破滅の炎9
留学生の三名を受け入れてから、早くも一月ほどの時が流れた。
サキュラ辺境伯領とは、王国という人類唯一の砦ともいえる区割り、その一つの最果てである。そんな土地に、彼等は随分と馴染んだように見える。
領主同士の仲が良好だったためか、それとも留学生当人達の人柄に美点が多かったためか、はたまたその両方か。
いずれにせよ、留学生を受け入れる提案を行い、そして今実施している領地改革推進室の計画主任としては、諸手を挙げて喜ぶべき状況だ。
私はこの手の感情を一人で独占するより、皆で共有する性質であると自己認識している。
恐らく、村全体が家族のような農村生活がそうさせたのだろう。何かお祝いごとがあれば村の皆でお祭り騒ぎ、そういうことが好きというより、それが当たり前という感覚だ。
なので、今回もその感覚に従った。
ヤック料理長のご実家の料理店、領都が誇る名店〝シナモンの灯火〟を貸し切って、懇親会を企画してみた。
留学生と直接関わっている領地改革推進室のメンバーを中心に、領政と領軍、神殿からの出席者はもちろん、有力商会や街の工房から職人も参加してくれた。
留学生にとっても人脈を得るに良い機会となりそうだ。
私とマイカが常連になっているお店の方も心得たもので、留学生をもてなすためにと、サキュラ辺境伯領の地元料理と地酒を中心に用意している。
地元料理は最近普及したトマトを使ったレシピで、地酒は最近売り出された蒸留酒だ。
地元料理や地酒という語感が持つ古風さのない、最新の流行物だった。
いささか思うところがないわけではなかったが、しかし、評判は非常に良い。
旺盛な食欲を見せていたアルン君が、特に気に入ったらしいトマトグラタンスープをお代わりしながら笑う。
「いやぁ、美味い! トマトというのは、こんなにも美味しいものだったのですな」
アルン君が、留学生を代表してトマト料理を称賛する。一番食べた彼だから説得力が抜群だ。
「父上のお話を聞いて医術を学ぼうと思って来たのですが、ここの美味しい料理の方を覚えてしまいそうですよ」
真面目なアルン君が普段言わないような冗談を口にしているのは、お酒が入っているせいだろう。醸造酒を飲み慣れている人間にとって、蒸留酒は加減が難しい。
蒸留酒と言えば、アルン君の地元ネプトン男爵領のライノ駐留官は、蒸留酒が大好物という酒好きだった。
その娘のメディ嬢は……なんというか、母親の血を色濃く受け継いだらしく、大変気に入った様子で蒸留酒を楽しんだために、早々に退席している。
「好きなものは記憶に残りやすいですからね。せっかくです、料理も覚えていかれてはどうでしょう? 美味しい食事は心を癒してくれますし、栄養を考えた食事は立派な医療ですよ」
「おお、サキュラ辺境伯領では、栄養についても研究が進んでいるのですか?」
「ええ、食事は全ての基本と言いますから」
栄養という概念は、古代文明の名残として伝わってはいる。
ただ、体にいい食べ合わせ、くらいのニュアンスで、一日に必要な栄養素がなんたらというレベルではない。
我が研究所でも、栄養素を測る方法はないので順調とはいかないが、王都の頼れる研究仲間である医師のルスス氏と博物学者トリス女史の協力を得て、古い文献から各食材の持つ栄養素の算出に成功している。
おかげで、成人が一日に摂取する理想的な食事量の割り出しが済んでいるのだ。
現在、これを実証するために、領軍の食堂や領主館の厨房、また私達に懇意の食堂などで試験メニューを採用している。
懇意の食堂。つまり、行きつけの名店〝シナモンの灯火〟もその一つだ。
「なんと! 美味しいだけではなく、体にいい食事でもあるとは!」
「いえまあ流石に宴会形式でこれだけ出ていると栄養バランスも何もありませんけどね」
普段のコース料理や定食の中に、疲れた時の回復ディナーや健康定食みたいなものがあるのだ。
そうはいっても、やや酔いが回っているらしいアルン君にはいまいち伝わっていない様子で、良い店だ素晴らしい店だと感心している。
そこに近寄って来たのは、この店の看板娘をしているヤック料理長の姪御さんだ。自分達への大声量の褒め言葉に嬉しそうだ。
「ありがとうございます。厨房の者も、お客様からのお言葉を喜びます」
姪御さんは、山賊頭風の料理長と比較すると遺伝子学とはなんなのかを考えさせる頭部を深々と下げる。
「機会があればぜひ、当店をごひいきに。本日お出ししていない料理も各種ございますので、ご興味を満たして頂けるものと自負しております」
それは楽しみだ、とアルン君は毎日通わんばかりに乗り気である。
実際、研究所の打ち上げや打ち合わせなどをこの店で行うことが多いので、留学中に何度もお世話になることだろう。
日々増える料理店のレシピを楽しんでくれると、常連客としても嬉しい。
それにしても、今日の料理は美味しかったので、私も一言添える。
「今日の料理は一段と美味しかったですね。それに、私の知らない料理を出してくるなんて、旦那さんも腕を上げられましたね」
本日、厨房を担当してくださったのは、姪御さんの旦那さんである。料理店では上から三番目くらいの立場の人だ。
前世らしきなにかでトマトグラタンスープは知っていたけど、私は今世で作っていないし、ヤック料理長に教えてもいない。
そんな創作レシピを切り出してくるとは、中々の腕前だ。
「あら、アッシュ君に褒めてもらえるなんて、うちの夫も本当に上達したのね」
姪御さんの口調が砕けて、営業以外の笑みを浮かべる。
彼女とは、私が農家の倅だった頃からの付き合いだ。お店では都会にやって来た田舎者として可愛がってもらったので、今さらかしこまられても困ると伝えて以来、こんな接し方をしてくれる。
接客業とは、単に丁寧なだけでなく、本当に喜ばれることは何かを知ることが大事なのだなと思う。
「腕を上げて当然ではないですか。私が初めて来た頃は、まだまだ中堅くらいでしたよね」
それが上に二人しかいない立場になったのだ、上達していないわけがない。
「まだまだ、料理長に怒鳴られてばかりだもの。店の中だと上達したのかどうか、全然わからないのよ」
姪御さんは、ここにいない人物をからかうように笑う。
今頃、厨房ではくしゃみをしているのではなかろうか。
それから、マイカからも姪御さんに食事の感想と、一杯運動したからもうちょっとガッツリ系のメニューが欲しいと追加注文の話が続く。
チーズ入りハンバーグが出て来るそうです。
色々なお客に対応する料理店の看板娘らしく、他領からの留学生とも軽快な――どうしても仕事寄りになりがちな領地改革推進室の面々と違い、プライベート寄りな会話を楽しませてくれた姪御さんは、会話の切れ目で私個人に声をかけた。
「あ、そうだわ。アッシュ君がいない間に、ちょっと気になることがあったのだけれど」
「なんでしょう?」
「最近来なくなっていたお客様が、またうちに来るようになったのよ」
お店的に困ることはなさそうな内容なのに、姪御さんは困ったように眉を寄せる。
「それが良い噂を聞かない人達でね? ほら、前にアッシュ君が話していたマネラ様とドルウォ様辺りが、また頻繁に来るようになったのよ」
それも、個室を借り切るような羽振りが良い注文なのだそうだ。
「ふぅん? それは確かに、ちょっと気になるかもしれませんね」
また何か悪巧みでも始めましたかね、と私は呟く。
名前が挙がった二人は、以前に備品関連の業務で横領が発覚した役人である。
予算の見直しをしている時に、帳簿の不備を私が見つけたことで発覚した。
その手のことが嫌いな領主代行イツキ氏は、即座に罰金を科して閑職に回した。
慣習として強盗などより罪が軽いので、処刑台送りにできなかったことが残念だ。
食うに困って犯罪者に追いつめられた人達と違って、奴等は食うに困らないのに領民の税金を盗んだ。
それも、平均的な強盗犯や窃盗犯以上の金額を盗んでいる。懐に入れた金の大半を使っていたので回収もできていないという激怒案件まで積み上げている。
果たしてどちらが重罪人か。
法律の改正が必要なのではないか。
うちには寄生虫に食わせるような余分な物資は麦一粒だってありはしない。
当時はそんな風に憤慨したものである。
――ということを、私と姪御さんの会話に興味を持った留学生達(メディ嬢除く)に、マイカが話していた。
マイカの語り口が大袈裟だから、私が正義の人みたいな扱いになっている。
結果だけ見れば百パーセント実話ですけど、ニュアンスがかなり違う気がする。実際のところは、もうちょっとこう、私怨チックな何かでした。
ともあれ、マネラとドルウォというのは、そういった汚職役人の名前である。
罪に相応しい罰を受けたと私は思っていないが、それ以降は給金も大幅カットされているので、最近は随分と落ちぶれた有様だと聞いていた。
それが高級店に属するお店で羽振りが良いと言われるとなると、資金の出所が怪しい。
「わかりました。気になる情報、ありがとうございます」
「いいのよ。アッシュ君にはたっくさんお世話になっているんだもの。これからもがんばってね」
頑張る予定が一杯あるので頑張ります。




