魔法の火種30
アジョル村大炎上から、一月が経った。
いや、炎上させたのは私ですけどね。
家屋がほぼ全滅の状態となったアジョル村の再建は、当面見送られることが決定された。
季節がすでに秋に入り、急いで家屋を建てたとしても、冬には間に合わないと判断されたためだ。
スイレン村長を始め、アジョル村の人々には、領軍の力不足と言うことでイツキ氏から誠意ある謝罪と説明が行われた一方、村の放棄も覚悟の上であったスイレン村長は、避難誘導の迅速さに礼を述べるという、爽やかさで応えた。
ほぼ問題の原因と言える私も、これにはずいぶんと気を楽にさせて頂き、感謝にたえない。
そんなわけで、アジョル村の再建については、春になってから検討するということで、その間、彼等の生活場所が必要になる。
感謝にたえない私が、この問題の担当者になるのは当然の流れで、右腕と脇腹の負傷を抱えながら解決にあたることになった。
手伝ってくれたマイカ嬢とレンゲ嬢の視線が、とても説教じみていました。
それほど大人数ではないとはいえ、村一つの住人の移住である。
しかも、村人は最新の農業技術を学んだ精鋭農民で、その技術を各地へ伝える絶好の機会ともいえる。立派な農業改善計画の一大プロジェクトになる。
各地の巡回部隊から、空き家のある農村の情報を仕入れて、受け入れ候補先をどんどん抽出、交渉していく。
我等がノスキュラ村にも打診してみたところ、すぐに受け入れ可能人数が提示された。
空き家以外にも、短期であれば空き部屋のある家庭でも受け入れ可能とのことだ。
流石はユイカ女神、本当に女神している。
他に、大きな受け入れ先としては、アデレ村が手を挙げた。
獣害が起きた時に放棄された家がまだ空いているので、ぜひ使って欲しいとのことだ。
アデレ村はアジョル村に近いので、その点も都合が良い。必要なら、急造で小さな家の一軒や二軒くらい作っても良いだろう。
もちろん、一部の村民は領都でも受け入れる。
研究所で使っている試験畑で、思う存分にその技術を振るって頂こう。
研究がはかどって助かります。
駆け足で計画を練りつつ、移住の第一陣として、私達はアデレ村へと向かうことにした。
第一陣がここになったのは、人手不足のアデレ村にとっても、故郷への愛着を持つアジョル村にとっても、大変に都合が良いという理由が一つ。
あと一つ、先送りにしていた問題をさっさと解決したいと、一部の計画主導者が考えたためだ。
「アッシュさん、お久しぶりです」
移住者を引き連れて訪れたアデレ村では、マルコ村長が出迎えてくれた。
「お久しぶりです、マルコ村長。この度は私どもの提案を快く承諾して頂き、誠にありがとうございます」
「とんでもございません。こちらとしても非常に助かるご提案ですから、むしろ感謝したいくらいですよ」
マルコ村長は温和に笑って、それから私の後ろで緊張しているスイレン村長に視線を移す。
「スイレンさんも、そういう訳ですので、どうぞご遠慮なく」
「は、はい、ありがとうございます! その……今回の件ももちろんですけど、今までも、たくさんのものを頂いて……本当に、ありがとうございます」
勢い良く頭を下げたスイレン村長は、まだまだ昔日の恩に対して言葉を重ねたい様子だが、先に片づけたい問題の方がやってきた。
「おお、スイレン、それとアッシュさん」
図々しくも、心配していたという表情で横から入って来たのは、疫病神的寄生虫であるところのルイス元村長である。
気弱そうな顔に涙を滲ませながら、スイレン村長の手を握って見せるなどしてくる。
「スイレン、お前が領都の助けを呼んで来てくれたおかげで、他の村人も無事に避難できたんだ。良くやった、親として、村長として誇りに思うぞ」
おう、すごいですね。
この期に及んで、村の責任者面が崩れていないなんて。
ろくに指示も出さず村を真っ先に逃げ出したことに詫びすらなく、スイレン村長が決死の覚悟で領都まで走ったことに、保護者としての立場をちらつかせて何となく自分の評価にしようとしている。
「いえ、父さん、そんなことより大事な話があって……」
「何を言う。一人娘の成長以上に嬉しいことがあるものか。お前が立派に育ってくれて、とても嬉しい」
「今の父さんは、それどころじゃ……」
この厚かましさには、村長としてはるかに立派な娘も、どう対応して良いか困惑を隠せない。
まあ、こんな寄生虫でも父親なのだ。実の娘の口からは、はっきりと言いにくいことはある。
私は懐から、一月前にアジョル村へ行った時より増えた文書を取り出しつつ、スイレン村長の肩を叩いて、選手交代を告げる。
スイレン村長は、悲しみの混じった表情で父を見つめてから、お願いします、と私に頭を下げる。
「ええ、お任せください、こちらは私の仕事ですから。マルコ村長、スイレン村長と、移住について確認をお願いしてよろしいですか?」
ここから先は、何も無理して見るほどのものではない。
事情を知っているマルコ村長もそう判断したのか、頷いて、スイレン村長を自分の家へと案内していく。
訳がわかっていないのは、ルイス元村長一人である。
「村長……? アッシュさん、スイレンは確かに村長代理を任せていましたが、それも前の話で――」
「ルイス元村長」
許可をしていないのに話しかけて来た寄生虫に、私ははっきりと彼の立場を教えて差し上げる。
「ようやくお伝えすることができました。あなたには領主代行の権限で召喚命令が出ています。領都まで大人しく出頭しなさい」
そう宣言して、私はルイス元村長に命令文書の束を突きつける。
「しょ、召喚命令ですと! なぜ私に……いや、それより元村長などと……! 私は領主様から直々にアジョル村の村長を仰せつかった身ですぞ!」
「ああ、お言葉にはお気をつけください。ルイス〝元〟村長。この文書を確認した以上、あなたが村長職を名乗り続けていると、公称を偽った身分詐称の罪に問われる恐れがあります」
私が問うてやるので本当にお気をつけください。
「な、なんと、小僧の癖に無礼な! わ、私を脅すつもりか!」
「親切にご忠告差し上げただけなのに、ひどいことをおっしゃる。ほら、きちんとこの文書に書いてあるでしょう?」
一枚目の文書は、アジョル村で村長を任されていたルイスという男は、その職務を執行する能力に疑問があるため、一時的に村長職を解く旨の通達だ。
同じ文書の中で、空いた村長職には、娘のスイレン嬢を任命することが記されている。
つまり、臨時ではあるものの、スイレン嬢は一月前から公式に村長だったのである。
「な、なんだと! そんな馬鹿なことが……私の能力にどんな疑問があると!」
いやですよー、とぼけたことを仰って。
二十年間の不作も相当ひどい問題ですし、一年も病欠して代理の人間に仕事を丸投げしていたじゃないですか。
「それから、二枚目はあなたが村長職にあった際、職務怠慢の疑惑があるのでその取り調べに応じるように求める出頭命令です。三枚目は職権乱用の疑惑への出頭命令ですね」
出頭命令の三連撃を喰らえー。
「な、な……! そ、そんなものはでたらめだ! そんな文書、お前がなぜ持っている!」
「我が領地改革推進室は、領主代行殿の直轄下にありますから、普段の業務のついでにこなせる仕事は、結構手渡されるのですよ。私は軍部の所属でもありますしね」
移住者の引率のついでに警察任務をこなすには、うってつけの人材だと自負できる。
「それと、あなたへの通達はまだあります。四枚目、あなたは領主の名において機密指定された情報を、故意に流出させようとした機密漏えいの疑いがかけられています」
出頭命令の四連目である。
「そ、それは……いや、あれは違うのだ。な、わかるだろう?」
私がこの耳で聞いているのだ、言い訳なんてさせません。
「これは反逆罪も適用範囲になる、重大な違法行為です。私からの報告を聞いた領主代行イツキ様は、ルイス元村長からの言い分を聞いた後、速やかに結論を出したいと仰せです」
有罪と刑罰の内容を書き込んだ書類がもう用意できているくらい、速やかに結論を出したいみたいですよ。
ここまでが一月前にイツキ氏が用意した、寄生虫駆除用の殺虫アイテムだ。
トレントさえ現れなければ、食料を持って行ったついでに、ルイス村長(当時)を確保して終了の予定だったのに、ずいぶんと時間がかかった。
そして、時間はもう少しかかるようだ。
顔を青ざめさせていたルイス元村長が、今度は真っ赤になって喚き散らし始めた。
「りょ、領主代行がなんだ! わ、わたしは、領主様から、じきじきに任命された村長だぞ! 代行ごときが勝手に処分するなどあって良いはずがない!」
「いえ、その領主様が、自身の権限を振るうことを許したので、代行なのですよ。あと、直々に任命したと大層な高慢っぷりですが、先代村長の長男に当たるあなたが、慣例で村長職を継いだだけですよね? 辺境伯閣下は単に追認というか黙認しているだけで」
まあ、言っても通じないと思いますけどね。
村長代理が交わした契約をひっくり返すような、道理を知らない相手だもの。
「知ったことか! 私に何か言うつもりなら、領主様を連れて来い! お前のような小僧では話にならん!」
「流石に王都におられる閣下を連れて来るのは無理ですね」
「ならばさっさと帰れ、クソガキめ!」
「ですが、閣下からの命令文書はお預かりしています」
この一月の間で、目の前の寄生虫の所業は王都にも報告がされた。
辺境伯閣下も、この事態に非常に関心を示されたらしく、返事は早馬で届いた。
そこには、かの人物を村長として任命していた自分の見る眼のなさを詫びつつ、さっさと片付けろと言わんばかりの、命令書が同封されていた。
「五枚目、サキュラ辺境伯閣下直筆の捕縛命令文書になります。罪状は、村長であるにも関わらず、守るべき村人を見捨てて責任を放棄した、背任です」
確殺の五連コンボ。こちらは容疑者の言い分を聞くのもすっ飛ばした、有罪確定の文書である。
四枚目まではただの容疑者扱いだったんですけどね。この一月の間で、確定犯罪者になっていた寄生虫である。
独裁に近い領主様の権限怖い。
「こちらの命令に逆らった場合、問答無用で反逆罪が確定いたします」
怖い怖いと思いながら、私は目の前の犯罪者に微笑む。
「個人的な意見を述べさせて頂ければ、ぜひとも逆らって頂きたく存じます」
確定させたいんですよ、反逆罪。
不愉快な言い分を聞く手間が省けるから。
残念なことに、小悪党に過ぎないルイス元村長は、反逆罪の恐怖に耐え切れず、腰を抜かして崩れ落ちてしまった。
真に遺憾である。




