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フシノカミ  作者: 雨川水海
煉理の火翼

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煉理の火翼18

 決闘は、室内で行うには野蛮なので、屋敷の中庭へと移動することになった。

 そこには、ずいぶんと手早く決闘用の武器が用意されている。細いのから分厚いの、長いのから短いのまで、結構な数がそろっている。


「どうぞ、ご両人、お好きな武器をお選びください」

「はっ、ありがたく、閣下」


 ヤソガ子爵は、礼もそこそこに大股で一本の剣まで突撃する。

 自分の愛用の剣がそこにあるかのような迷いのなさで、ヤソガ子爵の背丈に丁度良さそうな長剣を掴み取る。


「俺はこれで良いぞ!」


 この人達は、グルになっていることを隠すつもりがあるのだろうか。

 私は苦笑しながら、ヤソガ子爵に比べると細く短い小剣を手に取って選んでいく。

 三本ほど確認したところで、どうやらまともな剣はヤソガ子爵の選んだ剣一本だけだということがわかった。

 残った剣はみな、見た目は何やら立派そうに造られているが、表面の下に割れが入っている。


 金属は、焼き入れと焼き戻しという温度変化で硬くするものなのだが、その加減を失敗すると脆くなったり、ヒビ割れたりする。この頃合いは難しく、我が研究室でも旋盤を作る時などに、多くの失敗作を生み出してしまった。

 その時の経験が、私に剣の状態を教えてくれる。


「気に入った剣が見つからないのか?」


 ヤソガ子爵が、にやにやと頬を緩めて話しかけて来る。

 この人、さっきから私の名前を呼ばないが、ひょっとして名前を憶えていないのだろうか。ありえそうだ。


「いえ、どれも宝石のような剣ですので、迷ってしまいまして。先程も言いましたが、私は剣の扱いが得意ではありませんから、壊したらと思うと選びにくいのですよ」

「ふん、中々上手い表現をするではないか。宝石のよう、とは気が利いた言葉だ」


 ヤソガ子爵が、口元のひくつきを押さえつつ私の表現を褒めてくれると、ダタラ侯爵も会話に混ざって来た。


「流石はサキュラ辺境伯家の騎士、お目が高い。ここに用意した剣は、我がダタラ侯爵領でも名工として知られる鍛冶師の作なのだ」


 この不良品を名工の作とまで言い切って良いのだろうか。

 まともに撃ち合えば一合で折れそうだ。ある意味、この見た目でこれだけの不良品を作るインチキ技術はすごい気がするが、無駄な技術すぎる。

 ひょっとして、折る側の剣も同じ名工の作だから、技量の差がすごかったとかいう言い訳をするつもりなのかもしれない。

 どんな言い訳を用意しているのか、少し楽しみだ。聞く機会はなさそうだが。


「それほどの作品を私が使うのは恐れ多いですが……では、こちらを」


 どれも結果は一緒なので、幅も長さも一般的な小剣を選ぶ。軽めの剣で、動きやすさを重視した。

 選び終わったのを見て、ダタラ侯爵は他の武器を片づけるよう、使用人に命じる。何かあって、剣の細工が明るみに出たらまずいですもんね。

 もっとも、大体の人は一連の流れの不自然さに気づいていると思うけれど。ヤソガ子爵の大根役者ぶりがひどい。


 アリシア嬢も、察しているのか少しそわそわしている。その様子に、隣に立つゲントウ氏が、大丈夫だと強い調子で囁いている。

 私を信頼して頂けるのはありがたいですが、あれは殺しても死なないから、とは一体私のことをなんだと思っているのか。

 私だって殺されたら死にますからね。実際、前はしっかり殺されたものですよ。


 前世らしき記憶は曖昧な部分も多く、どれが本当の死因かあまり思い出せないのだが、最近見る夢が多分死因だと思う。

 分子強化されたセラミックブレードが腹に滑り込んでくるあの感覚、夢とは思えぬリアリティだもの。あんな骨董品、良く残ってたものですよ。今から見るとオーパーツだけど。

 でも、汚染ガスを吸って倒れた夢も結構真に迫るんですよね。肺の機能が壊れていくあの痛みと来たら……。

 どっちかが本当の死因で、どっちかは生き残ったのかもしれない。

 あるいは、物語に影響された、ただの夢の可能性もある。私の想像力はたくましいからね。


 どっちの夢でも、「ああ、死ぬ」っていうあの命が抜けていく感覚が再生されちゃうのは、やっぱり私が一度死んでるからなんでしょうねぇ。

 うん。やっぱりあれを経験してると、恐いという感覚の基準が狂っちゃいますね。

 狂った状態のまま、私はヤソガ子爵と距離を取って向き合う。


「さっき、剣は不得手だと言っていたな」

「ええ、本当です。弓や槍の方が得意です」


 その次は投石や短剣辺りだ。毒や罠も含めて良いなら、また順番は変わって来る。


「ふん、槍か。育ちのせいかな、長物の扱いの方が慣れているようだな」

「ええ、農家の生まれですからね。人狼と遭遇戦となった時も、その辺りに転がっていたシャベルやピッチフォークで応戦しました。農具の扱いに慣れていて良かったと思いましたね」


 ヤソガ子爵精一杯の挑発を軽く流すと、あちらの方が憤慨を表情に出す。こうまで挑発に効果がないと、いっそ申し訳ない気持ちにもなってくる。

 けれど、農家の生まれについて恥とは思っていない以上、その辺を突かれても動揺しようがない。別な方法を考えてくれたまえ。

 挑発合戦が終わった頃合いを見て、ダタラ侯爵が声を上げる。


「では、これよりヤソガ子爵と、騎士フェネクスの決闘を執り行う。これはダタラ侯爵の名において、公平なものであることを誓う」


 その誓い、開始前から破られているのですが。


「両者の健闘と無事を祈る」


 私の内心のツッコミは届かず、ダタラ侯爵は開始を合図した。


「ぬおりゃあ!」


 ヤソガ子爵は、開始とともに飛び出し、気合十分に大上段からの振り下ろしを放ってくる。

 いっそ迂闊なほどに思い切りのいい攻撃だが、私の剣が不良品であることを考えると良い選択だろう。

 体重と加速が乗ったこの一撃なら、まともに剣で受ければ折れるし、受け流してもかなりの確率で壊れそうだ。

 というわけで、私は半身になって振り下ろし攻撃を避けることにした。


「ぬう!? やるな、良くぞ見切った!」


 それはどうも、と内心で返しておいて、続けざまの切り上げ、横薙ぎ、斜めからの切り下ろしをひょいひょいかわす。

 ヤソガ子爵の剣の腕は、甘く採点してもイマイチだ。下の上くらいかな。

 肉付きを見た時から想像できていたが、正直素手でも勝てると思う。だからこそ、この決闘を受けたわけだが、どうしてこんな腕で勝負を挑む気になったのかわからない。


 例えば、私に良く稽古相手を申し込んでくるグレン君の剣は、ヤソガ子爵と同じ膂力を活かした力押しの剣だが、鋭さが倍ほど違う。踏み込みの足さばきと、腰や足首の使い方が洗練されているかどうかの違いだろう。

 グレン君は大きく体を使うように見えるが、その実、巧妙に攻撃の起こり、予備動作を隠しているので、どんな攻撃が来るかの見極めが遅れる。ヤソガ子爵は踏み込みの前に、どこに攻撃したいかわかる。バレバレである。

 いわば、ヤソガ子爵の剣は体格を活かしただけの喧嘩戦法で、グレン君の剣はそこから理と技を加えた剣術と言ったところだ。


 このまま避け続ければ、ヤソガ子爵の脂肪の乗った体が勝手に息切れを起こして自然と勝ちになる。防御力だけは高い私の最強戦法である。

 この戦い方が許された時の私は、非敗北率八割を超える。なんで勝率ではないかというと、五割くらい「引き分け」って判定になるからです。

 ちなみに、グレン君はこの非敗北率八割の中に入ってくれない。流石は軍子会同期の武力ナンバーツー。私の小細工など吹き飛ばしてくれる。


 正直、グレン君相手だとほとんど勝てないので、稽古に付き合うのもしんどいのだが、「アッシュが相手だと遠慮なく打ち込めて良い訓練になる」と頼みこまれると、断りづらい。

 防御能力がやたら高い私だから、グレン君も本気で稽古できるそうだ。

 おかげで、私の防御はさらに磨かれ、グレン君もますます攻撃が磨かれる。

 するとどうなるか。グレン君の稽古相手が務まる人間がさらに減るのである。これもマイナススパイラルと言って良いだろう。


 ともあれ、無事に勝ちは拾えそうなので、勝ち方にもこだわってみることにしよう。

 当たる見込みのない攻撃を続け、早くもヤソガ子爵の体力切れが見えて来たところで、攻撃に転じる。

 振り下ろしの一撃を避けざまに小剣で軽く叩き、ヤソガ子爵の体勢を崩す。それと同時に、ぶつけた手応えから剣の耐久力を測り直す。

 十分に壊せそうだ、と確信して、私は一度バックステップを入れて距離を取る。


 この距離は、助走距離だ。

 ヤソガ子爵は、離れた私を見てなぜかほっとした表情をした。息をつけると思ったのかもしれない。

 では、ご期待に応えて休ませて差し上げよう。次の攻防で決着だから、敗北してからたっぷり休むと良い。


 一歩目から全力の加速で踏み込む。一直線の動きしか考えていない速度だ。相手がグレン君なら迎撃で一刀両断間違いない。

 だが、相手はグレン君ではなかった。慌てて、ヤソガ子爵は自身の剣を防御に構える。

 その剣に、不良品の剣を思い切り叩きつける。十分な加速と体重を乗せた、体ごとぶつかるような斬りつけである。


 当然、私の剣は砕けた。鍔迫り合いをしていれば、ヤソガ子爵の剣の前に無防備に立つことになっただろう。

 剣が不良品と知っていた私は、もちろんそんなことをしていない。疾走の勢いのまま、ヤソガ子爵の横をすり抜けている。

 通りすがり、ヤソガ子爵の顔は疲労の中に笑みを浮かべていたが、その視線は私を追っていなかった。折れた剣の破片が飛び散ったため、咄嗟に目をつぶるという致命的な隙を作ってしまっている。

 相手の剣が折れた、ということで勝利を確信したのかもしれないが、それは妄信である。

 ヤソガ子爵の背後に抜けた私は、ただちに急停止し、折れて短剣ほどになった剣を、その首筋にあてがう。


「降伏して頂けますか、ヤソガ子爵閣下」


 私が背後から告げると、ヤソガ子爵の背中がびくりと震えた。慎重に首を動かして、自分の状況を確認すると、信じられないという顔をしていた。

 一度、前に身を投げて逃げようとしたが、私が背中側の襟首をがっちり掴んでいるので失敗した。猟師の心得もある私だ。獲物にトドメを刺すまで、油断するなんて間の抜けたことはしません。

 中々本人から降伏の言葉が聞けないので、立会人であるダタラ侯爵に視線を向ける。


「ダタラ侯爵閣下、トドメを刺した方がよろしいですか」


 刺して良いなら、あなたの手駒の番犬、片づけますよ。

 少しばかりダタラ侯爵は迷ったようだが、首を横に振ると、私の勝利を宣言してくれた。そこで迷うなんて、人情が薄いご主人様である。

 私は肩をすくめて、折れた剣を人情が薄いダタラ侯爵に差し出す。


「申し訳ございません。やはり私の剣の腕では、この宝石のような剣を扱うのは無理があったようです」


 自画自賛になるが、宝石のような剣という表現は中々上手いと思う。

 宝石の多くは、硬度はあっても粘りと表現される柔軟性、靭性が足りない。いくら硬くても、この粘り・靭性がない場合、衝撃に弱くなる。つまりは脆い。

 これは武人の蛮勇に使われる武具としては、致命的な欠点だ。


 だから、宝石製の剣といったロマン武器は実在しない。せいぜい、装飾品や記念品、儀式用として造られたものくらいだ。

 いや、黒曜石のナイフや槍がそうだろう、と言われるとそうなのだが、それはちょっと違う話として。

 いずれにせよ、私は最初から、武具としては欠陥品ですね、と揶揄していたのだ。

 言われた方も喜んでいたのは何よりだ。ガラスのような剣、と言ったら、先方も機嫌を損ねただろう。


 しかし、名工の作を折ってしまったことについては、もう少し口添えしておいた方が良いだろう。金属加工技術で有名なダタラ侯爵領の商売に、ケチがついてもいけない。

 ええ、いくら元々不良品とわかって用意されていたとしても、名工の作は名工の作だ。大いに気を遣って差し上げよう。


「やはり、私が使うのは農具などの方が相応しいかもしれませんね。サキュラ辺境伯領のシャベルやクワなら、このように壊れなかったでしょうから」


 ちなみに、別に名工が作った農具ではない。普通の、うちでは一般的な水準の鍛冶師の作品である。


「こうして他領のものを使ってみると、いかに我が領の農具が丈夫だったかわかりますね。人狼と出くわした時に使ったシャベルやピッチフォークは、何度人狼の凶悪な爪を受けても耐えてくれましたから」


 名工の剣は、まともに一度ぶつけただけでこの有様ですからなあ。


「また戦う機会があった時のために、今度からはシャベルを用意しておいた方が良いかもしれませんね、私の場合は」


 いやあ、名工の剣でもダメなら、私にはやっぱり剣の才能はないんでしょうねえ。はっはっは。

 もちろん、あくまで私の場合ですよ。私という特殊例の場合。

 ヤソガ子爵相手にほとんど剣も合わせず、怪我も負わずに倒したような、剣の不得手な私を例にした場合の話。

 他の人が使えば、ダタラ侯爵領の金属製品はさぞ優れているのでしょうね。本当に才能のない自分が恨めしい。


 もし、私と同じくらい武芸が不得手な人がいたら、ダタラ侯爵領の武具は買わない方がいいかもしれませんね。

 そんな方には、サキュラ辺境伯領の武具なんかはいかがでしょう。

 農具でだって人狼と渡り合える程度に使いやすいですよ。繊細で扱いの難しい、どこかの剣とは違って、武骨ですから。


 ダタラ侯爵領とサキュラ辺境伯領の金属加工技術の差について、私は今の実例を下に、周囲の人間に和やかに話して回る。

 気配り上手の私に、再び私のそばに来たアリシア嬢が囁く。


「ここぞとばかりに、相手の力を削ぐつもり?」

「名工の作を折ってしまいましたので、フォローのつもりですよ?」


 全然関係ない話ですが、戦争における戦果の多くは、追撃戦で得られるという。

 追撃戦とは、実質は決戦に勝利した後、敗軍の撤退・敗走につけこんで行われる、おまけの戦闘行動と言って良い。


 いえ、全く関係ない、雑学的な話ですけどね。

 私がアリシア嬢に微笑むと、彼女も小悪魔チックな微笑みを浮かべる。


「やっぱり、君がいると飽きないね。楽しくて、嬉しいよ、不死鳥さん」


 あなたのその顔を拝見できて、私も大変嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
前々から思ってたんですがこれ転生じゃなくてファンタジー世界のタイムリープ話じゃないんですかね
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