破滅の炎13
秋の入りの頃、空が秋特有の火色で燃える季節に、不平分子の反乱というべきか、ヤソガ子爵の八つ当たりというべきか、ダタラ侯爵の悪だくみというべきか、とにかくそういうものが、ついに実行された。
まあ、妥当な実施時期であったと思う。
領内は収穫で慌ただしくなり、その時期に騒ぎを起こされるというだけで頭が痛い問題だ。
加えて、反乱計画の最初期段階、領都の兵力を誘引する目的で実施された、難民を扇動した盗賊活動によって、その年の収穫に効率的に損害を与えることができる。
私が反乱計画立案者であっても、この実施時期を選んだであろうことは認めざるを得ない。
治安維持側が本命の計画――私ことアッシュの抹殺(そのついでらしい領主一族の確保)計画――を察知していたとしても、領内各地の盗賊に対処するために力を割かずにはいられないという利点は大きい。
領内各地でこれまでにない組織だった盗賊の活動が報告された時、あの日、情報部から報告を受けた辺境伯家上層部は、この時が来たかと立ち上がり、それぞれが進めていた対応策を発動した。
そして、一夜で全てが解決した。
鎮圧大成功。
いや、もう計画が杜撰すぎた。
単純に計画達成に必要な戦力が不足しているのに、前もって反乱計画が気取られていたとか失敗する以外のルートが存在しない。
おまけに、反乱計画がほとんどヤソガ子爵領で行われた内乱計画の使い回しとか手抜きにもほどがある。
手の内バレバレである。
情報部のセイレ嬢がまとめた、反乱計画の予想手順と、我々が取った対策は以下のようなものだった。
まず、領内に発生した盗賊に対しては、通常の騎士・衛兵といった常備兵力をありったけ送り出すことで対処する。
これにはそれ以外の対処が存在しない。悪戯に領内を荒廃させては、不平分子はともかく、真の敵であるヤソガ・ダタラの思惑を達成させたも同然だ。
領都の戦力が出払った隙に、建前上は討伐に出たモルド君一行が反乱兵力を連れて戻って来る。
この時、モルド君達が率いている兵力というのは、討伐に向かった先で合流した盗賊、それに偽装していたヤソガ・ダタラの派遣兵力である。
降伏させて捕らえたという名目で、この反乱兵力は領都の門を潜り抜ける。
もちろん、降伏して捕らえられた盗賊が武装しているのはおかしいので、この時の彼等は武装はしていない。
このままでは兵力とは言えないので、彼等は一時の留置場として貸し出されたゴチエ商会の倉庫に移動する。
そこには、数か月前から数度に分けてダタラ侯爵領から運びこまれていた装備が詰め込まれている。
ここで武装して、立派な反乱兵力となった他領の兵は、第一目標の第二領主館と、第二目標の第一領主館に押し寄せる。
何度聞いても、この時の第一・第二の優先順位はおかしいと思う。
この時、モルド君一行の派遣先や、ゴチエ商会の倉庫を留置所にする処理、領主一族や私の居場所については、マネラ・ドルウォの汚職役人コンビが調整したり連絡する手筈になっている。
ダタラの密偵も、スラム街から各所に散って伝令や変化する情勢の把握に当たるようだ。
もっとも、この密偵達の一番の目的は、領地改革推進室の研究施設である。
中央貴族にとっては、辺境の田舎者に技術レベルで劣っているという世間の評判が気に食わないらしく、技術の奪取や破壊を命じられていた。
それなりに連携もあり、なんとなく成功しそうな気はする。
だが、その実態は穴だらけである。
まず、領内に常備兵力を展開した直後(つまりモルド君一行が街を離れた直後)に、スラム街を中心に潜伏していた密偵の大部分の捕縛に成功した。
これに協力してくれたのは、領都の裏社会に生きるアウトローの方々である。
彼等は法を守らないかもしれないが、掟は守る。彼等も生きているのだから、多少歪でも社会というものを維持しなければならないからだ。
そんなアウトロー社会の中に、掟を知らない余所者が入り込んだのだから、彼等は怒っていた。
当人達から直接聞いたから間違いない。
スラム街の親分さんに、今回の件で協力をお願いしにいった時だ。
私が持って行った手土産の箱を親分はそっと押し返しながら、ヤック料理長よりは迫力に欠ける顔で言った。
「若」
三回くらい会った辺りから、親分さんは私のことをそう呼ぶようになった。
「今回は若にお願いされるまでもねえ。連中はわしらにとっても目障りなもんだからよ。こっちはこっちの事情で絞めさせてもらうわ。ああ、後片付けはそっちに任せるよ。そこは好きにしてくれ」
お土産の茶菓子を取り出した後の箱――山吹色や銀色の硬貨が詰まっている――を受け取り、私は首を傾げる。
「それは大変助かります。少々人手が足りなかったものですから。しかし、よろしいのですか? 皆さんにも生活があるでしょうに」
「良いんだよ。わしらは確かに学はねえが、今の領地が上手く行ってることくらいはわかる。ここで餓死する奴も、ここに落ちて来る奴も、ここ三年くらいでずいぶん減ってなぁ」
親分さんは、集団の長にありがちな父性的な笑みを強面に浮かべて、私の表向きのお土産であるクレープを頬張った。
甘党の親分さんのお気に入りなのである。
「あの余所者どもは、それを邪魔しようってんだろ? じゃあ、わしらの敵よ。堅気の連中が儲けてなけりゃ、その財布を漁るわしらも贅沢できねえからな」
「そうですか……。そういうことなら」
お礼の代わりに、今年の秋の収穫祭は例年より派手にすることを約束する。
お祭りの時に、領主からのふるまいとしてタダ酒やタダ飯のコーナーが設けられる。スラム街の人間には、これを楽しみに一年を生きているという人も少なくないのだ。
ご好意にはそういった形で報います、と述べた私に、親分さんは楽しみだと笑ってくれた。
こうして協力を約束してくれたスラム街のアウトロー達の手によって、密偵達は次々と簀巻きにされて衛兵詰め所に突き出されて来た。
これで、反乱勢力の情報網が大部分失われたことになる。
何人かの密偵は、マネラとドルウォのところへ逃げ込もうとしたので、ありがたく共謀の現場を押さえて、汚職役人ともども捕まえておいた。
マイカがほぼ単身で赴いて制圧したので、表向きは何事もなかったかのように済んだ。
事情を知らない密偵が、この後も連絡調整のためにここに来ることを期待して、計画進行中は密偵ホイホイと呼称された。
情報伝達の要所を抑えたところで、今度はゴチエ商会の方である。
ここには私が直接ご挨拶にうかがい、以下のようなやり取りを行った。
やあやあお久しぶりですね。最近はゴチエさんところの景気がずいぶんとよろしいと噂を聞きましてね。
何でもダタラ侯爵家とお取引なさっているんですって? あそこの金属加工品は有名ですからね。
いくつか見せてくださいよ。良い物があれば領軍で買い取りますよ。マイカへの贈り物にも良いですね。ええ、マイカは剣に目がないものですから。
でもねえ、以前に王都でダタラ侯爵領の名工の作を使わせて頂いたのですが、うちのシャベルより脆い粗悪品でしたよ? ゴチエさんとこの商品も大丈夫ですか?
おや、これは良い物ですね。
胸甲に脛当て、兜に槍に剣ですか。これだけでそれなりの歩兵ができますね。それがざっと二百くらいですか。
ずいぶんとたくさん仕入れましたね。お金もずいぶんかかったのではありませんか?
おかしいですねえ。
ゴチエさんところの納税額からすると、そんなお金は逆立ちしたって出て来ないはずですけれどねえ。これはおかしいですねえ。
ちょっとお話を聞かせて頂きましょうか。
いえいえ、すぐに済みますよ。ちょっと帳簿を見せてください。あとは契約書の類ですよ。ダタラ侯爵家とのやり取りをしたお手紙なんかも含めて全部です。
おや、顔色が悪いですが、体調がすぐれないようですね。
ああ、結構ですよ、具合が悪いのなら動かないでください。こちらで勝手に探させて頂きますからね。偶然ですが、うちの優秀な侍女の方々を連れて来たのですよ。会計のプロフェッショナルですから、どこに問題があるかすぐにわかることでしょう。
さあ、皆さん、この商会の取引を全て洗い出しましょうねえ。
こんな感じで、ゴチエ商会へのご挨拶から流れるように強制捜査に入った。
誠に残念ながら、違法取引だと確認された倉庫の中身は全て没収。他領が絡んだ犯罪の証拠品なので、周辺住民にもご協力を頂いて領軍の倉庫の方に急いで運び終えて、これで一段落である。
そのまま夕暮れの頃になり、何も知らないモルド君一行がバラバラのタイミングを装ってそれぞれ帰還してきた。
連絡調整係を抑えているので、計画が破綻していることに気づかぬまま、モルド君一行は捕らえた盗賊(自称)をゴチエ商会の倉庫へと送り出す。
マネラとドルウォが派遣した役人――のふりをした治安維持側の役人が、盗賊達を倉庫に案内すると、中身は空っぽである。
話が違う、と混乱した盗賊達をさらに混乱させるべく、潜んでいた私達は、倉庫の窓から新兵器を投入する。
この新兵器は、とある薬品を紙に包んだものである。
とある薬品とは、ニトログリセリンとニトロセルロースの混合物――俗にいう爆薬である。
硫黄が手に入ったのに(硝石については畜糞堆肥と一緒に生産できる)、黒色火薬を作っていないと思いました?
残念、硫酸が手に入ったので無煙火薬まで作っちゃいました!
銃砲用に起爆薬の雷酸水銀まで開発が進んでいる。殺傷能力の高い軍事技術なので、特に厳重に管理しているだけです。
ただ、今回の使用に関しては安心して欲しい。
この爆発物には、鉄片や鉄球など殺意の高いものは仕込んでいない。単に、大きな音と閃光を発するだけの、よほど近くで炸裂しない限りは安全な代物である。
まあ、騒ぐ盗賊達の中心部分に投げたので何名かは危険だろうが、武装(未遂)集団の制圧が目的なので全員無傷で捕えようなどと優しいことは考えていない。
倉庫の中で理性を喰らい尽くす轟音が鳴り響いたところで、私は制圧部隊を突入させる。
常備兵力は領都から全力で出て行ったが、予備兵力まで払底したとは言っていない。
引退したばかりの老兵や、家業を継ぐために若くして引退した現役と変わらぬ兵、兵役についてはいないが元気一杯の若者や職人衆など、一線級の予備兵力が今回の反乱鎮圧のために動員されている。
結果、なんちゃって閃光音響投擲弾を初体験してショック状態にある盗賊――実態はヤソガ・ダタラ連合部隊は、ほとんど抵抗を許されずにお縄についた。
これで反乱計画は九割九分が潰えた。
後残すは、第二領主館に向かっているモルド君一行だけである。
反乱勢力の連絡網を抑えている利点を生かして、第二領主館に私とマイカ以外にイツキ氏など重鎮もそろっているという情報を流したところ、モルド君達は喜んでそちらに飛びついたのだ。
そこで中の様子を伺いつつ、ゴチエ商会の倉庫で武装を整えた部隊を待つつもりだったのだろうが、彼等は逆に門前で待ち構えていたマイカに遭遇した。
マイカに同行していた衛兵曰く、それは餌漁りに夢中になっていたネズミが、天敵の猫の眼前に躍り出てしまった瞬間に見えたそうだ。
しかも、猫はネズミが何をしているかをずっと眺めており、手ぐすね引いて待っている有様だった。
一応、ネズミは命乞いを――制圧されながら、したらしい。
それに対して、ネズミを殺さぬよう手加減しながら、自死できぬよう手加減せずに叩きのめしながら、猫は笑った。
「あは、タダで死ねると思ってるの?」
ネズミにできることは、青ざめて震える事だけだったと衛兵は報告した。
なお、第二領主館における戦闘において、味方勢力の負傷者はゼロという数字を示した。というより、戦闘に参加したのは実質一人だけだったそうだ。
私の婚約者はとても強いのだ。




