破滅の炎6
舗装道路について留学生組と雑談をしていると、馬車の隣に騎馬が寄って来る。
体格の良い馬を静々と歩かせながら、馬上から柔らかい声をかけてきたのはマイカだ。
「アッシュ、ちょっと良い?」
「ええ、もちろん」
婚約者からの呼びかけを無視できるような、半端な恋はしていない。
軽装の革鎧も涼し気なマイカに微笑むと、彼女も機嫌よく笑みを返してくれる。温泉での休暇中、たっぷりサービスしたおかげか、特に笑顔が可愛い。
可愛い顔のままで、マイカが先の道を指さす。
「この先の地形なんだけど、ほら、アッシュも気になるって言ってたでしょ」
「ああ、良い感じの地形なんですよね」
こう、ちょっと上り坂になっていて、道が大きく湾曲している。
実に待ち伏せしやすい地形なのだ。
「なんか嫌な感じがするんだけど、アッシュはどう?」
「そうですねぇ……」
私は上り坂の向こう、ここからでは見えない位置に視線を送る。
あー、これは臭いですね。かすかだけれど、人の匂いがする。
「偵察を出した方が良いかもしれませんね」
「あ、やっぱり。じゃあ、あたしが行くね」
「一人では駄目ですよ?」
「もう、心配性なんだから~」
私の小言に、マイカは唇を尖らせて――試合に負けた時とは違ってひどく嬉しそうに――軽く手を挙げることで馬車の護衛騎兵に合図する。
「五人、ついて来て。三人はそのまま馬車の護衛だからね」
普段通りの朗らかな口調での命令には、何の気負いも、気迫もない。
ピクニックでランチに丁度良い場所を探しに行くような気軽さで、彼女は最後の命令を下した。
「敵は発見次第、殲滅するようにね」
超可愛い婚約者が、武闘派で素敵すぎる。
徐々に迫力を増していく騎兵の馬蹄音を見送りながら、メディ嬢が顔を出す。
「あの、マイカ様が、偵察に?」
「ええ、そうです。これで何の問題も起きませんね」
なんたって武闘派で鳴らすサキュラ辺境伯領でも一目置かれる猛者なのだ。
「御者がフェネクス卿で、護衛が首狩り姫マイカ様だなんて、本当に贅沢な旅路ですわ」
超可愛い婚約者を褒められ、私はつい相好を崩す。そうでしょう、なんて自慢を繋いでしまう。
「マイカはサキュラ辺境伯閣下の孫にあたりますが、一年前の武芸大会の実績で、騎士位も得たんですよ」
だから、マイカ卿と呼んでも良い。
それまでの履歴からあまり軍部とは関りがなかったが、王都の武芸大会で優勝したという実績だけで衛兵も騎士も素直に従う。
なんだかんだ言っても、腕力が物を言う文化圏なんですよね。
今回、他領の将来有望な若者を迎えに行くための護衛選抜の際、「あたしを連れて行ったら十人分の働きは約束するよ」と微笑むマイカに、異議申し立てができる人物は誰一人いなかった。
おかげで私は、公務のついでに可愛い婚約者とスクナ子爵領の温泉を楽しめた。あくまで、公務のついでだ。
「あ、ちょっと馬車を止めますね」
私が軽く手綱を引いて合図すると、馬達はゆっくりと速度を落とす。
「なにか問題ですか、フェネクス卿」
わずかに緊張を示したアルン君の確認に、私は軽く首肯する。
相変わらず私の五感は常人離れしているらしく、偵察隊が敵を蹴散らしている音は、私にしか聞こえていないようだ。
「やはり待ち伏せがあったようでして、偵察隊が戦闘に入ったようです。ちょっと一息いれましょう」
なに、二十分はかかるまい。
「大丈夫でしょうか」
セイレ嬢が、不安そうに眉を顰める。
留学先で盗賊に襲われるとか、それは不安にもなろうというものだ。
「申し訳ございません。最近、サキュラ辺境伯領では野盗の類が増えておりまして」
「いえ、それは存じ上げております。少し前から、王都の辺りにサキュラ辺境伯領に対してあまり好意的ではない方がいらっしゃるとか」
セイレ嬢はものすごく遠回しに言っているが、ヤソガ子爵とダタラ侯爵のことをしっかり把握しているようだ。
実際、盗賊が少ないことが自慢だったサキュラ辺境伯領が荒れているのは、ダタラ侯爵――にいいように使われているヤソガ子爵のせいである。
あそこ、まともに領地運営をしていないから飢えた難民がこちらに流れて来ているのだ。
ヤソガ子爵領の衛兵達も、嫌がらせのためか、難民をこちらへ押し付けるように追い払っている。
近年、我が領の食料自給率は上向きであるため、お行儀の良い難民の方は受け入れている。お行儀の悪い方は、難民ではなく盗賊と呼ばれるので受け入れはできない。
今回のように、VIPの護送を狙いすまして奇襲をしかけてくるような、難民とは思えない手練の盗賊もいることだし――
「いい加減、コストがかさんできたので、何かしら手を打とうかなと考えているところなのですよ。じきに片づけますので、皆さんにはご安心頂きたく」
領地へのお手紙で、治安最悪、とか書かないでください。お願いします。
「い、いえ、そういうことではなく……」
セイレ嬢は、マイカ達が走って行った先をちらちらとうかがう。
「待ち伏せということで、戦闘は大丈夫なのでしょうか。相手の数が少なければ良いのですが」
「あ、なるほど」
そんな心配をされていたのかと頷く。
一人で十人分の働きができるマイカと、一人で八人分の働きができるグレン君がいるのだ。たった五名といえど、実質は二十名分の騎兵戦力だと思っていい。
騎兵の戦術的特質上、盗賊装備の歩兵相手の野戦なら、倍の戦力差までは余裕で相手にできる。
つまり四十人くらいなら問題ない。そして、五十人規模の盗賊団を見逃すほど、我が領の衛兵達は職務怠慢ではない。
そのことを、私は留学生たちに伝える。
「ご安心ください。サキュラ辺境伯閣下に仕える騎士も衛兵も、大変に優秀なのです」
その証拠に、すでに戦闘音は止んでいる。体感だが、十分と少々といったところだ。
思ったより早かったから、敵が少なかったか、マイカが張り切ったのだろう。
私が馬に再び進むように指示を出すと、間もなく、マイカが軽やかに馬を駆けさせてやって来る。
「終わったよ、アッシュ」
「ええ、ありがとうございます。お怪我は、もちろんありませんね?」
隣に並んだマイカは、薄っすら汗を浮かべているだけで、返り血一つ浴びていない。
でも、思わずそう聞いてしまうのが恋心というものだと思う。
「えへへ、もちろんだよ。今回は護衛重視だから、捕縛とか考えなくて良かったしね」
簡単簡単と歌うように弾むマイカの声に、馬車の方から呟きが混じる。
「それ、つまり、みなごろし……」
****
サキュラ辺境伯閣下のお膝元――といっても、辺境伯自身は王都暮らしなのだが――である領都は、ここ数年、その姿を急速に変えている。
これまでは、石材の不足から市壁の長さに制限があり、都市の規模は限られていた。
建造物も、もちろん木造が主流だ。
ところが近年、新技術の開発によって前提の石材不足が解消された。
天然モノがないならボクをお使いよ、とばかりに現れたのは、煉瓦とセメントという新素材である。
どよめいたのは石工達だ。
それまで、領主館の修理やら市壁の補修やらを細々としていた彼等は、自らの技術と創造力を持て余していた。
もっと腕を振るいたい。せっかく覚えた技術を使いたい。あんなものやこんなものを作ってみたい。
でも、石材が足りない。
そこに、石材の代わりを果たせる素材ができたのだ。
それからの石工達は、毎日がお祭りのようなはしゃぎっぷりだった。
新素材をいじくりまわし、何ができて、何ができないかを探り、何を造ろうかと計画をした。新しい玩具を手に入れた子供のような有様である。
これに対し、領地改革推進室は、工面して予算を与えた。
保護者が育ち盛りの子供にお小遣いを与えるようなものである。今はたくさん遊ぶことが勉強になる時期だ。
結果、彼等は夢中になって玩具で遊んで、領主館に負けない屋敷を造り上げた。
…………。
誰もそこまでしろとは言っていない。
積み木遊びに夢中の子供達に和んでいたら、いつの間にか領主一族の住居と同等クラスの建物ができてしまったとか流石に持て余す。
サキュラ辺境伯家の皆さんは、大変気さくな方々ではあるが、それがゆえに人気もある。
敬愛すべき我等が領主様より贅沢な暮らしは、ちょっと良心が咎める。そんな領民は多い。
で、レンガ作りの屋敷は領主館並の設備である。使わないにはもったいなく、使えば領民から白目で見られること間違いない。
どうすんですか、これ。
私が頭を抱えていると、領都にいる領主一族の中で一番偉い人が、テクテクやって来た。イツキ氏である。
「おう、本当にアッシュが頭を抱えているな。ははっ、珍しいこともあるものだ」
私よりはるかに目立つ物を前に、呑気な発言の領主代行殿は、私の監督不行き届きの建造物を見上げて一つ頷いた。
「アッシュ、これやるよ。今までの功績に対する褒賞と、婚約祝いだ」
おやつを分けるみたいな感覚で屋敷を譲渡しようとするんじゃありません。
私は慌てて、領主一族の人気と、贅沢に対して批判的な辺境伯領の領民性を説明する。
しかし、イツキ氏は不思議そうに首を傾げて、私の反論の根底をひっくり返した。
「マイカの婿なら、アッシュもうちの一族じゃないか」
「……そういえばそうでしたね」
「領主一族が住んでいるのだから、第二領主館だな」
そういうことになりました。
まあ、まだ婚約段階ですけどね。
ともあれ、頂いた物は活用しなければならない。それが贈り主への返礼というものだ。
そこで、私はこの屋敷を留学生用の寮館として使うことにした――ことを報告したら、イツキ氏は、違うんだよなぁ、って顔をしていた。
いえ、可愛い姪へ愛の巣的なプレゼントだというのはわかっているのですが、他領の子女を預かる迎賓館を兼ねた施設として、大変都合が良いのですよ。
基本的に、身分の高い方々をお迎えするわけですし。
そんな経緯で、迎賓館として兼用されることになった第二領主館に、留学生の御三方をご案内する。
「まあ! オイルランプがこんなに……」
セイレ嬢が驚いた通り、この館の照明はほとんどオイルランプを使っている。
迎賓館としての側面を考えると、我が領の特産品――この場合は特産技術で固めるのが良いかと思ったのだ。
もちろん、石鹸を使うための浴場もある。
陽が落ちた後、オイルランプの灯りに照らされる浴場はちょっとしたものだと自負しています。
他には、研究所で開発中の模型なんかを展示して、技術アピールを試みている。
飛行機模型や蒸気機関模型、合金のインゴットなどである。
……蒸気機関模型の横にさり気なく、星形エンジン模型が置いてある。
こら、これ半年前に爆発させたばっかりでしょ。なに勝手に完成品みたいに置いてあるんですか。
犯人は大体わかっている。
動力機関については星形エンジン過激派のヘルメス君だ。もう、レイナ嬢に叱ってもらいますからね。
美術品の類はほとんどない。強いて言えば剣などの武器が飾ってあるくらいだ。
非常時にもそこら辺から武器を調達できて実用的という、実にサキュラ辺境伯領らしい配慮の結果だ。なお、マイカが使いやすい剣ばかりが揃っている。
剣は別としても、そんな技術の塊の館――マイカの剣技もある意味で技術の粋だが――で、メディ嬢は壁になっている煉瓦をぺたぺたと触れて確かめている。
「フェネクス卿は不思議な石を作っていると聞いたことがありましたけれど……この建物に使われている素材、これも教えて頂けるんですの?」
「煉瓦と言います。これも基本的な交換技術ですね。ないと不便でしょうから」
「ありがたいことですわ。辺境にこそ頑丈な建築物が必要なのに、中央ばかりに石材が使われているんですもの」
「市壁の拡張もままなりませんしね。木造で火災なんか起きたら、都市一つ全滅しかねないですし」
というより、今世で都市壊滅案件の上から二番目が火災らしい。
一番目は魔物、二番目は火災。正確な統計は取っていないが、魔物被害が少なくなったここ百年に限定すると、火災の方が多いかもしれない。
火災被害を軽減するために建物間の距離を取ろうにも、市壁に使う石材の限界から都市の空間は限られている。
とにもかくにも、安全な都市作りには石材が不足していたのだ。
それゆえ、石材不足が解消すれば一気に発展する可能性を持つ辺境の領地、というのは意外に多い。
「とても助かりますわ。ええ、もちろん、その分の見返りをご用意できるよう、尽力いたしますわ」
「ありがとうございます」
見返り、とても大事ですね。
好意には好意を返すという私の信仰心にも合致している。
材料の調達や設備の建築など、一領地だけでは賄いきれないので、信頼できる領地にはできるだけ早く分配したい。
今回はネプトン男爵領とスクナ子爵領だけだが、今年中にはもう二つほど、別な領地からの留学生を受け入れる予定だ。
わずかでも期間をずらしたのは、好意の量の違いを考慮した結果である。
差別はダメ、区別は大事。
「では、本日は移動でお疲れでしょうし、まずは旅塵を落として、その後は美味しい御飯を食べてゆっくりおくつろぎ頂きましょう」
温泉のあるスクナ子爵領にお風呂は勝てないけれど、美味しい御飯なら負けていない自信があるのですよ。
なんせ、今夜の食事はヤック料理長が腕を振るってくれる予定なのだ。




