煉理の火翼23
「ねえ、フェネクス卿、解説をお願いしてもよろしいかしら」
大会二日目、サキュラ辺境伯家の観客席で、なぜか居座っているライノ女史からお願いをされてしまう。
マイカ嬢の第四試合がそろそろ近いという時間帯であったため、待ち伏せされたらしい。
治療室につめるようになった私だが、マイカ嬢の試合の時には、一時白衣を脱いで、治療室を離れる許可をもらっている。
もちろん、何か緊急の用があれば呼び出しに応じる待機状態だ。
「解説と言われましても、マイカさんの試合はここまでご覧になった通り、一瞬ですから」
始まりました。勝ちました。くらいしか言えることがないのでは?
それはそうなんだけど、とライノ女史も苦笑する。
「そうですわね……。差し支えなければ、どうしてあんな動きができるのか、教えて頂けるかしら?」
秘伝ということであれば今の質問は撤回する、とライノ女史は付け足す。
蛇足にも思えるが、サキュラ辺境伯家に対し、情報工作を何ら行うつもりはないという、大事な味方アピールだ。
「別に秘伝と言うわけではありませんし、構いませんよ」
クライン村長の剣術の性質から思わず即答して、「多分」と付け加える。
最強クラスの剣なわけだから、一応、ご主君の許可は必要だと思ったのだ。
「いかがでしょう、閣下?」
「うむ、構わん。どうせ聞いたところでどうにもならんからな、あれは」
ゲントウ氏も、首狩りがどのような技術かは知っているようだ。
「では、首狩りについて、不肖の弟子ではありますが、私から少々ご説明を」
ライノ女史が、楽しそうな顔で相槌を打ってくれるが、多分期待しているよりずっと地味な話になると思う。
「あれの基本は、洞察にあります」
そして、それが極意でもあります。
「洞察? えーと、相手の行動を見切るって意味よね?」
「ええ、マイカさんのこれまでの三回の試合を思い出してください」
一回戦は、油断した相手の、武器を狙ったなんとも温い攻撃をかわして首狩り。
二回戦は、一回戦を受けて、本気で打ちこまれた攻撃をかわして首狩り。
三回戦は、二回戦までを受けて、緊張しきって精彩を欠いた攻撃をかわして首狩り。
オール首狩り一本勝ちである。マイカ嬢は汗一つかいていなかった。
晩御飯の席で、気合入れて特訓しなくても良かったかも、と嘆息していた。
「さて、それぞれの試合において、マイカさんは対戦相手より先に動いたでしょうか、それとも後に動いたでしょうか」
「え? そうね、確か……あれ?」
どっちだったかしら、と首を傾げるライノ女史の眼は、中々肥えていると言える。
「正解は、相手が動く直前、もしくは同時です」
首狩りは、相手の攻撃を避けてから反撃に移るための後手技だが、そのために相手より先に動くことを目指している。
敵が攻撃してくる前に、どんな攻撃が、どの方向から、どんな時機でやって来るかを察知し、回避行動に移る。
敵が攻撃のために一つ動いた時、こちらも回避のために一つ動いているのだ。
そうすれば、敵の攻撃はどうやったって当たらない。
当たり前の話である。
そして、何を言っているのか訳がわからない話でもある。
「嘘でしょ? そんなこと、どうやったらできるのよ……?」
クライン村長から教わった時、私もそう思った。
「相手の視線や、姿勢、筋肉の状態、呼吸……そういったものを観察して、推測するんですよ」
「それは、腕の良い騎士や兵は、そういうことができるとは聞くけど……あんなレベルでできるの?」
できちゃってるんですから、しょうがないじゃないですか。理論は事実を証明するためにあるのです。
「クライン卿の弟子ということは、その、フェネクス卿も、ひょっとして、できるの?」
実は、ちょっとだけできる。
我ながら凄いと思うので、これは自慢したい。えっへん。
初めは、無理だ無茶だと思っていたのだが、マイカ嬢と毎日の基礎の型稽古をしていた結果、マイカ嬢限定でできるようになった。
毎日毎日の繰り返しで、視線や足運びといったちょっとした予備動作で、「あ、次はあの型が来る」とわかるようになる。
すると、試合形式の稽古の時に、似た予備動作を見つけて、「あの型と同じ攻撃が来るのでは?」と察しがつくようになる。
さらにそれを繰り返した結果、マイカ嬢以外でも段々とわかるようになった。
だから、私の防御には定評がある。
「そこまでは行けたのですが、相手の動きを察知した後、どう回避するかの動きができませんでした」
当然だが、動きを察知して終わってしまったら、相手に棒立ちで攻撃されるだけだ。
その攻撃をかいくぐり、自分が有利に反撃できる位置取りをしなければならない。
有利に反撃できる位置とはどこか。
それは、まず視界的な死角であること。
見えていなければ、相手は反応できない。
次に、精神的な死角であること。
世の中には、敵が見えないということは、見えない場所にいると判断して対応するような猛者がいる。
そのような警戒をしている相手には、視界的な死角は意味がない。それゆえ、相手の警戒が薄い場所、精神的な死角を見出すのだ。
警戒していない場所は、見えていたとしても対応ができないほどの死角となりうる。
最後に、姿勢的な死角。
もし、相手が精神的にも死角のない練達の強者であった場合、最後に頼りにするべきは、物理法則によって発生する、姿勢的な死角だ。
人体の構造上、肩や腰、手足の関節という稼働限界が存在する。筋肉の出力だって限定される。
相手が繰り出した攻撃をかわした後、最も相手が対応しづらい場所、それが姿勢的な死角だ。
大体この三つの条件を満たしているのが、人の場合は背中である。
首狩り誕生は、術理の道理と言える。
「いつ来るかわからない相手の攻撃を察知しながら、さらにもう一手、相手がどんな防御を考えているかまで見抜くわけですよ。できると思います?」
「それができたら無敵だっていうのは、わかるわ……」
「そうなんですよ」
だから、クライン村長は鬼のように強いし、マイカ嬢も軍子会の同期で最強なのだ。
なお、マイカ嬢は正式には軍籍に身を置いていないので、衛兵や騎士を混ぜてのランキングは不明だ。
ただ、首狩りを掴んだと思しきある一時期から、私は負けているマイカ嬢を見たことがない。
ただの一度も。
ライノ女史に首狩りについての解説を終えた頃、観客席から一際大きな歓声が上がる。
今大会最注目選手の座をかっさらった、我等がマイカ嬢が入場する、その合図である。
「さて、四回戦の相手は、どんな手で来るでしょうか」
会場中の視線をさらう中、一礼をした試合場の両者は、開始の声を聞いても、静かに睨み合うという立ち上がりを見せた。
「ああ、その手で来ますか」
「どういうこと、フェネクス卿?」
「どうやら今度の対戦相手は、首狩りを後手に繰り出す技だと気づいたようですね」
私の解説に、ライノ女史が手を打って得心する。
「なるほど! 反撃を取りに行く技が相手なら、先に動いた方が不利と言うわけね」
「そういうことですね。ですが、まあ……首狩りに対しては、あまり効果的な対応策ではありませんね」
「えっ?」
ライノ女史が驚いた声を上げるが、試合が動いたので、私は黙ってそちらを示す。
マイカ嬢が、今大会初めて、自分から攻撃を仕掛けたのだ。
マイカ嬢は、普通に攻撃しても十分に鋭い。日々の基礎稽古がしっかりしている証拠だ。
太刀筋がしっかりしているし、予備動作、技の起こりも綺麗に隠されている。
案の定、対戦相手はその鋭さに驚いた様子で、体勢を崩した上で何とか回避する。
そこに、そう避けると予測して用意された二の太刀、三の太刀が順番に送り出されていく。
対戦相手は必死に攻撃を受けるが、マイカ嬢は遠目から見ても余裕綽々と言った様子で、まるで劇の練習をしているかのような気安さだ。
四回戦まで勝ち上がって来ただけあり、この対戦相手の防御能力は中々優れている。
不十分な体勢ながら、五太刀、彼は防いでのけた。
だが、そこが限界だ。
彼は、次は防げぬと判断し、万に一つの勝機を見出すべく、崩され続けた姿勢から、強引に反撃に出る。
勝利をあきらめない意志と、判断力は褒められるべきだったと私は思う。
ただ、相手が悪かった。
そう来ることを予測していたマイカ嬢は、あっさりと乾坤一擲の反撃をかわして、首狩り。
相手はがっくりと膝をついて降伏し、今大会を終えたのであった。
なお、後の話だが、彼はマイカ嬢と六合も打ち合った名手として人口に膾炙することになる。
本人が喜んだかどうかは、確認していない。
ライノ女史が驚いた顔で会場を指さしているので、解説担当として、今の試合を語る。
「首狩りは、強いて分類すれば反撃技ですが、本来は単に洞察の方法というか、心得ですからね。マイカさんの段階に至ると、先手後手はもはや関係ありません」
相手がどう動くかさえわかっていれば、先に動こうが、後から動こうが大差ない。
まず読むのが、相手の攻撃なのか、防御なのかという違いだけである。
読んだ後は、相手の死角へ死角へと勝負を詰めていくだけで良い。
「なんてデタラメな……勝ち方とか、何かあるのかしら」
「ありますよ?」
要は、こちらの動きを読ませなければ良いのだ。
視線はどこかを注視するのではなく、全体を見渡すように視野を広く持つ。
きちんとした型稽古を重ねれば、無駄な動きは削ぎ落とされ、自然と技の起こりは見えにくくなる。
例えば、私はクライン村長の予備動作はほとんど見抜けない。マイカ嬢もかなりわかりにくい。
一方、私の動きの方は、クライン村長から見ればまだまだわかりやすいらしいし、マイカ嬢は中々わかりにくいと褒めてくれた。
「首狩りなんて名付けられていますが、戦闘術としてはものすごく基本的なこと、相手の動きを予測するということですから、対抗策もものすごく基本的なものになります」
「つまり、地道に地力をあげるしかないと……」
「同じ条件で戦うとしたら、そうするしかありませんよ」
どんな格上の相手にも通じる必殺技、なんて都合の良いファンタジー、今世にも存在しない。
同じ条件で戦うならば、相手を打倒しうる能力を、少なくとも一つは得るべく、自身の能力を鍛えて伸ばさなければ勝ちはない。
後は運だ。それは神にでも祈れば良い。




