見送る背中2
「ダビド、お酒をまた買ったって?」
クイドの持って来た商品に蜂蜜酒を見て、つい買ってしまったら、シェバがえらい怒った。
「ど、どうしてそれを?」
家に戻る前に倉庫に隠しに行ったのに、どうして帰宅早々にバレてるんだ。
「私が報告しましたので」
「お前かアッシュ!」
父親を裏切るとはなんという不孝者!
「当然です。家計の管理は母さんがしているのですから、無駄な買い物をしたことは報告しますよ。後々困るのはお父さんだけでなく、母さんと私もなんですからね」
「うぐ……い、いや、その分しっかり働くと言っただろ! お前は父親をなんだと……」
「そう。しっかり働くんだ?」
アッシュに文句を言ったら、シェバが昔の口調で立ちふさがる。
「まあ、当然か。自分だけで飲むためのお酒を買って、わたしやアッシュのお腹を空かせるなんてありえないからね。そっかそっか、しっかり働くんだ?」
「お、おう、も、もちろんだとも……」
「アッシュ、お酒、いくらだったって?」
「鉄貨二十枚、銅貨でいうと一枚分ですね。ちなみに、今回の麦の売値が銅貨四枚です」
おい、バカ、そこはちょっと誤魔化すところだろうが!
案の定、シェバの目が明らかに吊り上がった。
「ダビド! 前の時は軽い罰で済ませてあげたのに、全然懲りてないじゃない! どうやって銅貨一枚分もしっかり働くつもり!?」
「も、もちろん、畑の世話を……」
「そこをがんばるのは当たり前よ! それとも今まで手を抜いてたって言うの!」
「そ、そんなことはもちろんないぞ!」
力一杯やっていたとも!
父親の誇りにかけてきっぱり言い切ったら、シェバの声は鍬を振り上げたように余計に荒々しくなる。
「だったら畑仕事で銅貨一枚分をどうやって稼ぐっての、バカダビド!」
「い、いや、そこはほら、井戸汲みとかもしてるし」
「それは前の蜂蜜酒を買った罰なの! 相変わらず食器は下げないし、洗濯物はあちこちに捨ててあるし! あたしが言いたいことを堪えて優しく言ってあげてたのにそれをあんたはいつもいつもそんなに怒られたいなら最初っからそう言いなさい!」
そ、そこまで怒ることないじゃねえか。
確かに俺が悪いけど、食器とか洗濯とか、それくらいで根に持つなんて……。
「なにか、言いたいことがあるって顔してる」
「い、いや、別に……」
「唇尖らせておいて、なにもないっての?」
やべえ、顔に出てたか。ここは一旦、外に逃げて、ほとぼり冷めるまでダチの家にでも……。
「母さん、母さん」
そこで、アッシュが妙に高い声で割って入る。
シェバは少し気まずそうだ。
アッシュが生まれる前、ユイカ様みたいにお淑やかな女性だと子供に思われたい、と言っていたからな。
いや、実際、昔と比べると人が変わったみたいだと、飲み仲間でも評判なんだ。
「……なに、アッシュ?」
「銅貨一枚とまではいかないかもしれませんけど、無駄遣い分、クイドさんから取り返したんですよ」
ほら、とアッシュは満面の笑顔で布生地を取り出す。
あれは、アッシュの奴がクイドと内緒話をして手に入れたやつだ。
「え? これどうしたの、アッシュ。ずいぶんいい生地だわ」
「本を読んでクイドさんの好きそうなお話をしたら、そのお礼にということで頂きました」
どうぞ、と手渡されて、シェバの表情が見るからに緩む。
「あら、あらあら? いいの? わたしがもらって、本当に?」
「もちろんです。日頃から優しくお世話してくれる母さんに、せめてもの感謝の気持ちです」
「まあ、アッシュったら……。ふふ、その年でこんなこと覚えちゃったの? 道理で女の子達が放っておかないはずだわ」
「プレゼントなんて、母さんにしかしていませんよ?」
「プレゼント以外はしていそうね。あんまりあっちやこっちの女の子に気を持たせちゃダメよ?」
メッと叱るが、俺に対する時とは調子が全然違う。
甘い叱り方だ。怒っていないのがよくわかる。
「将来が不安になっちゃうわね……なんて母親らしくたしなめてばかりも面白くないわね。ありがとう、アッシュ、嬉しいわ」
あれだけ怒っていたシェバが、あっという間に上機嫌になってアッシュを抱きしめる。
なんだろうな。今感じてる、とてつもない敗北感は。
親父に拳骨を食らった時にも、ここまでショックは受けなかった気がする。
あれだ、騎士に憧れていた時、親戚が騎士になっている、と聞いた時と同じくらいの敗北感。
「まあ、買ってしまったものは仕方ないわ。ダビド、もう勝手にお金を使ったらひどいわよ?」
「あ、はい、ごめんなさい……」
「よし。それじゃあ、アッシュ、ご飯の支度を手伝ってくれる?」
「はい、母さん」
にっこり笑ったアッシュの目が、一瞬こっちを見た。
ぐ、ぐぬぬ……。貸し一つ、ということか……。




