断章の収集者
【孫の断章】
「さて、お爺様のお墓……もとい図書館を作る許可が出たのはいいが」
いいのか? それ、本当にいいのか?
常識とか良識とか、そういう類の己が首を傾げたが、その首に縄をくくって引きずり倒す。
馬鹿者、お爺様の相手をする時にまともな考えなんて足手まといにしかならんのだ。
考えるな。進むのだ。
光が見えた方へ、ただ進むのだ。
抜けた先は地獄で、見えた光は溶岩の火だった?
知るか。岩盤浴でもして燃え尽きろ。
「建前とはいえ、そこに収める伝記が必要になってしまったわけだ。内容はどうしたものか」
大部分は、お爺様自身がつけた研究ノート兼日記を見させてもらうとして、やはりいくらか外から見た意見も集める必要があろう。
あの人、平気な顔してやることは全部無茶なんだから――とは、お爺様の無茶を誰より愛した人の言葉だ。
わかります、お婆様。あの人、平気な顔して死んだら安めに焼いといて、とか言い出すんだから。
そんなことしたら辺境同盟の役職者一同が、恩知らずと石投げられるに決まっている。
小石じゃないぞ、大岩だぞ。トレビシェットとかああいうので投げるやつ。
お爺様、あなたの命はもはや他人の命に直結しているのです。
つまるところ、そういう周囲には当たり前のことがぽっかり頭から抜けているお爺様の主観視点のみでは、画竜点睛を欠く。
あの人、絶対大問題を無視してその大問題解決している。
どうすればそんなことできるんだ、とごもっともな疑問だが、お爺様だからなぁ、としか……。
しかし、逸話にはこと欠かない人物だが、証言を集めるのが大変だ。
あの人の最初の活躍は十代の頃、そして今は驚異の三桁という怪物なわけで、ぶっちゃけ初期の証言ができる生存者というのが……。
当時の方々が、お爺様と同じように記録を残していないか、各々の子孫縁者に問い合わせるところから始めないといけない。
面倒な仕事になりそうだと、嘆息が漏れる。その吐息が消えないうちに、今度は笑いが漏れる。
記録? 残しているに決まっているではないか。
あのお爺様の奇行を見て、文字を書ける者達が記録せずにいられるものか。
困惑と、驚愕と、呆然と、ひょっとすると頭痛まで添えて、記録しているに違いない。
今の自分と同じように。
ああ、私も後代に伝えることにしよう。
私のお爺様は、とびきりの変人だったと頭痛を添えて。
うん、いけないな。
この仕事が楽しみになってきてしまった。
これだから、我がお爺様は厄介なのだ。あの人といると、皆おかしくなるのだ。
敬愛する人を永遠に送り出すための支度だというのに、お祭りの準備をしているような心地になってしまう。
悲しいはずなのだ。暗い夜に独り立つ心地のはずなのだ。
お爺様を失うというのは、そういうことのはず。
私はまだまだ未熟で、辺境同盟は大きく、肩にかかる重圧は耐え難い。それなのに、辺境同盟の要たるお爺様の見送りに、楽しみを見つけるなんて。
でも、図書館を作ろうと提案した時、お爺様が笑った。
その笑みを見れば、もうなんとかなるんじゃないかと思えてしまう。
お婆様が、よく聞かれた質問があるという。
『あの人の、どこに一番惹かれたのですか?』
問いかけへの答えは、最大級の惚気として、親族一同(どころか同盟一帯)に伝わっている。
『あの人は、太陽みたいに明るい人だから』
笑顔の答えに、いつもより深く納得できる。
あの人は、本当に、太陽みたいに明るい灯火のような存在だなぁ……。
私は、それをこの目にできた。
けれど、これからは。
暗夜を進む旅人を見かけてしまった。
心臓を、そんな感触が掴む。
ああ、どうか――。
寂寞の夜に踏みこんでいく旅人を見送る、祈るような、気持ち。
これまでから作るあの人の伝記が、これからを作る人々の行く道を、どうか照らし続けますように。
今、まさに私が照らされているように。
どうか、どうか。




