再生の炎8
私が王都で政治的な工作活動で忙しくしていると、フォルケ神官が屋敷にふらりと現れた。
「よう、アッシュ」
「なんですかフォルケ神官。今の私はとっても忙しいので歓迎しかねるのですが」
借りているゲントウ閣下の執務室で、手紙の返事や何やらを書きながら、私はフォルケ神官を歓迎する。
言葉で歓迎してないのが丸わかりですって?
私とフォルケ神官の間ではこれが歓迎の挨拶なのですよ。
本当に歓迎していないなら追い返している。
「俺だって孤児院の経営やら何やらで忙しい中、神殿の使いで来てやったんだよ。用が済んだらさっさと帰るわ」
「それを早く言ってください。お茶でもご用意しましょう」
これが歓迎ではなく、大歓迎の態度になる。
「茶の準備ならいらんぞ。ここに案内してくれた侍女の姉ちゃんが用意してくれるって話だからな」
「いえいえ、フォルケ神官にお出しするお茶なのですから特別な粗茶を用意しなければいけません」
「そりゃマイナス方向に特別って意味か?」
当たり前じゃないですか、プラス方向に特別な粗茶を出すような間柄じゃないでしょう。
軽いジャブで殴り合いつつ、大神官長の封緘の押された手紙を受け取る。
「その手紙をビルカン大神官長から預かる時に相談されたんだが、お前、手柄が欲しいんだって?」
フォルケ神官の口調は、珍しい、という感想を隠さないものだった。
「これまでそんなもんは無関心だったくせに、どういう心境の変化だ?」
「ええ、急に必要になりまして」
「ふうん?」
あまり興味もなさそうに相槌を打ちながら、そういえば、とフォルケ神官が口にする。
「ヤソガ子爵領のごたごたで大変なんだってな。その絡みで必要ってことか」
「フォルケ神官のくせに世情を把握しているなんて不気味ですね。さては偽物ですか?」
「いい加減そのネタやめろ」
ネタとは心外だ。
こちらは本気で不気味に感じているだけです。
フォルケ神官は、付き合ってられん、とばかりに溜息を吐いた後、素っ気ない顔で呟く。
「お前が必要だってんなら、俺からも手柄をくれてやっても良いぞ。フェネクス養護院と、古代語解読の手柄なら」
「……偽物ですね、間違いありません」
「だからそのネタやめろやクソガキ!」
侍女さんが粗茶を持ってくるまで、私は目の前の不良中年が本当にフォルケ神官なのかを口汚い罵りで確かめ続けることになった。
「ったく、お前も良い年になったくせに、なんだってこんな……」
フォルケ神官がぶつぶつ文句を言いながら、少し肩を上下させてお茶をすする。
「あなたがらしくないことを言うからですよ。ルスス医師に診てもらってください。脳が悪いに違いありません。間違いありません。頭打ったのはいつですか」
「たまに人が優しくしようとすりゃこうだ。もちろん、ただで手柄をやろうなんざ思っちゃいねえよ」
「なんだそれを先に言ってくださいよ。それなら本物っぽいです」
手柄を寄越す交換材料として、フォルケ神官が要求してきたのは知識だ。
「お前さん、自己増殖型スマートナノボットって単語に聞き覚えはないか?」
「ナノボットですか?」
私の前世らしき記憶にある社会で、最先端とされていたテクノロジーである。
噛み砕いて言えば、ナノメートルサイズの極小機械が、自分達で勝手に増える能力と人工知能を兼ね備えて、ヤバイくらい便利な代物だ。
例えば、医療用のナノボットを接種すれば、風邪やインフルエンザくらいなら数時間で完治するか、症状が気にならないくらいに回復する。
予防接種として使えば、ナノボットが活動している限り、風邪知らずというとんでもない効果も期待できる。
さらに発展したものになると、恒常的に身体能力の強化をもたらすものもある。
「というような代物だと、前期古代文明の伝説の一つとして読んだ記憶がありますね」
「そうなのか。お前なら知っているんじゃないかと思ったが、本当に知っているとはな」
そうか、人工物か。
フォルケ神官は、途方に暮れたような表情で天井を仰ぐ。
「それがどうかしたのですか、フォルケ神官」
「ああ、解読中の古文書に、そういう単語が出てきてな。意味がわかんねえから困ってたんだよ」
助かった、とフォルケ神官は礼を言って、手柄を譲ることを約束した。
「まあ、譲るっつっても、フェネクス養護院でやってる勉強法は元々お前が編み出したもんだし、古代語の解読に要所要所で力を貸してくれたのは事実だ。譲るんじゃなくて、単に報告するだけだがな」
「いえいえ、それでも助かりますよ」
ビルカン大神官長からの手紙も、大体同じような内容だ。
サキュラの神殿から上がって来た各種の報告や、地方神殿の蔵書リストの問題点の指摘など、私の功績として報告してくれるという約束が書いてある。
サキュラ辺境伯領からは、領地改革推進室がこれまで積み上げて来た功績と先の人狼殲滅戦での戦果を、私の手柄として扱うことを承認する返事も来た。
また、辺境同盟の各領主からも、同盟の締結に対する尽力を私の活躍の賜物ということにしてくれる旨、同意の返事が届いている。
うん、これくらいの功績と複数からの圧力とが組み合わされば、十分足りそうだ。
王女様をお嫁さんにするための、金功勲章に。




