破滅の炎3
しばらく、突然の出張からの突然の婚約コンボの後片付けをしているうちに、研究所から蒸気機関自動車の試験運転の告知が届いた。
なんでも、そのまま今日のパレードに参加するそうだ。なんのパレードかと言うと、マイカの王杯大会優勝記念パレードである。
わーい、楽しみー。
遠足前の児童のごとく、浮かれてのこのこと市壁外の研究所まで出て行ったら、なんか派手に飾りつけられた馬車が待ち構えていた。
蒸気機関がくっついているのは当然として、花とか旗とかついているんですけど。
サキュラ家の家紋の旗と、不死鳥の描かれた旗。
おまけに、領主代行イツキ氏を始め、研究所含む推進室の面々から、グレン君など軍子会の顔馴染みまで勢揃いしている。
中には、領都を離れて各地で活躍しているはずの顔まで見える。
「皆さんも、蒸気機関の試験運転を見に来たのですか?」
楽しいイベントですからね、仕方ないですよね。
私が仲間を見る目で微笑むと、違うそうじゃない、と大合唱された。じゃあ、一体何をしに来たんですか。ここは遊び場ではないのですよ。
私が立場ある人間としてたしなめると、一番立場のあるイツキ氏が立ちふさがる。
「お前が一番遊びに来た子供みたいな顔をしていたんだが?」
「仕事はしっかりしていますので、遊んだって問題ありません」
溜まっていた仕事をバリバリ片付けてこの場に来たのだ。そういうイツキ氏はどうなのです?
「俺だって領主代行として仕事をしに来たんだよ」
「試験運転の立ち会いですね」
領主代行殿が直々に見なくても良いとは思うが、見ても良いくらいには大きな成果物なのでおかしくはない。
でも、なんで皆さんそろってるんですかね?
私が首を傾げていると、さらに人が増えた。
「マイカ、アッシュ君、お久しぶり」
いや、増えたのは人だけではない。
神だ。女神が増えた。
「ユイカさん!? え? クライン村長も、父さんも母さんも。え?」
ノスキュラ村の人達が来るなんて聞いてないですよ。
だが、驚いていたのは私だけだった。
マイカは、久々の両親との再会に抱擁で喜びを表現し、義理の両親になるうちの父母に礼儀正しく頭を下げた。バンさん一家とも軽快に挨拶を交わしている。
ははぁん、わかりましたよ。
「これ、知らなかったのは私だけのパターンですね?」
イツキ氏が、その通り! とばかりに破顔する。悪意もないのに殴りたくなる笑顔って希少ですよね。
今、ホルマリン漬けにしたい首ナンバーワンの男を見ていたら、その姉に当たる女神がやって来た。
「アッシュ君、この度の婚約、本当にありがとう」
「あー、いえ、それについては……どう考えても、私の方が深々と頭を下げるべき立場ですので」
咳ばらいをして、義理の母親になる女神に一礼する。もちろん、義理の父になる村長にもだ。
「大事な娘様と、婚約させて頂きました。私が色々と問題のある人間であることは自覚しておりますが、それも含めて、マイカに支えて頂きますので、よろしくお願いいたします」
正直にマイカに寄りかかることを白状したら、女神の唇から笑い声が漏れた。
くすくすと笑う女神の眼は、私の中の思い出を見ているようだ。
「ええ、ええ。アッシュ君にそう言って頂けるなら、母親としてこれ以上の誉れはありません」
「今の私の発言に、ユイカさんを喜ばせるような内容があったとは、我ながら思えないのですが……」
だって、婚約者を守るどころか、婚約者に守ってもらう発言だ。控え目に言っても、婚約破棄案件じゃないですかね。
「いいえ。アッシュ君を支えられるほどに娘が成長したのだと、他ならぬアッシュ君に認めてもらったのよ。私が知る限り、最高の褒め言葉だわ」
ねえ、とユイカ女神は夫にたずねた。愛妻家の返事は決まっている。ただ肯定するのみだ。
良いのかなぁ。私としては恐縮するばかりだが、マイカは自分の母の言葉に胸を張っている。
「お母さん、とうとうやったよ!」
「ええ、ええ。そうね。よくやったわ、マイカ! 流石は私の娘!」
女神は心底誇らしげに胸をそらし、娘の健闘を称える。
さて、とても驚くべき事態になってしまった。
蒸気機関自動車の試運転の予定だったはずなんだけれど、どうもそれだけじゃ終わらないっぽいですね。
「それで……お仕事にやって来た領主代行のイツキ様」
ずらりと並んだ顔馴染みを手で示して、私はたずねる。
「この後の、本当のご予定はどんなことになっているんです?」
「なに、あらかじめ知らせてあった通り、試験運転を行って問題がなければ、そのままパレードだ」
「パレードですか」
車につけられた妙な旗を見る。
「なんのパレードですっけ?」
「先日行われた、武芸王杯大会の優勝を記念したパレードだ」
ほう。あくまで優勝記念パレードと言い張るつもりか。
「ちなみに、優勝記念なので、当然優勝の褒賞もパレードに参加しなければならない」
なるほど。そう来ましたか。
「アッシュの着替えは、バレアスが用意している。今から着替えて来い」
「やっぱりこれ、どう考えても婚約パレードにもなるんですよね?」
そうじゃなきゃ私まで着替える必要ないでしょう。
いえ、良いんですけどね。今のマイカと婚約するとなれば、私的なことも公的な行事に変わってしまうことは覚悟の上ですとも。
「ただ、どうして私に内緒にしていたんですか。騙し討ちなんてひどいと思いません?」
「いや、始めはちゃんと知らせようと思ったんだが」
イツキ氏の言葉を引き継いで、グレン君が手をあげる。
「いつもアッシュが驚かせてくるので」
レイナ嬢も手をあげる。
「たまにはこちらから驚かせてみようと」
ジョルジュ卿まで手をあげる。
「全員の意見が一致したんだ」
私がいつ君達を驚かせたと言うのかね。
「私とマイカが婚約の挨拶回りに行った時に、やたらと反応が薄かったのもそのせいですか……」
あんまりその話題を続けるとバレそうだから、というのが彼等の返事だった。
なんて人達だ。
良いでしょう。
私が本気で驚かせようと思ったらどうなるか、君達に思い知らせてやろうではないか。
今の私には、硫黄と硝石があるのだ。でかい花火を咲かせてやろうではないか。
ふは、ふはは、はははははは。
「おい、変な悪だくみはするなよ?」
盛り上がる私の悪戯心に、水を差すようにイツキ氏が肩を叩く。
「せっかく、推進室一同が、自分達に相応しい方法で、お前達に相応しい祝意を示したいということで用意したんだ。たまには大人しく受け取れ」
そう言って、イツキ氏は派手に飾りつけられた馬車を見上げる。
「俺も、これほど見事な祝いは見たことはないな」
私も馬車を見上げる。恐らく、今世に一つしかない、機械力で走る代物だ。
これを作った実務責任者であるヘルメス君が、前に出て来る。その顔には、誇らしさと表現されるものが、たっぷりと浮かんでいる。
「うちの領で一番のお姫様をもらうんだ。お前がどれだけでっかい男か、周囲に見せつけてやらなきゃだろ?」
まだまだこれじゃお前には不足だけど、とヘルメス君は笑う。
「流石に、飛行機は間に合わなかったから、これで我慢してくれ」
我慢するも何も、こんなの王族だって乗ってないんですから、インパクト的にはオーバーキルじゃないですかね。
それに加えて、いくら前もって研究が進んでいたからって、この短期間で蒸気機関自動車を作るのは相当無理をしただろう。
「良いんですか、こんなことしてもらって」
「こんなことくらい、してやっても良いだろう?」
こんなこと、の重みが異なるヘルメス君の問いかけは、周囲に向けられていた。
周囲の人々の中から、レイナ嬢が応える。
「わたし達のトップ二人の慶事だもの。うちの最新の研究成果を使うのは当然のことよ」
レンゲ嬢も頷く。
「レイナさんの仰る通りです。他の誰に、こんなことができるでしょう」
ベルゴさんが鼻を鳴らす。
「こっちは散々世話になってるんだ。それこそ、これくらいのことってもんだ」
グレン君が笑う。
「我等が軍子会の自慢の二人だからな。派手なことやってくれると俺達の景気も良くなる」
賛同の声は無数で、否定の声は一つもない。まあ、口が悪い人は多いようだが……。
なんにせよ、温かい祝意を頂いて、躊躇いは消えた。
マイカの中から。
「皆、ありがとう! さ、アッシュ、早く着替えて来ないと! パレードの時間になっちゃうよ!」
「え? ええ、マイカが良いなら、良いんですけど」
でも、本当に良いんですかね。
私なんて、普段から皆さんに迷惑かけてばっかりだと思いますけど。
「良いの良いの!」
マイカに押されて、私は着替えのために研究所の一室を借りた。
****
騎士の正装に着替えると、試運転は終わっていた。
問題などなかったからさっさと乗れ、とヘルメス君に急かされた。私がごねたせいで、パレードの開始が遅れそうだと言う。
変なドッキリを仕掛けようとした人達が原因だと訴えたい。
溜息をつきつつ、馬車を改造した荷台に乗り込む。天井がないオープンカー仕様だ。
運転は開発陣の研究員が担当してくれる。
蒸気を逃がしていた蓋が閉じられ、蒸気の圧力がピストンを押し出す音が、短く強く加速していく。
「出発します!」
運転担当の研究員が合図すると、研究所に集まっていた人々が一斉に叫んだ。
いや、早いですよ。本番は門に入ってからでしょ。
「婚約おめでとう!」
「おめでとう! 特にマイカ!」
「マイカ、おめでとう!」
「頑張ったな、マイカちゃん!」
紛れもない祝福を受けておいてなんだけど、比重がマイカ寄りですね、皆さん。
いえ、良いんですけどね。確かにこの件で頑張ったのはほとんどマイカだし。
「どう、アッシュ?」
満面の笑みで祝福に手を振り返すマイカが、腕を絡ませて囁く。
「ええ、マイカは人気者ですね」
「そうじゃなくて」
くすくすと声を立てて、マイカは可愛らしく笑う。
「これが、アッシュが今までやって来た成果だよ」
「うん? それは……ああ、なるほど」
確かに、この場にいるのは全員が協力的な仲間だと思うと、ずいぶんと数が増えたものだ。
乗っているのは、まだ馬力が弱いとはいえ、ようやく手に入れた機械力。
ノスキュラ村を出て来る時は、クイド氏の馬車に乗ってやって来たのだから、時代が一つ進んだ感がある。
おまけに、この蒸気機関の開発に、私はほとんど関わらなかった。
文献の取り寄せをアリシア嬢に頼むことはあったが、その先は報告を受けてばかり、たまに助言したくらいだ。
その他の全ては、研究所の所員達が、これまでの経験から自分達で前に進めた。
「皆さん、頼もしくなりましたね」
私の夢を叶えるためには、多くの力が必要だ。
どうやら、その力は着実に芽を出しているらしい。
「うん。アッシュが、眩しいくらいの光を灯して引っ張ってくれたからね。ここまで行けるよって、あそこまで行こうよって。皆を、アッシュが連れて来たんだよ」
――もちろんあたしも。
そう言って、マイカは絡めた腕に力をこめて私に寄り添ってくれる。
「それにね、皆があたしにおめでとうって言ってくれるのは、それだけアッシュがすごいからだよ」
「マイカの方が好かれているからだと思いますけど?」
「違うんだなぁ」
ちっちっち、とマイカは指を振る。
「アッシュがあたしを落とすのは簡単だったんだよ。でも、あたしがアッシュを落とすのはとっても難しい」
だから、難しいことをやった自分を皆が褒め称えてくれるんだと、マイカはとても自慢げだった。




