煉理の火翼19
決闘騒ぎも一段落して、めいめいパーティを楽しむために散っていく。
サキュラ派の貴族達だけ。
ダタラ派は一所にこじんまりと集まって、静かに意気消沈しているので、サキュラ派がのんびりと楽しめるのだ。
まあ、あれだけ派手に吹聴しておいて負けたら、もうパーティどころではない。面子丸つぶれで早く帰りたいくらいだと思うが、残念ながら首魁のダタラ侯爵が主催者なので、帰るわけにもいかないようだ。
若干一名お家がここですしね。
私はといえば、初めて会う人ばかりで、しかも派手なパフォーマンスをした直後ということもあり、数多の挨拶を受けて頭がパンクしそうになっている。
幸い、楽しそうなアリシア嬢が隣にいてくれるので、皆さん遠慮して、ごく簡単な自己紹介と、後日機会があれば改めて、という型通りのやり取りで済ませてくれた。
どこぞの子爵とは違い、実に礼儀正しい皆さんだ。
「フェネクス卿、大人気ですわね」
おおよその挨拶が済んだところで、ネプトン駐留官のライノ女史がやって来る。
「ごめんなさいね、大勢を相手にして疲れているとは思ったのだけれど、わたしも少しお話したくて」
すまなそうに微笑んでから、ライノ女史はアリシア嬢にさらに丁寧に詫びる。
「殿下、貴重なお時間をお邪魔する無粋、心よりお詫び申し上げます」
「構いませんわ、不死鳥さんを独り占めできるとは思ってはいなかったもの。遠慮なさらないで、ライノ駐留官」
「殿下の寛容さに感謝いたします」
では手短に、とライノ女史が私に微笑む。
「さっきの決闘は見事でしたわ。流石はサキュラ辺境伯家の騎士と、再確認させて頂きましたわ」
「ありがとうございます」
でも、あれくらいの相手なら、私の同期の半分くらいが勝てますよ。剣の仕込がなければ大半になる。
「ふふ、難敵でもなかった、っていう顔をしているわね。頼もしいわ。でも、ヤソガ子爵は、前回の王杯大会の上位入賞者なのです」
「そうなのですか? 前回というと、五年前ですよね」
「ええ、ヤソガ子爵は中々の使い手でしたわ。まあ、その頃は今と比べるとずっとスマートな体型でしたけれど」
「あ、なるほど」
全盛期は強かった、ということか。
五年前というと、ヤソガ子爵を継いだ直後くらいの時期のはずだ。恐らく、領主になってふんぞり返る前は、真面目に稽古をしていたのだろう。
「それでは、今回の結果はあまりあてにはなりませんね」
「そうかもしれないけれど、今回みたいな決闘で、何度も勝っている相手ですわ」
今回のような決闘では、ますますあてにならない。どんなインチキをしていたかわかったものではない。
「この調子なら、王杯大会も期待できますわね。楽しみにしていますわ、フェネクス卿」
私が参加すると信じている顔で、ライノ女史がぐっと拳を握って見せる。理知的な美女のお道化た姿が可愛い。
「ええ、ぜひご期待ください。きっと、面白いものをお見せできると思います」
「まあ、フェネクス卿も意外と強気ですわね」
そりゃあ強気にもなりますよ。武芸王杯大会に参加するのは、私より強い人なんだから。
後日、ライノ女史がどんな反応をするか楽しみだ。私の笑みの成分を知らず、ライノ女史は、笑顔で暇乞いをして去って行った。
見送った後、アリシア嬢もくすくすと口元を押さえて笑う。
「ライノ駐留官、すっかり君が出ると思い込んでいるみたいね。他の人も、皆そうみたい」
「そういうアリシア殿下は、誰が出るかご存知のようですね」
「ええ、本人から聞いたわ」
頷いたアリシア嬢の眼が、私を見つめる。
何かを言いたげな眼つきだった。
「アリシア殿下?」
「ううん、なんでも」
私が水を向けると、アリシア嬢はすぐに首を振って平気な顔をする。
昔から変わらない。我慢強すぎる人だ。
「私にまで、言いたいことを我慢しなくて良いのですよ」
「ありがとう。でも、これはね、君にだからこそ言えないんだよ」
そう言われて、私はどんな顔をしたのだろう。自分自身としては、残念そうな顔をしたと思う。
「そんな顔しないで。いつか、言える時が来るよう、がんばるから」
そう告げるアリシア嬢の表情は、意外なほどに明るかった。
どうやら、悪いことではないようだ。そのことに少しほっとしながら、それでも心配してしまう。
「では、その時を楽しみにしています。本当に、楽しみにしていますからね? がんばって頂かないと、私の楽しみが残念なことになってしまいますからね」
「ふふ、そんなに?」
しつこいくらいにねだる私に、アリシア嬢はくすくすと笑って、目元に涙を滲ませる。
「わかった。なら、宣言するね。わたし、いつか絶対に、言うから」
秘密の宣言に、誓いの言葉を続けるように、彼女は唇の動きだけで私の名前を呼んだ。
内緒の呼びかけに、アリシア嬢は恥ずかしそうに顔をそらしたが、すぐに表情を整えて振り向く。
「ふふ、こんな楽しいパーティは久しぶりだわ、不死鳥さん」
「それはとても光栄です」
私の紳士レベルも中々のレベルになったようだ。そろそろ上級紳士かなにかにランクアップできるかもしれない。
「そろそろダンスタイムだわ。今日の記念に、踊ってくださる?」
「喜んで、アリシア殿下」
差し出された手を、恭しく取って、フロアの中央へと歩み出る。
ものすごく目立っているのだが、相手が王女殿下では仕方ない。私だって見る立場だったら注目する。
だが、紳士としても、個人的にも、アリシア嬢が希望するなら断る選択肢はない。
私と彼女の関係は、そういうものだと、二年前に定まっている。
曲が始まり、一歩目のステップを踏む直前、アリシア嬢が今日何度目かわからない笑い声を漏らした。
「どうしました? ダンスに自信はありませんが、いきなりエスコートから間違っているなんてことは、ないですよね?」
「ううん、間違っていないわ。とってもスマートだった」
アリシア嬢の言葉に、背中に一瞬浮かんだ冷や汗が引っ込んでいく。
「ただ、君と、こうして踊るなんて……初めて会った時は思いもしなかったから」
「ああ」
初めて会った時、アリシア嬢はアーサーとして男装していた。
軍子会でのダンスレッスンでも、アリシア嬢は男役としてステップを踏んでいたものだ。
「君といると本当に楽しいね。私の、不死鳥さん」
笑顔で始まった二人のダンスで、彼女は甘えるように、私のステップに寄り添った。




