破滅の炎14
事態が収束したのは、それから一週間後。
領都の戦いは初日で決着がついたので、一週間という時間は、陽動目的の盗賊達を追い払いに行った部隊が、戦闘・後処理・帰還にかかった時間である。
「サキュラ辺境伯領には、絶対に喧嘩を売ってはいけないと良くわかりました……」
再び開かれた上層部会議で、情報部代表というより、スクナ子爵領の人間として、セイレ嬢は疲れた声で零した。
彼女の手元には、今回の戦闘において辺境伯領がこうむった損害の報告書がある。
備蓄食料が減って、装備品が若干損耗。研究所の囮用金庫内の(実用性の低い)設計図の紛失。怪我人は多いが、領軍と各村の構えができていたことから、重傷・死者はわずかなり、とある。
普段の盗賊よりは多少装備と練度が良いくらいの雑兵が相手なら、うちにとってはいつも通りのことだ。
なんたって槍で突けば痛がるし、首をはねれば死ぬのだ。
槍で貫いてもひるまず、首をはねても首と体がそれぞれ襲いかかってくるような魔物とは違う。
「まあ、最近はずいぶんと減ったとはいえ、魔物との最前線を守り続けた王国の壁だからな。これくらいはできると思ってくれて構わんよ」
イツキ氏の返答も、ざっとこんなもん、という軽いものだ。
平常運転のサキュラ組に対して、セイレ嬢は何度目とも知れない溜息をつく。
「我が領は、対人戦が得意な方と評価を受けていますが、もう少し被害が大きくなりますよ。実際の戦闘でも、事後の復興にも……」
「事後の対応については、現在の領軍にはフェネクス卿の同期の方がいますから」
リイン夫人が、かつて寮監を務めた軍子会のことを思い出した顔で、珍しく自慢気な微笑を浮かべる。
「歴代最強の軍子会と呼ばれている方々ですからね。討伐任務のついでに現地の被害をまとめて、必要な支援物資の要請を行うくらいのことは造作もないことです」
「うむ。必要な仕事を自己判断できる人材というのは、上官としては非常に助かります」
軍部を褒めてくれた礼に、ジョルジュ卿も文官の対応を褒め返す。
「無論、そのための物資の分配案を速やかにまとめた文官の方々のお力があってこそです」
「そちらも、すっかり一人前になったフェネクス卿の同期の方が活躍いたしました」
皆さんすっかり第一線の戦力になっていて、同期として私も鼻が高いですよ。
「これもまた、フェネクス卿の影響というわけですか……。もうどう考えて良いのか……」
「アッシュだからと思うのが、一番良いぞぅ?」
イツキ氏が、からからと無責任な笑い声をあげて強引にまとめた。
しかし、その笑い声が収まった後の表情は、苦々しいものだった。
「それにしても……ヤソガ子爵領の領主交代もそうだったが、ここまで露骨な人間同士の争いが起きるとはな。時代の変化を感じるな」
「そうですね。幸いと言って良いものか、魔物は来ませんでした」
ジョルジュ卿も、軍部を代表する懸念を渋い顔で漏らした。
今世において、人間同士の争いが極端に少ない理由、第三勢力の魔物が、今回の騒乱には関わって来なかった。
いや、魔物と人間の文化・社会的違いを考えると関わってこないのが普通なのだが、人間同士が争いを始めると魔物を呼び寄せると言われているのだ。これは伝承というより、常識のレベルで語られている。
実際、戦争状態に入った領地が、喧嘩両成敗とばかりに魔物の群れに飲み込まれた事実は、歴史の中にきちんと記されている。
相変わらず、魔物は人類に不思議なファンタジーしている。
魔物の群れが押し寄せて来るのは、全人類にとって災厄だ。
そのため、人間同士の争いは決闘という文化で片づけられる。武芸大会が盛んなのも、決闘文化が根付いているためだ。
文明人を自負する私としては、じゃあ話し合いで解決しろよと言いたくなる。
同じくらい文明人と思われるイツキ氏は、憂鬱そうに背もたれに重い体を預けて呟く。
「魔物が減った弊害か。魔物からの被害が減るなど、五十年前には夢のように語られていたはずなのだがな」
「僭越ながら」
イツキ氏のぼやきに、セイレ嬢は申し訳なさをたっぷり表現した顔を見せる。
「五十年という数字は、サキュラ辺境伯領だからかと。中央ではもっと以前より魔物の出没自体が稀になっておりますから」
「うちが盾になっているだけだろう、それ」
イツキ氏は、心底嫌そうに表情を歪めた。今回の件で、大分心労を溜めたようだ。
「中央貴族向けに、魔物との触れ合い体験ツアー(強制)でも組んでみますか?」
私が気晴らしになればと思って冗談を述べると、イツキ氏は真面目な顔で、予算はいくらかなぁと悩みだした。
「竜鳴山脈に槍で突いて送り出すだけですから、交通網の維持費と旅費くらいですかね」
「……安いな」
完全に本気の口調になってしまったので、希望者がいないだろうことを述べて正気に戻ってもらった。
「面倒な連中を合法的に片づけられると思ったのに、残念だ……」
「心中はお察ししますけどね。それよりは現実的な仕返しについて話し合いましょう」
そうだな、とイツキ氏は頷く。
「基本方針として、連中には王都で抗議をしようと思う。表向きの原因であるヤソガ子爵も、その裏の原因のダタラ侯爵も向こうにいるからな。何か質問……はい、アッシュ」
「一応確認ですが、王都は向こうのホームグラウンドですよね。勝負を挑むには不利な状況ですが」
行儀よく手を挙げて質問する私とは違い、ヤソガ子爵やダタラ侯爵の行儀の悪さは、以前の王都訪問で良く知っている。
奴等のお行儀とやらは、笑顔で握手しながら足を踏みつけることだ。
「うむ、アッシュの心配はもっともだが、最近はそうでもない。なにせ王女殿下がお前のファンだからな」
アリシア嬢が大切な仲間であり親友であることは事実だが、それを諧謔で包んで表現するとそうなるらしい。
王女様がファンの騎士とか、字面がすごい。
「それに付け加えるならば」
セイレ嬢が、軽く咳払いをして私をちらりと見る。
「ダタラ侯爵領の金属製品が不良だと噂を流して力を削いだり、王女殿下の力量を示す機会を作って名を上げるお手伝いをしたのは、フェネクス卿、あなただとお聞きいたしましたよ?」
そういえばそんなこともあった。
前者はともかく、後者は狙ったわけではないので記憶が薄れていた。前者についても自爆しただけだし、印象が薄いんですよね。
「それぞれの普段の行いの賜物ですよ。たまたま、それが世間に知られる場に私がいただけです」
「フェネクス卿がそう仰るなら、あえて追及はいたしませんが……。とにかく、敵であるダタラ侯爵の権勢は衰えており、友好的なアリシア王女殿下は勢いを増している。王都においてダタラ侯爵と勢力争いをしても、決して引けはとりませんよ」
「それは心強い分析ですね」
ゴッド・セイブ・ザ・クイーンとか唱えた方が良いですかね?
いや、プリンセスか。それにユイカ女神に祈るなら、ゴッデスでもある。
私としたことが、信心が足りぬ。
「あとは、どれだけダタラ侯爵側を責められる証言や証拠を捕虜から得られるかですが……」
「ああ、それは難しく考える必要はないぞ、セイレ殿」
不意に湧いた反省の念を我が女神に捧げているうちに、セイレ嬢とイツキ氏の会話が進んでいく。
「そうなのですか? なにか、情報を引き出す良い手があるということでしょうか」
「うむ。そういうのはアッシュが得意なのだ。こやつの手にかかれば、熟練の密偵でさえ墓場に連れて行かれた幼子のようなものだぞ」
そういう特技を持った覚えはありませんよ。
それだけ聞くと、私が捕虜の尋問に慣れているサディストみたいではないですか。
「私は別に尋問官でも拷問吏でもありませんよ? そういったことは私の業務外ですから、関わる気はないのですが」
「アッシュ、医療技術の実験、そろそろしたくないか。捕虜が多すぎて飯を食わせるのも大変だからな。扱いは死刑囚と一緒で良いぞ」
「実験項目はたくさん溜まっていますので実験やります」
医療実験なら得意ですよ。モルモットは三三七世まで襲名しましたからね。
えー、そのついでに情報を引き出せって?
うーん、まあ、やってはみますけど、あくまで医療実験のついでですからね。あまり期待しないでくださいね。
私が捕虜の尋問を引き受ける旨を伝えると、それまで黙っていたマイカが、にこにこ笑顔で手を上げる。
発言の許可が議長から出されるより早く、彼女の弾んだ声が部屋に響く。
「モルド君達には特に念入りに協力してもらってね、アッシュ」
そのために生け捕りにしたんだから――その笑顔はまさに太陽のようで、全てを焼き尽くす明るさを感じた。




