにご迷惑をおかけしたくないと、何かできないかと悩んでいるのですね」

「うん、まあ……そうだな、そうなるみたいだ」


 それで、逆にターニャ嬢に気をもませてしまっている。皮肉だと思うが、悪い気はしない。

 弟は姉を案じ、その弟を姉が案じている。貧しい農村での暮らしで、それでも失われない肉親の情。

 本の物語に刺激を受けて、生きていく希望を得るくらい単純な私にとって、これほど肩入れしたくなる話はない。


「わかりました。ジキルさん、ちょうど良いことに、今、弟子が欲しいと思っている職人がいるのですよ」


 なにせその職人は、人手不足を嘆いて秘伝の知識を私に惜しげもなく教えてくれるくらいだ。


「ほんとか!?」

「ええ。私が直接聞いた話なので、間違いありません。前々から人手不足だったのですが、その職人さんの周囲が最近あれこれ慌ただしいので、簡単な手伝いができるだけでも歓迎されるはずです」


 慌ただしくさせている張本人の私が保証する。

 試すだけ試してみないかと、聞くまでもなかった。私の問いかけより早く、ジキル君は私に頭を下げてきた。


「アッシュ、頼む! その職人を紹介してくれ! 雑用でもなんでもやってみせるから!」


 何の職人かも聞かずに即決とは、ずいぶんと勇敢なことだ。

 だが、野蛮ではない。今の彼を、私は絶対に野蛮とは呼べない。


「わかりました。では、後日その職人さんから、ジキルさんを訪ねていただきます。ジキルさんを預かることになれば、職人さんの方から、ターニャさんへのお話もあるでしょうから」

「わかった。よろしく頼む!」


 深々と頭を下げたジキル君は、気合と緊張がない交ぜになった顔を上げる。

 それほど緊張する必要はないのだが、それは教えないでおこう。


 無口で無愛想な猟師がやって来た時、ジキル君がどんな反応をするか実に楽しみだ。

 どこからかその様子を覗けないだろうか。



****



 後日、無事にバンさんに弟子入りできたジキル君から、私は追いかけ回される羽目になった。


「待てこら! お前、そうならそうと先に言えば良いだろ! 兄貴からいきなり聞かされてほんとにビビったろうが!」

「私が言う前に了承してしまったのはジキルさんでしょう! 聞かれたら私は教えましたよ!」


 聞かれなかったので、あえて教えなかったのは否定しない。

 ともあれ、これで四方丸く収まるのではないだろうか。


 ジキル君は、猟師の技術を身につけて独り立ちの準備ができる。

 バンさんは猟師の人手不足を、私に続きジキル君で補うことができる。

 猟師の技を習うということは、森の歩き方を知ることになり、ターニャ嬢の養蜂活動も手伝える。

 バンさんとターニャ嬢が夫婦になったら、ターニャ嬢がバンさんの家に移るか、バンさんがターニャ嬢の家に移れば良い。空いた方はジキル君が好きに使うだろう。どちらもジキル君の家族の家だ、引き継ぐことを遠慮する必要はない。


 誰も損をしない、我ながら素晴らしい結果だ。


 それなのに、私はどうしてジキル君に追いかけられているのだろう。

 全く理解できない。


「そうです、ジキルさんも教会の勉強会に参加しませんか! 養蜂の仕方を覚えられれば、ターニャさんをもっと助けられますよ!」

「うっせえ! とりあえず一発どつかせろ! あと、俺なんかが覚えられるのか!」

「勉強すれば覚えられますよ! あと、どつかれるのはごめんです!」

「じゃあ勉強教えてくれ! ありがとよアッシュ!」

「どういたしましてー!」


 でも、感謝の言葉よりもまず、追いかけるのを止めてもらえないだろうか。

 森歩きで鍛えられたとはいえ、年上で体格の良いジキル君との体力勝負はかなりきつい。


 理不尽な暴力には服従しない主義なので、最後は根性で逃げ切った。

 これ、一発どつかれるまで続けなきゃいけないんですかね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ジキル、コミックと人物設定違うのかな? コミックまだ序盤までしか読んでないけど、こいつ殺人未遂のクソガキよね?
漫画から来て読んでるけど あとから改変したのか話がおかしいよね シリアルキラージキルの殺人と死体遺棄を削除したんかなあ
[良い点] まんまと騙されたジキル良き。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ