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フシノカミ  作者: 雨川水海
特別展『断章』

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見送る背中6

「父さん、母さん。大事なお話があります」


 ついに来た。

 アッシュから切り出されて、俺は――隣のシェバも、直感した。


 よし、来い、アッシュ!

 シェバとあれこれ話し合った結果、一度はお前を止めると決めているのだ。


 親から軽く反対されたくらいで躊躇うようなら、都市に行ってもふらふらしてお前のためにはならないだろう――って言いたいところだけど、シェバとしてはやっぱりお前を送り出すのが心配なんだよ。

 それを振り払って行くならば、泣く泣くあきらめるよりない、というシェバの親心、わかってやってくれ。


 俺の方は、自分も都市に行きたかったからな。

 心配なところもあるが、やっぱり俺の息子だと笑いたい気持ちの方が強い。


 そんな俺達に、アッシュは、まだ怪我も治りきっていないのでベッドの上で頭を下げる。


「この度、ユイカ様から都市への留学のお誘いを頂きました。私としてはこの機会に書物が豊富な都市へ是非とも赴いてさらなる勉学に励みたい所存ですのでつきましてはお二人の許可を頂きたくこの通り伏してご厚情におすがりする次第お二人におかれましては家のお手伝いができなくなることを相申し訳なく感じ入るところではございますが都市で研鑽を積み必ずやご恩返しをいたしますので何卒笑って送り出して頂けませんでしょうか!」


 ……………………。


 シェバ? これ、一度とはいえ、止めるの?

 無理じゃね? 絶対に無理じゃね?


 頭を下げているのに圧がすごい。

 お願いする側の気迫じゃねえぞこれ。領主様の命令を伝えに来た使者より偉そうだよ。


 俺が用意していた台詞を言えずに口ごもると、隣でシェバが目元を押さえた。


「アッシュ、いつの間にかこんな立派になって……。あなた、この子はもう大きくなったわ。試すような真似なんてしないで、涙を呑んで見送ってあげましょう?」


 えー!?

 いや待て、試すような真似をしたいって言ってたのお前じゃん!? 止めたがってたのお前じゃん!?


 えー!?

 流石にそれはずるくない? ほら、アッシュがこっち見てる! 邪魔者はお前かって目でこっち見てる!


 おお落ち着け俺!

 目をそらすな。目をそらした瞬間に首に噛みついて来るかもしれない!


 大丈夫だ、俺はアッシュの敵じゃない。

 落ち着いて、ゆっくりと、父親らしく許可を出せばいいだけだ。


「ど、どど、どうぞっ」


 めっちゃ声が震えた。


 仕方ないじゃん。

 俺、農家だぞ? 狼や熊とも戦う猟師でもないのに、あんな目で見られたらビビるわ!


「父さん!」

「はい、なんでしょうかアッシュ君」

「それは、留学の許可をくださった、ということでよろしいでしょうか」

「それでとってもよろしいです!」

「や~りました~!」


 お、おぉ、あのアッシュが満面の笑顔を浮かべている。

 こう、獲物を咥えた狼みたいな笑顔だ。これから腹一杯になるぜ、っていう喜びに満ちている。


 ていうかお前、怪我してるんだから、もうちょっと大人しくしてた方がいいんじゃねえの? 

 怪我、してるんだよな? もう治ったとか言わないよな?


「よかったわね、アッシュ」


 シェバ、一人で感動してるんじゃない。

 俺は元々賛成だったのに、土壇場で裏切っておいて、お前、あとで覚えてろよ……。


 ……しかし、アッシュが都市行きか。


 俺は、この村の中のことしか知らない。

 さらに言えば、畑のことしかわからん男だ。


 昔は、それが嫌で都市に行きたかった。

 もっと違う世界を見て、違うなにかになりたかった。


 若気の至りだな。

 自分には大きなことができる力があると信じていて、それができないのは自分じゃなくて、周りのせいだと思っていた。


 ところが、シェバと一緒になって、それが間違いだとわかった。

 俺は、夫になって、父親になった。

 都市を夢見るばかりだった自分とは、違う自分になったのだ。

 必要だったのは、周りが村か都会かではなく、夫になり父親になるという自分の意志だった。


 まあ、あの頃思い浮かべていた、大きなことができる力があるかどうかはよくわからんが……それは、自慢の息子がこれから教えてくれるだろう。


 俺は畑のことしかわからんが、一粒の麦が多くの麦を実らせることを知っている。

 俺が育んだ麦は、これからどれほど多くの麦を実らせるのか。

 俺の人生に力があるかどうかは、それで測ることになるだろう。


 俺は家族を養うので精一杯だったが、お前はどうかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 両親もちゃんとアッシュのことを考えてるんだなぁ;;;;いいご両親
[良い点] 親もまた、子を育てる事で成長するんだよなぁ、としみじみと思いました [一言] アリシアからの挨拶とかあったんでしょうけど、どんな心地だったんでしょうねぇ そこら辺も楽しみです(笑
[良い点] 先週この作品をみかけて1話から連日読みふけりました、久々に凄く面白い作品に出会え嬉しい限りです。 都合のいいチートスキルや魔法では無く残された本から知識や技術を掘り起こし前世らしき記憶と合…
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