煉理の火翼4
「マイカ様のことをどう思っているかだ」
「好きですよ」
「お前も本当は気づいているのではないか? マイカ様は、俺から見てもお前に惹かれている様子がわかるほどだ」
私の返答を無視して、ジョルジュ卿は静かに、しかし強い口調で私に訴える。
おかしい。
私の返事が聞こえなかったのだろうか。
「このことは、イツキ様も当然気づいている。実際、俺も何度かマイカ様のことを相談されているのだ。イツキ様は、マイカ様のことを大変大切にしているからな。彼女の願いを叶えてやろうと影ながら苦心していたのだ」
「あ、やっぱりそうでしたか」
薄々……というか、大体わかっていましたよ。
都市に慰留しようとした時とか、ジョルジュ家の養子にした時とか、露骨にマイカ嬢にアピールしていたから。
あの人、姪っ子のこと好きすぎて、貴族としての腹芸が全くできていない。その点は、マイカ嬢の方が優秀だ。
流石はマイカ嬢、ユイカ女神の娘である。
「アッシュのことだ、身分の違いなどをよくよく考えて、一線を引いているのだろうとは察する。だが、一人の男として、彼女のことをどう思っているか。その胸のをうちを、この義父に聞かせてはくれまいか」
あ、ようやくジョルジュ卿の眼が、独演を終了して私のところに戻って来た。
それを確認して、私はもう一度、簡潔に答えた。
「好きですよ」
「……ん?」
ジョルジュ卿が、真顔のまま首を傾げる。
聞こえなかったのだろうか。
「ですから、好きですよ」
「誰が?」
「私が」
「誰を?」
「マイカさんを」
「好きなのか?」
「好きですよ」
これ以上なくきっぱりと好きです。
「で? 私から聞きたいお話というのは、以上でしょうか?」
それなら、次はジョルジュ卿の秘密の恋バナをお願いします。
「いやいや! 待て、ちょっと待て! お前、そんなあっさり言うのか!?」
「聞いたのはバレアスさんじゃないですか。私はお答えしただけですよ。あと、声が大きいです。流石に大声で話されると困るのですが」
私の指摘に、ジョルジュ卿は慌てて口元を押さえる。
「だ、だが、お前は今までマイカ様の気持ちに応えようとしなかっただろう! ひ、秘密にしていたんじゃないのか!」
「秘密と言いますか……はっきりと恋心を自覚したのは、つい最近のことですから」
元々好意は持っていたが、恋愛対象の狩猟圏内に入ったのはここ一年くらいのことだ。
私の今世の体が、まあなんというか、生物学的に成熟しきったのが原因だと思う。
前世的道徳観をもってしても、思春期特有の熱を抑えきれなくなってしまった。
そして、そんな私の眼から見て、マイカ嬢は大変魅力的な女の子に成長していた。
可愛くて綺麗で有能で、私のやり方に自然と合わせてくれる。文句なしの恋愛対象である。
あと、目的のためならあの手この手も辞さないという性格もポイントが高い。
ふと気が付くと、欲しい、と思うようになってしまったのだ。
結構前から、もうちょっと体ができてきたら、という予感はあったけれど、ずばりであった。私は、前世ロリコン的概念の崩壊を、落ち着いて受け入れていた。
ここ一年くらいは、マイカ嬢に近づかれると抱きしめたくて困っている。
密かに紳士レベルも上がっていたのです。
「お前……どれだけイツキ様やユイカ様が気を揉んでいたと……」
「そう言われましても……」
こちとら遥か彼方の夢を追いかけるのが最優先の暴走特急である。
通過駅のホームでそっと待たれても止まれない。タイムロスになるなら停車駅だってすっ飛ばしていく所存である。
私を止めたければホームから飛び降りて、線路の前に立ちはだかるくらいはして頂かないと。
それでも止まるとは保証いたしません。人身事故にご注意を。
そんな危険物と化している私だ。
今まではそれがどうした、どんどん行くぜと危険度を増してきたのだが、いざ誰かを特別に想うようになると、困ったことになってしまった。
「自分で言うのもなんですが、私は相当の変人ですよね」
「言うまでもないぞ。皆知っている」
「そこまで力強く即答されると、いささか傷つくのですが……。まあ、困ったことにご存知のとおりです」
私は、舌の上に痛烈な苦みを感じて、隠しきれず表情を歪める。
「そんな変人が、結婚なんて考えて良いと思います?」
仕事の関係者や、同じ夢追い人を、それぞれの事情の範囲で巻きこむのとは話が違う。
好きになるくらい魅力的な人の話だ。
幸せであれと心から願える人の話だ。
そんな大事な人の人生を、他人の接触が許されない部分までごっそりと奪うことになる。
「私は、私自身が、それを許されるほどの人間だとは思えません」
ジョルジュ卿の表情が驚きを見せる。私は、相当に珍しい表情になっているようだ。
ジョルジュ卿は私の顔を見つめ、そこに現れる意志や思惑をくみ取ってくれる。
やがて、眉間に深い悩みを刻みながら、義父は口を開こうとする。
「お前はそう言うが、アッシュ」
「貴重なご意見は、どうかご勘弁を」
それを、私は申し訳なく思いながらも、きっぱりと拒絶する。
「これ以上踏み込んで良いのは、貴方ではありません」
貴方は、私に人生を奪われる相手ではない。
だから、踏み込ませない。
貴方は、私の人生を奪える相手でもない。
だから、踏み込ませない。
「これ以上は、当の本人にしか、許しません」
全てを跳ね除けるような私の断言に、ジョルジュ卿は、唇を引き結んで黙りこんでしまう。
槍を合わせる時のように、ジョルジュ卿はこちらにつけ入る隙がないかと、じっと見つめて来る。
そうはさせじと、私が真っ直ぐに見返す。
やがて、ジョルジュ卿は声を立てずに笑う。
「まったく、人にはせっせと世話を焼いて結婚させておいて、わがままだと思わないか?」
「騎士家への養子縁組するのに比べたら、ずっとささやかな後押しでしたよ?」
私がヤエ神官に力を貸していたとしても、ジョルジュ卿の休みを教えたり、食べ物の好みを教えたくらいだ。
就職斡旋や家族斡旋するような、権力のある人々の工作活動と一緒にしないで欲しい。
「俺には、お前の方がよほど強引だったよ」
「そんなはずはないでしょう」
「現に、トドメを刺したのはイツキ様ではなくお前だろう?」
それは個人の主観の違いですね。
私が笑顔でとぼけると、ジョルジュ卿はさっぱりとした表情で両手を挙げた。
「ともあれ、お前の考えはわかったよ。こうして、横からこっそり探りをいれようとしても、アッシュの目と耳には届かないのだな」
「ええ、やりたいことに向かって、いつも全力疾走していますからね」
横からこっそり近寄る間に振り切れるのだ。ノンストップ暴走である。
「それでもなお気持ちを知ろうとするなら、がむしゃらに走っているアッシュの正面に立ちはだかる勇気が必要というわけだ」
義父上は、私のことを良く分かっておられる。
私が笑って頷くと、ジョルジュ卿は大袈裟に溜息を吐いて見せた。
「マイカ様も大変な相手に想いを寄せたものだ」
「無責任ながら、本当にそうだと思いますね」
ジョルジュ卿は、養子のあまりに勝手な言葉に苦笑して、私から視線を外す。
風情のある川と林の景色に顔を向けたのは、会話終了の合図だろう。
だが、終了なんてさせてなるものか。
「さあ、バレアスさん。次はあなたの番ですね」
「う、うん? なんのことかな?」
そんなすっとぼけで逃げられると思うてか。
「私の話を聞いたのですから、バレアスさんの秘密も教えてもらいますよ。当然ではないですか」
そういう約束だったのだ。
なんとなく終わりという雰囲気で誤魔化しても騙されない。何年間この話を聞くのを楽しみにしていたと思っているのですか。
「よもや、お約束を違えるつもりですか、ジョルジュ卿?」
「う、うぬぬ……」
いい年した騎士がうぬってないで、さっさと吐きなさい。
それとも、ヤエ神官にご相談申し上げた方がよろしいですか?
ジョルジュ卿が、忘れられない秘密の恋を教えると言ったのに、約束を破ったと。




