灰の底18
第一回のお見合い――もといバンさんとターニャ嬢の養蜂協議会は、村長家で執り行われることとなった。
テーブルでは、バンさんと通訳の私、ターニャ嬢とサポートのマイカ嬢が、それぞれ向かい合っている。司会進行は、安心のユイカ夫人で送りしております。
ジキル君は参加していない。ターニャ嬢から、養蜂を再開する話はしているのだが、難しいお年頃らしく、返事が芳しくないらしい。
まあ、この段階では、ジキル君の不在は問題にならない。
実際の作業になれば、労働力として協力をして欲しいとは思っている。
「ほら、ターニャさん。ターニャさんの方から、お願いしないと」
肩をこわばらせて緊張しているターニャ嬢に、マイカ嬢がささやく。
「う、うん、そうよね……。え、と……バン兄さん、お久しぶりです」
「ん、一昨日、以来だ」
「あ、そ、そうですね」
全然久しぶりではなかったらしい。
そりゃ狭い村だもの、顔くらい合わせるでしょうよ。バンさんはターニャ嬢を気にかけているのだからなおさらだ。
いけない。
いきなりしくじったターニャ嬢が、次に何を言って良いかわからなくなっている。バンさんには最初から期待していない。
ここは私が会話を転がさなければ。
「こうやって、落ち着いてお話しをするのは、久しぶりなのではありませんか?」
「あ、う、うん、そうだと思う」
バンさんもいつものように頷いて、ターニャ嬢に同意する。
「お二人は、小さい頃からのお知り合いだったとか」
「それは……親同士が、良く話していたから」
「良く、遊んだ」
バンさんの言葉に、ターニャ嬢が頬を赤らめる。思い出を共有していることが嬉しそうだ。
「昔からのお知り合いが、大人となった今、手を取り合って村を助けて行こうとしているのですね。大変素晴らしい関係だと思います。ね、マイカさん?」
「う、うん! そうだね、羨ましいくらいだよ!」
若いお二人の気分を盛り上げようとしたのだが、ちょっと台詞が恥ずかしかっただろうか。マイカ嬢の顔も真っ赤になってしまった。
私の言葉で勢いがついたのか、それとも自前で覚悟を決めたのか、ターニャ嬢がぐっと顔を上げてバンさんを見つめる。
「あ、あの、バン兄さん! 昔から、あれこれお世話になって、本当に感謝してます! それで、その上、さらに甘えちゃって、恥ずかしいんだけど……!」
ターニャ嬢の必死の訴えを、バンさんはじっと聞いている。
確かに目を見て、かすかな仕草で頷いて、無口な猟師は聞くのだ。
「あたし、父さんや母さんみたいに養蜂やってみたいの! だから、兄さんの力を貸してください!」
「わかった」
バンさんの返事は、慣れないと素っ気なく聞こえるので、マイカ嬢が少し不安そうになってしまう。
ただ、その後にとつとつと長文が続いたので、マイカ嬢の表情は、驚いたものになる。
私も、バンさんのこれだけの長文は聞いたことがない。
「親父さんが、どこに巣箱を置いていたかは、覚えている。他にも、良さそうな場所が、森にはある。狩りの手が空いている時や、狩りのついでになってしまうが、俺で良ければ、手伝う」
「あ、ありがとう、ありがとう、バン兄さん! あたし……っ」
「礼は、いいんだ」
口元を押さえて感極まっているターニャ嬢に、バンさんは優しい手つきで頭を撫でた。
「俺が、ターニャを手伝いたいだけだ」
二人の様子に、私はマイカ嬢、ユイカ夫人へと目配せする。我等三人の意見は一致した。
「食事の準備をしてきますね」
ユイカ夫人が小声で告げると、全員で席を立って、速やかに退室する。
後は、お若い二人で、ということだ。
いや、あの空間に第三者は非常に居づらいですよ。
室内を埋め尽くす濃密な愛情は、精神的浸透圧効果で、私達が干物になりそうなレベルだ。
ごく短時間であっても、私は当てられて疲労感がすごい。
しかし、流石は既婚者、ユイカ夫人はほがらかに笑っている。
「ふふ、上手く行って良かったわ」
「ええ、まったくです。というか、こんな些細なきっかけ一つで、一気に突き進むとは」
どうして今までそうならなかった。そちらの方が不思議だ。
「あら、物事ってそういうものよ。特に人の心なんて、何気ない仕草一つ、言葉一つで落ちたり昇ったりするもの。ねえ、マイカ?」
「え!? いやあの、う、うん、まあ……確かに」
ほほう。幼くともやはり女性ということか、マイカ嬢にも経験があるようだ。
恥ずかしそうに肯定している。
こういう年少者の姿は、微笑ましいものだ。まあ、今世の肉体的には同い年だけれども。
「さ、マイカは食事の準備を手伝って頂戴。アッシュ君はゆっくりしていてね。あちらはあちらで、こちらはこちらで、水入らずで食べましょう」
「それは光栄ですね」
村長家の食卓に、身内扱いで呼ばれるとは。
若い二人に気づかった便宜上のこととはいえ、割と厚遇されているのかもしれない。
****
村長一家の食事が進むと、マイカ嬢(今回も私の隣)が、話しかけてくる。
「ね、アッシュ君、次はどんなことを考えているの?」
「そんな次々とは出て来ませんよ。今は養蜂業について進めないといけませんし」
眼を輝かせるマイカ嬢に、私は苦笑して答える。
そうポンポンとアイデアが出てくるほど、私の頭が良くない。
「そうなの? アッシュ君のことだから、他にも色々と考えてそうだけど」
「それには同感ね」
マイカ嬢の言葉を、頬に酔いの赤みをつけたユイカ夫人が引き継ぐ。
お酒も嗜んだユイカ夫人は、リラックスしているのか胸襟を開いた印象がある。
いや、別に物理的に襟元が緩めてあるから、そう思ったわけではない。
「具体案はなくても、何かやりたいことの方向性くらいは持っているんじゃないの?」
悪戯っぽく首を傾げて微笑まれる。この人、本当に魅力的な女性だ。
美人で有能なだけでなく、仕草が可愛いとか。
最強かよ。
隣の旦那様が、デレデレした顔でお酌しているのも頷ける。
その旦那様と目が合うと、思わず二人で頷き合ってしまった。
「あら、男同士で内緒話?」
いえ、男同志です。
「失礼しました。そうですね、漠然とした方向性で良いのでしたら……倉庫の鼠対策と、作物の病害・虫害対策をしたいですね」
「それ、十分に具体的って言わない?」
マイカ嬢が苦笑する。
「そうですかね? 今ある作物を減らさないようにしたいな、というだけですし、どこから手を付けて良いのかわからないので私はなんとも……」
一時期、解決策として殺鼠剤の開発はしていたのだが、こちらは物の見事に失敗した。
鼠を殺すだけの毒ならいくらでも作れるのだが、毒餌として機能してくれないのだ。
野生の生存競争は甘くはないということか、わずかでも違和感があると毒餌に食いつかず、また一度同族が被害を受けると学習してしまう。
正直、もっと馬鹿な生き物だと思って舐めていた。
ただ殺すだけの毒でこれなので、病害・虫害対策の農薬についての開発は、完全に見合わせている。
試行錯誤で作り出すには、最低でも数年単位が必要そうなので、養蜂技術と同様、都合の良い本の登場が待たれる。
そういう状況を話すと、マイカ嬢とユイカ夫人は良く似た顔で笑う。
「ものすごく色々考えてる」
「ものすごく色々考えてくれていたのね」
マイカ嬢は称賛するような、ユイカ夫人は褒めるような、そんな声だった。
「でも、そういうことなら、アロエ軟膏の売上で余裕ができたら、何か考えてみるわね」
「お母さん、それ大丈夫なの?」
ユイカ夫人の言葉に、マイカ嬢が疑問をはさむ。
「あら、どうして?」
「だって、ターニャさんの養蜂のことがあるでしょ? お金をあれこれ使うと、足りなくなると思って」
まったくもってその通りだ。
当然の意見だったので、ユイカ夫人は嬉しそうに娘に頷く。
「ええ、マイカの言うとおりよ。だから、使えるのは本当にちょっとだけね。倉庫の鼠対策なら、鼠用の罠を少し増やすとか、お金をあまりかけない方法もあるだろうから」
「あ、そうか。確かに、それならお金を調整しやすいのかも」
「マイカもどんどん賢くなってきて、お母さん嬉しいわ」
私も嬉しいので、旦那様と一緒になって頷いておく。
村長家の娘であるマイカ嬢が、計画的に物事を考えられるまでに成長したのは、実に有意義なことだ。
それとなく出された(というより偶然出題された)テストに合格したことを知ったマイカ嬢は、照れながらも誇らしげだ。
「ま、まあ、アッシュ君といつも勉強しているから、これくらいは……。ね、アッシュ君?」
「ええ、同門の弟子として、大変誇らしいです」
「も、もう、アッシュ君まで!」
「ちょっと冗談めかしましたが、本音ですよ?」
この調子で、私の足りない部分をフォローして頂きたい。
私の夢には、優秀な人材がいくらいたって足りないくらいだ。
にっこり微笑むと、マイカ嬢はよほど嬉しかったのか、余計顔を赤らめた。
****
この秋、村に一匹の猫がやってくることになった。
その話をユイカ夫人から聞いて、私は大笑いしてしまった。
言われてみれば簡単な話で、鼠から倉庫を守りたいなら、鼠の天敵を連れて来れば良い。
猫は勝手に鼠を狩るし、それが餌になる。
同じ生存競争を生き抜いてきた天敵だ、毒餌などよりよほど確実だろう。
一本取られた。
これだから、たくさんの協力者が必要なのだ。




