再生の炎4
ゲントウ閣下が私を王都にお呼びになったのは、国王陛下ご臨席の御前会議を開かせたので、難民問題の現状をそこで説明させるのが目的と書いてあった。
説明するだけでわからずやの中央貴族や第一王子がどうにかできるのかは疑問だが、なにか勝算があるのだろう。
そうでなければ、王都の会議なんてものにゲントウ閣下が出席するはずがない。
じっと座って話を聞くなんてあの人が一番苦手なことだし。
何が起きるやらと思いつつ、一週間ほどかけて業務の引き継ぎを行って、私は王都へと出発した。
引き継ぎだけでもかなりの突貫作業だったので、王都で遊んでいる連中に叩きつける説明内容は、旅の途上で作成することになってしまった。
一応、真面目に仕事をしているつもりなので、説明に必要な数値や統計はおおよそ頭に入っている。
むしろ、難民の数やテント数に食料の数、また喧嘩や強盗、病気の発生、衛生状況の悪化などなど把握している項目が雑多すぎて、一体どこからどう説明すればいいのか悩ましい。
今回の王都行きは、速度を重視して私一人の旅路である。
イツキ氏やマイカが心配してくれたが、難民を抱えた今のサキュラ領には治安維持のために一人でも人手が欲しい状況だ。
護衛に連れて行く騎士や兵を抽出するのも難しい。
不死鳥アッシュを信じたまえ。
今の私は謎のレベルアップによる不思議パワーで強化されているので、あながち嘘でもない。
途中、馬から降りて併走してみたけれど、本当に私の方が速く長く走れた。
人間の長距離走破能力は、本当に動物界でもぴか一ですな。我ながらびっくりですよ。
そんなこんなで、宿でしっかり休息(会議資料のまとめ)をしながらも、昼夜問わず移動する早馬並の速度で走破し、王都まであと二日の距離までやって来た。
御前会議の日程は一週間後なので、余裕だと判断した私は、その日の昼に到着した街で宿を決めた。
会議資料を今日一日で作り終えようと考えたのだ。
九割がた完成した資料を読み直し、十割の完成まで引き上げた頃、部屋の外が良く通る野太い声で騒がしくなった。
「不躾に失礼いたす! 緊急の用件ゆえにお騒がせすることをご容赦願いたい!」
どこかで聞いた声ですね、と記憶を刺激されて、外を見ようとドアに手をかける。
「人を探しておるのだ! フェネクス卿はおられるか! サキュラ辺境伯家の騎士、フェネクス卿はおられるか!」
名前を呼ばれると同時にドアを開けた私を、大声の主は眼を見開いて捕捉した。
「おお、フェネクス卿! なんという僥倖か!」
諸手をあげて驚愕と感激を表現したのは大柄な騎士――ネプトン男爵家のセウス・アルゴノ卿だ。
彼は、大粒の汗を垂らしながら喜色満面の笑みで私の手を握りしめてくる。
「お久しぶりです、アルゴノ卿。お元気そうで何よりです」
「フェネクス卿こそご壮健とお見受けする!」
久方ぶりの再会に、出力全開だった笑顔もそこまでだ。
豪放磊落さで知られる騎士が、表情を曇らせて首を振る。
「ああ、某の骨折の予後や愚息のことなど、卿には語りたいことがたくさんあるのだが、今は時間がない」
「何やらお急ぎのようですね」
そうでなければ、宿中に響くような大声で人探しなどするまい。
アルゴノ卿は体格も声も大きいが、決して傍若無人な振る舞いはしないお人だ。
「そうなのだ、フェネクス卿。早く卿と会えて良かった。これなら間に合う可能性がある」
「間に合う……と言うと、御前会議ですね?」
今の私が間に合わせるもの――もっと言えば、今の辺境貴族が間に合わせる必要があるものなど、王都には一つっきりだろう。
「なるほど。つまりは、どこかの誰かの悪戯で、御前会議の日程が早まったと。このままでは私の出席が間に合わないと、アルゴノ卿が私に伝えに走ってくださった」
そういうことですね?
私が確認すると、アルゴノ卿は唇を引き結んだ、怒りを堪える表情で大きく頷く。
「フェネクス卿のご賢察通りだ。卿が来なければ、会議の席で何を決めるにも情報が不足する。それを理由に決定を遅らせる狙いだと、ライノ駐留官は推測している」
「ほう」
今回の日程ずらしを企んだ連中は、多少は頭が回るようだ。
少なくとも、春になればサキュラに難民の流入がまた増えて、忙殺されることを見越しているらしい。
一度無駄になる会議を開かせて決定を流しておいて、次に会議を開こうとすれば出席者の多忙を理由にして、開催を春以降まで延ばす腹積もりなのだろう。
御前会議という位の高い席に出席するほどの面々なら、一月や二月は予定が合わなくてもおかしくない。
もっとも、それは真面目に仕事をしている領主の話だ。
真面目代表のイツキ氏が「時間がない」と訴えるなら、それも仕方あるまいと頷いてやってもいい。
だが、王都にいて嫌味と酒食が仕事という連中の忙しさなどたかが知れている。
つまり、中央の連中は、真面目に私達の相手をする気はないというわけだ。
そんな中央貴族の態度に、アルゴス卿は肩を怒らせて憤慨する。
「王都の連中と来たら、家を失い、故郷を失い、肉親や隣人を失って難民となった人々のことなど何も考えておらんと見える!」
「ええ、全くその通りですね」
決定が遅れれば遅れるほど、辺境の負担は増大する。
今の一月の遅れが、向こう三年の遅れになるかもしれない。
それほど、辺境の現状というのは切羽詰まっているのだ。
邪魔者は、それをある程度はわかっていて、このような手段に出ている。
これはもう完璧ですね。
一切の疑念の余地もありません。
議論百出で収集がつかないとか、王位継承争いの余波だとか、もうそんな次元ではおさまらない。
これは明確に、私への敵対だ。
私が色んな人の力を借りて高めた技術、それによって増えた生産力、生産力を背景に結んだ同盟関係。
ようやくここまで力をつけた。
そんな私の努力の成果を、被災して苦しむ人々を餌にして台無しにしようなんて人間の所業ではない。
文明の守護者として悪を成敗しなければならぬ。
問題は、成敗する悪がどこのどなた様かと言うことなのだが……。
御前会議ほど位の高い行事を、これだけ強引に変更するとなれば、当然相応に位の高い人物が絡んでいなければできないだろう。
「今回動いたのは第一王子ですね」
「流石はフェネクス卿、ライノ駐留官もそう考えていた」
でしょうね。
ひょっとしたら、他の貴族から頼まれたという線もあるが、頼まれたものを引き受けた責任でも十分に成敗対象である。
安い玉座一つに座るのにも、他人の足を引っ張らねばできないのろまが、誰の足を掴んだか思い知らせてやる。
生身の人間の足だと思っているようだが、こちとらブレーキの壊れた暴想特急地獄行きである。
その虚飾の衣が擦り切れるまで引きずり回してやるよ。
命の方が先に擦り切れるかもしれないがな!
「アルゴノ卿、厩にいる私の馬をお預けしてよろしいですね」
「む? うむ、それは構わないとも。そうか、もう出発するのだな。荷造りをしている間に某が受け取って来よう」
「ああ、いえ、馬はアルゴノ卿にお預けします。私の馬を連れて王都まで行って欲しいのです」
私の台詞に、アルゴノ卿は不思議そうに首を傾げる。
「今の言葉を聞くと、フェネクス卿の移動手段がないように思うのだが……」
「はは、おかしなことを仰る。私にもアルゴノ卿にも、立派な二本の足があるではありませんか」
馬より速いのは確認済みですからね。
私はさっさと部屋に戻って荷物をまとめ、会議に出席するための礼服と資料だけを鞄に詰める。
それ以外は申し訳ないが、アルゴノ卿にお願いする。
「では、アルゴノ卿。私は一足お先に王都へ向かいます。ご伝言、本当に助かりました。このお礼は後日必ず」
好意を下さった義理堅い騎士に礼儀正しく一礼し、私は宿を飛び出す。
目指すは敵意を下さったのろま王子のお宅です。
はは、陰険なのろまの亀さんめ、真面目な兎さんが周回遅れからぶっちぎりに行きますからねー。




