破滅の炎2
推進室の報告に目を通したので、次は研究所の方に顔を出す。
「王都ですったもんだありまして、この度、婚約することになりました」
研究所のレイナ所長と、ヘルメス副所長にそう挨拶をする。
「ええ、おめでとう」
「ああ、おめでとう」
それだけだった。
そのまま、私達が不在中に溜まった報告に移ろうとする。
だから、あっさりし過ぎじゃないですかね?
「あの、もうちょっと婚約について反応があるのが自然ではありませんか? 私、下手すると餓死するような貧しい家の生まれなんですけど?」
それがサキュラ家の継承権も持つようになったマイカと婚約とか、逆玉の輿である。悲鳴や罵倒が聞こえて来るものだと思う。
そう率直に尋ねると、所長・副所長コンビは顔を見合わせて肩をすくめた。
「あなた達が二人そろって王都に行くと聞いた時から、こうなるだろうって皆わかってたのよ。今さら、どう驚けって言うの?」
「安心しろよ、ちゃんとめでたいなって気持ちはあるからさ。推進室一同でなんかお祝いしようって話にはなってるんだ。今は業務時間だから、仕事の話が先な」
そうですか……。
こんなんで良いのかな? 私がマイカに視線で問うと、良いじゃない、とマイカが私の背を叩く。
何故だかちょっと気恥ずかしそうだ。
「それで、報告なのだけれど、蒸気機関の試作機が順調に稼働しているわ」
「おや、それは喜ばしい」
アジョル村の新型農機具の開発が一段落してから、本格的に手を付けた研究分野だ。
工作機械の精度向上と、内燃機関の前段階としてピストンやクランクシャフトの原理を学ぶために必要だと思われたので、蒸気機関に取り組むことにしたのだ。
囚人職人衆の一人、ロッケルさんが、蒸気機関の魅力に取りつかれたということもあるのだが。
「現状、馬車を引けるくらいのサイズのものを一つだけ作ったわ」
「直列複合エンジンだ。設計上は高圧蒸気にも対応できるはずだが、まずしばらくは出力を抑えて運転する」
そうですね。高圧蒸気で爆発したら死人が出ますからね。
「それでも、馬の二十頭や三十頭分の馬力は出るはずだ。試しに、馬車を引かせて走らせてみようと思っているわけだ」
「馬車ですか?」
「改造馬車だな。一応、急造品だけどハンドルつけた」
妙に凝りましたね、と首を傾げる。
旋盤や穿孔機に使うのが先だ、という話だったのに自動車の方に先に手を出している。
「なに、ちょっとした遊び心ってやつだよ」
「それよりも研究所から、予算増額のお願いがあるのだけれど……」
なんだかレイナ・ヘルメスの連携で話をはぐらかされたような気がするが、予算の問題は大きな問題である。
「硫黄が手に入ってから、研究するものが増えたでしょう? 中には危険なものもあるから、そろそろ屋外に専用の実験施設が必要だろう、という話になったのよ」
「それはごもっともですね。色々と爆発するようになりましたし、いい加減、そういうものも必要な頃合いですよね」
私とレイナ嬢が話していると、ヘルメス君が蒸気機関もかなりの危険物だからなーと頷く。掌サイズの小型模型でも結構爆発してますからね。
「そういうことでしたら、研究費の追加分は王都でたっぷり稼いで来ましたので、問題ないと思いますよ。詳しくは、レンゲさんが確認後、配分することになりますが、今のうちから申請準備しておいて下さい」
「わかったわ。ずいぶんな額を巻き上げてきたようね?」
巻き上げてきた、などと人聞きの悪い。
こちらから提供できる利益を提示したら、先方が思いのほか高値を投資してくれただけです。
「レイナ、レイナ。今のうちに、多めに予算を取れないかな?」
「さあて、どうかしらね? 今の辺境伯領は色んなところで開発・再開発が進んでいるもの。予算なんていくらあっても足りないでしょうね。農機具や窯といった設備の更新とか、道路をコンクリート舗装するなんて提案も誰かさんがしているし」
「そうかぁ、難しいかぁ」
ヘルメス君が切なそうに溜息をつくと、レイナ嬢が額を押さえる。
ああ、これはあれですね。レイナ嬢のお姉さん力が急上昇していくのを感じる。
私がマイカに視線を送ると、同意見だったらしい婚約者は楽しそうな顔で、続くやり取りを眺める。
「そんな顔をしないで頂戴。一応でも副所長なんだから、ヘルメスは……。予算が取れないとは言っていないでしょう? 取るのは難しいけれど、少しでも取れるようにするわ」
それで良いでしょう、とレイナ嬢は仕方なさそうに肩をすくめる。途端に、ヘルメス君の顔に満面の笑みが咲く。
「ほんとか! 流石だな、レイナ!」
「はいはい。おだてたって何も出ないわよ」
おだてられる前に、もう十分以上に出してますもんね。
「よし、予算が増えるならガンガン実験できるな!」
「ちょっとは抑えなさい。あと、次の実験を進める前に……」
「わかってるって! あ、アッシュ、蒸気機関馬車の試験運転の日付は後で知らせるから、絶対に見に来いよ!」
私の返事を待たずに、情熱の赴くままに夢に向かって走り出したヘルメス君。それを見送ったマイカは、慣れた風に困って見せるレイナ嬢に笑いかける。
「レイナちゃんも大変だね。ヘルメス君はますます前のめりになっちゃって」
「それはお互い様でしょう? 大丈夫よ、マイカの相手ほど難易度は高くないから」
レイナ嬢が私をちらりと見てから、マイカに敬意のこもった握手を求める。
「やったわね。本当におめでとう」
「うん! レイナちゃんも頑張ってね!」
なんだか、私が口を挟めない類の会話をしてらっしゃる……。




