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フシノカミ  作者: 雨川水海
破滅の炎

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157/283

破滅の炎21

 サキュラ辺境伯領も基本方針を決めて、一日一日準備を重ねていく。

 戦争の足音というのは、こういう風に聞こえてくるのだろう。

 ただ、本格的な開戦の前にやっておくことがある。

 外交的説得「おバカなことはおやめ」と、外交的脅迫「やめないなら泣くまで殴る」を告げねばならない。


 一応、お互いに文明人という体裁を取っているので、挨拶もなしに殴り合いを始めたりしないのだ。

 特に、文明人のふりをしている野蛮人はともかく、私はれっきとした文明人である。

 色々準備をして金をかけた後だが、今からでも戦争を回避できるのならばそれに越したことはないと本気で思っている。

 ただし、本当に戦争を回避できるとは欠片も思っていない。ほら、向こうが野蛮人ですから。


 私とマイカは、文明人代表として野蛮人の住処にご挨拶に行くことになった。もちろん気乗りはしない。

 きっと不愉快な目に遭うんだろうなーと二人で笑い合いながら、護衛の騎士十名と連れ立ってヤソガ子爵領の領都に入る。

 なお、護衛対象である外交官の私とマイカも戦闘可能なので、偵察部隊くらいには早変わりすることもできる。


 ヤソガ子爵領の低迷した経済状況がわかる領都の街並みを通り、立派だが整備が行き届いていないさびれた執政館に案内される。

 ダタラ侯爵のところで一定の文明人的対応は教わったのか、ヤソガ子爵は応接室に私とマイカを迎え入れた。

 開戦直前の険悪な関係なので、お互いに武装した護衛を伴ったままだが、外交官の役目を負った私とマイカは武装解除している。何かあったら護衛が予備の剣を手渡してくれる手筈だ。


「お久しぶりです、ヤソガ子爵閣下。またお目にかかれて光栄です」


 上座でふんぞり返っているこの館の主人は、以前より丸くなった印象だった。精神的な表現ではなく、物理的な表現で。

 この様子では、決闘の敗北を機に鍛え直したという熱いエピソードは期待できそうにない。


「ふん、まだ騎士ができていたのか。運の良い小僧だ」

「ええ、おかげさまで、他領の領主を負かしてポイントを稼げましたので。その節はお世話になりました」


 再会早々に言語的打撃をしかけて来たので、こちらも言語的足払いで応戦しておく。

 どうやらまともに外交的会話をするつもりもないらしい。やはり蛮族か。

 蛮族らしい異文化コミュニケーションに、私の隣の笑顔が一層華やかになる。


「いきなり独創的なご挨拶ですね、閣下。やはり急に代替わりなどされますと、礼儀作法も変わったものになりますのね」


 今のマイカの言葉を翻訳すると、不当に領主の座を奪い取った豚は礼儀がなってねえな、くらいのニュアンスになる。

 ヤソガ子爵とは色々あったし、初手から私に喧嘩を売って来たので、マイカも全力で喧嘩を買っていくスタイルのようだ。


「農民の小僧や、それを婿にして喜んでいる小娘を相手に、敬意をこめた言葉遣いなど不要だ」

「斬新な見解ですわね、閣下。今度、大神官長様や王女殿下にお会いした時の話題にさせて頂いてよろしいかしら?」


 口元に手を当てて、上品にマイカは笑い声をあげて見せる。

 お前が馬鹿にした小僧や小娘は、王都でトップクラスに偉い人達と談笑できる程度の人間なのだという、外交力のアピールだ。

 ダタラ侯爵を追いつめたパーティに出席さえできていなかったヤソガ子爵は、さぞ悔しいだろう。


「小娘が! 他人の威を借りたくらいで、このヤソガ子爵たる俺がこびへつらうとでも思っているのか!」

「まあ、そんな、誤解ですわ。閣下とお話するのに必要な威なんて、剣一振り分もいりませんよ。それこそ、宝石のような剣でさえ」


 物理的に素手でも殺せる相手に脅える必要もないと言う見解には、私も同意する。

 文明人だって腕力による安心感は得られるのだ。しかし、宝石のような剣と言う表現は懐かしい。いかさま用の不良品の剣さえいらないという罵倒には、ヤソガ子爵も納得の赤面顔だ。


「さて、雑談はこの程度としまして」


 これ以上、ヤソガ子爵の子供のような語彙に付き合うのも不毛なので、私は話を進める。

 ヤソガ子爵がものすごく不満そうな顔をするが、このまま続けても恥をかくのはそちらだと思いますよ?


「閣下、サキュラ辺境伯領を代表して申し伝えます。我々は、ヤソガ子爵領からの度重なる不法行為をこれ以上看過することができません。早急に不法行為を止め、全面的な謝罪を要求します」

「なんと無礼な! 詫びを入れるのならばそちらの方だろう! 我が領の罪なき民を拉致していることは知っているぞ!」


 生まれ故郷を見捨て、生活基盤の全くない隣領に命がけで逃れてきた難民を、ヤソガ子爵領ではそう表現するようだ。

 私は嘆息をついて、儀礼的ではない、簡素な言葉で確認する。


「よろしいのですね? これ以上は後戻りできませんよ? ご存知でしょうが、我々が争うと魔物の群れが乱入してくる可能性もありますが」


 なんで私が年上にこんなことを諭さなければならないのか。

 やはり文明人と蛮族だからか。

 そして、やはり蛮族なのだった。

 ヤソガ子爵は私の懸念を弱気と取ったようで、途端にだらしない腹を突き出すように胸を張る。


「ふん! この俺も、我が領の精兵達も魔物など恐れぬ! そちらこそ、これが最後の機会だぞ!」


 ああ、やっぱり話が通じなかったかーと私が浪費される資源と労力に黙とうを捧げていると、ヤソガ子爵の濁った視線がマイカに向いた。


「今から詫びたいと言うなら、相応の態度を示してもらわんとな。どうだ、小娘。お前も貴族の血を引くならば民のためにその身を犠牲にする覚悟はあろう?」


 そいつの口がうごめいて吐き出した内容に、私の温厚さを司る部分は大炎上して、憤怒が大爆発した。

 とはいえ私は文明人。蛮族と違って、怒ったからと言って怒鳴ったり剣を振り回したりはしない。さり気なく物音を立てて言葉を遮るくらいだ。

 拳を軽く――私の激怒総重量の万分の一という非常な軽さで――目の前の木製テーブルに叩きつけたら、思ったより大きな破砕音が鳴り響く。


「ああ、失礼。ちょっと咳きこんでしまいました」


 それにしても、ずいぶんこの卓は柔らかいですね。

 はは、軽く触れただけなのにへし折れちゃいました。


「それで、今、何かおっしゃいました?」


 もう一回言ってみろ。次は貴様の五体をこの卓のようにへし折ってやる。

 憤怒の表情筋を総動員して作った満面の笑顔で尋ねると、ヤソガ子爵は喉を締められた鶏のような顔で黙り込んでしまった。

 ん? どうしたのかな? さっきまではペラペラと良く回る不愉快な口だったじゃないか。

 ひょっとしたら、重大な事案を扱うこの会談に緊張を催したのかもしれない。こういう時、こちらからあまり口を出すと内政干渉とか言われてしまうので、ヤソガの護衛騎士へと視線を向ける。


 おい、そこのお前等、主人は具合が悪そうだぞ。気遣ってやらなくて良いのか。

 気遣い一杯の私の眼差しを受けた護衛二人は、全身の血を吸いつくされたように真っ青な顔で黙り込んだ。

 なるほど。自分達の主人なら、この程度は何も心配いらないと。頼もしいことだな。


 部下からの信頼厚い男を、私はじっと見つめる。

 次に下手なことを口にしたら、どうやって仕留めるかを計画しながら見つめる。

 できる限り、あらん限りの苦痛を与えてくれようと入念に見つめる。

 そのうち、物音を聞きつけて部屋の外がうるさくなるが、それでも見つめ続け、最後のチャンスをくれてやった。


「謝罪」


 私のマイカへの不敬を中心に、サキュラ辺境伯領への嫌がらせから今している呼吸にいたるまで、全存在的な謝罪を要求する。

 そんな簡単なことすらできないというならば、よろしい。

 戦争をしてやろう。

 戦争状態で貴様の顔を見るのが楽しみだ。不謹慎ながら唇が吊り上ってしまうぞ。


「お、ぼ……」


 だぶついた肉の間、ヤソガ子爵の口から零れてきたのは泡だった。あと、口の上では白目を向いている。


「おや、豚かと思ったらカエル……ああ、いえ、失礼。どうやら体調が悪いご様子ですね」


 これじゃあ話し合いになりそうにない。是非どちらにせよ、結果が出ないんじゃ長居する羽目になる。

 ちっ、面倒臭いな。代理で交渉できる奴がいないかな。


「さて……これは放っておいて、ヤソガ子爵領でこれ以外に戦争に乗り気な人物はいるん――」

『――――――』


 呼ばれた。


 何に? わからない。


 だが、何かが私を呼んだ。


 私は弾かれたように、その発信源に顔を向ける。

 それは窓の向こう、竜鳴山脈のある大森林の方向だ。

 人跡未踏のはずのその方角から、音もなく、光もなく、影も形もないが、確かに何かの信号が私に呼びかけている。

 予兆も前兆もなく、脳が直接知覚するようなこの信号には覚えがある。

 人狼と初めて出会った時、トレントとの戦いの時、奴等はこんな感覚と共にやって来た。


「――来る」


 視線の向こう、警鐘の音が打ち鳴らされる。

 それも尋常な鳴らし方ではない。それは危険を知らせる音色というより、終末を見た絶叫のように破滅的だ。

 私の謎の感覚も、聴覚がもたらす予感を裏付ける。かつてないほどに、信号の数、あるいは規模が大きい。


「マイカ、皆さん、交渉はこれで終わりです。全力で要塞に帰りますよ」

「あんな風に鐘が打ち鳴らされたらね、後始末とかここのまとめとか言ってられないよね」


 事態の深刻さを肌で感じたのだろう。マイカは、交渉ごとひっくり返っている人物を無視してさっさと外へと足を向ける。


「はいはーい! サキュラの人は集まってー、集まってー! あ、あたしとアッシュの武器も頂戴、うん、ありがと」


 館の外で待機させられていた護衛を呼び集め、預けていた装備も回収した。

 ヤソガ子爵家は絶賛大混乱中である。まあ、会談が終わってみたら当主が泡噴いてカエルの真似しているとか、まともに処理しきれたら逆にすごいと思う。

 一応、ヤソガ子爵領の何もかもが憎いわけではないので、マイカがうちの人間をまとめて準備している間に、私はヤソガの人間にいくつか助言をしておいた。


 人が戦争をしようとしたら何が襲ってくるって言われてるかくらいは知っていますね?

 そして、警鐘が鳴っているのは魔物の一大駐屯地の竜鳴山脈がある方向、何が起きているか予想はつくでしょう。

 なに、ヤソガ子爵に似た豚はそこでカエルごっこして遊んでいますけど、元から王都で遊んでばかりでここにいなかった人間です。静かな方がむしろ動きやすいでしょう?

 さあ、わかったらぱぱっと動きましょう。

 あ、ちょっと待って。逃げて来るならサキュラ辺境伯領の方角をお勧めします。


 そんな感じのことを、通りがかった文官・武官・召使といった色んな身分の人に言って聞かせた。

 比率として召使が多めになったのは、彼等が熱心に頷いて周囲に報せに行く姿を見たからだ。

 文官や武官といった役職高めの人達は、こっちに暴言を吐くか、そもそも無視するかで、情報を伝える意味がなかった。


 やっぱり、豚の下でまともな人材は育ちそうにない。

 あまり応用性のなさそうな知見を獲得しつつ、私達はこの都市の南門を目指す。


 警鐘が乱打されている西門を避けようとしたのだが、あまり意味はなかったかもしれない。

 上がる悲鳴を圧する獰猛な咆哮。

 サキュラに生きる戦士なら、決して聞き間違えることのない魔物の咆え声だ。


「どうしていきなり中に入られてるかなぁ……」


 マイカが顔をしかめて呟くと、護衛の一人が苦笑した。


「門番の質が悪いのでしょう。入る時も衛兵はもたついてばかりで、上官と思しき騎士は門周辺に見当たりませんでしたし」

「う~ん、無能すぎる」


 嘆息したマイカは、愛剣を抜き放って指示を出す。


「戦闘は最低限、自衛に徹すること。ここの市民は可哀想だけど、あたし達じゃ手に負えない。あたし達の使命は、ヤソガの領民を守ることじゃなく、サキュラの領民を守ることだからね」


 一般的な人間の良心に反する指示を、マイカは次の言葉で自身の責任にした。


「味方以外は見捨てて、生きてサキュラまで帰ること。以上、アマノベ・サキュラの名において命令します」


 了解の返事をした護衛の騎士達は、自分の仕える主の血筋が有能であることに、心底感謝したことだろう。とても可愛いですしね。

 前方、南門の正面通りに分厚い獣と、それが食い散らかした赤い模様が見えて来る。


「おいおい、一頭二頭じゃないぞ」


 呆れた様子で護衛の騎士が漏らすと、すかさず隣の騎士が口元を釣り上げて言い返す。


「今さら何言ってる。喧嘩してたら魔物の群れが来るぞって、親父かお袋に教わらなかったのか?」

「俺が弟と喧嘩してる時に仲裁してくれたのは、近所のお姉ちゃんでな。俺が年上美人に弱いのは知ってるだろ?」

「ガキの頃から鼻の下伸ばしてお説教は聞いてませんでしたってか?」


 健全な笑い声をあげて、人狼が占拠した門を突破するべく、私達は突撃した。

 人狼が食い散らかした、といっても、人狼は人間を食べない。

 噛みついて引き裂くことはあっても、飲み込んで消化しようとすることはない。人狼に倒された者の遺骸が、それを物語っている。

 トレントもそうだが、それならどうして人間を襲うのかわからない。


 わからないが、とにかく人間を食べない人狼は、食事に夢中になっているということもなく、新たに近づいてきた私達を察知してすぐに戦闘態勢を取った。


「数が多い! 一気に駆け抜けるよ!」


 門前の広場にぞろぞろと姿を見せた人狼の数を見て取って、マイカが即座に判断する。

 先頭のマイカが真っ先に人狼の標的になり、三体の爪が振りかぶられる。


 ぞっとするような光景だった。


 短剣が五本並んだような凶悪な代物が、丸太のような腕で遠心力たっぷりに襲いかかって来る。風圧だけで切り裂かれそうだ。

 その必殺の群れを、


「よっと」


 軽い声と共に、マイカはあっさり潜り抜ける。それも三本の腕を一つずつ叩いて、人狼の体勢を崩すおまけつき。

 いかに必殺の剛力であっても、予備動作が見え見えの大振りなど物の数ではない。

 そう言わんばかりの妙技は、後続の騎士達を大いに助けた。最初の三体を、ほとんど素通りできたのだ。


 さらに二体、三体、また三体と人狼の襲撃は続くが、連携もなくただ持ち前の筋力に頼った動きは、首狩り姫ことマイカの相手にならない。

 これが打倒するとなれば、人狼特有の防御力と生命力に苦戦するし、囲まれたら危ないだろうが、かわして通り抜けるだけなら余裕のようだ。

 私はあれ一体を相手に、防御に専心しても死にかけたことあるんだけどなー。


「よし、このまま門を抜け――っひゃ!」


 マイカの頭上に、一瞬の影。門の上から落ちて来た物体、首から上を失った衛兵の遺体を、マイカは横に身を投げることでかわして見せた。

 一瞬で回避を成功させた見事な反射神経と称えたいが、そのせいでマイカの足が鈍る。

 これまでかわしてきた十体以上の人狼が、凶悪な牙を覗かせて背後から迫ってきている今、それは致命的なタイムロスだ。


「皆さんはそのまま行ってください」


 マイカの代わりに護衛達に命令すると、彼等は納得と不平、二種類の表情をその顔に浮かべてみせた。

 婚約者が危地にあればそうするだろうという納得。

 自分達はそれを見捨てて行かなければならないという不平。

 その両方に対して、私はちょっと恰好つけて応えた。


「久しぶりに、不死鳥らしいところをお見せしましょう」


 足を叩きつけるように地面を踏みしめて反転、駆け戻りながらマイカの動きを見る。

 今から逃げても、追いつかれて背中から襲われると判断した彼女は、一度敵をさばくことに決めたようだ。


 悪い判断ではない。

 先程やって見せたように、マイカの力量ならば人狼をいなすことは十分に可能だ。

 だが、それが十体以上が次々と現れるとなった場合、さばき続ける以上のことは難しい。守り続けるだけでは、人狼の無尽蔵の体力に押し負ける可能性が高い。

 私だって一対一でもそんな感じで負けたようなものだ。


 マイカが、先頭でやって来た人狼の爪を掻い潜る。通りすがり、マイカの剣が火花を散らした。すり抜け様に人狼の首筋を斬りつけたのだ。

 相手が人間なら勝負あり、クマ程度の肉付きならば十分な手傷になったかもしれないが、全身金属鎧を着た人間を超える防御力を持つ人狼にはかすり傷にもならない。


 マイカの口元が歪む。だが、彼女の剣筋は乱れず、足さばきに遅延はない。

 十体以上の人狼の攻撃をさばいて、涼し気な動作のまま、包囲された。


「うぅん……人狼でも狼ってことなのかな。包囲が上手い……そこんとこどうなの、アッシュ?」

「攻撃一つ一つの連携は拙いですが、全体的な動きは統率が取れているそうですよ。やはり群れということなのでしょうね」


 包囲が完成する前にマイカの背中に陣取った私は、領都に残された無数の戦闘記録を調べた結果を教える。


「そうなんだ。流石にこの距離で囲まれるとつらいな。あと、斬っても全然効かないんだね、びっくりしちゃった」

「眼や口の中は柔らかいですけど、毛皮がある部分はダメですね。あと、目や口から脳までぶっ刺しても即死しませんから気をつけてくださいね」

「う~ん、アッシュが大怪我するだけのことはあるね。ものすごく厄介だよ」


 しかも、今回はそれが十体以上なんですよ。端的に言って絶体絶命ですね。

 でも、私知ってるんですよ。奴等にも目潰しの類は良く効くんです。


「マイカ、合図したら目と耳をふさいでください」

「お? ってことはあれだね?」


 流石、とマイカが笑みを浮かべる。

 ヤソガ子爵の性格からして、宣戦布告の後に襲撃くらいはあるだろうと思って、閃光手榴弾を用意しておいたのが、こんな形で役に立つとは予想していなかった。

 しかも、これは起爆薬として雷酸水銀を使った、着火作業不要の最新型である。

 人狼達の動きを見て、私は安全ピンに手をかけ――


『そこを動くな、兄弟よ』


 脳内に直接響く、何者かの意思。


 トレント戦の時よりもはっきり、明確に聞こえたそれは、直後に竜の姿でやって来た。

 それも五体同時に。

 それぞれ人狼を真上から押し潰しながら。


「流石にどこから手を付けて良いかわからなくなりますね」


 緊急事態に初体験で異常事態だ。

 常識人たる私の判断能力は一杯一杯である。


 そんな私の思考を助けるように、脳内に彼等が語りかけて来る。


『我が兄弟よ、到着が遅れたことを詫びる』

『我が兄弟よ、ここは我が引き受けた』

『我が兄弟よ、人を連れて行くが良い』

『我が兄弟よ、この同胞はもはや止まらぬ』

『我が兄弟よ、この同胞は兄弟の手によって眠りにつきたいのだ』


 五体の竜それぞれの声のようでいて、全て同じような気がする声が、一つになって告げる。


『我が兄弟よ、人を守り導き、再生する者(リザレクショナー)としての使命を』


 待って。

 いきなりそういう重大な秘密っぽいものをこんな非常時に一気に押し付けて来るのはどうかと思うんですよ。


 本当に何がどうなっているのかわからないまま、私はマイカの手を引いて走り出す。

 竜の横を通り過ぎる時、マイカは緊張していたが、竜達は一瞥もしなかった。

 それどころか、私達の後を追おうとする人狼に咆え、腕を叩きつけ、尻尾で突き飛ばして助けてくれる。


「お、おお? アッシュ、竜ってさ……人間を助けてくれるタイプの魔物だっけ?」


 まさか、と私は後ろを振り返りつつ、戦闘記録――というより、滅亡記録の情報を思い出す。

 後期古代文明の大部分は竜によって滅んだというし、人類が戦争しようとすると真っ先に飛来するのが竜だという。


「竜は、最も強大な人類の敵ですよ」


 少なくとも、私が知りうる範囲の記録では、そうなっていたのだ。

 人を助けたこと、ましてや人と何らかの意思疎通を持ったなどということは、物語にだってなかった。


「再生する者としての、使命か……」


 初めて聞く、しかし妙に耳慣れた言葉が、炎のように体の中で落ち着いている。

 まるで、初めからそこにあったものを取り戻したようだ。


 私はそれを知っていた。そして、それを忘れている。

 だが、〝それ〟とは一体なんだ?



 その日、ヤソガ子爵領の領都は、人狼と竜の襲撃によって壊滅した。

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― 新着の感想 ―
「破滅の炎」というのは不死鳥=アッシュと敵対して滅びた、ということかと思ったんですが、ヤソガ子爵領は魔物によって滅びてしまいました。あれ~?
[良い点] ヒャッホーε=ε=((ノ≧∇≦)ノ イッツァファンタズィー [一言] テンション上がりました。 ワケわからん感想になるくらい!
[一言] 治める領地が無くなったよ。どうなるの、 とりあえず人狼の亡骸を再利用しとく?再生する者として。 あと、人狼10体相手にマイカさん強いね。アッシュ君は1体だったのに。
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