煉理の火翼7
温泉での湯治が五日目を迎える頃、私は料理をしていた。
いや、だってするでしょ、料理。
ここは温泉なのである。そして私は休暇中。美味しい御飯を食べたいなんて、誰だって思いつく。
もちろん、最高級のお宿だけあり、待っているだけで提供される食事も大変美味しい。
ただ、自分で料理をできる人間の弊害として、環境が変わると、その環境で作れる自分が好きな料理を食べたくなるのだ。
で、この温泉地という環境で、どんな料理が作ることができるかと言うと、蒸し料理である。
温泉の蒸気を利用しているので、薪代がかからないという素晴らしさだ。
実際、この五日の滞在期間中、様々な蒸し料理を楽しませて頂いている。
採れたての野菜や肉を蒸した料理は、焼き物や煮物とはまた違った、素材本来の風味で舌を楽しませてくれた。
中でも一番美味しかったのは、山鳥の腹に香草をたっぷり詰めた蒸し焼きだ。
この地方でも慶事の際に食べられる、特別な料理なのだそうだ。実に贅沢なお味でした。
さて、それら地元の風土によって育まれた料理をあれこれと食した私は、そろそろ自分の好きな料理を食べたくなって、今、厨房をお借りしている。
高級宿の厨房である。
そこで働く料理人の皆さんは、いずれもヤック料理長ばりに気合の入ったプロだ。
最初、お願いした時は良い顔をされなかった。
賓客だかなんだか知らねえが、厨房は俺等の鉄火場なんだぜ、と彼等の顔面は物語っていた。
それが今では、
「卿、ひき肉はこんな感じでよろしいですか?」
「ええ、ばっちりです。ありがとうございます」
「生地はこの塩梅が頃合いと思いますが、確認して頂けますか、卿」
「どれどれ……うん、もっちりして良い感じです。これでいきましょう」
こんな感じである。
作るのが彼等の知らない料理だとわかったら、「おうやってみろよ」となって、途中の試食をしてもらった辺りで、「ほうやりますな」となって、「良ければレシピも教えますよ」と言ったら手伝ってくれるようになりました。
私の専属女中になったセイレ嬢が、楽しそうに協力して料理をする私と料理人達を眺めて呟く。
「まさか、気難しい厨房をこんな簡単に統率するなんて……」
だって、簡単ですもの。
やはり、こうした厨房を任される料理人は、好奇心旺盛で技術の吸収にどん欲だ。
味にうるさいセレブを相手にしているのだから、何か見知らぬ技法があると聞けば、それを見逃しはしない。
ヤック料理長もそうだった。
なお、今回作っているのは、饅頭の類である。
天然の蒸し器があるのだから、餡まんから肉まん、瓶詰にしてきたトマトソースを使ったピザまんも作ってみた。
「あとは、この生地で各種のアンを包んで」
「ほうほう、なるほど」
「蒸し器の中に入れて、火が通るまで待つだけです。どれくらいかかりそうでしょう?」
「ふぅむ……我々も初めての料理ですから、勘の話になりますが、おおよそ三十分ほどですかなぁ」
「では、ひとまずそれを目安にしましょうか」
楽しみですね、と笑うと、料理人一同も無邪気な笑みで頷いてくれる。
「あの、一体、どんな料理を、お作りになられたのですか?」
一人、ただ見ているだけだった女中のセイレ嬢が、おずおずと尋ねて来る。
調理中の料理人は、動きが洗練されていてつけ入る隙もないから、聞けなかったらしい。
「そうですね。蒸しパンがありますよね」
蒸したパンは、ここでは主食の一つなので、セイレ嬢はこくりと頷く。
「そのパン生地の中に、具を詰めて蒸した料理です。香草詰め蒸し鶏を、鳥肉の代わりにパンでやった形と言いますか」
「ああ、そう聞きますと、なんとなく想像がつきました。蒸しパンにもよく具を挟んで食べますし、あれの変形でしょうか」
そんな感じですね、と頷くと、料理人の一人が首を振る。
「いやいや、卿。間違ってはいませんが、この料理は、単純ながら驚くべき発想の転換ですよ。今までも確かに、パンに具を挟むという考えはありましたが、そのパンはこのように分厚い生地ではありませんでした」
今世では、まだまだふっくらパンは主流ではない。
ふくらまない薄いパンか、分厚いものはビスケットのような代物だ。
具を挟むことはできるが、汁気のある具はあまり用いることができない。汁気を追加する場合は、スープにひたす、という状況になる。
基本的に、パンとはパッサパサなのだ。
「フェネクス卿の今回の料理は、パン生地自体からしてモノが違います。蒸しあげてみなければはっきりとはわかりませんが、分厚いながらしっとりとしたあの生地の感触、恐らく、ひき肉を使ったものは、中に肉汁が閉じ込められているでしょう」
「ええ、そうなるように作ったつもりですので、上手く行けばそうなります」
「すごいことですよ、これは! かじりつくのが今から楽しみです! 想像どおりなら、表面の柔らかな生地の奥から、肉の旨味がたっぷりの肉汁がじゅわっと広がって……」
料理人の一人が、瞼を伏せて熱く語りだすと、別な料理人も前に出て来る。
「私はあの黒い餡子を使ったものが楽しみです。試食で食べたあの濃厚でしっとりとした甘味、それが柔らかな生地と一体になった時にどんな味になるか……」
「いやいや、トマトを使ったあの赤いのも楽しみじゃないですか。トマトが食用として辺境伯領で普及し始めたと聞いていたが、あれほど鮮やかな色合いを出せるとは。それにあの爽やかな酸味の効いた香りときたら……」
料理人達が、試作品の味の予想をわいわいと話し出すと、セイレ嬢がそわそわし始める。
いずれも腕の立つ熟練の料理人だけあり、話す内容が実に美味しそうだから無理もない。
紳士たるを自認する私は、セイレ嬢が不安に思っているだろうことを解消してあげることにした。
「セイレさんも、試食の感想、お願いしますね」
「は、はい!」
元気よく返事をした少女の、ほっそりとした喉元が蠢く。
できる女中として修業を受けた少女も、やっぱり年頃の女の子なのですなー。
その後、完成した試作品を、皆でわいのわいの言いながら試食していると、別な女中が伝言にやってきた。
心なし速足の女中は、私に一礼すると、呼び出しの指示があったことを告げた。
指示、命令である。
サキュラ辺境伯領の騎士である私に指示を出せるのは、このスクナ子爵領では三人だけだ。
領主代行イツキ氏と、騎士先達のジョルジュ卿、それから直属上司のマイカ嬢。
だが、今回の呼び出しはそのいずれでもなかった。
残る可能性は一人。
この温泉地で合流予定であった、サキュラ辺境伯閣下その人。
ようやく、と言うべきか、騎士となった私の本来の主人と、顔合わせの時が来たようだ。
私は、急いで食べかけのピザまんを口に詰め込んだ。
大変美味しくできましたー。




