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フシノカミ  作者: 雨川水海
煉理の火翼

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煉理の火翼20

 武芸王杯大会の会場は、王城から少し離れた立地にある元城砦となっていた。

 今よりも魔物の数が多かった王国創立期、この会場の原型であった城砦をもって民を守り、繁栄の礎を築いたのが、現王家の始祖とされている。

 この国の起こりの場所という、由緒正しき遺構だ。


 建国王の偉業を讃え、その過酷な時代の苦難を後世に知らしめるべく、城砦の原型をできるだけ残している、そうだ。

 武芸大会の会場用に、貴族用の貴賓席が防御塔や城壁をぶち抜いて並べられている姿からは、平和な時代の無邪気さしか感じ取れない。

 当時の建国王が見たら激怒しそうなくらい、戦争用としては役に立たなくなっている。

 観客としては、中庭の会場が良く見えることは否定しないけれど。


 私は、サキュラ辺境伯家にあてがわれている、かなり上位の席にご一緒させて頂いている。

 やや距離はあるが、上から見下ろせる高台にあり、スペースが十分に取られていて、ゆったりくつろげる。

 これが下位席になると、隣の人と肘がぶつかるほどびっちり埋められた席や、立ち見となる。

 だが、会場に近いのはこの下位席だったりするので、中には名のある貴族も、わざわざ立ち見で盛り上がる趣味人もいるそうだ。

 もっとも、貴族用の上位席がゆったりしているのは、お偉い人物にとっては当たり前のごとく、この機会とばかりに挨拶回りやお仕事のお話が持ちこまれるためでもある。

 ダンスパーティ同様、社交の場なのである。


 その挨拶回りにやって来たネプトン駐留官、ライノ女史が、私を見て目を剥いた。


「えっ!? フェネクス卿じゃない!? ど、どうして観客席にいるの!? 次の試合、サキュラ辺境伯家代表だって聞いて挨拶に来たのよ!?」

「どうしてもなにも、私は参加者ではありませんから、ここにいても不思議ではないと思いますが?」


 出るなんて一言も言っていません。勘違いを指摘しなかったことは認める。


 参加者が誰か、当日まで伏せていることは珍しくない。

 王杯大会の参加者は、各貴族に与えられている推薦枠で決められている。

 その貴族が、自分が持っている枠に推薦すれば参加できるので、「~家代表」という以外、参加申請に必要な情報はない。

 試合の組み合わせも、個人名ではなく、推薦者名で行われるので、はっきりと参加者の氏名が観衆に知られるのは、試合開始直前も直前、入場の紹介時だけだったりする。


「で、では、サキュラ辺境伯家の代表は、一体どなたですの……?」

「そういえば、お約束していましたね。面白いものがお見せできると思います、と」


 ライノ駐留官に直接は答えず、私は会場に目を向ける。

 対戦相手の名前が呼ばれたので、私が答えなくともすぐにわかる。私の意図することが伝わったのか、ライノ駐留官は唾を飲んで会場に視線を送る。


 試合場では、先に紹介されて入場した選手、本大会の一般的な試合の恰好をした男が試合開始位置まで進み出ている。

 革を金属で補強した鎧で全身を覆い、手には兜も持っている。


「サキュラ辺境伯家代表! マイカ・アマノベ・サキュラ!」


 紹介の言葉に、会場の観衆は、一瞬呆然としたようだった。

 名前が、女性のそれだ。


 それ自体が、とても珍しい。

 だが、前例がないわけでもないし、何回か王杯大会を見ている年かさの観客は、その目にしたこともあるはずだ。

 女性の参加者と言うそれだけでは、驚いた観客達は、すぐに声援を返せただろう。

 一瞬が長引いたのは、サキュラ辺境伯家の代表者が、サキュラの姓を持っていたためだ。


 声援が戻りきらない、困惑のざわめきが広がる会場に、サキュラの姓を引っ提げた少女は、主役のように入場した。


 静かな歩みにあわせて髪をなびかせ、表情は戦いに臨むとは思えない穏やかな微笑みだ。

 防具はいずれも革のみで、胸当てと手甲、脛当てのみと実に涼しげな軽装である。兜も持っていない。

 そして、観客にとって他の何より重要なことに、その少女は、非常に可憐であった。


 本当にあんな可愛い少女が戦うのか。観客はそう思ったに違いない。

 一心に注目される中、少女が試合開始位置で対戦相手に向き合った時に、観客は確信した。


 本当にあんな可愛い少女が戦うのだ。

 引いていた歓声が、一気に押し寄せてくる。


「フェ、フェネクス卿! あの子、あの子……!?」


 ライノ駐留官は絶賛大混乱である。私の肩をがたがた揺すって来る。


「お聞きの通り、マイカ・アマノベ・サキュラさんです。現サキュラ辺境伯閣下の――」


 私が視線を向けると、サキュラ辺境伯閣下は、その嫡男と一緒にマイカ嬢に戦場で鳴らした良く通る声で声援を送っている。

 親戚の娘を応援に来たおじいちゃんとおじさんにしか見えないが、あれが辺境伯家なんですよね。


「ええ、お孫様にあたります」

「な、なん、です、って!」


 色んな意味で驚愕だろう。

 そんな血筋の人物が王都入りしていたのに社交に一切出て来なかったことから、そんな血筋の人物がこれから死人も出る試合に出ることまで、結構なドッキリ案件である。

 でも、本当のドッキリ案件は試合開始後に待っていると、私は予想する。


「さあ、ライノ駐留官、ここから面白いですよ」


 試合場では、向き合った両者が一礼して刃引きされた剣を抜く。

 遠目から見ても、対戦相手は構え方に気持ちが入っていない。マイカ嬢がまだ若い女性であることに、根拠のない油断をしているようだ。


「勝負は一瞬で決まりそうですね、見逃さないように気をつけてください」

「え? え?」


 良いから、静かにして、よそ見しないの。


 審判が、開始を合図した。


 対戦相手は、剣を中段に構えた状態から、半歩踏み込んで軽く剣を振る。どうやらマイカ嬢の剣を軽く叩くのが狙いのようだ。

 武器破壊にしては弱すぎるし、武器を打ち払うにしても弱すぎる。意図不明の初手である。

 ひょっとしたら、マイカ嬢の何かに配慮したつもりなのかもしれない。


 ご愁傷様である。


 打ち込んだ相手は、不思議そうな顔をした。

 剣を打ったつもりが、手応えがなかったのである。

 それどころか、いつの間にか、目の前から少女が消えている。

 そんな様子で、男は自分の剣と、さっきまでマイカ嬢が立っていた空間を交互に見ている。


 時間にして、およそ二秒。

 対戦相手は、背後から首元に突きつけられている刃を認識するまで、それだけの時間を要した。


 刃引きした剣とはいえ、その切っ先は重く冷たい。

 そんな代物を、首周りの鎧と兜の隙間にきっちり差し込んでいる少女は、全く平静な声で尋ねた。


「続けますか」

「い、いや……参った」


 降伏の宣言を受けて、マイカ嬢は鳥が舞うように剣を鞘に納める。

 あまりの早業に、会場中が入場時以上に呆気に取られていたが、マイカ嬢は気にすることなく、片手を掲げて己の勝利を示す。

 そのアピール先は、他の観客と違って普通に――中身は普通ではなく熱狂的なのだが――声援を送る祖父と叔父がいる、私達の方向である。

 私も控え目ながら拍手をして頷きを返しておく。


 すると、静まり返った会場の中で、いくつかの呟きが広がった。


「〝首狩り〟……」

「〝首狩り〟だ」

「忘れるものか、あれこそ〝首狩り〟だ」


 呟きは、枯れ野に落ちた火のように、瞬く間に会場中を席巻する。

 それは、私のすぐ隣にも。


「〝首狩り〟? フェネクス卿、あれが、伝説の〝首狩り〟なの?」

「伝説かどうかは知りませんが……私とマイカさんの剣の師は、確かにあれを〝首狩り〟と呼んでいましたよ」


 クライン村長のことである。

 〝首狩り〟と言っても、別に首を狙った即死攻撃というわけではない。というより、我らが師匠は、攻撃用の技法を指して首狩りとは言わなかった。

 では、首狩りとはなんぞやと言うと、相手の攻撃をかわすことである。


 今世の武術理論では、攻撃を一度さばいて体勢を崩し、反撃に転じる流れが一つの極意とされている。

 後手有利の理論である。

 首狩りは、いわばその理論から出て来たもので、相手の攻撃をかわし、その隙に自分が安全に攻撃できる立ち位置まで移動する、回避技だ。


 元々技などではなく、普通に戦っていたら〝首狩り〟と呼ばれるようになったとご本人が言っていた。

 あんまり周囲がそう呼ぶので、クライン村長もそう呼ぶようにしているが、当人は変な名前だと思っているそうだ。


 それもそうだろう。

 首狩りなんて物騒な名前なのに、本来は攻撃ですらないのだから。強いて言えば、反撃技とならば呼べる程度だ。

 クライン村長は、相手の攻撃をかわして背後に回り込み、首筋に剣を突きつけて降参させていたのは確かだと言っていた。


 丁度、今のマイカ嬢と同じような勝ち方だ。

 だから、クライン村長が優勝した時のことを覚えていた観客が、〝首狩り〟を思い出したのだろう。


「あなたも、あの子も、首狩りクライン卿に剣を教わったというの? それなら、確かにあの腕前も……」

「マイカさんと比べると、私は不肖の弟子といったところですけれどね」


 私は、あそこまで相手の視界から消えることはできない。見切りは良いと褒められているのだけれど。


「そう、伝説の首狩りクライン卿の……。うん? ちょっと待って?」


 ライノ駐留官が、何かを思い出したように考えこむ。


「首狩りクライン卿が優勝した時、確かサキュラ辺境伯家のご令嬢との婚姻を希望したはずよね。当時の王国中の恋人達の憧れになった超有名な恋愛話」

「そうらしいですね。ご本人はそれが恥ずかしいのか、教えて下さいませんでしたが」

「で、さっきのマイカ様は、辺境伯閣下のお孫様で良いのよね?」

「ええ、そうです」


 二つの確認を済ませてから、ライノ駐留官は、じっくりと時間をかけて情報を整理して、最後の確認を私に向けた。


「ひょっとして、ひょっとするとだけど……マイカ様は、クライン卿のご息女だったりするのかしら?」

「そうですよ、一人娘です」


 そんなに考えこまなくてもわかると思う。

 サキュラ辺境伯家の男達は、立場の割に異性交遊が少なく、結果的に子供も少ない。

 だと言うのに、ライノ駐留官は驚愕の事実を掘り当てたように、頬を上気させて甲高い歓声をあげる。


「すごい! まさか伝説の恋人達のご息女をこの目にできるなんて! どんな方かぜひ知りたいわ! 遠目からだと漠然と可愛らしいことしかわからないけど、やっぱりお綺麗なのかしら? それに、どうしてマイカ様は大会に出場したのかしら!」


 恋バナを摂取した時の女子力はすごい。

 詰め寄って来る猛獣のような美女を持て余す私に、ゲントウ氏が助けに来てくれた。


「ライノ駐留官」

「あっ、こ、これは閣下、失礼いたしました。少々興奮してしまったようですわ」


 目上の登場に、ライノ駐留官は燃え盛っていた好奇心を慌てて鎮火させる。

 ゲントウ氏は、それに満足そうに頷く。


「いや、結構。ところで、私は先日、そこのフェネクス卿への縁談話は、この大会が終わってからにした方が良いとお伝えしましたな」

「え、ええ、確かにそうお聞きしましたわ」

「あれは別に方便ではなく、その通りの意味でしてな。大会の結果いかんによっては、フェネクス卿を他の者が奪うことはできなくなってしまうのだ」

「……すると、それは、まさか?」

「フェネクス卿は罪な男だと思いませんか? 我が家の継承権も持つ才女に、あそこまでさせているのですから」


 にやにやと笑うゲントウ氏の言葉に、ライノ駐留官は首の構造が変質したような勢いで振り向く。


「これはっ、予想外の展開だわ! まさかフェネクス卿が申し込まれる方なんて……でも、ありだわ! ますます面白くなってきた! 首狩りクライン卿のご息女は、やはり情熱的な方ということかしら! 血筋ね!」


 伝説の首狩りクライン卿が、自分でこの話をしない理由が、私にも実感として理解できて参りました。


 ゲントウ氏は、私の逃げ道をどんどんふさごうと布石をしているのだろうが、ライノ駐留官は純粋に楽しんでいる。

 まあ、確かに物語になりそうな展開だとは、私も思う。

 しかし、意外とネタにされる方は複雑な気持ちになるものですね。

 恥ずかしいというか、くすぐったいというか、そっとして欲しいというか。


 私とマイカ嬢の馴れ初めや、お互いどう思っているかについて、あれこれ聞き取りを始めるライノ駐留官。

 困っている私を助けてくれたのは、意外なことにルスス氏だった。

 ここでお会いするとは思わなかった人物だ。


「フェネクス卿! 本当に観客席におられたか」

「ルススさん、どうかしました」

「うむ、実は相談があるのだ」


 なんでも、ルスス氏はこの大会中、負傷者の手当てのために駆り出された医療チームの一人であるらしい。

 殺傷を目的とはしないとはいえ、死者が出ることも織り込み済みという過酷な大会である。医療担当の出番は多い。医療知識のある人手はいくらあっても良い。


 ルスス氏は、フェネクス教育院で会った時にも、私に手伝いを頼みたかったそうだ。

 しかし、この時機にやって来たということは、大会出場者なのだろうということで言い出せなかった。

 ところが、蓋を開けてみれば、サキュラ辺境伯家の代表者は私ではない。ひょっとしたら手が空いているのではないか。

 そう思って、貴賓席まで駆け込んでみたとのこと。


「観戦の邪魔をして心苦しいのだが、フェネクス卿、私の治療を手伝って頂けないだろうか」

「もちろん、構いませんよ。応急手当程度なら、私でもお役に立てるでしょう」


 私の快諾に、ルスス氏は荒天の切れ目を見つけた顔で、謙遜されるな、と笑い返す。


「フェネクス卿の助力を得られるなら、百人の人手に勝る」


 流石にそれは大袈裟である。私は苦笑しながら、ご主君の方に向き直る。


「そういうわけでして、閣下、よろしいでしょうか」

「お前を相手にダメとは言えまい。だが、マイカがへそを曲げてもしらんぞ?」

「彼女の試合は、なるべく見に参りますよ」


 他の試合を見るに、マイカ嬢の試合はあまり長引かないだろうから、それくらいの時間は取れるだろう。

 そう伝えると、ライノ駐留官が感動の眼差しを向けてくる。


「すごい信頼なのね」

「マイカさんの剣を一番知っているのは、私ですから」


 朝夕の稽古は、平時ならば今でも継続中なのです。

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