破滅の炎15
冬の終わり、毎年恒例の領主館の地獄期も一段落がついた頃合いで、私とマイカは王都へと赴いた。
領主代行のイツキ氏は、今回はお留守番だ。
まだまだ春に向けて仕事は溜まっているので、がんばって頂くことになっている。
領都を出発する日の朝まで、イツキ氏は「あと一日! あと一日だけ手伝って行ってくれないか!」と泣きべそをかいていたけれど、残念ながら領主代行殿より一段上の領主閣下が「早くマイカに会いたい」と仰せなのだ。
イツキ氏には涙を呑んで頂いた。
それに、ジョルジュ卿やリイン夫人が評価しているように、私と同世代以降の若手達も順調に育っている。
私が初めて領都についた頃のように、イツキ氏がやつれるほど忙しくなることは稀だ。
まあ、今年はヤソガ・ダタラ問題があったので、その対応業務で例年より面倒が軍事的にも内政的にも増えたのは事実だ。
強く生きて欲しい。その方が私に都合が良いので、目一杯力強くそう思う。
王都のサキュラ辺境伯屋敷につくと、屋敷の主がロビーでマイカを待ち構えていた。
「お爺様、変わりなく元気そうだね!」
「マイカ! 会いたかったぞ! 今回の件でも元気に活躍したそうだな!」
この一族にとっては、反乱勢力の一部隊を単騎で叩きのめすことは元気の証明になるらしい。
元気という概念の幅が、私の中で五割くらい広がった。
しばし、祖父と孫は――というより、祖父が孫を抱きしめて可愛がった後、領主の顔に二割くらい戻って私を見た。
「アッシュも、よく来た。我が孫娘の婚約者に相応しい活躍を聞き、頼もしく思っているぞ」
「光栄です、閣下」
閣下という言葉がすごく言いづらい、おじいちゃんの顔をしているので困る。
その表情に釣られて、私までおじいちゃんなんて言い出さないよう、私は屋敷の主の後ろで待ちわびている人物に話しかける。
「お久しぶりです。お変わりありませんでしたか、アーサーさん」
「アッシュ」
男装した王女様は、噛み締めるように私の名前を呼んだ。
それ以上の言葉がすぐに出て来ないようで、頬を上気させて、ぐっと言葉に詰まっている。
「最近、辺境伯領の交通事情が大分良くなったのですよ」
そんな仲間の姿に、私もついほだされてしまう。
「スクナ子爵領にも、同様に交通網の整備をお願いしていますし……もう少し、王都に来やすくなりますよ」
「うん。うん……!」
そんなに嬉しそうな顔をされると、もっとがんばらないといけないじゃないですか。
再会の握手をすると、アリシア嬢は現実を確かめるようにぎゅっと力をこめてくる。
「この感触、良かった、夢じゃないわ……。会いたかった、アッシュ」
「私もです。ただ、できれば単純にお話でもするためにお会いしたかったですね」
信頼のおける身内しかいないサキュラ辺境伯家の屋敷だからか、アーサーではない口調が混じっているアリシア嬢に同意しつつ、苦笑する。
「今回はご面倒をおかけします」
ヤソガ・ダタラ問題に力を貸してもらうことを詫びると、アリシア嬢は再会の感動を一杯に浮かべていた表情に、低温の怒りをまとった。
「面倒なんてとんでもない。あの人達、今度はアッシュを直接狙ったんだって?」
「まあ、確かに色々な事情が混ざって、実働部隊は私が狙いだったようですけど」
黒幕のダタラ侯爵の思惑は、領主一族の方というか、領地の混乱というか、私は眼中になかったと思います。
だが、アリシア嬢にとって、思惑はどうであれ実際にどうだったかで判決は出ているようだった。
「わたしだけならともかく、アッシュを害そうだなんて……絶対に許さないから」
頼もしいお言葉なのですが、可聴範囲内にダイアモンドダストが発生しそうな超低温の意志がこめられているのは、厚い友情の証と流して良いんですかね。
「ずいぶんと、ご心配を頂いたようですね?」
「当然でしょ! アッシュが命を狙われて心臓が止まるかと思ったんだから! アッシュが死ぬとは想像もしなかったけど」
「うん?」
それ、本当に心配をしてくれていたんですよね。
このケースにおいて、命の危険は案じていなかった心配とは一体……?
アリシア嬢の言葉を上手く消化できずに私が会話を途切れさせると、祖父とのじゃれあいを済ませたマイカがやって来る。
マイカも親友との再会に喜ぶ一方、自慢と安堵をブレンドさせたような力の抜けた笑みを浮かべている。
「久しぶり、元気そうで良かった」
「ああ、マイカこそ。アッシュを守ってくれたんだって? 本当にありがとう」
「ううん、良いんだよ。あなたの分もアッシュを守るって、前に言ったじゃない」
「うん、本当に、ありがとう。こんなことお願いできるの、マイカしかいなくて」
「あたしがいるんだから任せてよ。その分、あたしができないことは一杯頼ってるんだから」
二人は互いの背に腕を回して抱き合い、お互いの友情、それも行動という誠意が伴う友情をたたえ合う。
二人の間でそのような約束があったことを私は知らなかったけれど、まあ女性同士のことですしね。
軍子会時代から、私がいないところで二人して何やら動いていたことは多かったので、色々と経緯があったのだろう。
「で、アッシュを狙った人達は?」
「全部片付いたよ。色々、役に立った後でね」
「そう……良かった。最後くらいは役に立ったのね」
「本当に良かったよ。最後くらい無駄にならなくて」
くすくすうふふと薄い笑みを浮かべて囁き合う二人は、ちょっとホラー系の美しい空気をまとっている。
モンスターが暴れるタイプではなくて、サスペンスなやつ。見惚れて近づく者達を絡め取って滋養にしてしまいそうな雰囲気にドキドキしますね。
私が二人の様子を見守っていると、辺境伯閣下が私の背を叩いて囁く。
「頼もしい女にモテるな、おい」
「ええ、全く嬉しいですね」
私が即答すると、辺境伯閣下は「えっ」て顔をした。
えっ?
****
再会の挨拶が中々濃厚になったが、王都にやって来たのはヤソガ・ダタラ問題の解決のためだ。
今日はその作戦会議を行うために、アーサーに変装したアリシア嬢にまで来てもらったのだ。
会議にタイトルをつけるとしたら、上手な彼等の潰し方、といったところだろうか。
潰すことは確定事項なので、私が領都にいる頃から王都の方にも調整をお願いしている。
会議は、王都組の調整の成果を聞くところから始まった。
報告は、何事も大雑把――もといおおらかな閣下から始められた。
「まず、辺境同盟に参加を希望する領地は例外なく、こちらの味方についたぞ。いくらかダタラ侯爵への内通者が混じっている可能性はあるが……」
辺境伯閣下は、その可能性に意味があるのか疑わしいと言いたげな表情で首を傾げる。
「ほとんどの連中が、それ以前はダタラ侯爵主催のパーティに顔も出さなかったところだからな。心配いらないんじゃないか?」
「ほとんど、というと一部は出席していたのですよね?」
「うむ。会場で俺と一緒に酒を飲みながら、ダタラ侯爵の悪口を大声で言い合っていた者達だな。ライノ駐留官なんかがそうだ」
「あ、心配いらなそうですね」
嫌いだから参加しなかったところと、参加して大嫌いと伝えていたところばかりだった。
辺境貴族の中央貴族嫌いがすさまじい。よほど扱いに不満があるに違いない。
この調子なら、内通者といっても精々が「こんな話し合いしてた」くらいの報告目的だろう。
それ以上にダタラに肩入れをした場合、その後の外交関係がひどいことになる。
好き嫌いもあるだろうが、辺境領主のお隣さんは辺境領主なのだ。ご近所づきあいは大事である。
「それと、スクナ子爵家が裏から、ネプトン男爵家が表から、それぞれ利害関係の調整を行ってくれている。まず足元の地盤は安心してくれて良いぞ」
ライノ駐留官は、外交官としては辣腕で知られるらしく、彼女が精力的に辺境同盟の調整役を務めているとのことだ。
調整実動員もネプトン男爵領民もお酒好きが多いらしく、この骨折りのお礼は蒸留酒の増産という方向で是非にと伝えられてきているそうだ。
いいですとも。
ネプトン男爵領は、沿岸地域で気候が温暖と聞く。
ブドウ栽培を行っていることは知っているので、ブランデーやグラッパの工場を設置できるようにしてあげれば喜ぶだろう。
辺境同盟としての統率が取れているとなると、後の問題は王都での影響力である。
その辺りを担当するアリシア嬢が、今のところは五分五分、とアーサー氏の口調で述べた。
「一昔前から考えたら快挙と言って良いと思うけどね。ダタラ侯爵の勢いは王家でも持て余していたんだから、それと互角まで持ちこんだなんて中央貴族も皆びっくりしている。それを王都から離れた辺境の貴族がやっているんだから、能力的にどちらが上かははっきりしているよ」
ダタラ侯爵の力がびっくりするほど落ちてきている主な理由は、経済力の低迷が原因とのことだ。
ダタラ家が王族暗殺に絡んでいることは状況から明らかであるにも関わらず、それでも王都で大きな顔をできていたのは、金に物を言わせていたためらしい。
文句を言おうとしたら流通を止められたり、主要な商会が潰されかけたりしたら、それは口をつぐむしかなかろう。
そんなダタラ家の金満ぶりを支えていたのは、独占技術を持つ商会や領地を傘下に抑えていたことだった。
聞いてみたら、石鹸豪商や蒸留酒のバツカ伯爵家なんかも、ダタラ家の手下なんだとか。
人狼を討伐して得た一大金属産出地を使って富を得て、さらに富を大きくするために金をばらまいた形だ。
経営スタイルとしては間違っていないが、敵を増やし過ぎるのはよろしくない。
手下になったところは、ダタラ家に上納金を入れる代わりに技術の漏えいを腕力で防いでもらったり、よそで技術開発された時に権力で脅すのだそうだ。
マフィアかよ。
クイド氏を見習いたまえ。大きくなればなるほど謙虚になるべきだということがよくわかる。
それに、技術独占ばかりに意識が集中して、さらなる技術開発を怠ったところも減点だ。
いつまでも既存技術を抱え込んで亀みたいに丸くなっているから、それらの独占状態が崩れた時に対応策が全くなかった。
石鹸とか蒸留酒、質の良いインクや紙とか、やったのは大体サキュラ辺境伯領ですけどね。
でも、独占が崩れた途端そっぽ向かれたのは、普段の態度のせいなのは間違いない。
辺境伯領から運ぶ分、中央で売られる時は手間賃が乗っかっているはずなのだが、それでも不死鳥印の商品が売れるのはそういうわけだろう。
「そういうわけで、互角なのはすごいけれど、勝負を仕掛けるなら七・三くらいは優位を確保しておきたいよね?」
アリシア嬢の確認内容は、サキュラ辺境伯領の軍事的基礎教育で習う比率なので一同は頷く。
「それなら、もうちょっと根回しをした方が良い。幸い、ボクの伝手でサキュラ辺境伯家に関心を……というか、アッシュに関心を持っている人達がいるんだ」
「よし。アッシュ、行って来い」
内容を聞く前に閣下が命令を下した。
横暴だ。軽率だ。人権無視だ。
まあ、そこまで罵倒する気はないけれど、せめてもうちょっと話を聞いてから判断して欲しい。
アリシア嬢もそう思っているようで、苦笑しながら補足してくれた。
「元々好意的なところだから、心配がいらないのは確かなんだけどね? アッシュにとっても、話が通しやすいと思う」
そんなお相手、王都にいましたっけ?
「お相手は神殿なんだよ。王都の大神官長が、アッシュとお話をしたいそうだよ」
それは確かにお話しやすそうである。
王都の神殿にも知り合いは何人かいるし、今のところ私が出会った神官(見習い含む)の方々はいずれも素晴らしい人格者――以外も混じっていたけれど、まあ、話は合う人ばかりだった。
ヤエ神官とかルスス医師とかね。
ただ、大神官長って、神殿のトップの役職ですよね。王都の大神官長っつったら、今世の聖職者の頂点じゃないですか。
流石にびびりますわー。




