暗中の村
【灰の底 マイカの断章】
物語が始まる、少し前の話。
目が覚めてしまった。
ぼんやりと目を開くと、世界は真っ暗だった。
まだ、夜なんだ。急いでお布団に包まって、夜を相手に全力の守りの恰好になる。
夜は嫌い。
暗いから嫌い。
暗いところにいると、川で溺れた時を思い出して、息が苦しくなっちゃう。
溺れた時は、本当に恐かった。
今でも思い出すと、目の前が暗くなる。
喉に冷たい水が流れこんで来て、とっても苦しかった。
逃げ出したくて手足を振り回しても、重い水が掴んで離してくれなかった。恐くて助けてと叫んでいるのに、誰も助けてくれない。
苦しくて、泣いて、叫んで、それでもどうにもならなくて、目の前が暗くなっていった。
その暗闇が、ここじゃないどこかに連れていく怪物みたいで、恐かった。
お父さんもお母さんもいないどこか遠くにさらわれてしまいそうな、暗闇が恐かった。
だから、大っ嫌い。
こんなに嫌いって言っているのに、夜の方はお構いなしでベッドの周りをうろうろ、あたしを怖がらせてくる。
ダメだ、恐くて泣いちゃいそう……。
お布団に包まっていても、全然眠れない。
仕方なく、お布団から頭を出して周りを見渡す。お母さんもお父さんも見当たらなくて、余計に恐くなった。
ひょっとして、もうお母さんもお父さんもいないどこかにさらわれてしまったんだろうか。
……なんて、そんなこと、絶対にないはず。
……ない、よね?
震えながら部屋を見渡すと、ちょっとだけ光を見つけた。
細い、線のような光。隣の部屋に繋がっている、ドアから漏れている灯りだ。
「おかあさぁん……おとおさぁん……」
灯りに向かって声をあげるけど、返事はない。
聞こえてないのかな。それとも、あの灯りの先にいないのかな。
いるはず。いて欲しい。いなかったら、やだ。
考えただけでもう泣きそうになりながら、ベッドからそっと降りる。暗闇に見つからないよう、息も殺して、音を消して、そっと、そうっと……。
目を向ける先は、細い灯りだ。お母さんとお父さんがいるはずの場所、いないかもしれない場所。
恐い。息が苦しい。でも、ベッドの上に一人でいるのももう無理。
脅えながら、恐がりながら、恐る恐るドアに手をかける。
隙間から、光の先を覗きこんだ。
あたしの家の居間、今日の晩御飯を楽しく食べたテーブルに、お母さんが座っていた。頼りない蝋燭の灯りに、全然楽しくなさそうな顔を照らされながら。
「今年は、収量が悪いわね。冬も長かったし、夏は雨が多かったから……」
お母さんが、綺麗なその黒髪をくしゃりと掴む。
「大丈夫。前年の備蓄があるから、これくらいは大丈夫。でも、来年もこの調子だとすると……」
唇を噛んだお母さんの顔は、蝋燭の灯りくらいじゃどうにもならないほど、暗い。
「イツキに、領地全体の状況を聞いておいた方が良いかしら。いざとなったら支援を回せる余裕があれば良いのだけれど……期待はできないわね」
お母さんがなにを言っているか、あたしには全然わからない。でも、暗い顔をしていて、その声まで暗くて、今のお母さんはまるで冬の夜みたいだ。
暗いのは、嫌いだ。暗いのは、恐くて、冷たくて、苦しくて、大っ嫌いだ。
お母さんの姿をした暗闇に見つからないように、そっとベッドに戻る。お布団を頭までかぶって、朝まで自分で自分を守るんだ。
お日様が恋しい。
あの明るくて、温かくて、大きな光が、いつもすぐそこにあれば良いのに。
夜だからってどこかに行っちゃうような距離じゃなく、そこにいてよと声をかけられるくらい近くに、ずっとずっといてくれれば、良いのにな。
暗闇に溺れそうになりながら、朝までずっと、そんなことを考えていた。
****
ぼんやりとしながら、ようやくお空に昇ったお日様を見上げる。
キラキラ明るくて、とっても温かい。昨夜は全然眠れなかったから、その明るさと温かさに今すぐ寝ちゃいそうだ。
朝ごはんのスープに顔を突っ込みかけてお母さんに怒られたよ。
お父さんは、スープに突っ込みかけたあたしの頭を支えて撫で撫でしてくれた。
ふわふわした気分で広場まで行くと、もう同じ年頃の子供達はもう集まっていて、サミーお姉さんが勝手にどこかに行かないように大声で叫んで回っていた。
「こら、ジキル、勝手に先に行くんじゃない! 言うこと聞かないとぶん殴るって言ってんでしょ! ああ、アッシュ、そっちの子を連れ戻して! 教会の方に行ってる……そうその子!」
「おふぁよ~、サミーお姉さん……朝から元気だねぇ」
「あ、やっと来た! 珍しいね、マイカちゃんが最後なんて」
「ん~、ちょっと眠くて~」
「ふうん、いっつも元気なマイカちゃんがねぇ……あ、こらジキル、だから先に行くなって、も~!」
サミーお姉さんは、大体いつもこんな感じで忙しいお姉さんだ。あたし達子供組のリーダーで、とっても面倒見が良い。
男子から、「恐い」「うるさい」「熊みたいに狂暴」とか言われては、言った子を一睨みで黙らせている。
黙らないと拳骨で黙らせる。
男子の間では、サミーお姉さんをからかう度胸試しみたいな遊びが流行ってることを、あたしは知っている。
「っとにもう、ちょっとぐらい我慢してよ! わかったってば、ほらマイカちゃんも来たから皆で移動するよ! いつもの原っぱの方ね! 勝手にどっか行ったらほんっとに許さないからね!」
サミーお姉さんの威勢のいい大声も、今日のあたしには子守唄みたいに聞こえちゃう。
遊び場の原っぱについたら、今日はお昼寝とかしちゃおうかな……。
今日の午前は、畑のお手伝いも免除されて遊んで良い日だ。
正確に言うと、畑のお手伝いもできないくらい小さな子達を、畑のお手伝いができるくらいの子供達が見守りながら遊ばせる日になってる。
なんか、力がいるお仕事をするから子供達はいない方が良いんだって。
子供達も、つまんない畑仕事より遊んでる方が楽しいから、喜んでこっちに来ている。
遊んで良いって言われて喜ばないのは、アッシュ君くらいじゃないかな?
アッシュ君は、とっても変わっている子だからね。
ちらっと見ると、アッシュ君は自分より小さい女の子達と手を繋いで歩いている。
あれなら、元気の良い子達もどっかに行ったりしないから、サミーお姉さんも嬉しいだろう。
アッシュ君のこういうところは、お母さんも褒めている。
小さい子達と一緒に遊ぶっていうより、面倒を見るんだよね。あたしと同い年だけれど、すごく大人って感じ。
そのアッシュ君は、女の子に話しかけられても、笑い方が変わらない。
本当は笑っていないけど、我慢して笑っている時にするやつだ。
アッシュ君は大人だから、こうして遊ぶのも楽しくないんだろうな。いつも、ああやって面倒を見る側になっちゃってるし……。
「こらぁ! ジキルぅ! 勝手に行くなっつってんでしょーが! あんた後で絶対しばくからね!」
……アッシュ君と同じで面倒を見ているサミーお姉さんも、やっぱり喜んでないもんね。
すごくイライラしてるし、ちょっと泣きそうになってる。
今日はあたしも眠いし、サミーお姉さんのためにも大人しくしてよっと。重たい体で、サミーお姉さんの後についていく。
ついてくと言っても、ジキル君達が思い切り走って行くのを止めようとするサミーお姉さんはかなり前に行ってしまった。
元気の良い子達はジキル君達と一緒に前の方、大人しい子達はアッシュ君の周りで手を繋いでのんびり歩いている。
そのアッシュ君が、一番後ろになったあたしを振り向く。
「マイカさん、どうかしました?」
「んぅ? なにが?」
「ちょっとふらふらしてますから、具合が悪いのかと。お熱、あります?」
「ああ、うん、ほんと、だいじょぶ。眠たいだけだよ。夜、全然寝れなくて……」
「そうですか。それだけなら、良いんです」
アッシュ君は本当によく周りを見ている。これだけ気配りできたら、そりゃ女の子にモテるよね。
でも、あたしはやっぱり苦手かな。
今もにこっと笑ってくれてるけど、それが木彫りのお面みたいな感じ。口と目の穴が空いた笑い顔の仮面は、ちょっと気持ち悪い。
穴の奥から、暗闇が溢れて来そう。
そんな想像をしてしまって、ぞくっと背筋が震える。これだから、暗いのは嫌いなんだよ。
アッシュ君が別な方を見て、少しだけほっとする。
「ルカさんは、どうです?」
アッシュ君と手を繋いでいる女の子は、確かに元気がなかった。
ルカちゃんだ。あたしより年下で、アッシュ君にとってもよく懐いている。
「ん~……」
ルカちゃんは、ちょっとぐずった声をあげる。
「お腹、空いちゃったの」
「あぁ、なるほど。近頃、ちょっと厳しいですからね」
「ご飯食べたい……」
「う~ん、それはちょっと……」
びっくりするくらい大人っぽいアッシュ君も、流石にご飯は出せないよね。そんな狼神様じゃあるまいし。
ルカちゃんが泣きそうな目をしているけれど、なにも持っていない手では頭を撫でることしかできていない。
「あ~、でも、う~ん……そうですね。今ならちょっとは川で魚も取れるかも……」
「お魚?」
「うん、お魚です。サミーさんにお話しして、ちょっとやってみましょうか」
アッシュ君の提案に、ルカちゃんは嬉しそうに笑った。けど、アッシュ君の微笑みはさらに暗くなったように見えた。
お魚、取るの難しいのかな? あたしはなんとなくそう思った。
そして、思った以上に難しいのをすぐに知った。
「は? 魚を取る? 川で? 勘弁して」
まず、アッシュ君に相談されたサミーお姉さんが思いっきり嫌そうな顔をした。
「危ないから。すっごい危ないから。やめて。あたしそこまで面倒見切れないから。マジ、やめて」
「そうですよね……」
「アッシュだけなら、まあ、良いんだけどね……。アッシュがやるとなると、他のも行くでしょ」
「そうですよね」
サミーお姉さんとアッシュ君がちらっと見たのは、ジキル君達だ。
あー、うん。絶対に川で遊び始めるよね。アッシュ君が遊んでるなら~とか。
アッシュ君的には、やっぱり遊んでいるつもりはないんだろうとは思うけど、魚取りは面白いし。
で、いつものことなんだけど、川遊びが始まるとサミーお姉さんがすごく怒る。特にあたしが遊んでいたら怒られる。
うん、前にサミーお姉さんの目を盗んで川で遊んで、溺れちゃったのあたしだからね……。
今はすごい反省してるから、そんなことしないよ。多分。
暗いのと一緒で水もまだ恐いから、できないと思う。はしゃいでるとどうなるかわかんないけど。
「ダメ、なの?」
よっぽどお腹が空いているのか、ルカちゃんがダメダメ言うサミーお姉さんに涙目で訴える。これにはお姉さんもちょっとたじろいだけど、すぐにぶんぶん首を振る。
「無理。無理無理。他に大人の見張りがいなきゃ無理! ダメ!」
「う~……サミーお姉ちゃんのいじわるぅ……」
あ、いけない。
これ、ルカちゃん思い切り泣いちゃう。アッシュ君の服の裾を握りながら、小さく震えている。
ルカちゃんの大きな目から、涙が零れるぎりぎりで、アッシュ君がルカちゃんの頭を撫でる。
「では、誰か魚取りの手伝いをしてくれる人を探して来ます。それならサミーさんも良いでしょう?」
「え~、うん、まあ、それは良いけど……」
「では、ちょっと行ってきます。村の方だから、良いですよね?」
「まあ、アッシュはその辺しっかりしてるから、一人で動いても文句は言わないけど……」
「では、行ってきますね」
アッシュ君は、最後にもう一度ルカちゃんの頭を撫でて、作り笑いのまま村の方へと一人戻っていく。
その背中に、サミーお姉さんが、気まずそうに溜息をくっつけた。
「今日は皆で畑の力仕事してるから、誰も手伝ってくれないよ、絶対……」
サミーお姉さんが口にして、初めてあたしはそれに気づいた。
でも、頭の良いアッシュ君は、最初からそのことに気づいていただろう。
それでも、ルカちゃんのために動いてあげたんだ。遊んでる皆に背を向けて。ダメだろうなと頭でわかっているのに。
一人歩いて行くアッシュ君の背中には、やっぱり夜みたいな暗がりが背負われているような気がした。
それは、あたしより小さな背中だった。
****
結局、お日様が目に痛いくらいの朱色になる時間まで、アッシュ君は帰って来なかった。
サミーお姉さんが、くたびれた顔で夕方の太陽を見つめている。
お姉さんは、全員を家に帰すまでが「面倒を見る」ということに入っているので、アッシュ君がどこに行ったか探さないといけない。
アッシュ君がいないおかげで、いつもより面倒を見る子が多かったから、とっても疲れている時に。
大体アッシュ君が悪い……いや、悪くはない? う~ん、なんていうか、アッシュ君が重い。
「サミーお姉さん、あたしも手伝うよ?」
ちょっとお昼寝したから、それくらいの元気はあるのでサミーお姉さんを助けてあげる。
「マイカちゃん……お願いして良い?」
泣きそうな顔でサミーお姉さんがうな垂れる。
「あ、あたしも、お手伝いする……」
サミーお姉さんの服の裾掴んでいるルカちゃんも、そう言う。
アッシュ君がずっと戻って来ないので、自分が悪いことをしたと思っているみたい。
「あはは、二人とも優しいねえ……。じゃあ、三人で探しに行こっかあ?」
うつろな顔でサミーお姉さんが笑う。
う~ん、アッシュ君並みの仮面の笑い方だ。その穴の奥の暗さは、アッシュ君の方がすごい気がするけど。
やっぱり、小さい子達の面倒を見るのは大変なんだろうなぁ。
お母さんやお父さんは、村全部の面倒を見る立場なわけで、それはもっと大変なのかもしれない。
昨夜も悩んでいたみたいだし、ルカちゃんとアッシュ君の話からするとご飯が少ないみたいだし……。
なんだか、村の景色が暗い気がする。
まだお日様は赤々と輝く夕の入りなのに、もうあちこちに恐い暗闇の怪物がいるみたい。
恐くなって、サミーお姉さんの腕に抱き着くように身を寄せる。
「マイカちゃん?」
ちょっと迷惑そうに言われたのはわかったけど、離れたくない。
「ちょっとだけ、お願い」
「……疲れてるから、あんまり寄りかかんないでね?」
アッシュ君も相当大人びていると思うけど、サミーお姉さんもすごく大人だ。
怒ると恐いけど、とっても優しい。だから、なんだかんだで面倒見役ができるんだと思う。
段々と影が伸びていく村の中を、アッシュ君を探して三人で歩く。
畑からの帰り道らしい大人達に声をかけると、アッシュ君を見た、という話はすぐに聞けた。
ただし、時間はかなり前みたい。
お魚を取りたいから手伝って欲しい、と言われて、それを断ったという話ばっかりだ。
ルカちゃんがまた泣きそうになってる。
自分のわがままで、アッシュ君がたくさん大変な思いをしたみたいだから、苦しくなっちゃったんだろう。
「アッシュは優しいから大丈夫だよ」
サミーお姉さんが、ルカちゃんの頭をぐりぐり撫でて慰める。これは早くアッシュ君が見つからないと、ルカちゃんがいつ泣くかわかんない。
そのアッシュ君は一体どこに行ってしまったのか。
「……アッシュのことだから、一人で危ないことはしないだろう、なんて思ってたんだけど」
ぽつりと、サミーお姉さんが呟く。その顔は、空を見上げている。
「ひょっとして、あの子、一人で川に行ってるんじゃない?」
サミーお姉さんの見る方に、つられてあたしも目をやると、夕空に立ち上る、一本の煙を見つけた。
川の方角だった。
****
「あ、丁度良いところに」
煙を目指して川原に行くと、焚火の前に座っていた男の子がそんな声をあげた。
もちろんアッシュ君である。
「今、焼けたところなんですよ、お魚」
それは見ればわかる。あと匂いでもわかる。
お夕飯前のお腹がペコペコの時間、すっごく良い匂いがする。じゅるり。
でも、サミーお姉さんがぷるぷる震えているのは、そういうことが聞きたいからじゃないと思う。
「アッシュ、あんた……」
これが、あたしやジキル君達が相手なら、サミーお姉さんは駆け寄って拳骨をお見舞いしたと思う。
川に一人で行くなんて、絶対怒られることだから。
でも、普段そんなことしないアッシュ君が、どうして今日は悪いことをしたのか、サミーお姉さんもわかるから、怒った声も出て来ないようだった。
アッシュ君が、疲れた顔で笑っていることも理由かもしれない。一人でお魚取るの、大変だったんだろうなぁ。
網とかカゴとかも、見つからないように持ち出さなくちゃいけなかっただろうし。
「数も丁度良いですね。四匹だけ取れたのでこの四人で食べてしまいましょう。サミーさんもどうぞ」
「……はあ、わかった。問い詰めるのはやめとく」
「ぜひ、そうしてください」
サミーお姉さんが、頭が痛そうに焚火のそばに座りこむ。
「本当はダメなんだからね。一人で川で魚取りしてるのも、一人で火を起こしてるのも、溺れたり火事になったりしたら、大変なんだから」
「はい」
「まあ、アッシュのことだから、全部わかってやったんだろうけどさ……」
「はい」
大人しく返事をするアッシュ君の肩を、サミーお姉さんが小突く。
揺れたアッシュ君が、お姉さんとは逆に座って、ひっしと腕を掴んでいるルカちゃんにぶつかる。
「アッシュ兄、ごめんなさい」
ルカちゃんは、涙目で謝った。
「いえいえ、たまには私も悪いことしたくなっただけですよ」
「んぅ、ごめんなさぁい……。もうお腹空いたって言わないからぁ……」
「一杯言って良いんですよ。今日はたまたま、私もお魚が食べたかっただけですからね」
アッシュ君の笑い顔は、嘘をついている笑い顔だ。
黒い穴が空いた仮面みたいな笑い方。
「はい、ルカさん。大分遅くなっちゃいましたけど、お魚食べましょう」
「で、でも……」
手渡されたお魚に、ルカちゃんはすぐにかじりつけない。
アッシュ君が悪いことして取ったお魚だ。ルカちゃんが迷うのもわかる。食べても良いのかな、ってサミーお姉さんを見ている。
「食べれば良いのよ。アッシュが良いって言ってるんだから。アッシュ、あたしにも頂戴。早く食べて家に帰らないと日が暮れるでしょ。そうなったらあたしも怒られるんだから。ほら、マイカも早く食べて」
「あ、う、うん。ほら、ルカちゃん、サミーお姉さんもこう言ってるし」
ルカちゃんの背中をぽんぽん撫でると、お腹が鳴った。
あたしじゃないよ? ルカちゃんだ。いや、まあ、あたしもいつ鳴ってもおかしくないんだけど……。
気まずそうに……というより、恥ずかしそうに俯いたルカちゃんの頭を、アッシュ君が撫でる。
「ほら、お腹空いているんでしょう? 子供はたくさん食べないといけません」
自分も子供なのに、アッシュ君がそんなことを言う。
「じゃ、じゃあ、いただきます」
「はい、ちゃんと挨拶できて偉いですよ」
ルカちゃんが、小さな口でお魚にかじりつく。
気まずそうにしていた顔が、嬉しそうにほころんだ。
「美味しい、アッシュ兄」
「それはよかったです」
サミーお姉さんもかじりついて、うんまい、と笑う。あたしも、お腹が鳴らないうちにかじりつく。
「んぅ、美味しい。やっぱりお魚は良いね」
豆とは違うよね。お肉の方が好きだけど、麦や豆よりはお魚だよ。
一口食べると、後はもう夢中だった。
はふはふと熱い湯気をあげながら食べてしまう。
そんなあたし達を見ていたアッシュ君は、あの暗い笑顔をしている。
ただ、その暗がりから、ちょっとだけ温かさを感じた。
ほんの、ちょっとだけ。
お日様とは比べものにはならない。でも、すぐそこにいて、焼けた魚を手渡してくれる距離にある、温かさだ。
その日の夜は、不思議とよく眠れた。




