煉理の火翼11
それから、二日後のことである。
私は、ゲントウ氏からの呼び出しを受けて、御前に参上していた。
「おう、王都に行くぞ。王都に」
「はい?」
結論から入るのは大事だが、前置きがなさすぎてもわかりにくい。
話が早いとイツキ氏からよく褒められる私だが、流石にこれでは頷けない。
話が早いことと、迂闊なこととは違うのだ。
「王都に行きたくないか?」
「いえ、すごく行きたいです!」
王都の神殿の蔵書は、フォルケ神官やアーサーさんの協力でいくらか確認できているが、やはり自分の眼でもみたい。
二人のその後も気になるし、二人が作った研究者仲間とお話するのも有意義そうだ。
「じゃあ、問題ないな。行くぞ」
「はい、行きます!」
でも、なんで急に王都行きが決まったんですか?
それと、なんで額にたんこぶができているんです?
それより、王都への出発はいつ頃になります?
なるほど、一週間後。とりあえず、休暇の日程は消化するわけですね。
滞在期間はどれほど……あ、二週間ほどの予定。
クイド商会と連絡を取って、もっと物資を持って来てもらって良いですか。王都で役に立つと思うんですよ。
わー、すごく楽しみです。
こうして私は、唐突に、王都への切符を手に入れたのだった。
****
立派な防壁に囲まれた王都の街並みは、石造りの豪邸が多かった。
王都の中央部、貴族街と呼ばれる部分の話だ。
その外側に広がる建築物は、やはり木造が多く、そもそも市壁に守られてもいない。
市壁の制限がなく、広々と広がる壁外都市は、王都がどれほど安全かを知らしめる光景だ。
王国が、王都を始まりとして外側に向けて拡張を続け、その度に魔物の勢力圏を外へ、外へと押し出した歴史を物語る。
現在となっては、王都が魔物に襲われる可能性はほとんどない。
魔物を受け止める最前線であるサキュラ辺境伯領の住人として、巨大な王都に対して抱いた考えは、強烈だった。
「この石、王都には必要ないですよね」
辺境伯領に欲しい。
百歩譲って、王都にも市壁は必要だとしよう。
人間同士の戦争がありえないとは言えないし、盗賊団が発生することもあるだろう。
その備えとして、最低限の市壁は必要だと私も思う。
だが、貴族街の豪邸。これは許しがたい。
ただの奢侈品じゃないか、人体でいえば脂肪だ。
ここに石を使うくらいなら、魔物と戦う最前線の領地に回すべきだ。最前線に回された石材は、人体でいえば肉と骨になるのだぞ。せめて工房の窯や炉に使え。
馬車から見える貴族街の家々を、私は満腔の忌々しさをこめて睨みつける。
そんな私の様子に、ゲントウ氏とイツキ氏の親子は、満足げに感想を漏らす。
「流石だな。期待通り、予想の斜め上を行く反応を見せてくれる。見ていて飽きん」
「全くだ。普通、王都の中央区を見れば、地方にはありえない高さの建造物に圧倒されるものなのだがなぁ」
この程度、前世らしき記憶にある摩天楼と比べれば、鼻で笑えるような代物ですよ。
軌道衛星エレベーターとか建設途中でさえ天をぶち抜く高さだったし。整備用ナノボットの動作不良でとん挫した、前世三大残念遺構の一つだ。
あれは、自己増殖機能をつけようとして、「でも増えすぎたら世界終わるから」と制限を厳重にかけたら、どこかで条件を間違えたのか全然増えなかったというオチだったと記憶している。
世界中の天才を集めた一大プロジェクトだったんですけどね。あの後、世界が荒れた荒れた。
ともあれ、サキュラ辺境伯家の王都屋敷は、中央区でも比較的内側に存在した。元々は王家の血筋ということで、家格が非常に高い証だ。
その割に、到着した屋敷が木造だったことについて、ゲントウ氏は胸を張って説明する。
「当家が辺境伯の任を拝命した際、辺境伯領へと全て持って行った。先祖伝来の屋敷は、今でも領都の市壁として、我が民を守護しているぞ」
「素晴らしいですね、閣下!」
「はっはっは、アッシュの言い分ではないが、王都に石の守りは必要なかろうよ」
辺境伯領が安定するにつれ、「王都の屋敷に使え」と王家から石材を下賜されたことも何度かあったそうだが、それらも全て領地に送っているそうだ。
まっこと、我が主家は一族代々、誠実な為政者であられる。
その血を引く少女、マイカ嬢は、道中瞑想するかのように静かだったが、馬車を降りてすぐ、入念に体を解している。
「お爺様、中庭はどっち?」
「ああ、右手を回って行くと良い。野外稽古場になっているぞ」
「ありがと。じゃ、あたしはそっちで体を動かしてくるね」
言葉を惜しむように自分の予定を伝えると、マイカ嬢は駆け足で飛び出していく。
馬車移動で体が鈍るのが嫌だったのだろうか。
それを見て、新婚早々に出張となったジョルジュ卿も運動を申し出る。
「イツキ様、自分も」
「ああ、マイカに付き合ってやってくれ」
駆け出した武闘派二人を見送って、私もせっかくの王都を楽しむべく口を開く。
「閣下、早速お会いしたい方がいるのですが、よろしいでしょうか?」
「よろしいとも。このまま馬車に送らせよう」
全てわかっていると、ゲントウ氏は私の希望を即決で了承してくれる。
「向こうも、お前のことを待ちわびているぞ」
それは実に楽しみだ。私は、軽やかに馬車の中へと舞い戻った。
****
馬車が私を送り届けたのは、壁外区にある孤児院だった。
社会福祉に回せる余裕が少ない今世では珍しいことに、中々立派な建物が使われている。
ここに一体どんな用があって来たのかは、孤児院が堂々と掲げた看板で察して欲しい。
〝フェネクス教育院〟――この嫌がらせを含めたであろう名称だけで、誰の差し金かわかろうというものだ。
私は、久方ぶりの再会を喜ぶ表情に、渾身の怒りをこめて、門前で待ち構えていた中年神官を睨みつける。
「お久しぶりです。相変わらず、死ななければ治らない研究馬鹿をしていますか、不良中年のフォルケ神官」
「お前こそ、何一つ変わってなさそうで何よりだ。ダビドのところのクソガキめ」
二人して、歯をむき出しにして、威嚇するように笑い合う。
その視線で、久しぶりの敵の戦力を探るように、お互いの全身を眺める。
「相変わらずクソ生意気なガキだが、背だけはずいぶんと伸びたな、アッシュ」
「そちらは老け込んだ割に、ずいぶんと健康的ではないですか。寝不足のクマやら不衛生な服装やらはどうしたのですか」
村にいた頃より、ずっと身綺麗で元気そうなフォルケ神官は、見ていて違和感がすごい。気味が悪いくらいだ。
「さては偽物ですか?」
「おい、そのネタは前にやっただろ」
「それを知っているということは本物のようですね。とすると、フォルケ神官らしからぬその姿は――」
私は確認できた事実に満足しながら、フォルケ神官の背後の建物に視線を送る。
「研究以外の芸を覚えたせいですか?」
「まあな。つい勢いで孤児院なんか立ち上げちまったが、ガキの面倒を見るうちに生活習慣の優等生になっちまったよ」
「それはそれは、ご愁傷様です」
フォルケ神官の忌々しげな台詞は、実に楽しそうだったので、私からも祝福を送っておく。
「ですが、子供達の面倒を見ているのですか? 面倒を見られているのではなく?」
「そんなわけねえだろ! 俺の面倒見るガキなんざ、お前が最初で最後だ。ここのガキどもは、お前と違って悪魔じゃねえからな」
「悪魔になりそうな子もいないのですか?」
「あぁ……いや、まあ……」
途端に、フォルケ神官の勢いがしぼむ。
私達の会話において、悪魔とは頭が良くて勉強ができるしっかり者くらいの意味である。
どうやら「教育院」の名の通り、ここで面倒を見ている孤児達は、順調に悪魔らしく育っているらしい。
今後が楽しみだ。
「ところで、この孤児院の名前、変えません?」
「絶対に、嫌だね」
これくらいの気晴らしがないとやってられねえ、とフォルケ神官はチンピラチックに吐き捨てる。
この通り、孤児院の設立などという善行は、フォルケ神官から最も遠い所業の一つに数えて良い。
マイカ嬢なんかは純真なので、手紙でこの件を知って「あの人らしい」と笑っていたけど、「あの人」の本性を知る私は騙されない。
世界崩壊の危機感すら抱いた私は、返事の手紙の最初の一行で、何があったのかを問いただした。
結果、フォルケ神官が孤児院を立ち上げたのは、自己申告によると、王都に戻ってからの研究が、踊り出すほど上手くいったせいとのことだ。
「あんまり順調なもんで、暇な時間ができちまったのが悪い」
らしい。
空いた時間に、同じ古代語研究者ばかりか、ジャンル違いの研究者と交流を持ったりして暇を潰していたのだが、それでもまだ物足りない。
そんな時、孤児院の手伝いを探して涙目の神官が目の前に飛び出してきた。
「暇潰しに、ちょっと顔出すくらいなら良いぞ」
この時、手を挙げたフォルケ神官のことを、後の時間軸のフォルケ神官が、馬鹿の中の馬鹿、アホの中のアホ、人類最低脳がひねり出した愚行と評している。
もっと言ってやれ。
孤児院は戦場だった。それも蛮族チックな戦場だ。
配給食が不味く量が少ないせいで、孤児達は食べ物を口にしようとあちこちで悪さをして回る。
そのついでとばかりに、食べ物が絡まない悪事も平気で行う。
日々熟練していく悪童達に、王都の神官達は、全く対抗できていなかった。
知識階級である神官は、上流階級の出身者が多い。彼等は、自分の子供の育児さえ使用人に任せることが多いので、特有の行動原理で動く子供の扱いが非常に下手なのだ。
一方、我等の不良中年ことフォルケ神官は、村で多くの悪童を相手取ってきたベテランである。
彼は、素早く群れのボスを見極めると、即座に捕まえて叩き潰した。
説教など通じる相手ではないと判断すると、本気の拳骨によって大泣きさせたのである。
当然、悪童達はフォルケ神官を危険な外敵と判断し、何度か嫌がらせによる襲撃を敢行した。
それに対し、不良中年は、大人げなく本気でやり返した。しかも倍返しが標準仕様である。
神官にはあるまじき所業だが、野生に近い生態を構築していた悪童達には効果的だった。
数度の激突の末、悪童達は、大人げない不良中年の前に屈服した。
フォルケ神官に、群れのボスの立場を禅譲したのである。
新しいボスは、傘下となった孤児達に、ボスらしく生活の心配を示した。
「やっぱ、もうちょっと飯は必要だよな」
腹を空かせた相手に、品行方正を守れというのは酷であることを、農村暮らしを経た神官は知っていた。
そこで、フォルケ神官は村での経験を活かし、年かさの孤児のうち、特に従順な数名を選んでフォルケ式教育――フォルケ神官はアッシュ式教育と言った――を施すことにした。
その間、他の孤児には、それまで悪さを働いた相手に詫びを入れに行かせる。
悪さをされた方は、簡単には許してはくれないが、そういった相手には何度でも詫びを入れに行かせた。
孤児達は当初嫌がっていたが、ボスの重々しい命令に顔色を変えた。
「別に、心の底から謝れとは言わん。だが、心の底から謝っているように見せかけろ。相手から許しを得たら、お前等の勝ちだ」
勝ち。
これほど幼い心を掴む言葉があるだろうか。
大人達を相手に、自分達が勝てるのだ。
やってやるぜ。
孤児達は奮闘した。
元々、悪事を通じて賢しさの経験値を稼いでいた猛者達である。
最初はぎこちないながらも、すぐに大人達の弱みをつくことを覚える。
人通りの多いところ、なるべく衆人環視の中で、しおらしい態度で謝るのだ。必要なら涙を流したって良い。
そうすれば、子供の自分達に、周囲の大人が味方になってくれることがある。
孤児達はこれを徹底的に利用した。
そして、孤児院に向けられる(間違っているとは言い切れない)偏見の目をなくした頃、読み書き計算がある程度できる孤児が出てくる。
サキュラ辺境伯領都にいると忘れそうになるが、今世では村長クラスでないと読み書き計算ができない。ある程度でも十分な能力だ。
機は熟したと、ボスは新たな命令を出す。
「お前達の頭で、飯代を奪って来い。相手は以前に謝った連中だ。連中は油断している、思い切りやって来い」
要は、お詫び行脚を経て知己を得た相手なら話が通りやすいから、雇ってもらえと言っているのだ。奪って来いと言いつつ、その稼ぎは至極真っ当で綺麗なお金である。
いちいちチンピラチックな言い回しをする神官である。
前世はギャングとかその辺の職業だったに違いない。
ともあれ、こうしてその孤児院は、一躍王都一の孤児院として知られるようになった。
立役者である不良神官が、神殿の上層部から孤児院の統括をしないかと熱烈な勧誘を受けたのも当然だ。
「俺は古代語研究が本職だから嫌だぜ。暇潰しくらいなら良いけど」
本人があっさり拒否するのも、当然だ。
愛すべき研究馬鹿にとって、研究以外の生命活動など気晴らし以上の価値がない。
ところが、その手腕を聞きつけたとある王族が、むやみやたらと友好的にお願いをした。
「フォルケ神官の孤児院を作ろう。それは、必ずアッシュの手助けになるはずだよ」
王族が相手では、フォルケ神官もいつもの傍若無人な不良っぷりを発揮できなかったらしい。
こうしてできたのが、フェネクス教育院である。
経緯をどれだけ掘り下げても、人の名前を気晴らし代わりに槍玉に掲げるのは納得できない。
この名前をくれたサキュラ辺境伯閣下に、告げ口してしまおうかな。
「ま、立ち話もなんだ。上がれよ」
フォルケ神官は、溜息を一つ吐いて、柔らかい微笑みを見せる。
「お前を待っているのは、俺だけじゃないんだ。早く顔を見せてやりな」
不良中年には全く似合わない種類の表情だと、私は素直に思った。




