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フシノカミ  作者: 雨川水海
煉理の火翼

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126/281

煉理の火翼16

 パーティはダタラ侯爵の主催であったので、当然のように彼の派閥が幅を利かせている。

 実質は、第四王女派の集まりというより、ダタラ派の集まりである。

 ダタラ派以外の派閥というと、王女の王都復帰後に突然第四王女派に名乗りをあげたサキュラ辺境伯――つまり、ゲントウ氏を筆頭とした地方貴族勢である。


「おう、今日はこちらの集まりも良いな」


 会場を見渡して一番に、ゲントウ氏が機嫌良さそうに私に告げる。

 七対三くらいでこっちが少ないようだが、これでも集まりが良いらしい。

 流石は地方貴族、王都なんて知ったこっちゃねえということか。


「アッシュが参加すると伝えておいたかいがあった。ほら、ネプトン男爵のところのライノ駐留官だ」


 綺麗なドレス姿のネプトン駐留官が、こちらに微笑みを向けて会釈する。

 こちらも会釈を返しながら、ゲントウ氏に囁き返す。


「私は派閥のメンバーを集めるための撒き餌かなにかですか」

「こうでもしないと集まりが悪いのが、王都の地方貴族だ。嫌な集まりには平気で顔を出さん。中央貴族の集まりに顔を出しても利益が出ないと言ってな」

「私と一緒ですね。気持ちは良くわかります」

「実は俺も良くわかる」


 第四王女が復帰する前までは、ゲントウ氏も平気で招待状を無視していたそうだ。

 それなのに私を強引に誘うなんてずるいと思う。


「迷惑だったか?」

「理由を聞く前は」


 目上の人物の確認に、私が素直に頷くと、ゲントウ氏は嬉しそうに問いを重ねる。


「聞いた後は?」

「私は好意には好意を返すことを信条としています。その機会を与えて頂き、感謝にたえません」


 私の応えに、ゲントウ氏はさらに機嫌良さそうになり、声まで上げて笑う。


「うむ、話に聞いた通り、アッシュは見ていて気持ちの良い男だ。我が領の騎士であることを誇りに思う」

「光栄ですね」


 かように私達主従の会話は爽やかだが、周囲のダタラ派貴族の会話は全く爽やかではない。


 ひそひそとこちらを見て話されている内容は、大体私のことだ。農民上がりの騎士位と、身分の低さがダントツだからだろう。

 辺境伯領では気にする人に(マイカ嬢のおかげで)ほとんど出会わなかったが、中央の風土では身分の差が大きいようだ。


 サキュラ辺境伯領で最も身分の高い人物曰く、


「うちの初代は、農民や兵と共に小屋で寝起きし、領都の礎を築いたのだ。中央の貴族もかつてはそうだった。我々はそれを忘れておらず、連中は忘れて久しい。その違いだろう」


 辺境伯領では、身分の違いはあっても、仲間意識がある。

 中央では、身分の違いは、全ての違いなのだという。


 流石に辺境伯家の皆さんはフランクすぎると思うが、外圧が厳しい土地柄ならではと言える。

 領都で話したことのある衛兵達の中には、ゲントウ氏やイツキ氏と同じ釜の飯を食べたと自慢する古参兵も多い。


「まあ、あまり気にするな。あれだ、羽虫扱いで良いぞ」

「それは得意ですので、ご心配なく」


 虫扱いのベテランです。

 例え、私の銀功勲章を見て、粗製乱造だの箔づけのための乱発だの言われても、うるさいなぁくらいしか感じない。


 別に連中に認めてもらう必要も、信じてもらう必要もないのだ。

 認めない者は異教徒枠だし、信じる者は救われるという言葉を知らないならば救ってやる必要もない。


 涼しい顔で、サキュラ派閥とダタラ派閥の顔を見分けていると、私の隣の人物が舌打ちをした。


「しかし、遠巻きにネチネチと言いおって。ひねり潰したくなってくるな」

「閣下が挑発を受けてどうするのですか」

「そうは言うが、お前の銀功を馬鹿にされるということは、それを与えた我が家が馬鹿にされるということだからな」


 そういえばそうでしたね。


「まあまあ、こらえてください。流石に腕力で解決するような場ではありませんから」

「うぬぬ……これだから嫌なのだ」


 パーティ嫌いでは私に劣らないと見えるゲントウ氏は、通りがかった給仕のお盆からグラスを二つ手に取る。


「ほら、アッシュも付き合え」

「よろしいのでしたら」


 でも、これ飲んで大丈夫なのだろうか。

 王族の暗殺も試みるような相手の用意した飲み物ですよ。


「自分が主催のパーティで死者が出たら、流石にあ奴も終いだ」

「そういうものですか? 私なら必要な時はやりますけど」


 一応、ご主君より先に口をつけて味をみる。

 妙な味がしないか味わっていると、ゲントウ氏が妙な顔で私を見ている。


「そんな思い切った手が使えるのは、自分の支持基盤やら何やらを一から作り直せる自信がある奴だけだろうな」


 そういって、ダタラ侯爵には無理だ、と頷く。


「だが、確かにお前ならやりかねんな。農村から出て来て、瞬く間に領都に居所を作ったわけだからな」

「必要ならば、ですよ。あくまで、必要なら」


 平和を愛する常識人っぷりをアピールする私に、ゲントウ氏は四天王を褒める魔王じみた笑みを浮かべた。


「頼もしいことだ。そろそろ来るぞ」


 給仕や侍女、執事の動きを見て、ゲントウ氏が囁く。

 主賓である第四王女殿下のご登場らしい。

 入口の近くに、執事から情報を得たダタラ侯爵とその取り巻きが集まっていく。地方貴族は、その動きを見てから気づくので、外側で固まるしかない。


 あっという間に人だかりができた向こうで、ドアが開く。


「あの中を進むぞ、できるな」

「鹿を追いかけて森を走るよりかは簡単ですね」


 主従で笑みを見せ合って、私達は前へ踏み出す。

 サキュラ辺境伯閣下は、自身の肩書きと筋肉質な体躯を活かして、ずんずんと無造作に前へ押し進んで行く。

 ダタラ派の貴族の肩にぶつかっているが、「おう、失礼」と傍若無人にかき分けて行く。

 すごい。貴族のやり方とは思えない。

 一方、私はゲントウ氏の蛮行によってできた隙間を、するすると抜けて行く。実にスマートだ。


「では、殿下。あちらでゆっくりとおくつろぎを――」


 人ごみを抜けたところで、丁度ダタラ侯爵と王女殿下の挨拶が終わったようだ。

 早速、ゲントウ氏は歩みの流れのまま口を挟む。


「ダタラ侯爵殿、どうやらご挨拶は済んだようですな。それは重畳」


 一応、パーティの主催者への挨拶はマナーである。

 逆に言えば、それが済んだのであれば、ダタラ侯爵が王女を独占することはできない。好きにパーティ会場を歩き回る権利がある。

 好きにさせると王女がサキュラ派のところへ行ってしまうので、ダタラ侯爵は自分の派閥の人間で入口を固めたのだろうが、サキュラ辺境伯の蛮勇――もとい剛勇の前では何の守りにもならなかった。


「殿下、かねてよりお話に挙げていた、サキュラ辺境伯家自慢の人材をご紹介に参りました」


 ゲントウ氏は、私の背を叩いて、王女殿下の前に私を引っ張り出す。

 せっかくスマートに人だかりを抜けたのに、正装の騎士服が乱れるじゃないですか。

 私は、一瞬だけゲントウ氏の強引さに非難の視線を送ってから、視線を前に向ける。


 そこには、初めてお会いする、良く見知った王女殿下がいらっしゃった。


「ご尊顔を拝する栄誉に浴し、光栄にございます、アリシア殿下」


 初めて名前を呼ばれた王女殿下は、実に女性らしい、可憐な笑みを見せてくれる。


 アーサーと名乗っている時とは、やはり違う。

 心構えの違いが、同じ顔立ちでも、全く違う表情に見せるのだろう。


「こちらこそ、不死鳥に会えて嬉しいわ」


 微笑みの奥から、本物の笑いが出ないよう、アリシア嬢は慎重に発音しているようだった。


「サキュラ辺境伯やフォルケ神官から常々あなたのことは聞いているから、知ってはいるのだけれど……名前を聞かせてもらえるかしら」

「はい、アリシア殿下。わたくし、サキュラ辺境伯より騎士位を賜りました、アッシュ・ジョルジュ・フェネクスと申します」

「アッシュ……フェネクス卿。ようやく、お会いできたわね」


 本当の名前で――と彼女の言葉は続いたように思う。

 実際に発音されたのは、噂を聞いて興味を持っていたのだと言う、初対面の挨拶だ。


「ああ、わたしも、フェネクス卿に名乗るべきかしら。フェネクス卿もわたしのことは知っているようだけれど?」

「恐れながら、アリシア殿下のお名前は、辺境において、良くお聞きしておりましたので」


 野営訓練の最後の夜、彼女が教えてくれた名前ははっきりと聞こえていた。

 それに対し、私が今ようやく、正式に名乗りを返しただけだ。彼女が改めて名乗る必要はない。


 二人だけにはよくわかるやり取りに、アリシア嬢は嬉しそうに相好を崩して頷く。


「では、お言葉に甘えるわ。フェネクス卿、今日はお一人ね?」


 ゲントウ氏と一緒だが、この場合は女性パートナーの有無のことだろう。

 私が頷くと、アリシア嬢はすぐに挨拶用の距離から、親しげな会話の距離まで詰め寄る。


「なら、あなたとお話ししたいわ。私、フォルケ神官やその友人とお話しして、技術や学術に興味があるの」

「私のお話でよろしければ、喜んで」

「もちろん。あなたの噂は良く聞いていると言ったでしょう、不死鳥さん?」


 王女殿下の自己申告によると、殿下はクイド商会が販売している不死鳥印が入った品々を大変気に入っているそうだ。

 サキュラ辺境伯を介して、軟膏に石鹸、アルコールランプ、一番高価な腱動力模型飛行機まで持っている。


 もちろん、私もそのことを知っている。

 アルコールランプと模型飛行機については、アリシア嬢が欲しがっていると打診されたので、クイド氏に依頼して私の自腹で特別製を作ってもらった。王室御用の肩書きが使える、と素早く計算をしたクイド氏が、特別価格で請け負ってくれた。

 この特別製ランプと模型飛行機は、王室への贈答品として送られたのだが、私にとっては遠く離れた地で、変わらぬ好意を示してくれる仲間へのほんの感謝の気持ちだ。


 そんなことを話しながら、私とアリシア嬢はダタラ派の人ごみを抜けて、無事にサキュラ派の集団に合流する。

 ダタラ侯爵は止めようとしたのだが、サキュラ辺境伯が持ち前の大声で話しかけてそれを迎撃した。他の者達では、楽しげに歓談する王女という威光の前に、割って入ることができなかった。

 サキュラ派の中に入っても、会話は止まらない。


「不死鳥印の品は、どれも面白くて、しかも質が高いわ。何か新しい情報はないかしら。楽しみで仕方ないの」

「そうですね。軟膏は成分を変えた新しい物ができそうです。王都におられるルススさんとトリスさんという方の協力のおかげで、より良い薬効の配合が考えられまして」

「フォルケ神官のところでお会いする二人ね。私もよく知っているわ」

「それと、保存食についても少し進展しまして、いくらか味の良いまま瓶に詰め、保存できるようになりました。試作は上々です」

「それは素晴らしいわ。完成品ができたら、ぜひ私にも送って欲しいわ」

「お望みとあれば。今年の夏にはお送りできるでしょう」


 ちなみにであるが、これらの情報は、フォルケ神官を通じた手紙のやり取りで、すでに報告済みである。

 それどころか、アリシア嬢が王都で仕入れた知識や書物を元に形にした研究もある。


 この王女殿下は、我が領地改革推進室の永世名誉計画副主任だったのだ。

 つまり、今交わされている会話は、全て周りで聞いている方々への宣伝活動に他ならない。


 ひどいマッチポンプだ。

 もっとやるよ。


「不死鳥さんは――」


 アリシア嬢は、王女殿下の時は、私をフェネクス卿と呼ぶより、親しみをこめて呼びやすいあだ名で呼ぶようにしたようだ。


「次はどんなことを考えているのかしら。話せる範囲で聞かせてもらえる?」

「そうですね。やりたいことが多すぎて、これと挙げるのは難しいのですが……だからこそ、やらなければならないことが一つ」

「まあ、何かしら」

「人材集めと、人材育成です」


 スクナ子爵領でも王都の集まりでも一席打った、留学生受け入れについての一連の説明である。

 アリシア嬢は、まるでこの話を初めて聞いたかのように熱心に聞き入る。


「とても面白いわ。サキュラ辺境伯領の進んだ知識が学べるなら、わたしもそれに参加したいくらい」

「もし叶うことなら、私どもも大歓迎させて頂きます。アリシア殿下の才媛ぶりは、良く存じ上げておりますので」


 この点については演技ではなく、また領都で一緒に学びたい本音である。そんな返答に、アリシア嬢は嬉しそうに頬を緩める。


 このやり取りに、周辺の地方側の人間は顔色を変えている。

 地方派閥だけあり、新し物好きの彼等彼女等は、最近のサキュラ辺境伯領の目覚ましい成果物を良く目にしている。それらが今後、どのように領地の発展に寄与するかも想像を巡らせていただろう。

 そんな技術を手に入れる機会が得られるならば、それに飛びついたって良いと考える者もいる。

 すでに飛びついた形のネプトン駐留官など、相談にやってきた親しい人間に自慢げに自分の立場を説明している。


 さらに、耳をそばだてていたのはサキュラ派の人間だけではない。偵察役として散らばっていたダタラ派の人間や、一応ダタラ派ではあるがさして熱心ではない人間達だ。

 特に後者の、ダタラ派にいればとりあえず利益に与れるから、という程度の者達は、サキュラ辺境伯領が見せた大きな利益の釣り針に目が釘付けになる。

 もちろん、中央貴族が多い彼等は、新奇な物への関心は薄い。

 それでも無視しえない勢いを見せている辺境伯領の技術に、十分な注目を持っているようだ。


 おりしも、ダタラ侯爵は王族暗殺の真犯人ではないか、と真実味のある噂が立った影響で、その勢力に衰えがあった。一方、サキュラ辺境伯は誰にどう聞いても上り調子である。

 ダタラ派にいるより、サキュラ派に乗り換えた方が、利益が大きいのではないか。

 会場の空気が、じわじわと辺境色に染まり始める。

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[一言] このポンプは水ではなくガソリンを掛けている。
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