破滅の炎20
その後、王都のパーティでは珍しく、素直に楽しむ時間が確保できた。
ダンスタイムにはマイカと踊って、アリシア嬢とも一曲お相手を務めさせて頂いた。それ以外の相手とのダンスは禁止されていたけれど。
国王陛下からは、アーサーだったアリシア嬢のことについて、非常に遠回しのお礼を伝えられた。
お礼は光栄に思うけれど、アーサー氏とは良き友人であり、助けられ助け合う間柄ゆえ一向に構わない旨を宣言したら、父性を感じさせる笑みで肩を叩かれた。
国王陛下はその後、ゲントウ閣下と仲良さそうに連れ立って行った。
他には、アリシア嬢の兄にあたる第一王子とも初めての顔合わせもできた。
アリシア嬢との血縁を四分の一くらいは感じさせる秀麗な顔立ちだったが、人を見る時に派閥や能力的な数値を測るような眼つきだった。
どっぷり王都の生活に浸かっているせいかもしれない。
アリシア嬢の、理性的で好奇心旺盛な眼つきとは人種が違う印象だ。なんというか、今は良く見えているのだろうけど、先を見ようとしている気配が微塵もないって感じ。
お付き合いするなら断然アリシア嬢ですね。将来性がある。
趣味が合う婚約者にそう感想を伝えたら、「わかる」とのこと。
隣で聞いていたアリシア嬢が大層照れていた。
なお、パーティ後にダタラ侯爵が体調不良を理由に領地へ療養に戻ることを発表した。
我々は目的を達成したと言える。
しかし、これでダタラ侯爵が大人しく引き下がるかというと、
「あの最後の顔は諦めたものではありませんでしたね」
「あれは首を落とすまで邪魔する手合いだよ」
「まだ何かやらかすとは思うわ」
王都出立前、最後の会議の席で一同の共通見解がこれだ。
ただ、力が落ちたことは間違いないと、アリシア嬢が太鼓判を押す。
「特に中央近辺では、もう派手に動けないはずね。王族を敵に回しているんだもの。少なくとも、サキュラ辺境伯の力が衰えない限り、こっちでは何もできないわ」
「とすると、辺境で何かを企んでくるわけですが……」
ダタラ侯爵の辺境での手足はヤソガ子爵だ。
ダタラ侯爵のお膝元の王都でも、躾けのなっていない駄犬程度の働きしかできないあれを、遠く離れた辺境でどうにか使おうとしたら、選択肢は限りなく少ない。
種類で言えば一種類しか思いつかない。
「対ヤソガ領用に、砦の建築を行っていたのが役に立ちそうですね。全く嬉しくありませんけど」
私が大きく溜息を漏らすと、ゲントウ閣下も嘆息する。その吐息の成分内容は大きく違ったが。
「うちの最新技術を注ぎこんだ最新鋭の軍事要塞……使われる前に見たい」
「こんな情勢ですので、閣下には王都での対応をして頂かないと」
「むぅ……イツキと交代は無理か?」
無理ですよ。諦めてください。
大体、実用のためにこしらえている要塞ではないのだ。
一応、ヤソガ子爵領と竜鳴山脈の麓の両方からの軍事的脅威を抑えられるように考えられてはいる。
しかしてその実態は、そういった口実を使って予算を獲得した、技術試験のための実験場なのだ。
その証拠に、理想的な完成形の十分の一スケールくらいになっている。敵がこちらと同水準の火薬兵器を持っていない限り、現状これで問題あるまいというサイズに妥協して、着工を急いだ。
おかげで、コンクリ建築と煉瓦建築のノウハウをサキュラ辺境領の土木技術者に積ませる機会として利用できていると思う。
できれば、今後もうちの技術研修場・技術展示場のような形で平和に役立って欲しかったのに。
「軍事博物館になってしまうのは、本意ではないのですが……」
多分、今の領地の状態で戦いをしたら、そういう施設として使われる未来しかない。
いや、それが悪いとは言わないけれど、技術記念館ではなく軍事記念館になると、技術者と研究者の扱いが小さくなるようで残念なのだ。
騎士位を持ってはいるが、私は自他ともに認める平和を愛する学徒ですから。
「おう、アッシュは流石だな。負ける心配なんかちっともしてない」
「当たり前だよ! アッシュは常勝無敗の不死鳥だからね!」
「アッシュだものね。頼もしいのはあれから変わらないわ」
やっぱり他人からの評価は難しいですよね。自分のことを一番わかっているのは自分自身ですよ。
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その後、頼もしき盟友スクナ子爵領が確認した動きは、嬉しくもないが予想通りだった。
「兵糧の備蓄、武器防具の流れ、招集された予備兵力……いずれの情報も、戦争準備を示しているものと見受けます」
残念です、と分析のまとめに付け足したセイレ嬢は、心底気の毒そうだった。
予想の中では最悪の事態なので、イツキ氏も名残惜しそうに確認を重ねる。
「一応確認だが、ヤソガ子爵領で魔物や盗賊が発生しているというわけではないのだな?」
「ヤソガ側はそのように宣伝して準備をしていますが、その事実は確認できません。普通に軍需品を調達している行商人の往来がありますし、緊急徴発で領地を捨てて逃げてくる難民からの情報も同様です」
うーん、清々しいほどに下手くそな言い訳だ。権力者の嘘って、時々隠す気が全くないことがありますよね。
重鎮会議の面々は、戦争という面倒な来客の訪問予定に、面倒臭さを前面に押し出した表情をしている。
武名で鳴らすサキュラ辺境伯領ではあるが――あるいは、だからこそ、軍事行動に消極的な一面がある。なんたってどれだけ資源が浪費されるかを良く知っている。
イツキ氏が、現場で最も上位の立場として、慰めの言葉を搾り出す。
「まあ、王都でダタラ侯爵は黙らせたのだ。後はヤソガ子爵を黙らせれば、王都でも辺境でも、奴等に悩まされることは当分あるまい」
少なくとも十年ほど、とセイレ嬢が情報部の分析を紹介する。
この十年は、ダタラ派がよほどのがんばりと幸運に恵まれた場合の想定で、普通のがんばりと幸運の場合は彼の孫の代まで肩身が狭いだろうとのこと。
没落する家の最後の資産を、こんな嫌がらせに使おうとするのだから、そこまで没落するのだと言ってやりたい。
「そういうわけで、面倒なのはわかるが避けられないことだ。気を取り直して対策を練っていくぞ。ジョルジュ卿、概略を頼む」
イツキ氏が、手を叩いて軍部代表の意見を促す。
「では、領軍より作戦案を説明いたします。ヤソガ領との緊張は以前より高まっていましたので、事前に建設が進められていた不死鳥要塞があり、これを中心に作戦を――」
「ん? んん?」
耳慣れない固有名詞に、思わず変な声が出てしまう。
説明を止めて、ジョルジュ卿が私を見る。
「どうした、フェネクス卿。何か気になる点が?」
「ああ、いえ、私の聞き間違いかと思います。失礼しました。どうぞ、続けてください」
「では……。この要塞ですが、恐らくヤソガ側の動きまでに完成は間に合わないと思われますが、未完の状態であっても十分な防御力を発揮するものと見込まれます。他に、近くに同程度の効果を見込める施設・地形もないことから、不死鳥要塞を活用することが最も適切な対応であると――」
「んんん!?」
聞き間違いではなかった固有名詞に、思わず変な声が出てしまう。
説明を止めて、ジョルジュ卿が再び私を見る。
「どうした、フェネクス卿。何か気になる点が?」
「残念ながらあります! なんですか不死鳥要塞って! あそこを作る計画の責任者である私が全く聞いたことない名前ですけど!?」
あそこの名称は、竜鳴山脈北部―ヤソガライン防衛要塞が正式な計画名称で、俗称は実験要塞、あるいは星形要塞と呼ばれている。
どこをどう切り取っても不死鳥要塞なんて呼ばれる要素がない。
不死鳥という単語の使用にひどい悪意を感じてしまう私に、ジョルジュ卿は落ち着いた態度で頷く。
「うむ、フェネクス卿の疑問ももっともだ。この件について補足すると、実戦に使用されるのであれば、仮称に近い計画上の名前では格好がつかないだろうと、この会議に先立ちイツキ様より発案があったのだ」
「それでどうして計画責任者の私に話が通っていないのかわかりませんけど、なんだって不死鳥なんて名前になったんですかね!? 普通に要塞名として似合いませんよ!」
「縁起が良い名前であるし、要塞を作ったのが誰なのかすぐにわかる名前である。賛成の声こそあれ、誰も反論しなかったのだ」
「はい、私が反論します!」
「残念ながらこの会議の直前に正式に決定してしまったのだ」
なんで計画責任者が呼ばれていない席で名称変更が決定されているのかさっぱり納得がいかないんですけど!?
「ていうか直前ってまさか、私がここに来た時には皆さんやけに早くそろっていた理由ってそれだったりします!?」
会議参加者の全員の首が縦に振られた。マイカまで頷いているし。
道理で、同じ会議に出るはずのマイカが早く出発したわけだ。そういう悪だくみは教えてください……。
ただ、マイカの愛らしい笑顔は、いつにもまして爽やかで、悪意の一欠けらもない彼女の内心を如実に表現している。
私は婚約者の可愛さに文句も言えなくなり、頭を抱えて突っ伏す。
「……フェネクス卿からこれ以上の質問もないようですので、説明を続けます」
もう好きにしてください。
「今回の作戦に不死鳥要塞が使用されるのは、あの要塞が新兵器の使用に適した造りになっていることも挙げられます」
新兵器、というロマンあふれる言葉に、セイレ嬢が鋭く反応した。
新兵器については機密情報扱いなので、基本的に外部の人間であるセイレ嬢には知らされていないのだ。
まあ、機密といっても、すでに運用部隊の訓練は行われているので、そこまで秘匿できているとは思っていない。
親切な説明を受けていないだけで、どんなものかはセイレ嬢も把握しているはずだ。
「今回の作戦は、そういった新機軸の部隊運用が行われるため、それに相応しい人物に指揮をゆだねたいと考えています。具体的には、要塞の計画責任者であり新兵器の開発計画発案者であるフェネクス卿に一任したい。これは軍部の総意と取って頂いて結構です」
説明を終えたジョルジュ卿は、決定権を握るイツキ氏に一礼して着席する。
イツキ氏は、許否を述べる前に、一同の顔を見渡して確認する。
「今の軍部の基本方針案について、意見や質問はあるか」
重鎮会議のメンバーには事前に話が通してあるので、当然のように誰も声を上げない。
私だって黙っているつもりでしたよ。自分が指揮する要塞が、不死鳥なんていう私の名前にちなんだ意地悪なものでさえなければ……!
「では、今回の指揮はフェネクス卿に一任する。頼んだぞ、アッシュ」
悪戯心いっぱいの笑顔を見せるイツキ氏に、私は机に突っ伏したまま、手だけ上げて応えた。
書籍化情報について11/1の活動報告にてご報告させて頂きました。




